まんぷくっ! -となりのアイドル(と)ごはん-

indi子/金色魚々子

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7  (まだ何もはじまってないけど。むしろ事態は悪化したけど)終わりよければすべてよし?

― 34 ―

***

 あれから数日経って、私もようやく料理を湊人君に振舞うことができるくらい回復した。木曜日になると、湊人君は私の部屋にやってくる。けれど、まるであの時のコトがなかったみたいな態度に見えた。いつも通り「美味しい」って言ってくれて、いつも通り帰って行ってしまう。何かを言われたり、されたりするなんて事は一切ない。それなのに、かえって私は彼の事を意識してしまっていた。箸を持つときの指先がきれいだなとか、嬉しそうに笑う時は頬が上がることとか。一挙手一投足が気になって仕方ない。

 離婚協議は遅々として進んでいない。優奈の「あ゛―」という潰れたようなうめき声が弁護士事務所に響く。

「また穂花のこと連れて来いって言ってんのよ」
「私、大丈夫だよ、行くよ」
「あの男に追いかけられて料理できなくなるくせに、何言ってるの。直接会って話したらアンタ自分がまともでいられると思う? それに、DV被害者を加害者のところに連れていけるわけないでしょ?」
「……ごめん」
「あー、謝らなくっていいから。悪い癖だよ」

 優奈に勧められるまま淹れてくれたお茶を飲む。胸につかえていた不安はそれと一緒に流されていった。

「それに、アンタを直接会わせるべきじゃないっていうのは、あっちの弁護士の意見でもあるから。何とか説得してくれているみたいよ」
「そうなんだ」
「うん。だからさ、安心して。クリスマスは新しい彼氏と楽しく過ごせるように頑張るから!」
「いや、そういう関係じゃないし……」

 また藤野さんらしき人に追いかけられたという事は、優奈には話していなかった。これ以上心配をかけたくないという気持ちが強い。

「それで、例の彼とはどうなの? 仲良くしてる?」
「え、あ、や……」

 書類を片づけた優奈はお仕事モードからプライベートモードに切り替わってしまっていた。不幸なことに、優奈を諫めてくれる優奈のお父さんは外出していていない。言葉に詰まっていると、彼女はニヤニヤと笑っていた。

「告白、返事はしたの?」
「……しないよ」

 優奈は「えっ!?」と大きく声をあげた。私は前髪を摘まんだ。この下には、彼がキスしてくれたおでこ。あの時感じた胸の痛みも、熱を持った体も、それが何を意味しているのか……私にだってそれくらいわかる。

「どうして? 付き合えばいいじゃん」
「でも、ファンの子からOceansのMINATOを奪う訳にはいかないよ。アイドルって誰かと付き合ってるって知られるだけでファンが減ったりするし」
「まあ、それはそうだけどさ。でも、大事なのはアンタとあの子の気持ちでしょ? ファンの気持ちなんて関係ないじゃない。そこまで真剣に考えてるってことは、穂花、あの子の事大好きなんでしょ?」
「……なんか、生まれて初めてなの。湊人君と接しているとドキドキするし、嬉しくなるし。これが、人を好きになるってことなんだなって分かってきた」
「は? じゃあ何で藤野さんと結婚したの?」

 返す言葉もない。

「……わかりません」
「穂花って昔から人に流されやすい所あるけどさぁ……。ちゃんと自分が後悔しないようにするんだよ。断った後に『やっぱり付き合いたい!』って言っても、もう遅いんだから」

 優奈も、この後は外に出て依頼人と打ち合わせらしい。私は荷物をまとめて、弁護士事務所をあとにする。優奈は「また今度話聞かせてね」とニコニコ笑いながら私とは反対方向へ歩いて行った。

「……買い物でも行こうかな」

 今日はバイトもないから、この後はずっと暇。折角だし、冬服でも見に行こう。駅に向かって歩き始める。電車に乗り、繁華街にあるファッションビルに入って、いろんなショップを見て回った。おでこに触れるたびに、世界がキラキラと光っているように見えた。クリスマスはまだなのに、イルミネーションでデコレーションされているみたいに。浮かれた気分のまま、私はワンピースを一着買っていた。深緑のティアードワンピース。今までの私だった、きっと見向きもしなかったに違いない。

 ファッションビルを出た時はまだ明るかったのに、マンションの最寄り駅で降りた時には暗くなり始めていた。私は早歩きで自宅へ急ぐ。時折後ろを振り返り、誰も付いてきていないことを確認した。何事もなくマンションの前に着き、私はいつも通りエントランスへ続くドアを開けようとした。

 その時だった、誰かが私の肩を、痛いくらい強く掴んだのは。

 声を出すことも出来なかった。その手には覚えがあったから。振り返らなくても、私の肩を掴んでいるのが誰なのか、私にはすぐに分かった。

「……穂花」

 私の名を呼んだ【彼】は、無理やり私を正面に向かせた。震えながら顔をあげると、私の事を見つめるギラギラとした視線にかち合った。恐怖に支配されながらも、私は助けを呼ぼうとスマートフォンが入っているポケットに手を入れようとする。でも、それよりも先に藤野さんが私の手首を掴んだ。

「帰ってくるの、遅かったな。ずっと待ってたんだぞ」
「……」
「ほら、行くぞ」
「……は、離してください」

 藤野さんは私の手首を引っ張り、歩き出そうとする。私は抵抗するけれど、彼の力は一緒に暮らしていた時よりも強くて、いつも簡単に引きずられて行ってしまう。

「大丈夫、話をするだけだから。離婚したいんだろ? まずは二人だけで話をしよう? な?」
「話なら、弁護士通してください」
「お前、あの変な女弁護士に妙な入れ知恵されてるだろ? あんなのがいたら落ち着いて話できないだろ? 俺は二人でゆっくり話をしたいんだ。大体、暴力だの慰謝料だの……俺の親が知ったらがっかりするだろ?!」

 藤野さんは声を張り上げた。掴まれた手首に感じる痛みがどんどん強くなっていく。けれど、痛みよりも恐怖が上回っていく。これを拒否したら、きっと今よりもひどい目に遭う。私は、それを知っている。体の力が抜けていくのが藤野さんにも伝わったみたいだった。

「あっちに車止めてあるから。ほら、とっとと歩けよ」

 腕を乱暴に振り回された。行きたくないのに、体は彼の言葉に従ってしまう。もう何もかも諦めようとしたとき、マンションの前に車が停まる音が聞こえた。ドアが開き、そのまま、誰かが私の腕を掴んだ。強い力で引っ張られ、あっという間に私は藤野さんから引き離される。

「み、湊人君……?」

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