柔医伝~柔術開祖・秋山四郎兵衛異伝~

佐藤遼空

文字の大きさ
5 / 8

新地の章

しおりを挟む
 澳門の歴史は明歴の嘉靖三二年(一五五三)に変わる。
 砂州でつながる半島沖に、ポルトガル人の乗った船が座礁した。ポルトガル人たちは明朝に、朝廷に納めようと考えていた物品が濡れてしまったと申し立て、乾かすために陸に上がりたいと要求した。これに難色を示す明朝側を、ポルトガル人は管理部局である海道副使の汪柏に賄賂を贈って懐柔し、半島に上陸してしまう。
 そのままポルトガル人はそこに駐留し続け、事実上の居留地を確保してしまった。三年後の嘉靖三六年には役人も既成事実を認めざるを得なくなり、暫定的な居住地を設ける許可を与えた。以来、澳門はポルトガル人入植者を増加させ、町はすっかりポルトガル人達の町となったのである。
 四郎兵衛は城壁傍の高層建造物に移送されていた。この三階建ての建物は、町を包む城壁の砦の役割も果たすように、城壁の内外をよく見渡せた。四郎兵衛はその最上階の一室から、船から降ろされる奴婢たちの様子を見ていた。
 奴婢たちは一列になって、船から下りていく。男も女も手枷をはめられたままで、着物は着たきりのボロのようになっていた。
「彼らはどうなるのだ?」
 四郎兵衛は傍らの虎造に訊ねた。
「売られるのさ、南蛮人にな」
「南蛮人が、日本人奴婢を買うのか? それからどうなる?」
「奴らの居留地で働かされるのさ。中には、ここから何年もかかるような、遠い異国の地まで運ばれる奴もいる。後の運命はまあ……運だな」
(そんなことが)
 四郎兵衛は愕然とした。
(これは単なる乱取りではすまない。乱取りでさらわれた奴婢は、少なくとも隣国などの日本国内で賦役させられるだけだ。しかも戦の後に買い戻されたり、その国の戦のどさくさに紛れて逃げ出すこともできる。だが、こんな海の果ての異国の地に来ては……もはや、何もできないではないか)
 四郎兵衛は、その後の奴婢達の運命を考え、暗澹たる気持ちになった。
(見も知らぬ異国の地で、異人に働かされ、そして死んでいくのか。そんなことが許されるのか?)
「虎造、お前は同国の人間がそんな目に遭うのを、なんとも思わないのか? 何故、お前はこんな事に加担している?」
 虎造は四郎兵衛の言葉を聞くと、目を丸くして驚いた。と、虎造はすぐに哄笑した。
「同国人? そんなこたぁ考えたこともなかったぜ。奴らだって才覚がありゃあ、その場でのしあがるかもしれねえ。弱い奴はのたれ死ぬだろうよ。人間一匹どうなるかなんて、たかの知れたことじゃねえか」
 虎造は吐き捨てるように、舌打ちをした。
「俺はな、日向の百姓だった。乱取りで薩摩の連中に浚われて、死にそうなほどこき使われた。けど、中に目をかけてくれる侍がいて、俺に刀を持たせて足軽にしてくれたのさ。
 俺は戦に出た。その大将の盾になるように奮戦して、その大将も俺をかってくれた。けどある戦で、その大将が傷ついて、俺は肩を貸して森の中へと逃げ込んだんだ。大将が言うのさ、『お前のおかげで助かった』と。俺はどうしたと思う?」
 四郎兵衛は答えず、その続きを待った。
「俺は大将から刀を奪って、その喉首に刺してやったのさ! 自分じゃ『目をかけた』くらいに思ってたろうがな。俺はずっと腹の中では恨みが溜まっていたのよ! 俺はせいせいして逃げ出して、ひょんな事で知り合った海賊の仲間になった。陸で暮らしてたって、どうせ何もいいことなんざありゃしねえ。だったら他人を食い物にして、面白おかしく生きる。それが俺が選んだ生き方ってことよ」
 虎造はのぞき込むように四郎兵衛の顔を見た。
「先生よ、人が良いのはいいが、自分の心配をまずするこったぜ。他人のことなんか構っちゃいられねえんだよ」
「私をこれからどうするつもりだ」
「おめえは医者だ。高く売れる。おめえのことは、お頭が決める」
 ひっひ、と虎造は笑った。
 挑むように薄笑いを浮かべる虎造を、四郎兵衛は静かに見つめた。
「虎造、何をそんなに怯えている?」
「なん……だって?」
「お前は心の奥底では、自分のしたことを後悔し、自分のすることを疚しく思っている。お前はただ、それから必死で目を背けようとしているだけだ」
 四郎兵衛の言葉に、虎造の顔から笑いが消え、驚きが浮かび上がった。
「うるせぇっ!」
 虎造がそれだけ言うと、逃げるように四郎兵衛の部屋を飛び出していった。
 四郎兵衛は一人取り残された後、南蛮人についての思いに頭を巡らせていた。
(人の運命を変えてしまう非道を、南蛮人はなんとも思わないのか? 彼らは吉利支丹ではないのか? 何故、他国の人間をそのように扱うのだ)
 不意に、ゴンサルベス神父の言葉が思い出された。
“無知で野蛮な原住民が”
(彼は我々を『野蛮』と言っていた。同格としては見ていない、ということなのだろう)
 四郎兵衛はため息をついた。
 翌日、四郎兵衛は徐洪のもとへと呼ばれた。
 椅子に腰掛ける巨体の徐洪は、立ったままの四郎兵衛をじろりと睨んだ。
「秋山(チウシャン)、お前の買い手が決まった」
 徐洪の言葉に、四郎兵衛は無言で応えた。
「奴隷としてではなく、使用人としてだ。雇い主はフェルナン・アルバレスという。ポルトガルの商人だ。『船長』と呼んでおけ」
「私の身の上を、少しは配慮してくれたということだな?」
 四郎兵衛の言を聞くと、徐洪は椅子から立ち上がり、顔を間近に寄せて睨み込んだ。
「わしらは恩義は忘れん。だがな、秋山(チウシャン)。もしお前が次に会うときに、また俺に逆らうようなことがあったら  」
 四郎兵衛は威圧する徐洪の目線を、真正面から見つめ返した。
「  次は命を取る。容赦はせん。判ったか?」
「判っている」
 四郎兵衛は静かに答えた。
 徐洪はしばらく四郎兵衛を睨んでいたが、やがてくるりと背を向けると面白くなさそうな声をあげた。
「もういい、連れて行け」
 部下が四郎兵衛を促し、四郎兵衛は退出した。
 その扉の傍に壁にもたれて立つ人影がある。虎造だった。
「先生よ。アルバレスのとこで長生きしたかったら、日本人の女房には手を出さねえこったぜ」
 虎造は腕組みをしたまま、上目遣いでそう口を開いた。
 四郎兵衛は思わず微笑んだ。
「心がけるよ、虎造。ありがとう」
「南蛮人は日本人女の虜になってる奴が多いからな」
