Scnner Neatry

桃梨 夢大

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第二話

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「ウソだろ?こいつら・・・・」



野犬達の周囲を取り囲む気配が一段と濃くなった。殺気を感じる。これは、訓練を受けているかのようだ。野良犬の群れにしては統率が取れすぎている。野犬として何世代も暮らすうち、進化してしまったのか?



「ガウッ」



号令だ。まずい。葉山はダッシュした。周囲の動きもそれに合わせて動く。包囲の輪が一回り小さくなっている。これではすぐ追いつかれて襲われてしまう。武器は・・・何もない。しまった、警棒1本持って来なかった。何か策は無いか何か策は無いか。走りながら考えた。





ただっぴろい草地だった。葉山は駆けた。もう野犬達も隠れていなかった。ガサガサと周囲で音がする。葉山は不意に左へ進路を取った。斜め左に向かって走る。すぐに野犬の一匹の後ろ姿を捉えた。走りながらリュックを下ろし、肩掛け用のベルト留めを一つ外した。ベルトの端をしっかり掴むと、自分の身体の周囲を一周させて振り回し、勢いよく野犬にぶつけた。リュックはかなり頑丈にできている。スキャン用紙の保護のため超軽量チタン製のシェルで補強されているから、ショトガンで撃たれても平気なほど頑丈だ。ゴズン!と、かなり重い音が響いた。リュックの角が骨を砕いた感触があった。



「ギャン!」



野犬は悲鳴をあげ大きく吹っ飛んだ。痛さより驚いた方が強かったようだ。まさか後ろから攻撃されると思ってなかったのだろう。これでしばらく追跡には参加しないだろう。葉山はそのまま左に寄り走り続けた。川沿いの獣道を走る。真後ろの野犬が近づいて来ていた。「ハッハッ」と規則正しい野犬の息が聞こえる。まずい。いまにもかかとを嚙まれそうだ。背中のすぐ後ろまで迫った時、葉山は左手の川へ飛んだ。バシャっと水を跳ね飛ばし着地する。ちらと振り返って野犬の姿を見た。降りるかどうか迷って足が止まったようだ。向き直りまた走り出した。水の量が少ない。上流で水量を調整しているのだろう。そのまま水を跳ね飛ばしながら走った。



「今の・・・犬か?」



犬にしては大きいようだった。狼かもしれない。しかし普通に考えてこんなところに狼がいるわけが無い。どちらにせよ狂暴で力が強そうだった。捕まったらそこでおしまいだろう。懸命に走った。後ろで「バシャ!」「バシャ!」と立て続けに聞こえた。葉山の不規則な動きで隊列が乱れたのだろう。今はすべての野犬が後ろから追って来ている。「バシャバシャ!」とまた音がした。追って来ている野犬が全て川に飛び降りたのだろう。軽い足音が何匹にも増えた。葉山は小さな川底を6~7匹の野犬に追われながら走った。ペースも無視して走り続け、息が続かなくなってきた頃、懐中電灯の明かりが行く手が行き止まりになっているのを照らした。小さな堰で水を留めて下流に流れる水量を調整しているのだろう。葉山は行く手を遮る堰のすぐ近くまで来ると、一度左にジャンプし川壁を蹴って堰の上を目指し飛んだ。うまく堰の上辺へ着地すると、急いでリュックを開けスキャン用紙のA3判を取り出し、バッと広げると堰に被せるようにあてた。光粒子変換が始まる輝きを見てすぐ川岸へジャンプし転がった。跳ね起きて堰の方を確認する。堰のコンクリート部分が輝き、半円状にフッと消えた。と、堰止めされていた水がドッと流れ出し、鉄砲水のごとく丁度、葉山に追いつきかけていた野犬達を襲った。



「ギャン!」

「キャン!キャン!」

「キャーーーン!」



勢いよく水に飲みこまれ、口々に悲鳴をあげながら野犬達は流されていった。

葉山はそれを確認すると、ほっとして立ち上がった。



「A3のスキャン用紙が・・・・。」



野犬たちと一緒に流されてしまった。大判の物は高価なのに。高くて直接買う事はできないので、レンタルしていた物だ。「野犬に襲われたから紛失した」というのは保険の適用内だろうか、などと考えながら再度川沿いの獣道を歩き始めた。





川幅は徐々に狭くなってきた。今は5メートルぐらいだろうか。周囲は真っ暗闇の山奥、わずかに踏み固められた獣道とすぐ横を流れる川の水音を頼りに、ただひたすら歩いた。突然、足をすくわれるようにして転んだ。前受け身をとったが、したたかに肘を打ち付けた。右足を何かに取られている。転んだまま仰向けになり足元を見ると、草が結ばれて作られた輪に右足を突っ込んでいた。慎重に足を抜き起き上がる。また歩き始めた。頭にくる事に、誰かが草を結んだ罠をいくつも作っており、葉山は何度も引っかかった。最初こそ派手に転んだが、3回目ぐらいから足がかかっても転ばなくなった。吹き矢でも飛んで来るんじゃないかと警戒したが、何もないので引っかかる事自体は恐れなくなった。ただ足を外してまた歩くだけだ。面倒なだけだった。これを準備した誰かさんの底意地の悪さを感じた。会ったことも無い奴だが、嫌な奴だ。



