まんぷくっ! -となりのアイドル(と)ごはん-

indi子/金色魚々子

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8 【最悪(あるいは、アイドルとしての破滅)】までのロードマップ

― 38 ―

「穂花サン、怒った?」

 湊人君も台所にやってきた。私が「怒った」と言うと、湊人君はくすくす笑う。

「ごめんってば。……それで、今日のご飯は何?」
「……ちゃんちゃん焼き」
「チャンチャン? 何それ」
「昔教わった、北海道の郷土料理だよ」
「すげー、穂花サン、北海道の料理も作れるんだ!」

 無邪気にニコニコと笑う湊人君を見ていると、怒っていたのも忘れてしまう。私はキャベツ、ニンジン、玉ねぎを切って炒めていく。ある程度炒めたら、野菜の上に鮭の切り身を乗せて、味噌と砂糖、料理酒、みりんを混ぜたタレをかけて、バターも加えて、その後は15分くらい弱火で蒸し焼きにしていく。その間にキノコ類をたくさん切っていって和風スープも作っていく。

 電子レンジで凍らせておいたお米を解凍して、お茶碗によそっていく。湊人君はそれを受け取って、リビングまで運んで行ってくれた。いつの間にかうちの食器置き場についてもしっかり把握していて、次々に使いそうな食器を出してくれていた。

「湊人君、ありがとう」

 そう言うと、彼はゆっくりと頭を横に振った。

「これくらい当たり前でしょ? ほら、早く食べよ」

 湊人君はなんだかうずうずしている。お腹が空いているみたいだった。私が座布団に座ると、すぐに「いただきます!」と手を合わせた。

「――おいしい! これ、めっちゃ旨いね。ご飯に合う」
「ふふ、ありがとう」
 
 湊人君の箸はどんどん進んでいく。私はそれを見ながら、自分の分を食べ始める。甘辛い味噌の味と、野菜の甘味が鮭によく合って美味しい。あの時お義母さんが作ってくれた味とは少し違う、私だけの料理になってしまったけれど。こうやって誰かがおいしいって言ってくれるなら、それもいい事であるような気がしてきた。

「今度の企画、これに作るっていうのもありかも」
「え? 湊人君が料理するの?」
「いや、包丁を使うは航太がやってくれるから大丈夫」
「そっか。よかった」
「穂花サン、俺のこと心配してくれたの?」

 湊人君は意地悪そうに上目遣いで私を見つめる。その言葉に素直に頷くと、湊人君の頬が少しだけ赤く染まった。

「それは、ちょっと反則……」
「え?」
「いや、こっちの話。みんなに話してみよう」
「鮭が旬のうちにやった方がいいと思うよ」
「なるほどね。りょーかい」

 そんな話をしている内に、あっと言う間にお皿は空になってしまった。湊人君が洗ってくれると言うので、私はその隣に立って食器を拭いていく。全てを洗い終えた湊人君は「あのさ」と口を開いた。

「もしかしたら、来週から忙しくなるかも」
「そうなの?」
「うん。クリスマスとか年末年始の番組の撮影が始まるし、雑誌の取材も増えて来たし……穂花サンち、来れなくなるかも」
「もうそんな事始まるんだ……」
「ま、ないよりある方がいいんだけどさ。仕事が増えて、航太も喜んでるし」

 湊人君は「でも、結構疲れるんだよね」とため息をついた。

「もしこっち来ることが出来なさそうだったら早めに連絡するね」
「う、うん。分かった」

 玄関まで行って、湊人君を見送る。

「……ちゅーは?」
「な、なし!」
「ちぇー。またね、穂花サン」

 湊人君が自分の部屋に戻っていく音が聞こえてから、私は部屋の鍵を閉めた。当分会えない……それは、私に気持ちの整理をつけるためには必要な時間かもしれない。

***

 その言葉の通り、湊人君の仕事は一気に増えていったらしい。帰りは常に深夜だし、朝はKOTA君に電話でたたき起こされて早朝から仕事に向かう。時折彼から送られてくるメッセージにそう綴られていた。私は「がんばって」と返していた。

「浅見さん、今日ちょっと残業頼めないかな?」
「はい、いいですよ」

 私の仕事は、いつも通り、あまり変わり映えのしないものだった。明日の開店時に店頭に並べておきたい雑誌類が届いたけれど、今日はあまり残ってくれる人がいないらしい。私は残業を引き受けて、閉店後、届いた荷物を開けていく。

(女性週刊誌か……)

 私は先週号を本棚から抜き取り、最新号を並べていった。そしてふと、ある見出しに目が止まっていた。

【あの人気男性アイドルにまさか!?のスキャンダル】

 一瞬で指先が凍る様に冷たくなった。私の頭の中には最悪の考えと、「人気男性アイドルなんて、他にもたくさんいるから大丈夫」という楽観が駆け巡る。私は店長がこっちを見ていない隙に、さっと売り物の雑誌を手に取り、開いた。手だけじゃなくて、体中が震えているのが分かる。見出しと同じページを開いた瞬間、抱いていた希望は一気に打ち砕かれた。

「……み、湊人君……」

 その白黒のページにいたのは、間違いなく湊人君だった。記事にはしっかりと『人気男性アイドルグループ、OceansのMINATO』と書かれている。私は震えながら、その記事を読み進めていった。撮影された写真は彼の自宅マンション付近、仲良く一緒に帰宅する一般女性の姿――それはモザイクがかかっていたけれど、間違いなく私だった。同じマンションに入っていき、次の日の朝仕事に向かう湊人君の写真。記事の中では、二人は一緒に暮らしていることになっていた。それを最後まで読んだとき、息が止まったような気がした。

『この女性は現在離婚協議中であり、法律上は既婚者であるらしい。』

 どうしよう。口に出したはずのその言葉は、かすれて聞こえもしない。私は震えながら仕事を終えて、店長に声をかけて店をあとにする。どうしよう、どうしよう。あの最後の一文を読んで、私は確信していた。きっと週刊誌の記者に湊人君の事を売りつけたのは、藤野さんだ。嫌がらせなら、私にだけにしたらいいのに。彼を巻き込む必要なんて、どこにもない。私は歩きながら、何度も湊人君に電話をかけていた。けれど、一向に繋がらない。早くこの記事の話をしないと……焦りばかりが募っていた時、持っていたスマートフォンが大きく震えた。電話がかかってきた。通知画面には湊人君の名前が映し出される、私はやっとつながったことに安堵して、通話ボタンを押した。

「湊人君っ!?」
『あ、すいません、航太です。今湊人の携帯借りてて……』
「……あ、ごめんなさい」
『俺の方こそすいません。……ちょっと湊人の事でホノカさんに話があって』
「もしかして、週刊誌のこと?」
『そうです! 知ってたんですか?』
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