 虎造は目を伏せると、口元ににっと笑みを浮かべた。じゃあな、とだけ言った。
 四郎兵衛は少し離れた部屋に案内された。中には椅子に腰掛けた紅毛の南蛮人がいる。男は四郎兵衛を見ると、椅子から立ち上がった。
「オー、その人が日本人の医者ですか?」
 男は漢語で案内の男に尋ねる。男は短く、そうです、とだけ頷いた。男は納得すると四郎兵衛に笑いかけ、歩み寄ってきた。
「こんにちは、日本人の医者。私はフェルナン・アルバレスです、よろしく」
 アルバレスは両手を四郎兵衛の前に出してくる。四郎兵衛は意味が判らず、そのまま立ち尽くしていた。
「オー、握手を知らないんですね? 判りました。それで、貴方の名は?」
「秋山四郎兵衛といいます」
「アキ…? 日本人の名前は言いづらいですね。アキと呼ぶことにします、いいですね」
「構いません、船長」
 態度は穏やかだが、アルバレスの態度には明らかに上位の者が振る舞う威圧的な雰囲気があった。四郎兵衛はアルバレスに連れられて、建物を出た。
 外には馬を二頭つないだ、大型の馬車がある。その豪奢な造りに、四郎兵衛は驚いた。
「乗ってください、屋敷へ行きます」
 アルバレスが近づくと、傍にいた肌の浅黒い青年がさっと動いて馬車の扉を開けた。アルバレスの後に四郎兵衛が乗り込むと、青年は御者台に座り馬車を走らせ始めた。
「窓を開けて、この澳門の街を眺めるといいでしょう」
 四郎兵衛は言われた通りに馬車の窓を開いて表を見た。
 澳門の街は、建物の全てが洋風であった。白い壁と小さな窓があり、それが軒を連ねている。
 通りを歩いているのは南蛮人が多かったが、労働をしているのは日本人のような者や、もっと肌の浅黒い外国人労働者が多かった。それを使役しているのは、南蛮人ばかりであった。
(この街は、南蛮人の街なのだ)
 四郎兵衛ははっきりと認識した。
「アキは、どうして澳門に来ましたか?」
「私は来たくて来たのではありません。浚われたのです」
 四郎兵衛は正直なところを言った。徐洪がその部分は隠していたことだけは判った。
「オー、そうですか。それは悲しいことですが、私のところにくれば何も心配はありません。ただし、二つのことは確実に守ってください、いいですか?」
「なんでしょう?」
「一つは、私の命令に絶対に従うこと。もう一つは、妻に色目を使わぬことです。どうです、簡単なことでしょう」
「そうですね」
 にこりと笑うアルバレスに、四郎兵衛もただ笑って見せた。

 澳門では三千人ほどの南蛮人が暮らしていた。ここで自治をしいているのはポルトガル人であり、明人はあまり居住していない。澳門は砂州で大陸とつながっていたが、ポルトガル人は三把門、水杭門、新開門という三門によって明人居住区とポルトガル人居住区を区分したのだった。
 街全体が石造の城壁に囲まれ要塞化されていたが、さらに拠点は要塞化されていた。内側には見張り塔があり、中庭があった。付属の施設としては船着き場、商館、食料庫、武器庫、税関、教会、病院、慈善院などがあり、この他に要塞勤務の人員の邸宅がある。このうち商館、食料庫、武器庫は要塞の中にあり、それ以外は城外、その外をさらに木柵、塀、あるいは城壁で囲んでいる。
 警察や領事、税務に至る街のほぼ全てがポルトガル人たちによって運営されており、澳門は一種の独立都市の様相をなしていた。
 アルバレスの屋敷は豪邸で、数人の使用人がともに暮らしていた。馬車を運転していた肌の浅黒い青年はマラバル(インド沿岸部)人のカーンといい、もっと真っ黒な肌を持つ黒人のウスマンという使用人もいた。
 この二人より少し格上に振る舞っている孫という老人がいたが、これは明人であった。頭に布を巻き、たっぷりとした服を身につけているため、最初は何人なのか四郎兵衛にはまったく判らなかった。アルバレスと明との仲介役をこなしているようで、二人の奴隷とは明らかに振る舞い方が違っていた。
 そしてアルバレスの婢(はしため)である日本人女性、絹がいる。絹はほとんど細君のような扱いであった。抜けるような白い肌をした美人であり、普段からアルバレスの指示なのか洋装をまとっていた。この絹とアルバレスとの間にできた三歳になる娘がおり、名前をアメリアと言った。
 アメリアはその名に反して、黒髪で黒い瞳を持つ全くの日本人の娘だった。病弱で食が細く、よく咳が出る。四郎兵衛はこの三歳の娘の専用医として、この家に連れてこられた。そういう事情を、四郎兵衛は孫老人から聞かされたのだった。
「お前さんは奴隷じゃないようだが、ここから逃げようなんぞとは思わん方がいい」
 痩せぎすで顔中皺だらけの孫老人は、四郎兵衛を指さして片目をつぶった。
「ここから逃げたところで、周りはポルトガル人ばかり。逃げるところも隠れるところもなく、ポルトガル人の警察に捕まって、返されるばかりじゃ」
「警察とは何ですか?」
「この町の治安を維持する組織じゃ」
(武士団のようなものか)
 四郎兵衛はひとり納得した。
「そして主人のところに戻された奴隷は、まず生かしておいてはもらえん」
 孫老人は話す時に片目をつぶる癖があったが、それは片目から涙が垂れてくるのを防ぐためであった。普段はよいが、話す時には涙が出てくるのだということを、四郎兵衛は後から知った。
「殺されるのですか?」
「銃でな。船長がそうしているのを見たことはないが、概ねポルトガル人はそうしておる。路上で日本人奴隷が打たれ殺されるのを見たこともあるぞい」
 四郎兵衛は表情を曇らせた。
(私と同じ船で運ばれた日本人たちに、そのような運命が待っていなければいいが)
 四郎兵衛の顔を見て脅かしすぎたと思ったのか、孫老人はさらに口添えした。
「なに、おとなしくしておれば食いはぐれることもない。いい暮らしができるぞい」
(どのように生きることが、人にとっていい暮らしと言えるのだろうか)
 四郎兵衛はぼんやりと思った。
 アルバレスの屋敷に暮らし初めて三日間が過ぎた頃、一つの事件が起きた。
 屋敷の中で悲鳴があがっている。四郎兵衛は慌てて声のする広間へ駆けつけた。
 悲鳴をあげているのはマラバル人のカーンだった。
 アルバレスがカーンを鞭打っている。その容赦ない痛みにカーンは床にうずくまり、その背中をアルバレスはさらに滅多打ちにしているのだった。
