あれから

不自由な自分の心

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第一話 彼岸過迄――秋月孝雄

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 あれから七年間経って あの女の子は今 元気に過ごしているのか?彼女は今にも俺のことを........ 時々思い出してくれるのだろうか? 春風が吹くたび、夏空が晴れるたび、秋月が照らすたび、冬雪が漂うたび、体が反射的に心から強く薄くなっていた彼女の面影をつくづく感じた気がした。

                  第一話 彼岸過迄――秋月孝雄

「見て、孝雄くん」彼女は傾いて無邪気な笑顔でそう話しかけて、その笑顔はどうしようもなく引っかかれる。
「どこ?」僕は恥ずかしくて顔を少し横に向いて言い返した。
  周りは誰もいないが、ただ蝉だけが鳴き止まらない声が僕らを孤立させたみたいに包まれていて真夏の蒸し暑さと蝉の鳴き声と周りの明日草が揺らめき、この山麓に響かせていた。
「空、こんなにも青いんだ。雲も幻の妖怪さんみたいだね。ねえ~ どうしてあたし こんな空を見るだけで心が奪われたみたいになるの?言葉にはできず頭も真白だった。」
  空を見上げて生ぬるい風に彼女の前髪を靡く。漂っている雲は僕らの頭上を通り抜け、日の光が薄暗くなって、周りが照らされ、俺と弥生ちゃんだけが灰色の区域にいてうすらと雲から抜け出す太陽の光が降り注ぐ。
  弥生ちゃんの方からすこしずつ明るくなって近くの桜の樹から吹き飛ばされた桜の花びらが僕と彼女の目の前に通り過ぎてふっと頭上に舞い上がり、空に向かった。やがて通り抜けた瞬間に僕は確信したことがあった。
  僕はその光景をたぶん一生忘れることもできないだろうと心から思う。
「ねえ~聞いてる孝雄くん?もう~」彼女が不機嫌そうな顔で私の前にすぐ立っていた。
 「うん 聞いてる聞いてる」と僕は慌てて答えたけど、ホントは聞いてなかったけど。
「ウソ ぜったい 聞いてないでしょう」と怒った顔に少し体上げて僕を睨んだ。彼女のその怒った顔はいま思えば いとしい思い出になったのだ。
 「そうかな」と誤魔化すように空を見上げてちょっとだけ唇をあげた。
 僕の気まずい顔を見ているうちに 弥生ちゃんもすこし怒った顔から微笑んだ顔に変わった。あの日、僕たちは糸山の山麓の小道を歩いていた、弥生ちゃんは僕の前で歩き、時々上半身だけをすこし振り向いて話しかけてくる。僕はそんな満開の桜に包まれた彼女を見て初めて不思議な感じがした。それもまたこれからの人生の中で彼女だけと感じる最後の幸せだったとは言えるかもしれません。
 記憶の中では彼女が話していることがなんかわからないことが多い。例えば 人っていつ死ぬの?とか、生活の引き換えに僕たちは何を失ったとか、夜空の星を見ると何を思ったのかい?どうして心は安らぎをえられないんだろうか?たぶん、これは自然からの罰かもねとかでいつもきょとんとする、ぼくを困らせたものだ。
 「えー?」と思わず口に出した。
 「いや、何てもない 気にしないで。じゃあ 歩こうか?」そう言って弥生ちゃんが僕の手を掴んで引っ張り出す。
 前に走っている弥生ちゃんを見ているうちに 周囲の時間が止まったかのようにはっきりと見えた。風に載せた葉も揺れる草もこの瞬間、この女の子に僕はずっとずっとそばにいたかったと強く強く願っていた。
 彼女は俺にとって まぶしい光のような存在だった。俺のくだらない日常にささやかな光をくれた。彼女と離れてから俺は彷徨う亡霊のように自分の考えもなくなった、休日に何をすればいいのかも自分でなかなか決められなくなりその状態に浸っている。反省はしている、答えはでないままだ。
