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4 苦手なものを克服しよう!(私からのエールを込めて)

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 秋が深まっていたある休日、外出する予定があった私が準備していたところ、オートロックのインターフォンが鳴った。出かける約束をしていた優奈はうちまで迎えに来るなんて言っていなかったし、荷物が届く予定もない。何だろうと思ってモニターに向かうと、私は目が飛び出そうなくらい驚いていた。

「お、お、お、OceansのKOTAとYOSUKE……!?」

 荒いモニター越しだけど、輝くオーラはこちらにすぐ伝わってくる。間違いなく、Oceansの湊人君以外のメンバー、KOTA君とYOSUKE君だ。でも、どうしてうちに……もしかしたら、湊人君の家と間違えているのかもしれない。私は震える指先で通話ボタンを押す。

「あ、あ、浅見、です。あの、湊人君なら隣の家ですけど……」
『いるじゃん。あの、ホノカさんで間違いないですか?』

 YOSUKE君が私の名前を呼んだ、まるで夢のよう……そうじゃなくて、まさか本当に、私に用事があって来たの? 頭の中はパニックになってしまい、うまく返事ができない。

『あの、ここじゃ目立つんで、開けてもらっていいですか?』
「は、は、はひ、いまあけます!」

 KOTA君に言われるままに、私は開錠のスイッチを押していた。二人の姿は消えて、エレベーターが昇ってくる音が聞こえてくる。私は玄関の前で落ち着きなく彼らが来るのを待った。チャイムが鳴ったのと同時に、ドアを開ける。

「うわっ! びっくりしたぁ……」
「え、あ、あ……ほん、ほんもの……」

 私が戸惑っている内に、二人はするりと部屋に入り込んできた。

「俺たちの事、知ってるってことでいいんだよね?」

 KOTA君の言葉に私は頷く。

「芸能事務所アスタリスク所属の、三人組ボーイズアイドルグループのOceansのKOTAとYOSUKE……っ!」
「わ、詳しそう」
「YOSUKEは幼少期にダンスコンテストで優勝したのを皮切りに、国内外のダンスコンテストで数々の入賞を果たし、現在ではOceansのダンスの要となっている23歳、身長174cm、9月6日生まれのおとめ座」

 私の早口にYOSUKE君が少し引いているのが伝わってきた。

「KOTAはOceansの歌とダンスの大黒柱、曲作りやダンスの振り付けも行う実力者。子どもの事からアイドルのファンだったことから自身もアイドルを目指した25歳、184cm、8月22日生まれのしし座。好きな物はサラダチキンや卵などのたんぱく質を多く含む食べ物」

 KOTA君はさらにドン引きしている。

「なあ、やっぱりやめておこうぜ……」
「いやいや、これはOceans、ひいては僕たちのためだよ? これくらいで引いてたらアイドルやってられないよ! ファンからの愛は受け止めないと!」
「そうだけど……ノンブレスでここまで言われたらちょっと怖いって」

 二人はひそひそ話しているつもりみたいだけど、私の耳にはしっかり届いている。ちょっとやりすぎてしまったみたい。けれど、本物を目の前にしたら口が止まらなくなってしまった。

「あの、僕たち、ホノカさんにお願い事があって……ちょっと聞いてもらっていいですか?」

 YOSUKE君が改まって口を開く。お願い事と言われると少し不安だけど、私は二人を家に上げた。かしこまって正座をするKOTA君とYOSUKE君。私も自然と背筋を伸ばしていた。

「あの、本当に大変だと思うんですけど……湊人の好き嫌いを直してください!」
「えっ?」
「この通り!」

 KOTA君とYOSUKE君が同時に土下座をした。私がどれだけ頭をあげてと言っても、二人は頑なに動こうとしない。

「す、好き嫌いっていうと……もしかして、キノコ?」
「はい」

 KOTA君が顔をあげた。湊人君のキノコ嫌いは私もよく知っている。雑誌のプロフィール欄にも書いてあるし、【私たちの約束】が決まったときにも「キノコは出さないで」と言われたくらいだ。

「どうしてまた、急にそんなことを……」
「【キラモニッ☆】って知ってます? 僕たちが出てる朝の番組なんですけど」
「も、もちろん」

 湊人君がうちでご飯を食べた次の日の金曜日に出演している、朝の情報番組。毎週欠かさずチェックしている。

「今度その番組の企画で、キノコ狩りに行くんです」

 あの番組には彼らが毎週何かにチャレンジするコーナーがあるけれど、それが『キノコ狩り』に決まってしまった。しかし、それをまだ湊人君には話していないらしい。

「アイツ、本当にキノコが嫌いで……たぶんキノコ狩り行くって聞いたら番組やめると思う」
「いやいや、そこまで……」
「ホノカさん、湊人君の好き嫌い舐めてもらっちゃ困るよ!」
「……もしかしたらアイドルだって辞めるかもしれない」
「困るよ! 湊人君が辞めちゃったら誰がCメロ歌うの! ただでさえ航太君が作る曲は難しいのに、僕嫌だからね!」

 YOSUKE君が頬を膨らませて怒る。……キノコでそこまでの危機が訪れるアイドルも珍しい。

「俺たちだけじゃにっちもさっちもいかなくて。そこで、あなたの事を思い出したんです」
「そうそう! 湊人君にご飯食べさせてるお姉さん!」
「あなたの事は湊人からよく話を聞いてますし、弁当もめっちゃうまかったんで、きっとなんとかしてくれるって」
「い、いやいや!」

 私は少し後ずさる。

「さすがにそこまでの責任は負えないです!」
「お願いします! Oceansの今後のためなんです!」
「湊人君のキノコ嫌い、なんとかしてください!」

 再び、二人は土下座を始める。私は必死になって二人に頭を上げてもらおうとするけれど、テコでも動かない。

「ど、ど、どうして私なんですか? そんな責任重大な事できません!」

 聞きたくて仕方なかった事を口にすると、ようやっとKOTA君が顔を上げた。

「アイツ、俺たちやマネージャーの言う事ってあんまり聞かないんですよ」

 続けて、YOSUKE君も頭を上げた。

「でも、女の子の前だとええかっこしいなんです! カッコつけたくて仕方ないっていうか、すごいアイドル向きの性格してるんですよ、湊人君って」
「それで、湊人にご飯食べさせているホノカさんならうってつけじゃないかと考えました。アイツ、あなたにお願いされたらもしかしたらキノコ食べるかもって」
「そう簡単にうまく行くかな……」

 私じゃなくて、彼の周りにいる綺麗な女の子たちにお願いしたらいいのに。

「僕たちのためだと思って、お願いします! 今度のライブイベントのチケット用意するので!」
「……え、もしかしてそれって、アイドルジャパンフェス?」

 YOSUKE君が頷く。

 アイドルジャパンフェスは、国内の有名アイドル達が集う日本最大のアイドル音楽イベント。多種多様なアイドルが出演するおかげでチケットはいつも争奪戦で、私がOceansの出演を知ったときにはすでにチケットは売り切れてしまっていた。私はごくりと喉を鳴らす。……欲しい。Oceansの生パフォーマンス、見たい。

「どう? 行きたいでしょ?」

 YOSUKE君は口角をあげて笑う。その言葉に、私は頷いてしまっていた。
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