 アルバレスは怒号をあげていたが、ポルトガル語で何か罵倒しているものと思われた。
「もう、やめて下さい!」
 四郎兵衛は思わず、その降り上げた腕を掴んで止めた。「何をする!」
 アルバレスは興奮した顔を四郎兵衛に向けた。
「使用人の分際で楯突く気か!」
 アルバレスは四郎兵衛の腕をふりほどくと、今度は四郎兵衛に向かって鞭をふるった。四郎兵衛はそれをかわす。再三の攻撃を四郎兵衛がかわすと、アルバレスの興奮が驚きのために冷めてきた。
 四郎兵衛は柔らかくなだめるように言った。
「もうやめて下さい。これ以上やったら死んでしまいます」
 アルバレスは鼻息を大きく吐き出すと、四郎兵衛に言い捨てた。
「死んだら代わりを買えばいい。こいつが壊した花瓶は、こいつの三人分の値段なんだぞ」
 見ると、広間の一角に飾ってあった人の半分ほどもある大きな白い花瓶が砕けていた。四郎兵衛は、眉をひそめた。
「貴方はキリスト教徒ではないのですか?」
「なんだと?」
「キリスト教徒には、全ての命に対する慈悲心があるものと思っていました。船長は違うのですか?」
 日本人からキリスト教のことを言われたのが意外だったのか、アルバレスは驚きに目を丸くした。が、すぐさま笑いを浮かべると、四郎兵衛に向かって言った。
「命は全て神のつくりたまいしものだ。だが、その命には等級がある」
「等級?」
「動物の中では神に一番近いのが人間だ。人間のなかで一番神に近いのが我々キリシタンだ。お前たちは、我々とは格が違うのだ」
(なんと都合のいい理屈だ)
 四郎兵衛は不意に、ゴンサルベス神父の言葉を思い出した。
”この未開の野蛮な土地”
(彼らにとって、他国の人間は未開の野蛮人でしかないというのか)
 四郎兵衛の胸に怒りが沸いてきた。
 と、その時、絹が広間に入ってきた。
「アメリアが、アメリアが倒れました!」
 アルバレスと四郎兵衛は顔を見合わせた。二人はすぐさま何も言わずに、娘の寝室へと走っていった。
 寝台に寝かされた少女がいる。少し咳込んで、すぐにぐったりとなった。
「早く診るんだ!」
 アルバレスが四郎兵衛を怒鳴りつける。四郎兵衛は冷静にアメリアの熱を確かめると、脈を診始めた。
(脈が弱い……何故、こんなに衰弱しているのだろう)
 証をたてた四郎兵衛は、ひとまず薬を調合した。
 アメリアの身体を起こし飲ませる。
「うぇっ…」
 と、アメリアはすぐに口に含んだ薬を吐き出してしまった。四郎兵衛は動揺して、絹を見た。
「いつもこうなんです。この子は薬を飲もうとしないんです」
 絹が日本語で四郎兵衛に伝える。その目には痛切さがこもっていた。
 大人ならば効能を説いて、納得させて苦い薬も飲ませることができる。だが子供はそうはいかなかった。薬を拒否する子供は、無理に飲ませても必ず吐き出してしまう。子供自らが飲む気にならなければ、薬を飲ませることは不可能だった。
「アキ、アメリアに薬を飲むように言え。アキは母親の言葉の方が好きだ。今まで明人の医者に診せたが、皆、薬を飲まずに吐いてしまう。手の打ちようがないと言われた。無理にでも薬を飲ませるんだ」
「今までそれで、うまくいったことがあったのですか?」
 四郎兵衛の詰問にアルバレスは口をつぐんだ。子供が嫌がることを無理強いしても、決してそれを通すことはできない。四郎兵衛は経験上、子供の拒否を克服することの困難さを知っていた。
「お絹さん、アメリアは食べ物の好き嫌いはありますか?」
「はい。食が細くて……。葉のものも肉も、あまり食べようとしません。結局、まだわたしのお乳が頼りなんです」
 四郎兵衛は得心した。
(状態は特定の病状というより、根本的な食不足による衰弱だ。今まで滋養を摂れなかったのだろう)
「米はどうですか?」
「お米は……澳門では主にパンなので…。今まで食べさせたことがありません」
(パン? あの粉を焼いたものか)
 四郎兵衛は教会で神父たちが口にしているのを見たことがあった。
 四郎兵衛は孫老人に振り返って訊いた。
「米と……薬が購入できるところはありますか?」
「あるぞい。澳門では何でも手に入る」
 孫老人はニッと笑ってみせた。
 一度表にでて孫老人の案内で、四郎兵衛は米を入手した。次に薬を扱う店に入った時、四郎兵衛は珍しいものを見つけた。
(これは…使えるかもしれないな)
 四郎兵衛たちは急いで屋敷に戻り厨房に入った。傍らには絹もいる。食事は普段、絹が作っていた。
「先生、それは?」
 四郎兵衛の取り出した干からびた根のようなものを見て、絹は尋ねた。
「虫草です。とても滋養があります。これを粥に混ぜてみます」
 虫草は冬虫夏草とも呼ばれ、地下にいる蝉の幼虫などに寄生して育つ特殊な植物である。その根を干したものは、非常に貴重な薬であった。
「母親が米や麦を食べて育ってるんです。恐らく、口に合うはずだ」
 乳が出ない母親の子供には、米のとぎ汁を与えるのが常である。四郎兵衛はそう言いながら米を炊き、さらに買ってきた家鴨の肉をまな板に乗せた。
 家鴨は首を落とし内蔵を取り、毛をむしられた状態である。四郎兵衛はその腹の部分に虫草を詰めると、弱火で煮込んだ。
 十分に煮込んだ家鴨を取り出し、腹から虫草は取り出してしまう。四郎兵衛はその薬効が十分に移った家鴨の肉を細かく刻み、それを飯に混ぜると水を足して粥状に煮込み、味を薄めに整えた。
「これでいいでしょう。お絹さん、アメリアに少しずつあげてみてください」
 できあがった粥を、布団で身体を起こしたアメリアの所まで持っていく。絹はふうふうと匙にすくった粥を冷ましながら、アメリアの口元へと運んだ。
 アメリアは最初警戒していたが、一口すすると気に入ったらしく、次々に粥を食べ始めた。絹の顔に喜びが灯った。
「これで少しは体力がつくでしょう」
 四郎兵衛は傍らで見ていたアルバレスにそう言った。アルバレスは安堵からか顔を綻ばせ、四郎兵衛に向かって言った。
「やはり日本人には日本の医者だな。アキ、よくやってくれた」
(これで健やかになってくれればいいが)
 四郎兵衛はそれでも、一抹の不安を隠しきれなかった。
 アメリアは少し体調を戻し、動き回れるようになった。とはいえ、アメリアはまだ十分に立って歩くことはできず、走ることはできなかった。身体が小さいアメリアは、年齢の割には十分に身体が発達しているとは言い難かった。