 最初はほんとにわけわからないことばかりふっかけた。今にしては俺もその方向に時々考えるようになった。今ここで、彼女が来島海峡展望台で話した言葉を思い出す。  
 「相思はぬ 人のゆゑにか あらたまの 年の緒長く 我が恋ひ居らむ」という短歌は知ってる?孝雄くん。そう言って弥生ちゃんが目を僕に向けった。彼女の笑顔からどこか悲しいような、切ないような気持ちが伝わってくる。当時の俺がなんとなく感じったのだ。
 「面忘れ いかなる人の するものぞ 吾れはしかねつ 継ぎてし思へば」と今更答えを言ったとしても もう遅いんだろう雪野!
 「それは恋の話なの?」
あの日、風も日差しも心地よく僕の心に染みこむ。
 「ちーちー違うよう」と恥ずかしくてはなしもうまく話せなくなった。
 「はい はい、知らないです、すみません。」と答えたが、ほんとはどうだろうね。女の子の心はわからないものだ。
 「じゃあ、一つだけ お願いして いい?」と彼女の透き通った目には強く望んでいる感情を僕には感じられた。
 「なに、言ってみて。」と適当に僕は言った。
 「もし いつか私との連絡が取れなくなったら、その時は探してくれる?孝雄くん」
 「どうしたの?急にそんな話を持ち出して。」
 「いや、女子の中で流行ってるだけ。」
 「その時は私を見つけてね」
 「分かった、必ず弥生ちゃんを見つけてやるよ。」
 「私.........は」
 「なに?」
 「うん、何もないよ。」
  すべてのことの始まりは日常の行動に繋がる。今の俺は確信した、例え今すぐ起こらなかったとしてもだ。
遠いから作業終えた帰ってくる船々の音が遠くから届き、カモメたちは日が暮れる向こうに飛び出し、光の中に消えた。一羽だけ目の前に飛び通って遠くない風折れの枝に止めた。
彼女が一面の夕日に照らされ、体の半分を影の中に塗り分けていた。両腕を後ろに回して スニーカーに履いた足で地面に擦っていた、口の端をすこしあげて笑ったような悲しい目つきで俺を見ていたような、とにかく、言葉で表現できないぐらいの顔つきでその言葉を言った。
目を大きく開けて、どう答えるかを考える時、来島海峡大橋から潜る抜けた海風が僕たちにぶつけて、風に載せられた弥生ちゃんのポニーテールがもう背中まで伸ばしたとふと僕は気づき。
口を開けたとたん、弥生ちゃんの人差し指で僕の口を封じった。その瞬間、海風も落ちかけていた夕日も風船の鳴る音も止まったかのようにすこし長めの前髪だけがゆらりと漂っいることだけが感じていた。体が熱くなり、心臓がなんか重くなり、息も止まったようにただただ 弥生ちゃんを見つめていた。
その間に、彼女もきっと気づいてくれた。だから その後お互いに何も話せなかった。
空は飛行機の航跡雲でくっきりと切り分けている、青空と日に焼けたような雲が凪いだ水面にはっきりと映り見える。
今この光景を再びよみがえる 俺は片方のイヤホンを取り下げて「いつの日か いつの日にか またあなたと出逢えたなら もう一度伝えたいよ」という曲の歌詞が流れてくる。俺は頭を上げたまま同時に目を閉じた。
「俺は死ぬまで君を思う存分に思い続けるよ、たとえ俺はずっとずっとひとりになっていても 俺は君を思い続けるよ 雪野弥生 俺山月孝雄はそう誓う」
 「そうかな」
俺はふっと振り返る。誰もいない これは罰のだと俺は思う。
 あの時の俺はその言葉の力も重さもそして何よりもその悲しさも何一つも知らなかった。
展望台で僕と弥生ちゃんがいろんなものを見た、その中で弥生ちゃんが最も好きなのは展望台で自然を感じることと緑に満ちた木漏れ日の下で二人で一緒に空を見て一緒に話しったり寝たりすることのだ。

