まんぷくっ! -となりのアイドル(と)ごはん-

indi子/金色魚々子

文字の大きさ
49 / 60
8 【最悪(あるいは、アイドルとしての破滅)】までのロードマップ

― 39 ―

しおりを挟む

 私はアルバイト先で明日発売の週刊誌を見たという話をKOTA君にした。スピーカーからはKOTA君が大きくため息をつくのが聞こえる。

『うちの事務所にも、出版社の方から週刊誌が届いたんですよ。こういう記事が載るからって……載せる前に言えって話なんですけどね』
「あの、それで、湊人君は……?」
『湊人君なら、今社長と話してるよ』

 YOSUKE君の声も聞こえてきた。どうやら二人はスピーカー状態で通話をしているみたいだった。

『ちょっと盗み聞ぎしてみたけど、記事の内容はほとんど認めてたよ。なんか悪びれた感じは全くしないかな』
『何してんだよ、アイツは……』
「ごめんなさい、私のせいなの」
『ホノカさんが謝ることはないです。アイツが隙ばっかり見せるのが悪い』
『むしろ、今まで一度も撮られなかったことが驚きだよね。女の子山ほどお持ち帰りしておいてさ』
「もしかしたら、私の夫が週刊誌に売り込んだのかも……」
『あー、そういえばこの前トラブったって言ってましたね』
『そのおかげでホノカさんとイイ感じになれたって自慢してたけどね』

 二人になんて話をしているのだろうか。もう恥ずかしくて二人の顔が見れない。

『でもさ……さっきちょっと聞こえて来たけど、もうアイドルやめてもいいって言ってたよ。大丈夫、だよね?』
『はぁ……』

 YOSUKE君の言葉に私も驚いたけれど、KOTA君の声には驚きではなくて、落胆の色が見えたような気がした。

『……もしかしたら、本当にやめるかもな』
『えぇ!? こ、困るよ!』
『アイツ自身、そこまでこの仕事に執着してないんだよ、俺が誘った時から』

 KOTA君のため息が寒い冬空に溶けていった。Oceansの結成については、私もいくつかのインタビューを読んで知っていた。KOTAとMINATOは中学の先輩後輩の関係で、ずっとアイドルになりたかったKOTAが『歌が上手い』と評判の後輩・MINATOに声をかけて、それ以来の関係だって。

『アイツは、湊人は……家を出る手段だったら何でも良かったんだ』
「え?」
『湊人は親父さんと関係が悪くて、ずっと家を出たいって言ってたから。芸能人になれば、家を出て自立できるかもって……』
「……そうだったんだ」
『ある程度の生活基盤とか貯金を作ることができたら、アイツ、アイドル辞めてもいいと思っててもおかしくはないんです。もし社長にやめろって言われたら、売り言葉に買い言葉でやめるかもしれない』
『航太君! 変なこというの! 本当にそうなったらどうするのさ!』

 サッと顔が青ざめていくのが分かった。私の脳裏には、あのフェスの時、Oceansを……MINATOを応援する女の子たちが過っていた。もしOceansからMINATOがいなくなったら、悲しむ人たちは大勢いる。私の気持ちを押し通す事とソレは比べるまでもない。

「大丈夫だから、私がなんとかするから」
『何とかするって……ホノカさん、どうするつもりですか?』
「ごめんね、切るね」
『あ、ちょっと!』

 通話を切る直前、YOSUKE君の声が聞こえてきた。私はスマホをポケットに仕舞い、前を向いて歩きだす。遅い時間だったけれど、鈴木弁護士事務所はまだ明かりがついていた。インターホンを押すと、驚いた様子で優奈が飛び出してくる。

「え? なに、何かあったの!? また藤野?!」
「ううん、違うの。でも、相談したいことがあって」
「……わかった」

 私は優奈に、週刊誌の事とそれのせいで湊人君が事務所で社長に怒られている話をする。

「なんか、記者に売ったの藤野っぽい気がする」
「私もそう思う」
「あっちに抗議しても証拠はないって言い返されるだけだけどね。それで、相談って?」

 私は意を決するように息を吸った。

「引っ越しをしようと思って」
「あー、居場所知られてるし危ないもんね。でも、あの子はどうするの?」
「……藤野さんから逃げるのもそうだけど、湊人君から離れた方がいいと思って」
「はぁ?」