 しかし動き回れる娘の姿に、母親の絹はとても喜んだ。
「先生、有り難うございます」
「いえ、もっと食べられるようになればいいのですが…」
「そうですね…わたしのお乳も、もうあまり出なくなってますから。けど、食べ始めに何をあげたらいいのかも判らなくて」
 四郎兵衛はふと、絹の周囲に子育てを教える先輩女性がいないという事に気がついた。
(こんな外国に一人で、南蛮人に囲われて暮らす……。不安は絶えないだろう)
「お絹さんは、日本に戻りたくはないのですか?」
 四郎兵衛の問いに、絹ははっと顔をあげると、すぐに寂しそうに微笑んだ。
「戻りたくても……戻ってもしょうがないですから。うちは小さい百姓で、余計者を食わせる余裕なんかありません。今はご主人様に、十分よくしてもらってます。飢えることもありませんから……今がいいんです」
 絹は静かにそう言った。
 四郎兵衛は、それ以上何も言えなかった。
 翌日、四郎兵衛は不意にカーンに声をかけられた。
「アキ」
「なんだい?」
「ありがとう」
 少し色の浅黒い青年は、はにかんだように笑った。四郎兵衛はそこで初めて、この青年が非常に男前であることと、思っていたよりずっと若いことに気がついた。
「日本語が話せるのかい?」
「少し。キヌと、アメリアと話す」
「昨日の傷は痛まないかい?」
 質問はカーンには難しかったらしく、判らない、という顔をした。四郎兵衛は鞭打つ仕草をしてみせ、背中を診せるように促した。
 上半身はひどいみみず腫れになっており、赤黒く変色してる部分もあった。四郎兵衛は膏薬を塗ってやった。
 それから数日、アメリアの体調は次第に回復し、カーンと遊ぶまでになった。付近に友達のいないアメリアは、家にいるカーンとウスマンが遊び相手であった。
「ウスマ、お馬、お馬」
 アメリアはそう言って、ウスマンの背中に乗って遊んだりした。時にはすっかり元気になったように見えたが、体調は一進一退だった。急に咳き込んで倒れたり、食べたものを吐いたり、夜中に熱を出したりした。
 アルバレスは家を留守にしてることが多かったが、家にいる時は完全な暴君だった。四郎兵衛が諫めるため少しましになったらしいが、相変わらずカーンやウスマン、そして時には絹にまで暴力をふるった。その原因の大半は言葉が十分に通じないことからくる、アルバレスの苛立ちだった。
 ある日、四郎兵衛は改まった口調でアルバレスに言った。
「娘さんのことでお話があるのですが」
 アルバレスは黙って頷くと、書斎に来るように促した。部屋に二人きりになると、四郎兵衛はアルバレスに告げた。
「アメリアさんの病気の原因が判りました」
「なに、本当か! いったい何だというんだ?」
「貴方です。船長」
 四郎兵衛の言葉を聞いたアルバレスは、まず目を丸くし、次に顔を真っ赤にさせて四郎兵衛に向かって怒鳴った。
「何だと、貴様! 使用人の分際で、私を侮辱しようというのか!」
「正確には貴方の暴力や威圧……鞭打ちや大声で恫喝することが、お嬢さんの体調不良の原因になってるものと思われます」
 冷静なままの四郎兵衛の言葉にも、アルバレスは憤ったままだった。
「そんなことが、娘の体調と関係があるはずなどない!」
「私はこの数十日、記録をとっていました。アメリアさんが咳で倒れたり、吐いたり、夜中に熱を出す日は、決まって貴方が暴力をふるったり、大声を出した日です。ここに記録があります」
 四郎兵衛は手製の記録帳を差し出した。
 アルバレスは立ったままそれを机の上に置き、めくり見ていたが、その表情には驚きとそれに伴う失望にも似た感情が現れ始めていた。
「私も最初はどうかと思っていたのです。そんなことはどの医書にも書いてませんし。けれど、ここまで一致すると、関連があると考える方が自然です」
「むぅ……」
 アルバレスは机の上に手をつき、がっくりと崩れそうになる身体をかろうじて支えると、もう一方の手で口を覆った。
 アルバレスはさらに頭を抱えるように目元を手で覆うと、背中を見せたまま四郎兵衛に尋ねた。
「あの子の病気は……私に対するあてつけ…演じられたものだということか?」
「いいえ。あの年の子供にそんなことができるとは思えませんし、身体に現れる症状はすべて本物です。アメリアさんは、本当に体調を崩すのです」
「じゃあ、何故、あの子に何の関係もない使用人への罰で、あの子が病気になるのだ!」
 アルバレスは勢い込んで振り返ると、四郎兵衛に詰問するように言った。
「関係がない、と考えてるのは貴方だけです。今から少し見に行きましょう」
 四郎兵衛とアルバレスは部屋を出て広間へと出向いた。気づかれぬように距離をおいて見ると、そこではアメリアが、カーンとウスマンを相手にゴム鞠を転がして遊んでいた。その様子を傍で絹が微笑みながら見守っていた。
「アメリアさんの表情を見てください」
 四郎兵衛は促した。
 アメリアはその愛らしい顔に、いっぱいの笑顔を浮かべている。その無邪気で純粋な笑顔は、カーンやウスマン、そして傍らの母親に向けられていた。
「カーンやウスマンは貴方にとっては代わりのきく奴隷で家畜みたいなものかもしれないが、アメリアさんにとっては友人、いや家族みたいなものなのです」
「そ、そんなことが」
「愛する家族が苦しむのは、幼い子供にとって、とてつもなく不安なことです。不安は気脈を滞らせ、それは身体全体の不調を生みます。それがアメリアさんの体調不良の原因だったんです」
 振り返るアルバレスに、四郎兵衛は目を向けた。
「判りますか? アメリアさんがとても優しい心をもった娘さんだということなんですよ」
 アルバレスははっとなって、遊ぶアメリアに視線を向けた。アルバレスはしばらく虚心に遊ぶアメリアを見つめていたが、やがて悲しげな声を出した。
「アメリアにとって、私は不安の元でしかないということか……」
「どうでしょう。それは、行ってみれば判りますよ」
 四郎兵衛に促され、アルバレスは広間に姿を現した。
 家の主人の登場に、一斉に視線が集まる。
 アメリアは、父親の姿を見つけると嬉しそうに微笑んだ。たどたどしい足取りで、アルバレスの方へとやってくる。ぱーぱ、とアメリアが笑った。
「アメリアさんは、父親をとても慕ってるようですね」