俺と雪野さんは大浜八幡大神社で出会えた。その日は寒くて霧も多かった。神社に行く気にならない、でもまだ小さい私にとっては興味津々だ。
12月が終わる最後の日、家族みんな楽しそうに年越しご飯を食べ、いつもはしゃいて ちょっと古い家だが幸せが満ちている。
紅白歌合戦見ながら、遅くまでおせち料理を食べて、朝まで生放送を見ていた。それとおばあちゃんが私の大好物——おはぎを作ってくれた。その年だからか、周りの起こるすべてが心から幸せだと感じられた。
今と違って 心というものはもうとっくに消えかけている。しかも、感情と心とともにゆくなりつつある、かつて何も汚れてない心で見た世界はこんなにも輝いて目の前には広大な草原があるかのように全身が喜びを感じられる。
早朝 おばあちゃんの起きる音が聞こえた私もきちんと服を着て顔も歯も自分なりにやったんだと思うが。慌てて下に降り 縁側のドアを開け 吹き付ける夜明けの朝の冷氣が口と鼻から全身まで響いたけど。
目の前に霧に覆われて タンポポみたいにゆっくりと空に漂う。雪にも少しだけ大地を彩っている。ハー と息を吐くと白い煙のようなものが口から湧いてくる。まるで急に別の世界にいる気がした。
ドアを閉めて おばあちゃんのところに行くことにした。外はまだ寒いし、黒いし、何よりも怒られるし。
台所で朝食を作ってるおばあちゃんの背中を見て思わず走ってきて足まで抱いた。驚いた顔で私を見下ろして 甘やかな声で言う。
「どうしたの?おうちゃん 眠れないの?」うんと小さい声で答えたけど。
ほんとはおばあちゃんのそばにいたかっただけ。今になって、誰かと一緒にいたいという強い思いがたぶん時間と社会に飲み込まれた。いつの間にか人は自分のことしか手が回らなかった。
早朝 心をひっくり返すような新鮮な空気が私の全身の細胞を呼び起こす。東にかすかに明った空、遠くから犬と鶏の囁き、枯れた葉のサラサラというリズムみたいな音が聞こえた  西の上空には 月がまだかかっていて 変に思われた。      
私の小さい手を繋いで優しい目つきに幸せな笑顔でいつも向けてくれた。そういうおばあちゃんが大好きだった。
山道のような坂小径がぼんやりと見えて私は走り出した。霧の中に突っ込み、体は回り始め、上の竹を仰ぎ、なんだかこぼれ落ちそうになる。後ろからおばあちゃんの声が届いてきた。
「ほらほら 走らない 走らないって」
聞かずに前を進んだ 霧を抜けて、目に映る光景はまるで砂漠にいる人がオアシスを見たかのように心地いい。実際もそうだった。
なにもないところだった。そんな立派な神社がいるなんで当時の私は思いもしなかった。今はもう。。。。
前には池があって上にかけった赤い橋がちらりと目を引く。後ろのおばあちゃんを見て 行くか?待つか?と迷ってしまった。結局、あの橋で待てるからと伝え、早足であの橋に向かった。近づくと来る人も増えるばかりで足取りが遅くなり、なんとなく怖くなって、それでも 橋に足を運んだ。
その日だ
その橋のまっ中で私は彼女と出逢えた。
一段と色濃くなった霧がゆっくりと橋の周りを通り過ぎてゆく水面に漂っている霧を見詰めながら奇妙に思えた。見ているうちにぼうとしていた、その時に彼女の声が聞こえた。
突然私の目前に現れ、遠慮なく話しかけた。
「綿菓子みたいね」とぎこちない声で彼女はそう言ったまま私に向けた。少しの間に私は何も言わなっかた、気づいたら思わず口に出しだ、「タンポポだ」と。
「違うよ、綿菓子よ!柔らかそうでおいしそう!」
「そうーかな?」
「そうよ」
女の子って食べることばかり考えてるんだ。当時の私はそれしか認識していなかった。実際もそうだったようで、今まで接触してきた女性の中でもそうだった。
「じゃあ、もう一ついい?」
「うん」
「好きって何かしら?」
「好き?」
「そう 好き」
「好きは・・・・」
それからのことはよく覚えていないけど、ただ その後、おばあちゃんがその女の子の両親と挨拶した時 後ろに隠れている女の子は人差し指で口に当てて、誰にも言わないような顔をして、まっすぐに私を見つめていた。今の俺にははっきりと分かった。
 前を歩く私は思わず振り返った。両親の手をつないた変な女の子が橋から離れるシルエットしか印象に残らなかった。その女の子もそうだったかもしれない。
それが俺と彼女との最初の出逢いだった。
赤橋を渡るとすっごく大きい石門があって 前の階段にある狛犬が尊しく思わせた。