 優奈はあんぐりと口を開ける。

「アンタらイイ感じになってたじゃん。さっきの話を聞く限りだと、彼だって穂花のためにアイドルだってやめそうな勢いなのに」
「それがダメなの。湊人君にはいっぱいファンがいるんだから、その子たちのためにやめてほしくないの」
「穂花はそれでいいの?」

 優奈は念を押す。私はそれに対して、強く頷いた。

「分かった。お父さんにちょっと聞いてみる……絶対後悔しないでよ」
「後悔ならもう一生分したよ」
「……あーあ、やっと穂花も幸せになれると思ったのに」

 優奈は立ち上がる。デスクの引き出しを開けて何かを取り出した。それには見覚えがあった……私が前まで使っていたスマートフォンだった。

「今朝からずっと、藤野啓子さんって人から何度も電話がかかって来てるんだけど、どうする?」
「藤野さんの、お母さん……?」
「もし穂花が話をしたくないなら私が代わりに出るけど」

 優奈はテーブルにスマホを置く。私はそれを手に取った。久しぶりに触れる。連絡先は藤野さんと藤野さんの両親しか残っていない。着信履歴を確認すると、確かにお義母さんから何度も電話がかかって来ていた。

「迷惑かけてごめんね」
「いいよ、これが仕事だし。終わったら二人でパッとやろう」
「ふふ、うん。……新居でね」

 私は鈴木弁護士事務所を後にする。背後に注意しながら自宅へ戻っていく。幸い、今日は藤野さんはいなさそうだった。エレベーターに乗り部屋があるフロアにたどり着くと、私の部屋の前に人影が見えた。少しだけ驚いてしまったけれど、それが誰であるのかすぐに分かった。金色の髪が月明かりに照らされている。

「湊人、くん」

 声をかけると、彼は顔をあげた。

「ごめんね、迷惑かけて」
「ううん、俺の方こそ。こういうのに気を付けろって航太に口すっぱく言われてたのに、浮かれてた」
「KOTA君から電話来たよ」
「聞いた」
「事務所は大丈夫そうなの?」
「……全部否定しろって言われた」

 湊人君は「けどさ」と息を吐きながら続ける。

「アンタの事で嘘なんてつきたくない」
「……あのね、湊人君」

 目の前が滲む。私はそれを彼に悟られないように背を向けて、家の鍵を開ける。

「これ以上、湊人君の迷惑になりたくない。だから、もう会ったりするのはやめよう?」

 顔を見ることも出来ず、私は俯いたままそう口を開いた。

「なにそれ? 別れようってこと?」
「そもそも、私たち、付き合ってない」
「似たようなもんじゃん! 俺たちの関係なんてさ! なんだよそれ!」

 私はドアを開けて、素早く家の中に入っていった。湊人君は「ちょっと!」と言いながら立ち上がり、ドアを引っ張ろうとするけれど……私はそれよりも先に鍵をかけた。

「お願い、開けて、穂花サン!」

 湊人君の声が聞こえる。私はドアにおでこをあてた。ぽとりと涙が落ちていく。一度流れると、それはどんどん溢れ出す。私は嗚咽を我慢するように唇をぎゅっと噛む。

「俺、アンタの事迷惑だって思ったの最初の時だけだよ。でも、ご飯作ってもらって、好き嫌いなくしてもらって、アンタの事を好きになって……そういうの、全部なしにするの? 俺にはできないよ、そんな事」

 私は返事をしなかった。しばらく静寂が続く。どれだけ時間が経っただろう? 隣の部屋のドアが開く音が聞こえてきた。湊人君が自宅に戻ったみたいだ。私はそれに胸を撫でおろした。……これでいいんだ。そもそも、私たちは出会ったことも不思議なくらい、別世界の住人同士。振り出しに戻っただけなのだから。


