まんぷくっ! -となりのアイドル(と)ごはん-

indi子/金色魚々子

文字の大きさ
28 / 60
5 冬(と二人)のはじまり

― 21 ―

「~~っ、へっくしゅん!」

 くしゃみと同時に目が覚めた。布団をかけていたはずなのに体が少し冷えていて、外からは木枯らしが吹く音が聞こえてきた。カーテンを開けていなくても、冬がすぐそこまで近づいてきているのがわかる。

「そろそろ布団もなんとかしないと」

 テレビの天気予報を見ると、寒気が日本全国を覆い、山間部ではこれから雪が降るらしい。気温も今日を皮切りにどんどん下がっていって、本格的な冬が始まると告げている。私は鼻をすすって、ため息をついた。

 私の家にあるのは夏用の布団。冬用の布団はいずれ買おうと思っていたけれど、いい加減用意しないとこのまま風邪をひいてしまう。幸いなことに、今日はバイトも休み。思い立ったが吉日、このまま買いに行こうかな。
 軽く朝食を取り、簡単に化粧をしてバッグを持ち、家の外に出る。それと同時に、隣のドアも開いた。

「あっ!」
「あ……」

 湊人君がスウェットの上下と厚手のカーディガンというラフな格好で出てきた。キャップとサングラスをかけているから、彼もこれからお出かけなのかな?

「穂花サン、かわいい格好してどこ行くの? デート?」
「へ?」

 ジーンズにトレンチコート、ショルダーバッグというシンプルな格好なのに、そんな風に褒められると顔に熱が集まってしまう。

「ち、違うよ、買い物」
「買い物? どこに?」

 ここから数駅先に新しくできたショッピングモールに格安家具のチェーン店があるって、この前キラモニッ☆でやっていた。そこに行ってみるつもり。そう言うと、彼は目を輝かせた。

「俺も行きたい!」
「えっ? し、仕事は?」
「今日オフ!」
「でも、予定があって外に出たんじゃ……」
「あー、コンビニ行こうと思っただけ。気にしなくていいよ、一日暇だから」
「それに、湊人君がそんなところに行ったら目立っちゃうんじゃ……」

 アイドルがショッピングモールになんて現れたら、人だかりができてパニックが起きてしまうに違いない。やめておいた方がいいよと言っても、湊人君は笑いながら「大丈夫だって」と繰り返す。

「俺も行く用意するからちょっと待っててもらっていい?」

 湊人君が自分の部屋のドアを開け、私もそこに滑るように入り込む。奥で待ってていいよなんて優しいことを言ってくれたけれど、それは恐れ多いので私は玄関で立ち尽くした。洗面所からは何やら賑やかな音が聞こえてくる。

 待つこと10分。

「ごめん、お待たせ!」

 姿を見せた湊人君は、違う人になっていた。私が驚きのあまり口をあんぐりと開けると、湊人君は首を傾げた。

「え? どこか変?」
「変っていうか……」

 彼のトレードマークになっていた金髪は真っ黒のヘアウィッグで隠され、それとは対照的に目には明るい茶色のカラコンが入っているみたいだ。ゆったりとしたジャンパーに黒いすっきりとしたパンツが、背の高い彼には良く似合っている。

「これならいいでしょ?」

 彼はさらにニット帽を被り、ウレタンのマスクで口元を隠す。確かに、これだとパッと見るだけでは、【Oceans】の【MINATO】とは気づかれまい。それくらいの変身っぷりだった

「よし! 行こう!」

 湊人君に引っ張られるまま、私たちは歩き出していた。

 湊人君とお出かけなんて、なんだか信じられない。電車に揺られながら、私の正面に立つ彼をじっと見つめる。変身はうまくいったけれど、やっぱり隠しきれないキラキラしたオーラ。不安になった私がちらちらと周囲を見回すと、湊人君は「大丈夫だって」と繰り返す。

「この格好で何度か出かけたけど、ばれたことなんて一度もないよ」
「でも……」
「木を隠すなら森の中、人を隠すなら人混みの中って言うでしょ?」

 そうかな? と言おうとしたとき電車がぐらんっと大きく揺れた。バランスを崩した私の体は転びそうになるが、間一髪のところで持ちこたえた。

「大丈夫?」
「え、あ、うん。大丈夫……」
 
 湊人君が私の腕をぎゅっと掴んでいた。もう大丈夫だよ、と告げると怪訝そうに私を見る。

「危ないから、俺の服掴んでなよ」
「え?」
「じゃないと、今度は転ぶかもよ」

 湊人君は「ほら」と促す。私がおずおずとジャンパーの端っこを摘まむと、今度は深くため息をつく。

「そうじゃなくってさぁ」
「ご、ごめんなさい」
「いや! 別に怒ってるわけじゃ……ほら、しっかり掴んで」

 私の手を取り、彼は自身の腕を掴ませた。私が驚いていると、湊人君はしっかりと頷いている。

「こっちの方が自然かな?」

 ジャンパー越しに伝わってくる体温で気が気でないのに、彼は涼しい顔をしている。私ばっかり彼の事を意識しているみたいで、何だか恥ずかしい。

(ち、違うことを考えよう!)

 彼から意識を反らすために、私は頭の中でカレーを作り始めた。ルーを入れる段階までたどり着いた時、目的の駅に到着する。降りていく人たちは、みんな同じショッピングモールに行くみたいだ。

「じゃ、あの人たちについて行けばいいね。行こう」
「うん」

 私は彼から手を離す。名残惜しさと、恐れ多さ。比較すると、後者の方が大きかった。
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。