沈黙のういザード 

豚さん

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18話 青いセダンと囁かれた脅し

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セダンは静かに街を抜け、
自宅への道を滑るように進む。

運転席には石田が座り、視線は前方にしっかり固定されている。
後部座席には憂と葉月が腰掛けていた。

「ねえ、葉月姉、今日のバイトはどうだった?」
憂はにこやかに尋ねる。

葉月は少しだけ目を伏せ、柔らかく微笑む。
「うん、順調だったわ。でも、ちょっと疲れたかも……」

憂はその声色から気づきそうになるが、
葉月の丁寧な言葉遣いと仕草に、異変にはまだ気づかない。
「そっか、がんばったんだ!」

葉月は軽くうなずき、窓の外の景色を見つめる。
疲れはあるが、憂に心配をかけたくない――
だから自然な笑顔を作る。

「ありがとう、憂ちゃん。すいません、石田さんもいつも運転お疲れさまです」

「いえ、私もこうして二人と話せて楽しいですから」
石田は淡々と答える。
ハンドルを握る白い手は安定していて、
時折窓越しの風景を楽しむ二人を優しく見守る。

会話は続き、途中で憂が笑いながら葉月の軽口に返すたびに、
葉月も自然に微笑み返す。
外から差し込む夕暮れの光が、車内に柔らかな温もりを運ぶ。

やがて家の前に差し掛かる。
セダンをゆっくり停めると、葉月は小さく息を整え、憂に声をかけた。

「憂ちゃん、先に家に入っていてくれる?
私、石田さんと少し相談があるの」

憂はにっこり微笑む。
「わかった、葉月姉。じゃあ、私は先に入るね」

葉月が手を軽く振ると、憂は楽しげに車を降り、
玄関に向かって歩き、家の中へ入っていった。

石田は葉月の横顔を静かに見つめる。
わずかに眉を寄せると、葉月の緊張が少しでも和らぐよう、気配を消して待った。

葉月は後部座席からそっと身を乗り出し、助手席に移動する。
石田はエンジンを切ったまま、静かに葉月を見やる。

「葉月さん、こちらでよろしいですか?」
石田の声は落ち着いているが、
ほんの一瞬だけ目元に緊張の影がよぎる。

葉月は軽くうなずき、窓の外に視線を落とす。
手のひらをぎゅっと握りしめ、息を整える。
心臓が小さく跳ね、胸の奥で鋭く響くのを感じながら、口を開いた。

「……石田さん、少しお話があって……」

石田は静かに頷き、体をわずかに葉月の方に向ける。
内心では、葉月の声の震えに小さな不安を覚えつつも、冷静を装う。

「はい、落ち着いてお話しください」

葉月は窓の外を見つめたまま、指先の震えを抑えて続ける。
「休憩中、レシピ本を見返していたら……
奇妙な紙が挟まっていました。
文字が歪み、殴り書きのようで……
 千秋家の仕事など、続けるな!って」

その瞬間、葉月の視界がわずかに揺れ、息が一瞬止まった。
冷や汗が背筋を伝い、心臓が跳ねる。
紙をぎゅっと握りしめ、震える指を意識した。

石田は眉をひそめることなく、慎重に言葉を選ぶ。
だが内心では、この脅迫の事実に一瞬だけ緊張が走った。

「……脅迫文ですね。それは初めて知りました」

葉月は視線を窓の外に向け、体を小さく震わせる。
手元の紙が重く、冷たく、胸の奥に針を差すように感じられた。

「読んだ瞬間、手が震えて、冷や汗が出そうでした……
でも、憂ちゃんと千秋ちゃんには絶対に気づかれたくなくて」

石田は優しい視線を向け、落ち着いた声で言った。
「よく話してくれましたね、葉月さん。
これで初めて対応を考えることができます」

葉月は小さく息をつき、肩の力をわずかに抜く。
車内に漂う夕暮れの光と、外を通る風の音が、
緊張の余韻を柔らげる。

石田は葉月の手元を見つめ、静かに口を開く。

「まず、この紙を安全な場所に保管してください。
誰の目にも触れないように、鍵のかかる引き出しが望ましいです」

葉月は小さく頷き、紙を慎重に折りたたんでカバンにしまう。
「……わかりました」

石田は続ける。
「次に、バイトや書類の管理は二重の確認を行ってください。
休憩中も、念のため人目のある場所で確認すること。
怪文書が再び現れる可能性もあります」

葉月はわずかに息を飲む。
外の風が木の葉を揺らし、その音に心拍が合わせて早くなるように感じた。

「……はい、気をつけます」

石田は声をさらに低め、指示を重ねる。
「そして、憂さんや千秋お嬢様には絶対に知らせないこと。
混乱を避けるためです。
あなた一人で抱えることになりますが、私が責任を持ってサポートします」

葉月は小さく息をつき、視線を石田に向ける。
「……ありがとうございます。石田さん、私、がんばります」

石田は微かに頷き、穏やかで確かな眼差しを向ける。
心の奥で、葉月の恐怖が少しでも和らぐことを願った。

青いセダンの車内は、
夕暮れの光と静けさが重なり、
緊張と安心感が入り混じった不思議な空間になった。

葉月は小さく息を整え、
次の行動への覚悟を固めるのだった。
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