まんぷくっ! -となりのアイドル(と)ごはん-

indi子/金色魚々子

文字の大きさ
4 / 60
1 お隣さんは(性にだらしない)アイドル!?

― 1 ―

しおりを挟む
『お前の作るメシってさ、まずいんだよね』
『うわ、これゲロマズ! ちゃんと味見した? お前、舌バカになってんじゃない?』
『お前のメシよりブタの餌の方がマシなんじゃね?』

『あーあ、お前となんか結婚するんじゃなかった』


―――


「――ほのか、ねえ、穂花ってば、ちょっと! 人の話聞いてる?!」
「え、あ、うん……聞いてなかった」
「もー。こっちは大事な話をしてるんだよ」
「ご、ごめんね」

 私はあたりを見渡して、誰にもバレないようにため息をつく。ここは鈴木弁護士事務所で、目の前にいるのは私の依頼を受けてくれた弁護士であり、中学の頃の友達でもある優奈。決して、あの男がいる家じゃない。深い茶色の髪を耳にかけて、優奈は「もう一度最初から話すね」と書類に視線を向けた。

「あっちのクソ男……藤野さんも弁護士に依頼したみたいで、しばらくは私とその弁護士間で話をすることになるから。穂花の希望は、とにかく早急に、一秒でも早く離婚すること。これで間違いない?」
「うん」
「慰謝料は一応請求するってことにしてあるけど……本当にこの金額でいいの? 相場はもっと高いんだよ?」
「大丈夫。……私にそこまでの価値ないし」
「ほら! またネガティブになってる!」

 優奈は持っていた書類を投げ出して、私の頬をむにっと摘まんだ。

「ネガティブ禁止って言ったでしょ! やっと自由になれたんだから、気分上げていこ!」
「う、うん……がんばるね」
「こら、優奈。あまり依頼人に自分の考えを強要しない。悪いね、穂花ちゃん」

 事務所の奥にいたはずの優奈のお父さんが面談スペースに顔をのぞかせる。優しい顔で微笑んでくれるのを見ていると、ちょっとだけ緊張がほぐれたような気がした。

「いえ! 大丈夫ですから。優奈も親切でそう言ってくれてるって分かりますし」
「はいはい、すいませんねぇ、お父さん」
「こら、優奈。職場じゃ『お父さん』じゃなくて『所長』と呼ぶように言っていただろ!」
 

 親子の小競り合いを見ていると、何だか羨ましくなってきた。強気になって言い返す優奈が身に着けている弁護士バッジがキラリと光る。寝る間を惜しんで勉強して、ようやっと彼女がつかみ取った職業の証。優奈が頑張ってきたその間、私は一体何をしていたのだろう。

 優奈と再会したのは、ほんの数か月前だった。私が結婚してから一切知人に会うことはなかったから、実に3年ぶりだった。街を歩いていると偶然出会って、そこで彼女は私の【異変】を見抜いた。優奈が言うには「だって、変におどおどしていたし。穂花って元はそんな感じじゃなかったからすぐにわかったよ」とのこと。彼女は一か八か私に自分の名刺を持たせて、助けを求めてくるのを待っていたらしい。もし来なかったら、もうその時は諦めようと考えていたけれど、私はすぐにやってきた。初任給で買った鍋と亡き母からもらった【お守り】を抱えて。優奈はその時、心底ほっとしたと言っていた。

 私の夫・藤野は、優奈曰く「とんでもないモラハラDV野郎」だ。優奈やこの弁護士事務所の所長である優奈のお父さんに言われた通り、できるだけ離婚に向けた証拠を集めて再び家を飛び出したのだけれど、優奈たちは私が持ってきた証拠の多さに驚いていた。ICレコーダーに残された罵詈雑言。私が書き留めたの暴言日記。そして、体に残っていた古い痣。優奈だけじゃなく優奈のお父さんもまるで噴火するように怒っていて警察に通報しようと言っていたけれど、私がそれを止めた。だって、大ごとにしたくないし……これ以上彼の怒りに油を注ぎたくはなかったから。

