沈黙のういザード 

豚さん

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9話 一日限定メイド喫茶・エメロード

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 更衣室のドアをそっと閉めると、
 鏡に映った自分の姿に、憂は思わず息を呑んだ。

 六地蔵家秘蔵、特別仕様のメイド服。

 黒いワンピースに真っ白なフリルエプロン。
 首元には小さな翡翠色のリボンが揺れ、
 袖口のレースには、細かな刺繍が光を返す。

 それは――まるで舞台衣装のように美しかった。

 頬が熱くなる。
 でも胸の奥は、こそばゆいほど嬉しい。

 周囲の女子たちも、固まったあと――

「なにその特別仕様!? ブランド品!?」
「いや絶対高いやつだって!!」
「憂ちゃんって……実はすごい!??」
「ビジュアル強すぎ! 優勝だわ!!」

「ちょ、ちょっと褒めすぎ!?」
「褒めてない、事実を述べてるだけ!!」

 わーわー騒がれ、
 憂はエプロンの端をぎゅっと握った。


 それが、なにより嬉しかった。

「憂さん。そろそろオープンいたしますわ」

 扉越しに聞こえてきた千秋の声。
 凛として優雅で、頼もしい声。

「は、はい! いま出ます!」

 深呼吸して、
 憂は教室へ向かった。


 廊下の光景に、憂は固まった。

「え、え、え……!?」

 長蛇の列。
 その大半は男子。

「なんでこんなに!?」

「看板娘がヤバいって聞いた」
「千秋さんの紅茶飲めるって聞いた」
「六地蔵家の本格監修って噂だぞ!」


 混乱する憂の背中を、千秋がそっと押す。

「憂さんが……特別仕様の看板娘だからですわ」

「と、特別仕様!?」

「ええ。
 このメイド喫茶の“顔”ですもの」

 でも、逃げない。
 今日は――わたしの一日。

「千秋……がんばるね」

「もちろんわたくしも。
 ――憂さんを輝かせるために」

 柔らかな笑みとともに。



 開店と同時に、教室は一気に満席。

「ご、ご主人様! こちらお席にどうぞ……!」

 ぎこちない口調。
 でも笑顔は自然だった。


 憂の一生懸命な接客に男子たちは陥落。

「マジ天使……」
「笑顔で世界救えるじゃん……」




 カウンター奥で、千秋はたおやかに紅茶を淹れる。

「こちら、アッサムティーでございますわ。
 ミルクとの相性が抜群です」

 その所作に、男子は陥落二巡目。

「本物のメイド……すげぇ……」
「飲むたびに脳が浄化される……」

 千秋は静かに微笑んだ。



「オムライス、ひとつ!」

 憂は声を裏返しながらも注文を通す。

 皿が置かれた瞬間――

 葉月はスプーンをひと口、
 静かに味わってから、
 すっと目を細めた。

「……ふむ」

 落ち着いた口調で言う。

「素材の良さは出てる。
 火加減も悪くない。
 丁寧に作られている味だ」

「ほんとに!? よかった!」

「でも、それだけじゃない」

 葉月はカウンターの奥へちらりと視線を向けた。

 厨房で慌ただしく動きながらも、
 仲間と笑い合うクラスメイトたち。

「――誰かのことを想って作られた味だ」

「えっ……」

「ほら、食べてると胸があったかくなる。
 これが“愛情”ってやつだよ」

「愛情……?」

「大切な誰かに届けたいって気持ちが、
 しっかりとこの一皿に込められてる。
 だから――」

 葉月はスプーンを置き、
 憂の目を優しく見た。

「恋の予感がする味だ」

「こ、恋!?!?!?」

 憂は顔を真っ赤にして飛び上がった。

「な、なんで恋が出てくるの!?」

「だって、憂ちゃん。
 君の今の働き方――
 きっと、誰かの笑顔を一番に願ってる」


「そういうのが料理にも雰囲気にも、
 ちゃんと滲み出るものなんだよ」

 胸の奥が、じん、と熱くなる。

 葉月はふっと微笑む。

「究極ってのは、技術だけじゃ届かない。
 心があるからこそ、料理は完成するんだ」

「葉月姉……」

「だから――
 この店はもう半分、究極に届いてる」

 憂は唇を噛みしめ、でも、笑った。


「ありがとう、姉ちゃん」
「むふふ、妹よ、働け働け~」

「ちょっと台無し!?」




 昼に近づくほど、客足は加速。

「オムライス追加5! ケーキ2!
 千秋、ミルクティー4ね!」

「かしこまりました!」

「はっ、はい!!」

 憂は走り、笑い、声を張り上げる。

 葉月は、微笑んでその背中を見守った。

 この日の出来事が――
 やがて憂と“あの人”の記憶の扉を開くことになる。

 まだ誰も知らない未来へと、
 物語は静かに進み始めていた。
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