おばあちゃんが私を連れて手水屋で手を洗い、拝殿で参拝した。初めて神社参拝の手順が知った。人々が神籤引く喜び、はしゃぎ声、幸せなど当時の私にはなぜか ずっと心がけている。
その時は霧も少なくなって 人波の流れのように両端の屋台が続く参道は晴れやかで 喜びが溢れていた。なぜか そっと視野が広がり 目にした光景はどれも俺の目を引いた。
おばちゃんと一回りをまわして
「おーちゃん、お腹空いてないかい?」
「うん、ちょっとだけ。」
「じゃあ、おいしいものを食べに行こう!」
最初に食べたのはたこ焼きだった。屋台は私と同じぐらい高さで、たこ焼きはどうやって作られたのかを興味津々に見ようとしていたが、缶詰に遮られ 諦めるしかない。焼きそばのおじいさんが笑いながら食うかと聞かれた。
よだれを飲み込む、答えようとなぜか口が動かないままうつむいた。
「では 少しもらおうかな?」
「はいよ、まいどあり」
おじいさんの返事を聞いてうれしい顔でおばちゃんを見る。ただ 慈しんで微笑んだだけ 僕の手を引いて鳥居を出た。
帰り道
    微かに温もりが僕の手に伝わった。分厚い肉玉、しわまみれたちょっとだけ硬い手のひら。それを今追憶すれば なんとなく 死んだおばあちゃんが  まるで今でも.....と自分の手を見つめたまま何かを思い出そうとしている。前にあったコーヒーを一口飲み干し、窓の外の行き交う人々の暈けた人影を見つめていた。水滴が窓のガラスから下へ滑り落ちていく。俺はトイレに行った、顔を洗って 向こう側の自分をぼんやりと見ていた。
 喫茶店を出て、横断歩道を渡り いくつの古い街を抜け 昔よく通う商店街に至る。目に入る大きな看板は昔と同じ ボロボロだけど、あたたかく親しく感じてくる。
 この商店街に天井がついている、夏になると太陽の散乱が減り、遊ぶ場所にふさわしいからここでよくいたずらしてよく爺婆たちに怒られてた。俺は歩調を緩め両側の店舗をちらりと見ようとしている。本来は期待してないが、もう何年経ったからいないのも当然。けどあの時耄碌の爺婆を見た時、僕はおばあちゃんに向いて何も言えずに
        誰でもそれぞれの時代に生きる、例え周辺がどう変わろうとそれでもきっとあの時がいいと感じる。あの時が俺たちがいって 話す相手もいくらある、穏やかな日々を送ってた。きっと懐かしいかね、きっと幸せかね、だからここから離れたくないかな?
 挨拶しようかと足が思う通りにならない、たぶん怖かった。どう話かけたらいいのかを、何を話したらいいのかを考えてしまう。それでも俺はもとっも面倒を見ってくれる爺のところに行った。
 店は和風店舗で軒下に紫陽花が植えている、水滴が葉の先に輝いて落ちそうになる。どうやら水をやったばかりのようだ。屋根の下にかけている風鈴が透き通って響かせている。ドアを押し「いらっしゃい」とゆっくりと話しかける、昔はさっぱりとした根性のある声だった。俺は言葉を淀んだ、一息をついてから挨拶をした。
       「ん~爺お久しぶりです。」
 老眼の目で強く力を入れるように俺を見ながら思い出そうとしている。すると、力を抜けたようにこう言った。
  「君は....た....た....孝雄だよね?」
  「うん」
  「大きくなったな、何年ぶりだっけ?」
 震えた声とその揺れている手がやけに時間の速さを伝わてくる。
  「七年間かーな?」
  もう髪色も真白になった。それでも その笑顔はあの日のままだと感じた。それから すこし 世間話をした。
  近所の誰が去年に事故で死んだとか、同級生の誰かが結婚したとか、離婚したとか、いろいろ聞いてもらった。人はさ~ほんとに知らないうちに誰にも知らない幸せと辛さを抱えながら日々を送っていた。
  一度離れた場所から戻ってきてずいぶん多くのもの変わってしまったと秋月孝雄はそう思った。
  その後 暗くなるまで邪魔しました。

  ぼんやりとした記憶で小学校の通学校路線を歩いた俺は 周りのものがあまりにも記憶の中のと違って 一瞬 どこか切ない何がか体に染み込んでいく。あまりに違ったショックか?それとも自分がこの長年に心掛けたものは別ものに変わってしまったことに気づいたのか?全くわからない。
  常夜灯がちっらと点滅して 星も夜空もやけにまぶしい。なんとなく俺はルートを変えてまっすぐ実家に帰りたいと思うようになった。
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