まんぷくっ! -となりのアイドル(と)ごはん-

indi子/金色魚々子

文字の大きさ
15 / 60
2 (理想的な)家庭の味ってどんな味?

― 11 ―

しおりを挟む
「アンタ、親は?」

 私は少し迷いながら、でもこんな所で嘘をついても仕方がないと思い、口を開いた。父は私が中学生の時に事故で、母は私が結婚した直後に病気で、それぞれすでに亡くなっている。そう言うと、彼は「なんかごめん」と申し訳なさそうに眉を下げた。

「変な事聞いたわ」
「ううん、大丈夫。気にしていないから」

 手持無沙汰になった私は、雑誌のインタビューページを開いた。

「家庭の味に憧れてるってあったから、なんだろうって思って……友達に聞いたら『肉じゃがじゃない?』って言われたからそうしてみたの。お口に合ったみたいで良かった」

 そう言うと、MINATO君は眉を顰める。

「……家庭の味って、そういうもんじゃなくない?」
「え?」
「そういうのって、家によって違うものじゃないの? そりゃ、肉じゃがが家庭の味っていう家も多いだろうけどさ……アンタにはアンタんちの『家庭の味』ってあったでしょ?」

 私の舌に、母が作ってくれた料理の味が蘇る。私が一番好きだったあの料理……アレが我が家の味なのかもしれない。

「肉じゃがも旨いけどさ、俺は、食べられるならそういうのがいいな。アンタんちの味」
「……うん、じゃあ、来週作ってみる」
「マジで! 約束な」

 屈託なく笑う彼の笑顔を見ていたら、私も釣られて笑ってしまっていた。全部食べ終えたMINATO君は、ポケットからスマホを取り出し、メッセージアプリを開いて私に差し出した。

「ん」
「……ん?」
「ほら、アンタも出して。連絡先教えるから……また遅れそうになる時には先に連絡するし」

 カバンの中から慌ててスマホを出し、アプリを開く。連絡先を交換すると、私のアプリ画面に『笠原 湊人』という名前が映し出された。

「これ、名前は『ホノカ』って読むで合ってる?」
「うん」
「アンタの名前、今初めて知ったわ。じゃー、また来週な、穂花サン」

 私は手を振って別れを告げる。また来週、その時は我が家の『家庭の味』。湊人君と約束を二つもしてしまった。何だか、夢心地だ。


***


 翌週の木曜日、うちには湊人君より先に優奈が来ていた。作り過ぎてしまった『我が家の味』をおすそ分けするために。

「……あんた、どんだけお米炊いたの?」
「……5合」

 つい張り切り過ぎてしまった。優奈に料理を入れたタッパーを渡す。

「でも助かる。今日お母さん、急に友達を晩ご飯食べに行くって出かけて行っちゃったから。これ晩ご飯にするよ」
「私も食べてくれる人がいて良かった」

 優奈がそれを紙袋に入れて、すっと立ち上がる。まだ仕事が残っているのにわざわざ来てもらって申し訳ない気持ちだ。

「そういえば、何か進展あった?」
「え?」
「例のアイドルと。良い感じになってきた?」

 優奈が私の脇腹のあたりをぐりぐりと肘で押す。私は「何にもないよ」と返すと優奈は何だか不満そうに頬を膨らませる。帰っていく優奈を見送りスマホを見ると、通知が来ていた。湊人君から「おそくなりそう」というメッセージ。私はそれすら嬉しくて、何度も見返していた。藤野さんと暮らしていた時、こんなメッセージは来なかった。いつも帰ってくるまでじっと待ち続けて、くたびれて眠ってしまったら大声で起こされて、朝まで怒られる。湊人君から見れば簡単に送ることができるメッセージ一つでも、私は一人の人間らしく扱われている嬉しさが止まらない。

 しばらく経ってから「もうすぐつく」というメッセージが届いた。その言葉通り、いくばくもしないうちにチャイムが鳴る。私は洗濯物を畳む手を止めてドアを開ける。すると「お腹空いたぁ」と泣きそうな顔をしている湊人君がやってきた。