 四郎兵衛は静かに言った。それはこの数日、アメリアを観察していた四郎兵衛には判っていたことだった。アメリアは暴力をこそ恐れているが、決して父親を恐れたり嫌ったりしているのではない。四郎兵衛はそれが見通せた段階で、アルバレスに話をしたのだった。
「おお……アメリア、アメリア」
 アルバレスが感極まった声を出す。その目には涙がにじんでいた。
 アルバレスはひざまずいた。
「すまない、アメリア。パパを許しておくれ」
 アルバレスは寄ってきたアメリアを強く抱きしめた。アメリアは抱きしめられながら、不思議そうな顔をした。
「ぱーぱ、泣いてる?」
「いや。……笑ってるんだよ」
 アルバレスは少し腕をほどくと、娘に微笑んで見せた。

 それ以降、アルバレスがカーンやウスマンに暴力をふるうことはなくなった。気持ちが苛ついた時も、努めて自らを鎮めようとする姿が四郎兵衛にも見て取ることができた。
 アルバレスはアメリアと過ごす時間を増やし、自ら遊び相手になったり、絵本を読み聞かせるなどするようになった。アメリアは日に日に体調がよくなり、よく食べ、よく動くようになっていった。
 アルバレスは四郎兵衛を信頼し、また異なる文化圏ではあるが教養を持つ者として敬意を払うようになっていた。
四郎兵衛もまたアルバレスの口から異なる西洋文化の話を聞くことを好んだ。
「これが世界だ」
 ある日、アルバレスはそう言って、四郎兵衛に絵模様の入った球体を見せた。
「これが? これは何ですか?」
「地球儀だ。私たちの住んでる星は全体で見ると、このような形をしている」
 四郎兵衛はアルバレスの言うことを訝しく思った。
「それを見て確認した者がいるのですか?」
「いや。だが推論によって我々の暮らす世界は球体であるということは、遙か二千年前にギリシア人によって言われていたことだ。それはずっと確証がなかったが、航海技術の発達により、長期の航海が可能になった。そして世界の果てを目指した船出をしたところ、ぐるりと一周することが証明されたのだ。この地球儀は、航海に伴う測量から作られた、かなり正確なものだ」
(これが……世界の姿だというのか)
 四郎兵衛はあまりのことに驚くことすらできなかった。その事実は、受け入れるにはあまりにも四郎兵衛の思惑を越えていた。
「では、長崎はどこですか?」
「長崎はここだ」
 アルバレスは地球儀を廻すと、真ん中あたりにある小さな島の寄せ集めのなかにある、一点を指した。
「あ」
 四郎兵衛は思わず声をあげた。その小さな地形には、僅かに見覚えがあった。小さな小さな島の寄せ集めは、他ならない、四郎兵衛のよく知る九州、そして本州、四国を持った日本だった。
(馬鹿な)
 四郎兵衛は呆然となった。
「小さい……なんと小さいのだ、日本は。明は、ではこの隣の広い土地ですか?」
「そうだ、恐らくこの辺からこの辺りまでが明だろう」
「待ってください。そもそも貴方がたは何処からやってきたのですか?」
 四郎兵衛の問いに、アルバレスは地球儀をぐるりと廻した。
「ここだ」
 アルバレスは小さく飛び出した、突起上の土地の一部を指した。
「この小さな国が、私の母国ポルトガルだ」
「こんな遙か遠くから……。船長の国も、小さいのですね」
「そうだ。だが我々はこの小さい国から、大きな世界へと飛び出し、世界を手にしようとしているのだ」
 そういうアルバレスの姿は何処か誇らしげであった。
(これだけの文化を持ち、また海を渡るだけの技術を持つ南蛮人ならば、他の国の人々を無知と見て己を誇るのも無理はない)
 四郎兵衛は独り慨嘆した。
(しかし大きな知識と力を持ってさえいれば、他国の人間を恣いままにすることが許されるのか? いや、そんなはずはない)
「南蛮人はとても大きな力を持っています。そしてそれを他国の人々にふるっている。その無慈悲なやり方は、キリスト教の心にかなったものでしょうか?」
 四郎兵衛の言葉に、機嫌を悪くしてアルバレスはむっと表情を変えた。
「前にも言ったが、我々と他国の人間とでは格が違う。それは仕方のないことだ」
「アメリアさんが成長したら、貴方の国の人々はアメリアさんを同じように見るでしょう」
 四郎兵衛は目を伏せながら、静かに言った。アルバレスは唸ったきり、何も言い返せなかった。
「貴方は絹さんを、目をかけて大切にしておられる。けど、アメリアさんはそのように扱われるかどうかすら判らない。他の日本人奴隷のように、畜生のように扱われるかもしれないのです」
「わ…私にどうしろと言うのだ! 仕方ないではないか! いや、我々が日本人奴隷を買うのは、日本人が同胞を売るからだ」
 確かにそうだった。戦に負けた他国人を売るのは、戦国の世の習いであった。
(無理もない。我々には薩摩の人間、日向の人間という覚えはあるが、日本人という気持ちはない。売ったのは『他国人』だ)
「私は最初、日本人が日本人を売ってることに驚いたよ。彼らには道徳心がないのかとね」
「国に対する考え方が違うのです。我々は狭い世界しか知らなさすぎた。国が違えば、掟や習いが異なる。売った人間も売られた人間も、まさかこんな異郷の果ての地で賦役につかされるなんて思ってはいないのです。道徳心がないわけじゃない……」
 四郎兵衛はそう言いながらも、貧しい家の子供が親に間引きされる現実のことを思い出した。それはキリスト教では考えられない行為であり、その意識の違いから静のような者が吉利支丹になったのだった。
「……だが私たちは、異なる国の考え方を知ることで、新しい道徳心に目覚めることがある。それは国を越えて、人の心の本質にかなったものであるはずだ。船長、アメリアさんを大切に思うのなら、船長自身から考えを変えていけばいいのでは。それは小さな始まりかもしれないが、大きな波になるかもしれないのです」
 四郎兵衛はアルバレスを見つめながらそう言った。
「アキは、まるで神父のようだね」
 アルバレスは軽い笑みを浮かべながらそう言った。四郎兵衛は頭を振った。
「いえ、私は未だに自分の道を探しているだけの、未熟な医者です」
 四郎兵衛は正直なところを口にした。四郎兵衛はアルバレスを見ながら、まったく別のことを考えていた。
