まんぷくっ! -となりのアイドル(と)ごはん-

indi子/金色魚々子

文字の大きさ
13 / 60
2 (理想的な)家庭の味ってどんな味?

― 9 ―

しおりを挟む

「今日の料理も旨かったけどさ」

 MINATO君がそう口を開く。私が一口目を堪能している間に、彼はもう半分以上ケーキを食べている。

「料理の自信って、いつつくの?」
「……わかんない」

 行く当てのない旅路を進んでいるようなものだ。料理への自信を身に着けるなんて。明日には結婚するより前の状態に戻っているかもしれないし、死ぬまでずっと今のままかもしれない。

「まあ、そんなもんだよな。俺だっていつだって自信ないもん」
「そうなの? 堂々としているように見えたけど……」

 テレビで歌う彼はいつも通り格好良かった。しかし、MINATO君の視点では違うように見えるらしい。

「そう装っているだけ。俺、それだけは得意だから。どれだけレッスンを積んでもフリが遅れる時もあるし、歌詞がトビそうな時だってある。けど、やるからには完璧でやらないと、アイドルとしての俺を見てくれる人を喜ばせるためにはさ。そうしないと食っていけない」

 私が黙っていると、彼はにっこりと笑みを見せる。これはまさしく『アイドル』としての笑い方だった。

「まあ、俺としては旨いメシ食えるからいいんだけど。ごちそうさま、また来るわ」

 あっという間にケーキを食べてしまった彼は、目的を終えたと言わんばかりに自分の部屋に戻っていった。

***

「浅見穂花です。今日からよろしくお願いします」
「浅見さんね、はい、よろしくね。これ、うちの制服……ま、エプロンだけど。あと、ネームタグ」

 私は紺色のエプロンを手渡された。胸のあたりには『ブックストア ニイヤマ』の文字、ネームタグには私の苗字が印刷されていて、その上には『研修中』のバッジがついている。

 離婚は成立していなから、戸籍上はまだ『藤野』だ。けれど、旧姓で働くことにした。優奈が「どうせすぐ『浅見』に戻すんだから、今のうちからそうしておきな」と背中を押してくれたおかげでもある。そう言ってくれなかったら、またうじうじと『藤野』の姓を名乗るところだった。

 店長の新山さんは、60代後半ののんびりとした男性。レジの使いかたを、ゆっくりと丁寧に教えてくれる。

「最初の間は誰かにいっしょにレジに入ってもらおうか。本屋、初めてって聞いたしレジ自体は使った事あるんだっけ?」
「昔、少しだけ」
「それならすぐに慣れそうだね。まあ、若いからするする飲み込めるでしょ。分からないことがあったら、すぐに聞くんだよ。僕でもいいし、他の社員やバイトでもいいし。浅見さん、大人しそうだから気にしそうだけど、忙しそうとかそういうの無視していいから、ドンドン声かけて」
「はい。ありがとうございます」
「今日から一緒に頑張っていこうね」
「はい」

 久しぶりに何だかやる気に満ちている気がする。

 今日の私の勤務時間は昼から閉店まで。夕方近くなると、近くにある学校の生徒がじわじわと増え始めた。女子高生数名が楽しそうな声をあげてレジに近づいてきた。そのうちの一人が、アイドル雑誌をレジに置く。

「アンタ、相変わらずOceans好きだよね~」

 後ろで待っている女子高生の一人が、レジで会計をしている子に話しかける。彼女の言葉に私の耳がピクリと動いた。

「だって、かっこいいだもん」

 にっこりと輝く笑顔を見せる彼女。Oceansの事が好きでたまらない、といった表情だった。

「出てる雑誌は全部買わなきゃ! あとでみんなにも読ませてあげるから」
「はいはい」

 彼女が買っていた雑誌のタイトルを私はちらりと見る。『アイドルジャパン』……帰る前に買ってみようかな。店長、お店の本は買うのは大丈夫だって言っていたし。退勤後の楽しみができた私は、その後も少し慌てながらも一日目の仕事を終えた。目立ったトラブルもなく一安心、肩の荷が下りた代わりに、私の手には軽いお土産が増えていた。

