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せっかち

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ネオがなかば連行される形で医務室に帰ると、ビクターがソファでお茶を飲んでいた。

アーサーに引きずられてきたネオの姿を見て、そそくさと立ち上がって礼をする。


「殿下、わざわざこんな場所へ。いかがなさいましたか」

「ビクター先生、久しぶり。ちょっと聞きたいことがあってね。お邪魔するよ」

「手に持った弟子が何かしましたでしょうか?」

「いいや、別に何もしてないよ。僕の連絡先知ってるくせに、連絡してこない斬新さにイライラしてるだけ!ハハハ!」


細くて蛇みたいな目が笑わないので、ネオは肝が冷えた。


先日は平民街にて侍女がお好きだと目の当たりにしたが、いつ気が変わったと言われても不思議はない。


彼の婚約者のイブと仲良くしてキスまでしている件には心当たりがあり過ぎる。極刑をそろそろ言われるのか。


それとも、また聖女を殺す話を持ち掛けられるのだろうか。


この王子は予想がつかない。


  





ビクターの指示でネオがお茶を淹れる。医務室のソファの真ん中に座るアーサーを前に、椅子を持ち寄って三人で話すことになった。


ネオは今すぐ辞したかったが、アーサーに座るよう命令される。アーサーはネオの淹れたお茶を飲んで細い目を丸くした。


「これが論文のハーブティーか。想像以上の美味しさだね。高く売れそうだ」


アーサーは何度もお茶を味わってから、頷いて機嫌を良くした。いくらでも持って帰ってもらっていいので、早く帰って欲しいのがネオの本音だった。


「この話は後にして。今日来た本題に入ろう」


アーサーはビクターを細い目で指した。


「前々聖女、前聖女の専属医師のビクター先生の見解を聞きたいんだ」

「私の見解?」

「そう、もちろん聖女のことで」


ビクターが一つ頷くと、アーサーがよく動く口を滑らかに動かす。


「聖女が力を支配するために『王族との交わり』が必要だって言われてるよね?」


ネオが前髪の奥でピクリと眉を歪める。イブがアーサーとと考えるだけで心臓が焼けつく。


「王族はそれを代々守って来たんだけど。って、庭師君聞いてる?」

「聞いてます」

「はい、怖い真顔。胸糞悪いよね。同感。

だが、それは本当に『必要不可欠な条件なのか』か?

という点について、僕は聞きたいんだよビクター先生」


ビクターはオールバックにまとめたグレイヘアを皺深い手でわしゃとかいた。


「見解と言われても、何を」


ビクターの瞳に動揺が走るのを見逃すアーサーではなかった。足を組みかえて、手のひらを返して指を差した。


「心当たりがあるみたいだね。詳しく話してもらうよ」


頭をわしゃわしゃと何度もかいたビクターのグレイヘアが乱れていく。だが口は開かない。


ビクターが口を噤む様子を見て、またアーサーは足を組みかえる。アーサーはニナを手に入れることを長年待っている。


その他は全て待てないせっかちなのだ。

    
   
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