まんぷくっ! -となりのアイドル(と)ごはん-

indi子/金色魚々子

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1 お隣さんは(性にだらしない)アイドル!?

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 目の前にいる彼と、テレビに映っているMINATO君。やっぱりよく似ている……いやいや、同じ人じゃん、ようやっと彼らが同一人物であると頭が理解した。彼は落ちていたスマートフォンを拾い上げる。操作して、私にある画面を見せた。

「アンタ、こんなに俺の写真撮ってたの? もしかして俺のストーカー?」

 首を横にぶんぶんと振る。

「それとも、どっか週刊誌に売るつもり?」

 それにも首を振って否定する。隣の部屋に住んでいるあなたとOceansのMINATO君が同一人物かどうか、それが知りたかっただけです。そんな事を言ってもきっと信じてはもらえないだろう。彼は「ふーん」と言いながら私のスマホを操作している。

「あ、お前帰ってくんない? 俺、コイツと話つけないとだから」

 女の子もすっかり怯え切った顔をしていた。きっとあの子も芸能関係者なのだろう、彼と会っていることがバレたらただでは済まないに違いない。逃げるように走り去っていく。それを見届けた彼はスマホを私に向かって投げつけ、玄関のドアを閉める。逃げたくても逃げることはできない。玄関は彼に抑えられて、窓から飛び出したらそのまま死んでしまう。私は深呼吸を何度も繰り返した。大丈夫、きっと【アレ以上】辛い思いをすることは、きっとないはずだから、大丈夫。

「それで、どうする? 写真は消したけど……他にバックアップも持ってるかもしれないし。ここは交渉でもしようぜ」
「こ、こ、こ、交渉?」
「そう。アンタがこの事を誰にもしゃべらない代わりに、何でもしてやるよ」
「な、な、な、何でも?」

 MINATO君は深く頷く。

「どーせ冴えない女の一人暮らし、男に飢えてんだろ? 俺、あんたのこと抱いてやろうか?」
「だ、だ、だ……」
「だから、アンタの気が済むまでセックスしてやるって言ってんの。それで満足するだろ? こんなにかっこいい俺がやってやるって言ってるんだから、お得だろ?」

 それは、少しどころかとても怖い。見ず知らず……いや、お仕事している姿は知っているけれど、よく知らない男の人とそんな関係になるなんて、絶対にありえない。夫とすることですら、苦痛で仕方がなかったのに。私が小さく「いや」と呟くと、彼は首を傾げた。

「なあ、おい、何か喋れよ」

 ずっと押し黙っている私に、彼は痺れを切らし始めた。声音にいら立ちが混じり始める。彼は早急に答えを出すのを待っているのに、私の頭は違うことを考え始めていた。優奈の声が脳裏に蘇る。


『穂花の料理を誰かに食べてもらうとか』


 いやいや、そんなふざけたマネお願いできるわけがない。でも、もしかしたら、万が一でも億が一でも、超天文学的な奇跡が起こるかもしれない。私は震える喉を振り絞っていた。

「あ、あの、な、何でもいいんですか?」
「あー、いいよ。あ、ハメ撮りはNGだから。売られたら困るし」
「それなら、私の料理を食べてもらえませんか?」
「……はぁ?」

 気づけば、MINATO君が私の部屋のリビングにいた。唯一の座布団に座り、不審そうに私の部屋をきょろきょろと見渡している。私の部屋にアイドルがいる、なんて異様な光景だろう。もしかしたら夢なんじゃないかと思い、気づかれないように頬をつねった。痛い。現実だ。私は冷凍庫で眠っていたカレーとご飯を出して温め始めていた。しかし、彼はどうしてこんな話を受け入れてくれたのだろう? 見るからに胡散臭くて気味の悪い女の提案。彼は一瞬だけ迷うようなそぶりを見せたけれど、すぐに「いいよ」なんて言って私の部屋に入り込んでいった。

「あの、どうぞ」

 湯気が昇るお皿を彼の前に置いた。もちろん、スプーンを添えて。MINATO君は「ふーん」と顎をあげてそのお皿を見つめる。

「ふつーのカレーじゃん」
「はぁ、まぁ……」
「まさか、毒なんて入れてないよな?」
「そ、そんな! とんでもないっ!」

 MINATO君はスプーンを私に差し出す。

「へ?」
「毒見してよ」
「ちょ、ちょっと待ってください」

 カレーを食べる用のスプーンは我が家にこれ一つしかない。間接キスになってしまうようなことは困る。私は台所からティースプーンを持ってきて、カレー皿を引き寄せた。彼がまじまじと見つめる中、私は小さく「いただきます」と呟いて、一口だけ食べた。変哲もないカレーの味。しばらく冷凍庫の中にいれていたけれど、味に大きな変化はなさそうだ。MINATO君は私の様子をしばらくじっと見つめてから、スプーンを手に取った。

「毒は入ってないんだな」
「も、もちろんです」

 彼は私を睨みながらスプーンを持ち、一口、ぱくりと食べた。私は息を飲む。彼はもぐもぐと頬を動かして……目を大きく見開いた。

「あの! やっぱり美味しくないですよね! もう食べなくてもいいので……」
「うまっ!!」

 彼はまるで吸い込む様に次々とカレーを掻き込んでいく。あっけに取られている内に、MINATO君は完食してしまった。

「ねえ、おかわりある?」

 先ほどとは打って変わったようなキラキラとした瞳を私に向ける。私がまた首を横に振ると、彼は「なんだぁ」とまるで子どものように肩を落とした。

「久々に旨いもん食ったなぁ。アンタ、もしかして料理じょぉ……?」

 彼が言葉を飲むのが分かった。その表情を見なくても、ドン引きしているのが分かる。誰だって、目の前にいる見知らぬ女が滝のように涙を流しているのを見たらそうなるに違いない。MINATO君はティッシュボックスを見つけ出し、私の前に置いた。私はそれを何枚も引き出して鼻と目元を抑える。

「え? 何? なんかやばい人?」

 顔をあげると、MINATO君は玄関の方をチラチラ見ていた。隙あらば逃げ出そうとしているのが分かる。私は肩で呼吸をして、胸を落ち着かせる。

「……ご、ごめんなさい、急に」
「い、いや、全然。びっくりはしたけど」
「……こんな風に『おいしい』って言ってもらえるなんて思わなくて」

 MINATO君は首をきょとんと傾げる。

「何で? いや、普通以上に旨かったよ。もしかして、誰かに『マズい』って言われたとか?」

 その言葉に私が頷くと、彼は「マジで」と呟く。

「誰だよ。すげー失礼な奴だな」
「元夫――あ、まだ離婚で来てないからまだ夫か――にね、ずっと、そう言われてたの」

 私は堰を切ったように、藤野さんとの結婚生活について話し始めていた。私物をほとんど捨てられてしまったことも、ことあるごとに『バカ』と言われていたことも、料理を『マズい』と言われて最悪の場合は口を付けずに捨てられてしまったことも、彼の機嫌が悪かった時には軽い暴力を振るわれたこと……そして、優奈には打ち明けることができなかったけれど、夜の生活を強要されたことも。MINATO君は、時々相槌を打ちながら耳を傾けてくれた。

私が話し終えた頃には結構な時間が流れていた。

「ご、ごめんなさい! 初対面なのに変な話聞かせちゃって……」
「いや、全然いいけど。世の中にはひでー事する奴がいるもんだな、最低じゃん、ソイツ。それで、アンタはその元夫のせいで自分の料理に自信がない、と」
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