イグニッション

佐藤遼空

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王日駐屯地

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   *

 佑一と安積は、桜木課長の机の前に立っていた。
「すみません」
 佑一は頭を深々と下げた。
「パソコンを奪取されました」
「もういい」
 傍にいた高坂班長が声をあげ、佑一は顔を上げた。
「…相手は四人だったと聞いている。そうなのか?」
「はい。場慣れしている連中でした」
 佑一がそう答えると、高坂は安積の方に視線を移した。

「安積、どうしてお前がその場にいなかった?」
「すみません」
 安積も頭を下げる。
「自分は課長の指示で、厚木所長と話していました」
 安積は顔を上げる。高坂は安積に訊ねた。
「それで、何か収穫があったのか?」
「西村が殺されるという事は、よほどの機密だろうと圧をかけると、開発していたのは軍事機密だという事を告白しました」
「認めたか。しかしそれは既に把握している事だ」
「具体的に、どういう機密なのか訊ねると、それは陸自に訊ねてくれという返事でした」
 安積の言葉に、高坂は桜木を顧みる。

「課長、パソコンが奪われた今、もはや機密は敵の手に渡ったと考えるべきなのでは? そうなると、もうこの件に我々が関わっている意味はそれほどありません」
 高坂がそう言っても、桜木は顔の前で手を組んで黙っている。やがて桜木は、口を開いた。
「国枝、宗方弦にあたれ」
 佑一は驚きに息を呑んだ。
「宗方弦というと……陸自のですか?」
「そうだ。西村の開発していた機密を聞く、という体だ。私から面会できるように手を廻しておく」
「課長、それにはどういう意図が?」
 高坂の問いに、桜木は答えた。

「宗方が機密を売った可能性もある。警察がくれば、何か動きを見せるかもしれない」
「判りました」
 佑一は、少し驚きを感じながらもそう返事をした。それを聞いた高坂が、桜木に言う。
「課長、単独で大丈夫でしょうか?」
「パソコンが奪われたのなら、もう向うに用はあるまい」
「課長、私は?」
 安積が口を開く。桜木はそれに応えた。
「安積は押収品の携帯と、西村の銀行口座にあたれ。細かい点も見逃すな」
「判りました」
 安積は返事をした後に、微かに佑一を一瞥した。

 警察庁を後にした佑一は、一人考えながら電車に乗り込んでいた。
(オレにパソコンを持って帰るように指示を出したのは、桜木課長)
 佑一の脳裏に、桜木の眼鏡の奥の鋭い目つきが浮かぶ。
(パソコンがない今、公安は手を引いて殺人事件の捜査を所轄に任せるという高坂班長の判断は合理的だ。だが課長はまだこの事件に関わろうとしている。それは、まだパソコンをオレが持ってることを知ってるからだ)
 吊り革に捕まりながら、佑一は鋭く周りの人ごみに目を配った。こちらを見ている人間はいない。
(オレを一人にしたのは、その方が拉致や襲撃に都合がいいからだ。だが、次は四人で来ることはないだろう。同じ手は使わないだろうし、目的はパソコンの奪取でもない。オレを潰しに来る筈)
 佑一は、思わず吊り革を持つ手に力を込めた。
(来るなら来い。オレはもう…和真に助けられていたあの頃とは違う)
 ふと全身に力が入っている自分に気付いて、佑一は静かに深呼吸をした。
(しかし、どういう事なんだ? 仮に桜木課長が敵と通じているとして、何故、そんな必要がある? 開発者の西村の命を奪うほどの必要がある機密とは――一体、何なんだ?)
 そんな疑問を胸に秘めながら、佑一はしばし電車に揺られた。

 陸上自衛隊王日駐屯地に佑一は赴いた。
 ゲートで身分確認をされた後、佑一は案内する自衛官の後について敷地内に入ることができた。
郊外にあるとはいえ敷地はかなり広い。一見したところ、交通公園か広めの敷地の工場のような印象である。幾つもの建物が散見されるなか、その内の一つの大きな建物の中に、佑一は案内された。
応接間に通されると、ドアを開けて入ってきた人物がいる。宗方弦であった。
写真で見たので顔を知ってはいたが、その本物の姿は軍人としての威厳が備わっていた。顔には厳しい皺が刻まれ、頭には部署を示すらしい帽子を被っていた。
「どうも、はじめまして。第三高射特科団団長の宗方弦です」
 宗方は帽子を脱いで礼をした。一等陸佐は階級であり、役職は高射特科団団長だという事である。その後から、見るからに屈強な体つきの男が入ってくる。しかしその男は、自衛隊の帽子も被ったまま、特に挨拶する様子も見せない。