いつも通りコンビニで夕食を買ったけれど、家に着いた私は食べるより先に雑誌を開いていた。

---

――今や飛ぶ鳥を落とす勢いで人気急上昇中のアイドル・Oceansの素顔に迫っていきたいと思います! みなさん、朝の情報番組のレギュラーが決まって以降、生活の変化はありましたか?

MINATO(以下『M』):早起きになりました。
KOTA(以下『K』):お前、それは自分で起きられるようになってから言えるセリフだよ。
YOSUKE(以下『Y』):あはは! モーニングコールをする回数が増えましたね、MINATO君のおかげで。

---

 インタビューはアットホームな雰囲気で始まっていく。将来の目標やビジョンについて聞かれた後に、内容は『夢』について掘り下げていく。

---

――みなさんに『夢』ってありますか?

Y:僕とKOTA君は『世界進出』ということが多いけど……MINATO君はちょっと毛色が違うんだよね。

――そうなんですか? MINATOさん

M:そう? そこまで変かな? 早く結婚したいだけだけど

――え?! それはアイドルらしくないというか、斬新ですね!

---

 私も同じように「えっ!」という声が出た。最前線にいるアイドルの口からそんな言葉が出てくると思わなかったから。

---

M:俺、結構複雑な家庭で育ってるからさ、暖かい家庭? 家に帰ったら奥さんがいて、美味しいご飯があってっていう生活に憧れてるの
K:中学生の時から言ってますね、これは
M:KOTAの実家とか最高。まさに理想の形(笑)。行ったらすぐにご飯を出してくれるし、家庭の味って感じがすごいいい

---

「……家庭の味」

 私の声が、少しだけ震えていた。

---

――それなら、理想の女性のタイプは『料理上手』とか?

M:あー、それそれ
Y:MINATO君、そもそも料理なんてできないしね
K:すぐ怪我するから禁止にさせてるからな

---
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな
恋愛
「覚醒しなければ、生きられない———       しかし、覚醒すれば滅びの呪いが発動する」 100年前、ヴァンパイアの王家は滅び、純血種は絶えたはずだった。 しかし、その血を引く最後の姫ルナフィエラは古城の影で静かに息を潜めていた。 戦う術を持たぬ彼女は紅き月の夜に覚醒しなければ命を落とすという宿命を背負っていた。 しかし、覚醒すれば王族を滅ぼした「呪い」が発動するかもしれない———。 そんな彼女の前に現れたのは4人の騎士たち。 「100年間、貴女を探し続けていた——— もう二度と離れない」 ヴィクトル・エーベルヴァイン(ヴァンパイア) ——忠誠と本能の狭間で揺れる、王家の騎士。 「君が目覚めたとき、世界はどう変わるのか......僕はそれを見届けたい」 ユリウス・フォン・エルム(エルフ) ——知的な観察者として接近し、次第に執着を深めていく魔法騎士。 「お前は弱い。だから、俺が守る」 シグ・ヴァルガス(魔族) ——かつてルナフィエラに助けられた恩を返すため、寡黙に寄り添う戦士。 「君が苦しむくらいなら、僕が全部引き受ける」 フィン・ローゼン(人間) ——人間社会を捨てて、彼女のそばにいることを選んだ治癒魔法使い。 それぞれの想いを抱えてルナフィエラの騎士となる彼ら。 忠誠か、執着か。 守護か、支配か。 愛か、呪いか——。 運命の紅き月の夜、ルナフィエラは「覚醒」か「死」かの選択を迫られる。 その先に待つのは、破滅か、それとも奇跡か———。 ——紅き誓いが交わされるとき、彼らの運命は交差する。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...