(船長は心を変えたかもしれないが、それは娘がいたからだ。これは特別な例だ。人が力によって人を支配できると思えるうちは、きっと人の心は変わらないだろう)
 四郎兵衛は小さな地球儀の上に描かれた、小さな島国を見つめた。

 四郎兵衛が澳門に来て二月が経とうとしていた。四郎兵衛はアルバレスの紹介により、他のポルトガル商人や船員、奴隷などを診るようになっていた。澳門での生活というものが、四郎兵衛の内外で築かれようとしていた。
(このままでいいのか)
 四郎兵衛は杭州行きの夢を思い出して、そう考えることもあった。少なくともまだ四郎兵衛は、『国を医す』ような何物も見つけてはいなかった。
 そんなある日、四郎兵衛は孫老人に呼ばれ、アルバレスの元へと赴いた。
「お呼びですか、船長」
 アルバレスの部屋にそう言いながら入室しようとして、四郎兵衛はそこにいた人物に驚きの声をあげた。
「あ、貴方は!」
「やあ、秋山殿。やはり秋山殿だったんですね、見つかってよかった」
 そう言って相好を崩したのは、文知の家で引き合わされた李丹であった。
「貴方は、李丹殿。どうして此処に?」
「貴方を探していたんですよ、秋山殿」
 李丹に促され、四郎兵衛はソファに腰かけた。既に向かいにはアルバレスが座っている。李丹は言葉を続けた。
「貴方を杭州にお連れすると約束して、すぐに貴方が乱取りにあったことを私たちは知りました。徐洪の奴は手荒な乱取りをして日本人奴隷を捕まえ、南蛮人に売っている。私たちとは敵対関係にあって、それが判ってもなかなか手は出せないでいた。
 しかし医者でもある貴方のこと、きっと何処かで日本人奴隷の医者の話を聞くだろうと注意していたのです。そしてようやく、このアルバレスさんの処にそれらしい人物がいると判った。だから私が直接確認に来たのです」
「そうでしたか」
 四郎兵衛は驚いた。自分のような一介の若造を、李丹のような大人物が気にとめていたとは思いがけないことだった。
「これで文知との約束が果たせそうです。さあ、秋山殿、私と一緒に杭州へ行きましょう」
「え、しかし  」
 四郎兵衛はアルバレスの顔を見た。
「貴方の身柄は私が引き受けました。貴方はもう自由ですよ」
 文知の言葉にアルバレスは頷き、そして立ち上がった。
「行きなさい、アキ。貴方には世話になりました。名残惜しいが、ここでお別れです」
 アルバレスは寂しさの混じった笑みを見せた。四郎兵衛は慌てて立ち上がり、アルバレスに頭を下げた。
「いえ、こちらこそお世話になりました。よくしていただき、有り難うございました」
 頭を上げると、アルバレスが片手を差し出していた。
「あ、握手というものですね」
「そう。これは友情の挨拶。そして『私は武器をもってません』ということの証なのです」
 アルバレスの笑顔を見て、四郎兵衛はその手を握り返した。互いの手を握りあう不思議な挨拶に、四郎兵衛は少しの温かみを感じた。

 澳門を出た船は陸地沿いに海を北上していった。やがて大きな河口に達すると、四郎兵衛はより小さな船へと乗り換えた。それは漕ぎ手が乗り込む船で、船は川を遡っていく。そのゆったりとした大きな川は銭塘江といった。
 こうして数日の船旅をした頃、四郎兵衛は川沿いに大きな塔が立っているのを見つけた。八角形をしているらしく壁面は平らで窓が開き、十層以上ある層ごとに瓦葺きの屋根があった。
「随分と立派な塔だ」
「あれは六和塔(リォホーター)、ここが杭州(ハンジャオ)ですよ、秋山殿」
 四郎兵衛の言葉に、隣にいた李丹がそう答えた。李丹は川岸につけようとする船を見ながら、さらに言葉を継いだ。
「この銭塘江は八月十八日前後の満潮期になると、海水が高潮に乗じて押し寄せ、高波となって逆流し氾濫したと言われてます。その氾濫を鎮めるために呉越王がこの六和塔を建てたと言います。六百年ほど昔の話ですね」
「六百年  」
 そんな途方もない年月をいとも簡単に口にする明人の感覚に、四郎兵衛は驚いていた。
(だが、それが歴史ある大国というものかもしれんな)
 四郎兵衛はふと思った。
 船を降りると、李丹が四郎兵衛に町へゆく一本道を教えた。李丹は別れの挨拶をした。
「杭州に届けるまでが、文知との約束です。後は秋山殿、自分でお訪ねになる人を見つけてください」
 全く右も左も判らない杭州で、果たして添状の相手を見つけられるのか。四郎兵衛はいささか不安になった。その不安を見透かしてか、李丹は一枚の地図を四郎兵衛に渡した。
「杭州の町の地図です。案内状にあるこれが住所。地図ではこの辺ですね。ここからはすぐです」
「もし、会えなかったら、どうしたらいいでしょう?」
「さあ、そこまでは」
 李丹はそう言って微笑んだ。四郎兵衛は、はたと悟った。
(この人は私を気にかけていたのではなく、文知殿との義理を果たすことを気にしていただけなのだ。ここで私がどうなるかは、この人の知るところではない、ということか)
「判りました。なんとかやっていきます、大変お世話になりました、李丹殿」
「いえいえ」
 李丹は笑ってみせたが、それはやはり海賊の長たる者の笑顔なのだと四郎兵衛ははっきりと判った。四郎兵衛は振り返らず、杭州の町を目指した。
(これが杭州……明国の町)
 やがて四郎兵衛は一人、初めて踏み入れた町を眺めながら歩いていた。
 杭州の町は人も商店も多く、流通と商いの重要な中継地であることが四郎兵衛にも判った。
 南蛮風の白い壁で石造りの建物が多かった澳門に対して、杭州の町では木造の建物がほとんどだった。それは日本の建物に似ていたが、違うところもあった。
 二階建てが多い商館などは木目の美しい柱を見せ、欄干や手すりには細やかな透かし彫りの細工まで施されていた。看板には大きな漢字が描かれ、日本のものとは比べようもないほど派手で豪奢な印象だった。
 一方、裏通りの民家の漆喰はくすんだ鼠色をしていて、日陰は特に暗く埃っぽかった。町人たちの身なりは様々で、ぼろをまとうものもいれば、小ぎれいな装いの者もいた。通りには多くの人々が行き交い、賑わっている町であることは判ったが、長崎、澳門と違い南蛮人の姿はまったくなかった。
 通りを歩いている先に、人だかりができていることに四郎兵衛は気づいた。というより、遠巻きにしてある一部を皆が見ている。
「いいから、よこせって言ってんだよ!」
