沈黙のういザード 

豚さん

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14話 居場所を得た雪の魂

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――憂の身体が静かに目を覚ました。

 でもその瞳は、憂のものではない。
 冬の星のように澄んだ光――雪乃が、そこにいた。

「……今日、なのね」

 小さく息を整え、雪乃は勢いよく布団を払った。

 クリスマスパーティ――
 千秋と二人でのピアノ演奏。
 準備のため、早朝から六地蔵家へ向かわねばならない。

 急いで身支度を整える。
 鏡の前で髪をまとめ、上着を羽織り、靴を履き――
 指先がわずかに震えるのを、必死に押し隠しながら。

 その時。

 ――ピンポーン。

 インターホンが鳴り響く。
 胸が跳ねた。

「……来たのね」

 玄関へ向かい、扉を開けると――

「失礼いたします」

 六地蔵家に長く仕えるメイド長、石田早苗が、冷たい朝の空気の中、静かに頭を下げていた。

「お迎えに上がりました、雪乃様。六地蔵家までお送りいたします」

「……ええ。お願い」

 雪乃はうなずき、靴を鳴らして外へ一歩踏み出す。
 ドアが閉まると同時に――

 肩が、びくりと震えた。

 強張る指先。
 視線は前を向いているのに、呼吸だけが不規則になる。

 石田は静かに横目でそれを察し、落ち着いた声で言った。

「……やはり、お辛いのですね」

 雪乃は返事ができなかった。
 震えが止まらない。

 タイヤが回る音だけが、過去へ連れ戻す。

 ――光、叫び声、鈍い衝撃。
 ――伸ばした手が届かなかった温度。

「雪乃様」

 石田の声が、思考を引き戻した。

「あなたが恐れる理由を、わたくしは知っています」

 その言葉は、優しさではなく――
 責務と誠意の温度だった。

「……私、あの子に……申し訳ないことをしたわ」

 雪乃の指が膝の上で固まる。

「刃物を使ったのは……私。あなたを傷つけた」

 石田はすぐさま否定しなかった。
 逃げずに、真正面から受け止める。

「――はい。あれは重大な過ちでした」

 雪乃の呼吸が止まる。

「ですが、それを引き起こした原因は……わたくしにもございます」

 石田はハンドルを握る手に力を込めた。

「旦那様に忠誠を誓うあまり――
 “いじめという形であなたを刺激する”という、最悪の判断を採ってしまった」

 一瞬、車内が凍りついた。

「あなたの心を追い詰めたのは、他でもないわたくしです。本当に……申し訳ありませんでした」

 それは泣き言でも、許しを乞う台詞でもなく、深く頭を下げた、大人の謝罪だった。

「……でも」

 雪乃は、胸の前で小さな拳を握った。

「あなたと出会えて、良かった。千秋と、憂と笑っていられる今がある」

 石田の表情が、柔らかく揺れる。

「光栄にございます」

 バックミラー越しに、初めて見せる僅かな笑み。

「雪乃様。千秋お嬢様は、あなたと過ごす日を心待ちにしておられます」

「千秋が……?」

「はい。昨日の夜など――
 何度もピアノの前で、嬉しそうに笑っていました」」

 雪乃の胸の奥に、じんわり温度が広がる。

「……家族、なのね」

「ええ。御陵家の姫は、三人です」」

 その一言が、雪乃の震えを溶かした。

 雪乃の瞳に、確かな意志が灯る。

「行きましょう、石田さん。今日……未来へ繋ぐ演奏を」

「お任せください。あなたの全てを、支えてみせます」」

 車は広いゲートを通り抜けた。
 この日を――この瞬間を、必ず成功させるために。
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