(監視……あるいは護衛か)
 壁際に立ったまま微動もしない男も気になったが、佑一も自分の身分を宗方に名乗った。
「警視庁捜査一課の国枝佑一です」
「どうぞ、お座りください」
 捜査一課の刑事として行け、と事前に言われていた佑一は、そう名乗った。佑一は促されて、ソファに座る。
「それで、捜査一課の刑事さんが、自衛隊に何の御用でしょう?」
「昨日、厚木研究所の西村孝義さんがお亡くなりになりました。ご存知でしたか?」
「ええ、厚木所長から、そのように聞きました。――ま、隠し立てしようとも思いませんが、うちは厚木研究所と協力関係にあります。厚木研究所の方は日本学際会議のくだらない取り決めで、軍事研究をしない、などという規律に縛られてますが、うちの方は日本の法に触れてるわけでもないので一向に構わないのです。彼はうちの部署とも深い関わりがある研究者だったので、大変ショックを受けてます」
「今日は西村さんの仕事内容の背景を聴きに伺ったのですが――彼が機密漏えいに関係していた、というような可能性は?」
「まさか」
 佑一の言った言葉に、宗方は一応、驚いて見せた。

「もし本当なら、それは大変な事ですな。つまり国家防衛の危機に関わる、という事です」
 言葉とは裏腹に、宗方は不敵な微笑を浮かべたままだった。佑一は宗方に問うてみた。
「厚木研究所では、西村さんはドップラーレーダーの開発をしていた、と聞きましたが?」
 その言葉を聞くと、宗方は可笑しそうに笑った。
「それはまた随分とぼかしたもんすね。まあ、間違いではありませんが」
「ぼかしてますか?」
「ええ、まあね。実は我が第三高射特科団は新設部隊でして、首都圏防衛の新しい要となる部隊なのです。国枝さん、もし中国や北朝鮮が弾道ミサイルを撃ってきたら、どのように防衛するかご存じですか?」
「……いいえ」

 佑一が首を振ってみせると、宗方は微笑んだ。宗方は立ち上がると、傍に会ったホワイトボードにペンで『BMD』と大きく書いた。
「2004年以降、日本はアメリカとの連携のもと、BMD(ballistic Missile Defense)弾道ミサイル防衛システムを整備し始めました」
 すると宗方は、Uの字をひっくり返した大きな弧を描いて話し始めた。
「弾道ミサイルは発射されるとかなりの高度まで上がり、そこから落下してくるミサイルです。この発射されたすぐの段階をブースト段階といいいます。ここで迎撃できればもちろん理想だが、それには敵の内陸部に入っている必要がある。ので、ブースト段階での撃破は実質、無理」
 宗方は大きな弧を描いて落ちるミサイルの軌道の最初の段階の処に×をつけた。
「次に来るのは上空です。これをミッドコース段階と呼んでいる。大陸間を飛んでくる弾道ミサイルは多くの場合、海上がこの段階になる。ここでミサイルを迎撃するのに大きな役割を果たすのが、海上自衛隊のイージス艦です。ニュースで聞いたことあるでしょう?」
 佑一は頷いた。

「少し前にアメリカとの演習で、新型ミサイルのSM―3ブロック2Aが、ICBMの迎撃に成功、というニュースが流れたのです。それまでのSM3が射程約1000km、射高約500kmだったのが、ほとんど2倍の射程約2000km、射高約1000kmまで範囲が伸びた。半径2000kmというのは、直径4000kmです。これはね、ほとんど日本がスッポリ入る広さなんですよ」
「一隻のイージス艦で、それだけを防衛できる、という事ですか?」
「そうです、それが現在のところ8隻あります。このレーダーですが、以前は3個程度の対象しか把握できなかったのに、情報処理能力の飛躍的な向上により、一度に200個以上の対象を瞬時に把握できるようになった。イージス艦の中枢というのは、スーパーコンピューターなのです。そしてその事を可能にしているのが、フェイズドアレイレーダーというものです」
 宗方は少し得意げに笑った。

「超高感度素子を板状にした固定式のレーダーです。イージス艦にはこれが四面つけられていて、360度、どの方向も探知することが可能になっている。こういう最新のレーダー技術の一端を、厚木研究所も担ってた、という事ですよ」
「なるほど……。しかしそれはイージス艦の話ですね?」
「そう。そうやって探知した弾道ミサイルだが、最近はおとり弾頭を使う、というような対抗ミサイルも作られるようになった。本体が落ちる前に、おとりをばらまくんですよ。それによってミサイル本体の軌道予想を困難にする。つまりミッドコース段階をすり抜けてくる可能性は十分にある。そこで出るのが、航空自衛隊のパトリオットです」
 そこまで言うと宗方は、ペンを置いて佑一に言った。
「どうです? これはちょっと実物を見てみませんか?」
「見れるのですか? できれば是非」
 佑一はそう言って席を立ち、先に歩く宗方の後をついていった。
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