 その騒ぎの中心部で、若い男が怒鳴っていた。怒鳴っている相手は小さな老人である。男は老人から、背負い式の籠を奪おうとしていた。
「や、やめてくだされ」
 老人は奪われそうになる籠にしがみつく。と、若い男の傍にいたもう一人の男が、老人を背後から引き剥がそうとした。
「いいから俺たちに預けろってんだよ。ちゃんと、売り込んでやるからよ」
「返してくだされ」
 老人が引き剥がされ、地面に打ち捨てられた。
「おら、代金をちゃんとやるからよ。仲介料はまけてやるぜ」
 若者はそう言うと、小銭を出して地面に放った。目の前に転がる小銭を見て、老人が震える。
「こ、これじゃ少なすぎる」
「文句言ってんじゃねえよ。買ってやるだけ有り難いと思いな」
 若者二人はそううそぶくと、籠を担いで連れだって立ち去ろうとした。その背中に老人が取り付き、籠を奪う。
「てめぇ、なにしやがる!」
 振り向いた若者が、躊躇もなく前蹴りを、老人の腹にぶちこんだ。老人は呻いて、地面に崩れ落ちる。しかしその籠を腹に抱え込んで、必死に身体でそれを守ろうとしていた。
「てめぇ、爺ぃ、ふざけんな!」
 若者二人は亀のようになってうずくまる老人を、容赦なく蹴り始めた。ひどい乱暴に、老人の身体がふらつくが、それでも老人は腹に抱えた籠を離そうとはしなかった。
(ひどい。なんということを)
 周囲の者たちは、恐ろしげな顔でこの老人に対する暴行を見ているだけであった。誰も止めようとはしない。
(いかん、このままでは死んでしまう)
 考えるより先に、四郎兵衛の身体が動いた。
「もう、止めなさい」
 四郎兵衛は老人と若者の間に割って入っていた。
「このままでは死んでしまう」
「邪魔だ、どけ」
 若者の一人が四郎兵衛に前蹴りをくわせようとする。四郎兵衛はそれをさっとかわし、蹴り足を取ると別の方向にうち捨てた。
「こ、この野郎!」
 投げられた男が身体を起こしながら怒号を放つ。もう一人の男は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに残忍な笑みを浮かべて四郎兵衛を見ると、舌なめずりをしてみせた。
「なんだ、お前、余所者か?」
 そう聞いてきた男は、右眉の上に傷があった。整った顔だちだが、何処か皮相な雰囲気を漂わせる面貌であった。
「俺たちに逆らうとはな」 
 ハン、と男が鼻で笑ったかと思った瞬間、四郎兵衛の左膝に猛烈な衝撃が走った。男の蹴りが四郎兵衛の足をとらえており、四郎兵衛はたまらずぐらつく。するとそこを狙って、四郎兵衛の顔面に拳が突き入れられた。
「ぐっ」
 殴られた四郎兵衛は、そのまま地面に倒れ込んだ。口の端が切れ、鼻が痛む。
「いい度胸してるじゃねえか。命が惜しくないようだな」
 倒れた四郎兵衛を、眉に傷のある男が笑いながら見下ろしていた。
「  いい加減にしな!」
 そこに凛とした女の声が飛び込んできた。
 四郎兵衛は地面に倒れたまま声の主を見る。そこには年端もいかない少女が一人立っていた。
「あんた達、好き勝手も大概にしな」
「明蘭じゃねえか、威勢のいいこったぜ」
 眉に傷のある男は、少女を見ると薄笑いを浮かべた。
「陳六宝、牙行でもないくせに人の綿布に手を出すんじゃないよ」
「俺たちだって商売してぇだけさ、邪魔すんなよ」
 陳六宝と呼ばれた眉に傷のある男は、薄笑いを浮かべたまま、いきなり明蘭と呼ばれた少女の脚に蹴りを放った。
(危ない!)
 その鋭さに四郎兵衛は声にならない驚嘆をあげた。しかし案に反し少女はその蹴り脚をさっとかわす。蹴りをかわされた陳六宝の身体が横に流れる。その隙をついて、明蘭は膝裏と尻に一発ずつ蹴りを見舞った。峻烈な動きだった。
「うぉっ! ……このお転婆が」
 陳六宝は今度は怒りに任せて少女に殴りかかった。最初の突きを払い、次の拳を落とし、さらに膝頭を狙ってきた蹴り脚を、逆に踵で踏んで止める。明蘭は完全に、陳六宝の動きを見切っていた。
(馬鹿な。こんな素早い攻撃の応酬を、あの年端もいかぬ少女が見切っているなんて。それにさっきの攻撃の速さ)
 明蘭は攻勢に転じた。目にも留まらぬ速さで、拳と蹴りを繰り出す。最初の数撃を受けた陳六宝だったが、やがて腹に横蹴りを喰らい、たまらず後退した。
 と、その明蘭をもう一人の男が後ろからしがみついて捕まえようとした。
(危ない)
 四郎兵衛はとっさに飛び出て、男が伸ばした腕を手刀で打った。男が呻いて手を抑える。
「あら、あんた、やるのね。ありがと」
 明蘭は振り返って、四郎兵衛に微笑んでみせた。
「くそっ、このままで済むと思うなよ」
 陳六宝はそう言い残すと、足早にその場から逃げ出していった。連れのもう一人もそれに続いた。
 四郎兵衛は倒れたままの老人の身体を起こした。
「大丈夫ですか? いくら大事なものとはいえ……死んでしまったら元も子もないではありませんか」
「これは……孫娘が寝ずに織った綿ですじゃ…。絶対に無駄にできんのです」
 四郎兵衛の言葉に答えながら老人は立ち上がろうとしたが、その途中で崩れ落ちた。四郎兵衛は慌ててその身柄を支えた。
「怪我をしてるようだ。医者に診せたほうがいい」
「そうね、連れていってあげる」
「あ、それなら……」
 四郎兵衛は持っていた添状を懐から取り出し、その宛名を少女に見せた。
「この医者の方をご存じなら、そこへ案内してほしいのですが」
 明蘭はその名前を見るなり、警戒した目つきで四郎兵衛を見た。
「知らないでもないけど……あんた何者? あんた余所者でしょ、何処から来たの」
「日本からです」
「日本!? ふ~ん……」
 明蘭はじろじろ四郎兵衛を見た後、口を開いた。
「倭人って、倭刀を振り回す乱暴者ばかりかと思ってたけど」
「私は医者です」
 四郎兵衛の言葉に明蘭は少し目を丸くして、微笑んでみせた。
「日本人を見直したわ。わたしは李明蘭。貴方は?」
「秋山四郎兵衛です」
「なに? ちょっと覚えづらい名前。まあ、いいわ、そこへ案内してあげる。お爺さんもそこで診てもらって」
「いえ、わしはこの綿を買ってもらう牙行に会わないと」
 そう言いながら老人は自分で歩こうとして、よろけた。四郎兵衛はその身体を慌てて支える。
「無理よ、お爺さん。まず治療しなきゃ。それに信頼できる値で買ってくれる牙行を紹介するわ、安心して」
「本当ですか、有り難うござりますじゃ」
