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恋文?

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表医務室で治療を終えてハーブティーを飲みながらお喋りをした後。


イブはポケットから筒状に丸めてリボンで可愛く結んだ紙をネオに手渡した。


「あの、ネオこれ……また書いてきたのだけど、迷惑かしら?もし、迷惑なら」


ネオは両手で恭しくその紙を受け取る。まるで勲章でももらうかのような大仰さだ。


「聖女様が下さるものに、迷惑なんて思うはずがありません。むしろ、頂いていいのかとその、不安です」


ソファで隣に座ったネオが、両手の上に乗った高貴なものを見つめて真顔でつぶやく。


イブはネオがそう言ってくれるのが嬉しくて、何度もネオに手紙を書いてしまうのだ。


出来はどうあれ、だ。


(聖女様の開けてみてオーラがまぶしい)


イブに尻尾があれば確実にパタパタ振れているのがわかるほど、イブの全身から期待のオーラが溢れる。


ネオは期待のオーラを全身に浴びてむず痒い。


この期待オーラがなければ、イブからもらった手紙など一人っきりの場所で永遠に眺めていたいのだが。


「あ、あの、今、読んでもかまいませんか?」

「ええ!ぜひ、読んでほしいわ!」


イブの顔がみるみるうちに晴れやかになるこの瞬間を、ネオは一億回見たかった。ネオがリボンを外して、紙を広げる。


【ネオのハーブティーはとっても美味しいわ!どうやって作っているの?】


恋文、と呼ぶにはあまりに稚拙であり、交換日記段階のお手紙である。


だが、イブはこれを完全なる恋文として書いてきている事実はネオには全く伝わっていなかった。


イブは文才、恋文の概念なるものをまるっきり落っことして生まれてきたのだ。


ネオはこの文章を頭の中で百回は繰り返して脳に刻み込んだ。

そして感激に震える声で言うのだ。


「ありがとうございます。聖女様、死ぬまで大事にいたします」

「ネオは大げさね」


イブはクスクス笑って、ネオのハーブティーを一口飲む。だが、ネオの言葉に偽りは一つもなく、全身全霊の誓いの言葉だった。


イブの意図がわからなくても、イブがくれるものは、全てネオの宝だ。


イブは胸の前で両手を揉み合わせてから、もじもじと隣に座るネオを見上げる。


「ねぇ、ネオ、前に書いた手紙のお返事が欲しいって言ったらダメかしら?」

「ダメじゃないです」


イブに上目遣いのおねだり目線の神々しさにネオは消し飛びそうである。


「あの遅くなって申し訳ありません。返信すべきかわからなくて書くのに時間がかかってしまって」

「そうだったの?!時間をかけてくれたのね。ぜひ欲しいわ」



ネオはイブの期待オーラの眩しさにふらふら立ち上がって、裏医務室から紙束を持って来た。


イブはネオが持っている紙束に首をきょとんと傾げた。


「ネオ、それは何?」

「あの、そのお返事です」


ネオが再びイブの隣に座って、紙束を膝に乗せる。イブは思わず笑ってしまった。


「ふっ、アハハハハ!」


いきなり笑い始めるイブに、今度はネオがきょとんと首をかしげてしまった。

前回の手紙はこうだ。


【ネオ、先日はリンゴをありがとう。

でも雨が降らないのに、どうやってリンゴを作ることができたの?】


もちろんイブは一生懸命考えた末の結果であるが、たった二文である。


それに対してのネオの返事たるや、

紙束の大傑作だ。


イブはネオから紙束をもらって、まだクスクス笑っていた。ネオの顔色がどんどん悪くなっていく。


「あ、あの失礼をしてしまったなら、その僕の返事なんて受け取らなくてかまいません」


ネオが紙束を取ろうとするので、イブは紙束をひょいと遠ざけた。


「ダメよ、ネオ。これは私がもらったものなのだから。大事に読むのよ」


「いえ、そんな紙屑捨ててください。聖女様が読むべきものではありません」


「だーめ!」


楽しそうにまだ笑うイブは、ネオの鼻先を指先でちょんと突く。ネオは首筋から目元の下までを真っ赤に染め上げて停止した。


聖女様の甘い制止はネオには破壊力が強すぎる。


ネオがしっかり停止しているうちに、イブはその紙束を読み始めた。


「これは……」


論文だわ。


イブは聖女ではあるが、頭が良いわけではない。

論文など理解が及ばず読めない部類の文章である。お手紙のお返事というにはあまりに高度。


研究報告書と題すべきだろう。


イブが書いた二文の交換日記お手紙には、研究報告書が返って来た。


恋文交換をするには、あまりに才能がない二人だった。


「ネオ、たくさん書いてくれてありがとう!」


内容はどうあれ、気持ちのこもった手紙だ。イブは紙束を抱きしめて、ネオに華やかに笑いかけた。


「いえ、こちらこそ、本当に、ありがとうございます」


ネオは彼女に笑顔を向けられるたびに、寿命が縮まるほど心臓が痛かった。


そして毎日、時間が止まればいいと願ってしまうのだ。

  
   
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