沈黙のういザード 

豚さん

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18話 誕生日が遠ざける日

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 妹が合格した日。
 憂はケーキを食べながら、
 いつものように笑っていた。

 笑っていたけれど——
 どこか、目が笑っていなかった。

(あの子……
 千秋ちゃんのことで頭がいっぱいね)

 その違和感は、
 姉である葉月にはすぐに分かった。

 憂は“連絡を待っている顔”をしていた。
 しかし、スマホに手を伸ばす勇気だけはない。



 葉月はパジャマのまま、
 廊下の窓にもたれかかりながらスマホを開いた。

 連絡先——
  “六地蔵家メイド長・石田”

(千秋ちゃん本人に聞くのは違う。
 今は……大人に聞くほうがいい)

 通話ボタンを押す。

「ご無沙汰しております、石田さん。葉月です」

『こちらこそ、葉月さん。お変わりなく』

 その落ち着いた声に、
 葉月はわずかに肩の力を抜いた。

「石田さん、まずご報告を。
 ——憂が、東野高校に合格しました」

『それは……!
 本当に、おめでとうございます』

 声色がやわらかくなる。
 葉月も微笑んだ。

「ありがとうございます。
 あの子、よく頑張りましたわ」

 そして——声を静かに落とした。

「それで……伺いたいことがあるんです」

『千秋お嬢様のことでございますね』

「はい。
 ——千秋様、どうしています?」

 短い沈黙。
 そして事実が告げられる。

『お嬢様は、試験に合格なさいました』

「……まあ」

 葉月は息をつまらせた。

「憂には……知らせていらっしゃらないのですね?」

『“憂さんを迷わせたくない”と』

「出発は……いつから?」

『……お誕生日の日です』

「………………」

 葉月の心が揺れた。

『葉月さん。
 お嬢様は強さを保っておられますが……
 心の内は、とてもお寂しそうです』

「でしょうね……」

 苦く笑いながらも、
 声は姉としての優しさに満ちていた。

「憂も同じ顔をしてますのよ。
 “泣きたいのに泣けない顔”」

『優しい人ほど、自分を縛ります』



 そして石田の声が、少しだけ沈んだ。

『……葉月さん。
 ひとつ申し上げてもよろしいでしょうか』

「はい?」

『もし雪乃さんがご存命なら……
 憂さんの今の態度は、きっと叱っておられたでしょう』

 葉月の喉がきゅっと震えた。

『甘やかすだけでは届かない時があります。
 本気で叱り、本気で向き合ってこそ……
 本当の家族は分かり合えるものです』

 胸に刺さる言葉だった。

「……あたしも、そう思うんです」

 言いながら、葉月の目に涙が滲む。

「憂がめそめそ泣いていたら……
 抱きしめたくなる。
 甘やかす“姉”のあたしが出てしまう」

 そこで唇を噛みしめ——

「でも、叱りたくもなるんです。
 “逃げるな。向き合え”って……
  背中を押す“母”としてのあたしがいる」

 涙がひとつ頬を伝う。

「……どうしたらいいのか、分からなくて……
 本気で迷ってしまって」

 その言葉を、石田は真剣に受け止めていた。

『葉月さん。
 迷うのは、愛しているからです』

 そして、少しだけ声の色が変わった。

『……わたくしは、羨ましいのです』

「え……?」

『誰かをそんなふうに愛し、
 叱ることさえ惜しまぬほどに心を寄せる——
 葉月さんのそのお気持ちが。
 本当に……羨ましい』

 葉月は一瞬、言葉を失った。

『雪乃さんもきっと、同じように悩み、
 それでも最後は“本気で叱っていた”ことでしょう』

「雪姉ちゃん……」

『葉月さん。
 憂さんは、本気でぶつかれば必ず受け止めます。
 実の姉妹とは……そういうものです』

 その言葉は、
 葉月の胸の奥の霧をゆっくりと晴らした。

「……ありがとうございます、石田さん。
 あたし、分かりました」



 通話を終えたあと、
 葉月は胸に手を当てた。

「千秋ちゃん……
 あなた、誕生日に旅立つなんて……
 本当に立派で……本当に、寂しい子ね」

 そして、
 静かに憂の部屋へ視線を向けた。

(だって——あたしたちは本当の家族。
 本気で向き合えば……必ず分かり合えるもの)

(よし。
 あの子を叱る覚悟、決めたわよ……)

 その決意が胸の奥にしっかり根を張った瞬間、
 廊下の空気がふっと揺れた気がした。

 冷たくもなく、あたたかくもない、
 でも——どこか懐かしい気配。

 葉月は思わず天井を見上げる。

(……雪姉ちゃん)

(見てるんでしょ……?
 あの子を……憂ちゃんを……)

(ねえ、雪姉ちゃん。
 もし聞こえてるなら……力を貸して。
 あの子を叱る強さを……あたしにちょうだい)

 涙をひとつ拭い、
 葉月はまっすぐ前を向いた。

(甘やかすだけじゃ守れない。
 逃げる背中を追うだけじゃ、届かない)

(心を……鬼にする。
 大事な妹のために)

 その表情は、
 姉としての優しさと、
 母としての覚悟と、
 そして——雪乃から受け継いだ“強さ”が同時に灯った顔だった。

 葉月はそっと憂の部屋に向き直る。

(待っててね、憂ちゃん。
 今日だけは……本気でぶつかるから)

 静かな夜に、
 葉月の足音がひとつ落ちた。

 雪乃が見守る気配は、
 その背中をそっと押していた。
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