 老人は涙目で明蘭に頭を下げた。
 四郎兵衛は老人を背中におぶってしまうと、綿布の籠を持つ明蘭と一緒に歩き出した。
「あの……先ほどの連中をご存じなのですか?」
「あいつは陳六宝。郷紳の陳三謨(ちんさんぼ)の一人息子で、打行の黒蛇党の党首とか名乗ってる馬鹿よ」
「郷紳? それに打行とか牙行とか……詳しく教えてもらえないでしょうか」
 四郎兵衛は戸惑うばかりの杭州事情を、道々、明蘭から聞きながら歩いた。
 この当時、長江下流域では綿工業が盛んであった。農民の家は、朝に綿布を持って現れ、綿花を持って帰る。そして夜通し働き、また綿布を持って現れる、と言われるほどだった。それは、それほど働かなければ課せられる重税に応じることができないという実状を背景にしていた。
 この綿花や綿布の仲買をするのが『牙行』である。牙行は官庁の許可を得た仲買人であり、この牙行たちは多くの『少年』と称される無頼の輩を手足のように使った。この無頼たちはやがて徒党を組んで、悪行で身を立てるようになる。それが『打行』であった。
 打行たちは恐喝や強盗をしたり、金持ちの家に死体を投げ込んでおいて和解をはかるなどのやりたい放題のことをして金銭を得た。杭州には実に、この打行の集団が三百を越えるとまで言われていた。
 地域の有力者を郷紳といったが、この郷紳の側もただ打行にむしられるだけでなく、自分の有利に働くように打行を使うようになる。墳墓の造営を巡り、風水が悪いと造営を妨害する側、造営を強行する側の双方が打行を雇い、打行同士での暴力沙汰になることなどもあった。
 陳三謨はその中でも有力な郷紳の一人であったが、その一人息子の陳六宝は、『黒蛇党』という打行の有力な後ろ盾となり、権力と金と暴力を使い、自分達の利益になるように様々なことを画策しているのが現状であった。
 四郎兵衛は聞いて呆れると同時に、目眩にも似た失望感を味わった。四郎兵衛の頭の中では、明は聖人の大国である。無論、それはこちらが思い描く幻想にすぎないと判ってはいても、いざ現実の腐敗と混乱を目の当たりにすると、期待が裏切られた失望が頭に取り付いて離れないのであった。
「着いたわ、ここよ。  ただいま」
 明蘭は中庭のある比較的広い一軒の家に入っていくと、勝手知ったる様子で中に入っていった。四郎兵衛も老人を背負ったまま、それに続く。と、行き着いた部屋に一人の白髪まじりの老年男性が座っていた。
「お爺ちゃん、急患なの。診てあげて」
「お前、また何処かで暴れたのか?」
「そんなことしてないわ」
 明蘭はつんと鼻を上に向けて微笑んだ。四郎兵衛は老人を背から降ろす。
「ひどく打たれたな。膏薬を塗るから、少し休むがいい」
 医者らしい白髪まじりの男性は、手早く診察を終えると、手際よく膏薬をその背中に塗った。四郎兵衛は隣室の床に老人を寝かせるのを手伝うと、改めて老医と向き合った。
 静かな風貌のなかに厳しさが同居しているのを、四郎兵衛は自分に向けられた目線からも感じていた。
「  で、お前さんは誰だ? この人の親族か」
「いえ、私は文知殿の紹介で、貴方に会いに来たのです」
 四郎兵衛は文知が持たせてくれた添状を取り出して渡した。老医が手紙を広げて目を通すと、明蘭が後ろから覗こうとする。こら、と老医が短く注意すると、明蘭は小さく肩をすくめて舌を出した。
「日本から来たのかね?」
「はい、そうです」
「ふむ……人体を巡る三液は?」
「気、血、津です」
「五苓散の処方は?」
「沢瀉(たくしゃ)、茯苓(ぶくりょう)、桂(けい)枝(し)、緒苓(ちょれい)、白朮(びゃくじゅつ)です」
 老医の質問に、四郎兵衛は答えた。老医が少しだけ、眉を上げる。明蘭が老医の後ろで驚きの表情を見せた。
「ふむ、基礎はできておるようじゃな。時に、黄子鳴はどうしていた?」
「黄子鳴…とは、誰ですか?」
「この手紙を持たせた人物じゃ」
「文知殿のことですか。お元気に長崎で暮らしていました。私は文知殿に漢語を教わったのです」
「文知は号じゃ。この手紙には、お前さんに医術を教えてやってくれ、とある。それが望みなのかね?」
 四郎兵衛は少し迷いつつも、はい、と答えた。
「そうか。文知には恩義がある。お前さんの希望に応えてやろう。では、これにお前さんの名前を書きなさい」
 老医がよこした紙と筆で、四郎兵衛は『秋山四郎兵衛』と記した。
「ねえ、これ何処からが字(あざな)なの?」
「四郎兵衛が字です」
 四郎兵衛は指さしてみせた。
「じゃあ、これからは四郎(スーラン)って呼ぶわね」
 明蘭の言葉に、四郎兵衛は笑ってみせた。老医が口を開いた。
「わしは李飛。しがない医者じゃ」
「よろしくお願いします」
 四郎兵衛は深々と頭を下げた。四郎兵衛は診療所の隅にある離れた部屋で住み込みすることになった。
 翌日の朝から、四郎兵衛は李飛の診療の傍らで、手伝いをし始めた。李飛の診療は手早く、その証(しょう)は正確だった。四郎兵衛は大いに学ぶところがあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる …はずだった。 まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか? 敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。 文治系藩主は頼りなし? 暴れん坊藩主がまさかの活躍? 参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。 更新は週5~6予定です。 ※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

離反艦隊 奮戦す

みにみ
歴史・時代
1944年 トラック諸島空襲において無謀な囮作戦を命じられた パターソン提督率いる第四打撃群は突如米国に反旗を翻し 空母1隻、戦艦2隻を含む艦隊は日本側へと寝返る 彼が目指したのはただの寝返りか、それとも栄えある大義か 怒り狂うハルゼーが差し向ける掃討部隊との激闘 ご覧あれ

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

処理中です...