 でも、胸の痛みだけは消えそうになかった。私は乱暴に目元を拭い、リビングの電気をつける。赤い座布団、一目ぼれしたグラス、増えた食器。これらは新しい家に持って行って大事にしよう。私は座布団に座り、カバンからもう一つのスマートフォンを取り出した。時間は遅いけれど……今日の内にどうしても片づけておきたかった。画面に触れ、電話をかける。

しばらくコール音が鳴ってから、ようやっと繋がった。でも、静寂が流れる。互いに喋る言葉を探しているみたいだった。

 先に話し始めたのは、お義母さんだった。

『穂花さん?』
「……はい。ご無沙汰してます」
『うん、本当に久しぶりね……あのね、昨日、うちの息子から連絡があって……離婚するって言ってたんだけど、本当?』
「本当です。今、弁護士に依頼して離婚協議を進めてもらっている最中です」

 お義母さんが息を飲んだのが分かった。

『ごめんね、うちの子が本当に……あなたの事、傷つけたわよね。昨日電話が来たとき、穂花さんの事を「地獄に落としてやる」なんて言ってたの。だから、どうしても気になっちゃって』

 その言葉で私は確信する。やっぱり、アレは藤野さんの仕業だ。

「私の方こそ、ごめんなさい」
『ううん、謝らないで。でも、こうやって連絡を取るのも、もう最後にするわね。穂花さんも嫌でしょうし……』

 答えることも出来ず、私は押し黙る。

『穂花さんがうちにお嫁に来たとき、娘ができたみたいで嬉しかったの。それだけはどうしても伝えたくて……本当にごめんなさい』

 お義母さんの声が涙交じりになっていくのが分かった。

『どうか、どうか幸せになって。……今までありがとう』
「あの、こちらこそ、ありがとうございました。お義母さんが教えてくれたちゃんちゃん焼き、私、好きでした」

 電話の向こうの嗚咽が大きくなっていく。私はスマホを耳から離し、通話を切った。縁の糸が切れていく音が聞こえたような気がした。大事にしたい思い出を胸に押し込んで、私はゆらゆらと立ち上がる。引っ越し、どこから手を付けようかを考えながら。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな
恋愛
「覚醒しなければ、生きられない———       しかし、覚醒すれば滅びの呪いが発動する」 100年前、ヴァンパイアの王家は滅び、純血種は絶えたはずだった。 しかし、その血を引く最後の姫ルナフィエラは古城の影で静かに息を潜めていた。 戦う術を持たぬ彼女は紅き月の夜に覚醒しなければ命を落とすという宿命を背負っていた。 しかし、覚醒すれば王族を滅ぼした「呪い」が発動するかもしれない———。 そんな彼女の前に現れたのは4人の騎士たち。 「100年間、貴女を探し続けていた——— もう二度と離れない」 ヴィクトル・エーベルヴァイン(ヴァンパイア) ——忠誠と本能の狭間で揺れる、王家の騎士。 「君が目覚めたとき、世界はどう変わるのか......僕はそれを見届けたい」 ユリウス・フォン・エルム(エルフ) ——知的な観察者として接近し、次第に執着を深めていく魔法騎士。 「お前は弱い。だから、俺が守る」 シグ・ヴァルガス(魔族) ——かつてルナフィエラに助けられた恩を返すため、寡黙に寄り添う戦士。 「君が苦しむくらいなら、僕が全部引き受ける」 フィン・ローゼン(人間) ——人間社会を捨てて、彼女のそばにいることを選んだ治癒魔法使い。 それぞれの想いを抱えてルナフィエラの騎士となる彼ら。 忠誠か、執着か。 守護か、支配か。 愛か、呪いか——。 運命の紅き月の夜、ルナフィエラは「覚醒」か「死」かの選択を迫られる。 その先に待つのは、破滅か、それとも奇跡か———。 ——紅き誓いが交わされるとき、彼らの運命は交差する。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

処理中です...