 家を飛び出してから、私のスマホには彼からは山のように着信やメッセージが届いた。私を非難するものから、懐柔するような甘い言葉まで。それを見てパニックと過呼吸を起こしてしまったため、私が使っていたスマートフォンは優奈が取り上げ、代わりに彼女がくれた違うスマホを使うようにしている。このスマホに入っている連絡先は優奈と優奈の父、そしてこの弁護士事務所だけ。私は天涯孤独の身の上だから、それ以外に繋がっていたい人は、どこにもいない。

「まあ、穂花が貯めてくれた証拠もあるし、あっちの弁護士は戦意喪失ぎみかな? あとは藤野さんが素直に離婚届さえ書いてくれたらいいんだけど……」

 今度は優奈がため息をつく番。藤野さんはあれこれ理由を付けては離婚届を記入してくれないらしい。まだまだ、前途多難な様子だった。がっくりと肩を落としたはずの優奈は時計を見た瞬間、ビシッと背筋を伸ばした。

「それで、穂花……例のブツ、持ってきてくれた?」
「い、一応……」
「優奈! ご飯が炊けたぞ!」
「はい、所長! 今持っていきます!」
「こら! 今は昼休憩だ、所長と呼ぶのはやめなさい!」

 優奈は私が持ってきた紙袋から保存容器を取り出して給湯室に向かう。容器の中身はカレー……私が作った、料理。優奈はそれを鍋に入れて温めていく。

「ありがとね、穂花。いつもお母さんがお弁当作ってくれるんだけどさ、今日は伯母さんと旅行に行ってて」
「うん、全然平気。私なんかの料理で良ければ、いつでも」
「ほら! またネガティブになる! 穂花の作るご飯はおいしいんだから、自信持ってよ。穂花だってさ、料理するの好きだって言ってたじゃん」

 それは、随分昔の話なってしまう。料理するのが好きだったことが高じて高校を卒業した後、フリーターや契約社員としてファミレスのキッチンで働いたこともあった。けれど、今の私には『料理をするのが楽しい』なんて気持ちは残っていない。あるのは、苦痛だけだった。


『どうせ今日もマズいんだろ? 俺、外で飯食うわ』


 頭の中で藤野さんの声が蘇る。私はそれを振り払うことができず、左の手首をぎゅっと強く摘まんだ。

「でも、大丈夫かな? ちゃんと食べられるかな? 美味しくなかったらどうしよう」
「大丈夫だって。ほら、もういい匂いしてるじゃない!」
「本当だ、カレーなんて久しぶりに食べるなぁ」
「うちのお母さん嫌いだからね、カレー」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな
恋愛
「覚醒しなければ、生きられない———       しかし、覚醒すれば滅びの呪いが発動する」 100年前、ヴァンパイアの王家は滅び、純血種は絶えたはずだった。 しかし、その血を引く最後の姫ルナフィエラは古城の影で静かに息を潜めていた。 戦う術を持たぬ彼女は紅き月の夜に覚醒しなければ命を落とすという宿命を背負っていた。 しかし、覚醒すれば王族を滅ぼした「呪い」が発動するかもしれない———。 そんな彼女の前に現れたのは4人の騎士たち。 「100年間、貴女を探し続けていた——— もう二度と離れない」 ヴィクトル・エーベルヴァイン(ヴァンパイア) ——忠誠と本能の狭間で揺れる、王家の騎士。 「君が目覚めたとき、世界はどう変わるのか......僕はそれを見届けたい」 ユリウス・フォン・エルム(エルフ) ——知的な観察者として接近し、次第に執着を深めていく魔法騎士。 「お前は弱い。だから、俺が守る」 シグ・ヴァルガス(魔族) ——かつてルナフィエラに助けられた恩を返すため、寡黙に寄り添う戦士。 「君が苦しむくらいなら、僕が全部引き受ける」 フィン・ローゼン(人間) ——人間社会を捨てて、彼女のそばにいることを選んだ治癒魔法使い。 それぞれの想いを抱えてルナフィエラの騎士となる彼ら。 忠誠か、執着か。 守護か、支配か。 愛か、呪いか——。 運命の紅き月の夜、ルナフィエラは「覚醒」か「死」かの選択を迫られる。 その先に待つのは、破滅か、それとも奇跡か———。 ——紅き誓いが交わされるとき、彼らの運命は交差する。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です

氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。 英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...