「今日、なに?」
「……うちの母が、お祝いの時に良く作ってくれたご飯」

 それはひな祭りだったり、高校に合格した時だったり……何かいいことがあった日には、母が必ず作ってくれた料理。

「牛ごぼうのちらし寿司っていうの」
「ふーん。普通のちらし寿司とちょっと違うね」

 ささがきにしたごぼうとにんじん、そして牛肉のスライスを甘辛く味付けする。牛肉は硬くならないようにささっと火を通して、ごぼうやにんじんと同じ大きさに切る。味付けを終えたそれらを酢飯の中に入れて、全体をまんべんなく混ぜたら、出来上がり。甘いごぼうと牛肉が酢飯にちょうど良く馴染んで、子どもの頃からの私の好物。母が作る料理の中で、一番好きだったもの。

 私はそれと、お吸い物、水菜のお浸しを彼の前に出す。私も同じように並べた。

「んじゃ、いただきます!」
 
 お吸い物を少し飲んでから、湊人君はちらし寿司を大きな口にパクリと入れていく。そして目を大きく丸めた。

「ん! んまい!」
「……ありがとう」
「ごぼう、ちょっと甘いね。これでちらし寿司なんてちょっと不思議だったけど、ご飯によく合うよ。これ、本当に旨い。穂花サンのお母さん、いいご飯作ったね」

 ほがらかに笑みを作る彼を見ていると、母の姿を思い出してしまう。最後にお母さんがこれを作ったとき……それは、私が結婚する前日だった。

「実家を出る前の日に、お母さんが作ってくれたの。私が幸せになれますようにって、そう言って。……でも、私、お母さんが望むような幸せな家庭にはできなかった」

 目に涙が滲む。それを人差し指でぬぐっても、視界はぼんやりとしたままだった。

「それってさ、アンタだけのせいじゃないじゃん。旦那、ろくでもないやつだったんでしょ?」
「でも、私がもう少しうまくやれていたら……」
「その『うまくやれてたら~』とか『私さえちゃんとしていれば~』なんて言っててもさ、もうどうしようもないじゃん。所詮は過去だよ、過去」

 湊人君はご飯を食べながら話を続ける。

「後ろ向きなことばっかり言ってないで、前見てればいいじゃん。アンタのお母さんだって、結婚したまま不幸でいるよりも、アンタがこれから幸せになってくれたほうがいいって、天国でそう思ってんじゃない?」

 ふっと涙が途切れた。湊人君を見ると、彼は「ね?」とほほ笑んでいる。

「そっか……そうだよね」

 私の人生は、ここで終わったわけじゃない。これから、まだ続いていくのだ。だから今度こそ、お母さんが願ったように、誰よりも幸せになるチャンスはある。そう思うと、涙が枯れていく。……やっぱり、湊人君はすごい。私の心をいとも簡単に救ってくれる。彼はこうやって、アイドルとして他の女の子の心も助けているに違いない。

 湊人君はいつも通りおかわりもして、満腹になったお腹を擦りながら帰ろうとしていく。

「あ、そうだ、穂花サン」
「ん?」
「洗濯物は目につかないようにするか、すぐに仕舞った方がいいよ」
「……あ、あぁあああ!」

 畳んだばかりで出しっぱなしにしていた洗濯物。そのてっぺんには、この前優奈に買ってもらったばかりの下着が堂々と鎮座している。私は慌ててそれらをタオルで隠すけれど、時すでに遅し。

「アンタ、あんなのつけるんだね。イメージ通りっていうかなんていうか……ま、これから気を付けて。また来週ぅ~」
「あ、あ、あ……」

 私の顔が真っ赤になるのを見て、湊人君は大きな声で笑い、そのまま帰っていった。

 優奈は「見せちゃえば」なんて冗談言っていたけれど、本当に見られてしまうなんて……あまりにも迂闊すぎる自分自身に私はげんなりと肩を落としていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

処理中です...