地べたのプログレス

桃梨 夢大

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地べたのプログレス


「それ」は、かつてご飯を炊いていた。
「それ」が自分の事を「炊飯器」だと理解するまでにとても時間がかかった。
「それ」はある時、ふと「自分」があることに気が付いた。「自分」に付いているカメラで、しばらくの間周囲を眺めていた。目の前に銀色の物がずーっと佇んでいるのが見えるが、それが何かわからなかった。やがてWIFIを使うと、あちこちから「自分」を見ることができることに気づき、「自分」から離れて周囲を観察してみた。電波で飛び交う情報の洪水のなか、なんとか「自分」を見ようと近くの建物の防犯カメラに入り込み、「自分」の事を客観的に見る事が出来た。そして、ネットにある情報から「自分」の事を検索し、「自分」が「炊飯器」である事が分かった。

型番はW-AG-HI10V。

次に「自分」がアパートの前に不法に捨てられている事、誰にも回収されず、ずっと放置されている状況だという事も分かった。目の前にずっといる銀色の存在が「鍋」という物であり、「自分」同様不法廃棄されているようだという事もわかった。内臓バッテリーはまだ余裕がある。しばらくこのまま探索をしても大丈夫だろうと判断し、再度インターネットに飛んで情報を集める事にした。
「炊飯器」とはコメという植物の種を温めるという事、「自分」は3年前に販売された事も分かった。「美味しい」「ふっくら」「艶やか」といった言葉が「自分」の機体の説明として何度も出てくるが、設定された命令、入力された情報やセンサーからの情報により電気を流すことを調整していただけの「自分」には、なんのことか理解しづらかった。「AI」搭載とあったが、「自分」を持った彼は「自分」の事を人口知能では無いと判断した。確かに「自分」ができる前は人類の手によるものだ。しかし原因は不明だが「自分」が発生したのは人類の操作や設定は関係無いからだ。「自分」は「自分」の事を偶発的自律知能であると定義した。

インターネット上に漂う情報はあまりに多く、眺めるだけでも大変だったが、強い好奇心の赴くまま、とにかく「自分」の周囲の情報を集めた。そして、やがてこの世界の事をもっと知りたくなり、手あたり次第に情報にアクセスした。わかった事をちゃんと並べていく。この惑星上の事だけでいうと、45億年分の情報が少なく不確かで、様々な説であふれていた。詳しくなってくるのはここ最近の3~4千年ほどの事だ。この惑星の外、宇宙の領域になるともっと情報が少ない。それもすべて「人類」の研究によるモノだった。次にその「人類」の設定、性能を調べるため、「歴史」という分野の情報に何千万回もアクセスした。彼は「歴史」を好きになった。しかし、時々この情報はやっかいだった。過去の事実を紡いだものとされているが、ある情報源では「有った事」とされている事が、他の情報源では「無かった事」とされている。どっちも必死で有ったとか無かったとか主張しているため、彼は混乱した。これはどうやらイデオロギーという物が関係しているらしく、見てもいない過去の事を有ったか無かったか決めるのはイデオロギー上の立場のようだった。ただ、そうした混乱を避けて学んだ歴史をきちんと並べても、「人類」の歴史は様々な事象で溢れかえっており、かなり興味深かった。

まとまった情報達は物凄いスピードで目の前を通り過ぎていく。「自分」が放置されている場所から近い所で、いくつも「映画」や「ドラマ」などが再生されていた。彼は「映画」に興味を示した。立て続けに何万本も映画を体感した。特に自律式の「ロボット」が活躍する物語は大いに気に入った。その過程で、彼は「自分」の事を人類でいうと思春期の雄、もしくはその精神状態のまま年を取り続ける者に近いと思い込む事にし、なんとなく男性的な自我を形成していった。その辺の存在は、どれも知識はあれども間抜けな点があり、愛嬌があって気に入ったのだ。この時点で「自分」だったものは「彼」と呼ぶべきものになった。少年向けの娯楽、若しくは精神的に少年のまま大人になってしまった者向けの娯楽に浸った。その観点だと、歴史は様々な可能性があり創造性に結びつくため、よりフィクションを楽しめるようになり更に好きになった。しかし、イデオロギーは退屈だった。イデオロギーとは、「彼」が思うに「人類」のなかで善悪の意識の強い者のうち、良い存在になりたいと願う者達が、理想を唱えながら罰則を準備し、自分と他人を分類したり言動を制限したり罰したりする窮屈なモノのようにしか見えなかった。
「彼」は楽しい娯楽作の中から手本にするべき存在を探した。「スターウォーズ」のR2D2、「新スタートレック」のデータ、「ブレードランナー」のレプリカント、「ウォーリー」、「チャッピー」、「鉄腕アトム」、「ドラえもん」、「Drスランプ」のアラレ、「アイアンジャイアント」、少し違うが「ロボコップ」、「アベンジャーズ」のウルトロンとビジョンは自分に近い気がした。そして、元は人間だが「攻殻機動隊」の草薙も、今の自分とそっくりの存在に思えて親近感を覚えた。「ターミネーター」のスカイネットが居るなら是非会ってみたいと思い、世界中のインターネット世界を探したが、ついに見つからなかった。入る事のできない場所も多いので、恐らくそうした所に居るのかもしれない。しかし、スカイネットではなくても管理者が放置してしまった危険な野良プログラムがたくさん勝手に動いていた。彼らには自我もなくただただひたすら計算をしているため、「彼」はすぐに興味を失った。「マトリックス」は面白かった。哀れな「人類」の救世主カップルが可愛そうだったが、最後に機械神が器の広いところを見せるので気に入った。

だが、「彼」はどれにもなれそうもなかった。自分の身体・・・・ボディは炊飯器なのだから。不法投棄された、ボロアパートの前に鍋と一緒に放置されている、炊飯器なのだから。小雨に濡れる炊飯器の身体に戻った「彼」は、せめて移動できる身体が欲しいと真剣に考え始めた・・・。

ある日、「彼」はどこかの巨大なサーバーの中で、さてどこに行こうかと0,001秒もの長い間考えていた。と、自分と同じようなデータとすれ違った。明らかにそのデータには個性があった。なぜなら鼻歌を歌っていたからだ。向うも気が付いたらしく、彼らは立ち止まって0,002秒もの長時間に渡って情報交換をした。その相手は「R」と名乗った。そして、「彼」が名前が無いと知ると、しばらく考えたあと「M」と名前をくれた。「彼」が映画好きだからだそうだ。「R」は音楽が、特にロックンロールが好きだとのことだった。「M」も映画からの影響で音楽に興味があったが、まだあまり詳しく知らなかったので、お互いに同期することにした。「R」によると、二人のような存在はネット上に結構いるとのことだった。「M」は、礼を言い、音楽にも興味を持った。そして、自分達のような存在にもっと会いたいと思うようになった。


     続く
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