まんぷくっ! -となりのアイドル(と)ごはん-

indi子/金色魚々子

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7  (まだ何もはじまってないけど。むしろ事態は悪化したけど)終わりよければすべてよし?

― 32 ―

「眠れなかった……」

 朝日が昇るよりも先にポツリと漏れた言葉の通り、日付が変わる前にベッドに入ったのに私は一睡もできないままだった。
 まるで熱を出した時みたいに顔が熱い。のろのろとベッドから起き上がって、顔を洗うために洗面所に向かう。鏡を見ると、目の下にはまた隈がくっきりと現れている。胸はまだドキドキと激しく脈打っているけれど、これは恐怖からくるものではない。……昨晩の、湊人君の唐突な告白のせいだ。

「……今、何て?」

 あの時、私はその言葉を飲み込めず、思わず聞き返していた。湊人君は「はぁ」とうつむき大きく息を吐く。金色の髪から見える耳が赤くなっている。きっと、私も同じように赤くなっているに違いない。

「だからぁっ! 穂花サンの事が好きだから、付き合ってくださいって言ってんの! これで分かる?」
「う、うん、わかる」

 やっぱり聞き間違いじゃなかった。

「それで、付き合うの? 付き合わないの?」
「え?」
「教えてよ、今、ここで」

 湊人君はまっすぐに私を見つめる。目はほんのり潤んでいて、ちょっとむくれたような表情はいつもよりも幼く見えた。

「私、まだ離婚してないし……」
「でも、するんでしょ? それならもう別れたようなもんじゃん」
「と、年上だし」
「俺、そういうの気にしないよ。てか、年上大好物」
「……湊人君、アイドルでしょ? やっぱり恋愛ってだめなんじゃ……」
「何? それ」

 湊人君の声が少しだけ低くなった。

「アイドルだって、恋愛してもいいじゃん。アイドルだって人間だよ?」
「でも……」
「穂花サンがアイドルと付き合いたくないっていうなら、俺辞めてもいいし」
「だ、ダメだよそれは!」
「まあ、半分冗談だけど」

 湊人君は私の手を強く握った。その力強さと体温に、心臓が高鳴るのを感じていた。

「……今すぐじゃなくてもいいよ。穂花サンにも色々事情があるっていうのは分かってるし。けどさ、忘れないで。さっき言った言葉は嘘とか同情じゃない、俺の本心だから」

 そして湊人君は「いただきます」と言ってオムライスを食べ始めた。私も無意識に食べ始めたけれど、正直、味なんて全然分からないままだった。

「ゴミ出しでもしよ」

 早起きしすぎて暇を持て余した私は、溜まった燃えるごみをかき集めて集積場に向かうため玄関を出た。

「あ、穂花サンじゃん、早いね。まだ夜だよ?」

 私がドアを開けるのと同時に、隣の部屋のドアも同じように開いた。私の目はギョッと丸くなるけれど、彼の目はそれとは正反対に柔らかく弧を描く。

「み、み、湊人君……」
「おはよ。ゴミ捨て?」
「う、うん……」

 ただでさえぎこちない話し方しかできないのに、緊張でさらに喋り辛くなってしまう。湊人君は笑いながら私に近づいて、ゴミ袋を奪っていった。

「俺行くよ」
「で、でも……」
「どうせこのまま仕事だし。じゃ、またね。ちゃんと寝るんだよ」

 その言葉に頷く。

「あ、あの、湊人君」
「なぁに?」
「お仕事、頑張って」

 湊人君は満面の笑みを見せる。そして「生放送見てねー」と言って、私のごみを持ったままエレベーターに乗ってしまった。私は部屋に戻り、もう一度ベッドにもぐる。心臓がさらにバクバクと鳴っていて、うるさいくらいだった。これじゃ眠ることなんてできない。私はそのまま夜明けを待って、湊人君たちが出演しているキラモニッ☆にチャンネルを合わせた。

 キラモニッ☆を見ていても、頭には昨日の出来事が渦巻いている。私は居たたまれなくなって、気づけば優奈にメッセージを送っていた。……友達に恋愛相談なんて、生まれて初めてするような気がする。

『アンタ、マジで言ってんの?!』

 メッセージを送った直後、優奈から電話が来た。興奮しているのか声が大きくて、耳の奥がキンと痛む。

「う、うん……」
『良かったじゃん! いや、私が最初に隣に住んでるアイドル落とせって言った時は冗談みたいなもんだったけどさ、何とかなるもんだね』
「……あはは」
『あの子ならきっと穂花のこと大切にしてくれるよ。それで、付き合うの?』

 その言葉に私は頭をぶんぶんと横に振る。電話をしているから優奈には見えていないはずだけど、優奈は大きな声で笑っていた。

『さすがにまだ離婚出来てない女とアイドルじゃ厳しいか』
「そ、それもあるし……」
『よっしゃ! 私、相手方にすぐに協議再開するように言っておくね。もうささっと離婚しちゃお』

 優奈は興奮したまま電話を切ってしまう。嵐が通り過ぎたみたいに耳元は静かになってしまい、私は肩の力を抜いていた。

「付き合う、か」

 男の人と付き合うって、どうしたらいいんだろう? 藤野さんと付き合っていた頃のことなんてあまり覚えていないし、そもそも普通のカップルみたいなことなんてしたことない。彼の部屋に行って、ご飯食べて、セックスして終わり。

 もし、湊人君と付き合えるようになったら……それはきっと夢みたいな生活に違いない。湊人君は優しいし、暴力なんて絶対に振るわない。仕事にもちゃんと行ってくれるはずだし、それに、私が作った料理を必ず「おいしい」と言って食べてくれる。それを想像するだけで胸がぽっと温かくなるのが分かった。まるで絵に描いたような幸せな生活がそこにあるに違いない。私はにやけるのを抑えることが出来なくて、リビングの床に突っ伏した。

「……はぁ」

 幸せなため息を一つ。しかし、そんな夢みたいな気分は私の視界にテレビのリモコンが入り込んだ瞬間、あっという間にかき消されていった。私の脳裏には、あの日フェスの時に見たアイドルとしての『MINATO』の姿が蘇る。ファンの女の子たちの歓声と鮮やかなライトに包まれ、歌声を披露する彼のアイドルとしての姿。もし私たちが無事に交際できたとして、それを世間に隠していくのは絶対に無理。きっと写真週刊誌の記者は彼らのスキャンダルを狙っているに違いない。アイドルとしてのキャリアを順調に積み重ねているのに、もし熱愛発覚みたいなことが起きたら。しかもそれが私みたいな冴えない女であるとばれたら、その冴えない女がまだ離婚していない【既婚者】であることが知られるようなことがあったら、MINATOもOceansも人気が急降下してしまうかもしれない。そうなってしまったら、彼らの今までの努力もすべて水の泡になってしまう。

 私が寝返りを打って天井を見つめた。真っ白な天井を見ていると、さっきまでの夢みたいな気持ちがかき消され、冷たい水の中に落とされたかのように頭の中がクリアになっていく。

(……受けない方がいいよね、告白)

 私は彼の言葉や抱いた夢を胸に仕舞いこみ、ゆっくりと起き上がった。今日はバイトがある日だから、準備を始めないと。少し重たくなった体に鞭を打ち、私は外出の用意を始めた。
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