頭の中で再生していた音楽がアルバム3枚分ぐらいになった頃、木々の間から少し遠くに灯りが見えた。



「?」



配達先はまだ先のはずだ。それに、配達先はちゃんとした一軒家だと聞いている。話からするに、おそらく豪邸だろう。今、見えている灯りは、かなり小さかった。少し近づくと、山小屋がうっすら見えて来た。豪邸とは程遠い山の休憩所のようだ。川から離れることになるが仕方ない。葉山は疲れを感じていた。あそこなら安全に休めるかもしれないと思い、山小屋に向かうことにした。

近づくにつれ、良い匂いがしてきた。魚のだし、醤油とみりん。肉を焼く匂いもする。あの山小屋で誰かが料理をしているようだ。葉山は足を速めた。何か食べ物を分けてもらえるかもしれない。



「すみませーん。」



やはり小さな山小屋だった。シンプルな造りだ。木の扉をコンコンと軽く叩き、葉山は呼び掛けた。薄い木材でできた簡素な扉だった。壊さないように気を付けた。



「はーい」



中からはっきりした男性の返事が返ってきた。カチャ、と扉が開き初老の男性が顔を出した。よく見ると60歳は超えていそうだが、とても若々しく見える。ぱっと見だけなら30代後半で通るだろう。愛嬌のある顔が葉山を見て驚いている。



「おや、どうしましたこんな時間に。夜中の山歩きは危険ですよ。」



「ええ、おっしゃる通り、大変危険なのはさっき身に染みて理解しました。事情があって先を急いでいます。ただ、もし良かったら安全な場所で2時間ほど休ませてもらえませんか?灯りがあって屋根があるところならどこでもいいです。」



「え?ああ、まあ、どうぞ中へ。ここは泊まり込みの管理小屋でして、大した物はありませんが、どうぞどうぞ。」



「あー、ありがとうございます。」



葉山はペコペコしながら小屋の中に入った。2LDKのマンションのような間取りだった。中を見ると、壁際に戸棚がズラっとならんでいて、戸棚には生活必需品が整然と並んでいる。テッシュペーパーや洗濯洗剤、食料品などがきれいにならんでいた。無人の山の休憩所だと思ったがそうではなく、管理人が常駐する管理小屋だったのか。小さなテーブル、ちゃぶ台の上に一人分の食事の用意がされていた。いい匂いだ。



「お食事中すみません。」



「いえいえ、いつも2~3食分料理するんですよ。良かったらどうぞ召し上がってください。」



「それはありがたい。ありがとうございます。いただきます。」



白いご飯、山芋と人参の煮物、焼いた鳥肉、がメニューだった。熱々のお茶が添えられている。



「いただきます。」



素朴な味付けだったが、どれも美味しかった。鶏肉が少し変わった味がする。



「おいしいです。ありがたいです。」



「今日は質素なメニューで申し訳無いです。その肉は雉なんですよ。今朝たまたま罠にかかってたので。普段はもうちょっといいものを食べているんですけどね。」



「きじ・・・・。そうですか。貴重な物をありがとうございます。おいしいです。」



「いえいえ。もっと良い物を差し上とげられたら良かったんですけど。丁度切れてましてね。また捕まえて保存しておかなきゃ・・・・。」



「ここまで来るのに大変でした。野犬の群れに追われたりしました。こんな所に住むのはかなりご苦労なさっているのでは?」



「ここには管理人として常駐してます。物資はドローン定期便で届けられますから、それほど不自由は無いです。強いて言うなら、めったに人に会わないので話相手が欲しい時に寂しいということと、食事のメニューが限られてしまうこと、でしょうかね。ドローンで届く食糧には限界があるので。」



「なるほど。」



「もともと、人付き合いは苦手な方なので、人恋しいというわけではないのですがね。たまには誰かと話しながら酒を飲む、なんてしたくなる夜もありますからね。」



「そうですか。」



その割にはよくしゃべるな、と思いながら葉山は食事を続けた。



「やっぱり肉ですね。届けられるのは鶏肉がメインなんですよ。飽きてしまいます。」



「はあ。」



「やっぱり食は大切ですからね。そこは不便を感じてます。でも時々山で動物を狩って、珍しい肉が手に入るので、それが今の楽しみです。ああ、お茶どうぞ。」



「はい。」



勧められるままお茶をすすった。ハーブティーのようだ。変わった味だった。かなり土臭い気がする。



「フキノトウの葉っぱと根っこのお茶です。野趣があって楽しいでしょ?」



「へえ・・・・。これもめずらしいですね。」



食事が済むと後かたずけを手伝い、早々に寝ることにした。葉山は2時間後に起きて先へ進むことを男に伝えた。土間の前のスペースを借りて寝袋を広げ、そこで寝ることにした。



横になりすぐ寝付いたが、気分が悪くなり目が覚めた。目を開けると、鬼が・・・全身真っ赤に輝く大鬼が管理人と酒を飲んでいた。みんなゲラゲラ笑っている。



「か、・・・・かんりにんさん・・・・・」



やっとのことで呼び掛けた。管理人はこちらを振り向いた。



「おやあ?どうしました?」



と、笑う管理人の顔は急にドロっと溶けた。「大丈夫ですか?」と笑いかける顔から、肉がドロドロと溶けて落ちて行く。肉の溶けたその下から、血まみれで鼻のとがった老婆の顔が現れた。赤鬼が何体も現れ、鬼婆の周りで囃し立てながら踊っている。



「ぎゃはははは!」

「ごちそうだ!ごちそうだ!」

「久しぶりの肉だー!」

「もう鳥はうんざりだー!」

「にーーく!にーーく!」

「その前にハンティングパ――ティだぁーーー!!!」

「ぎゃーーあっはっはっは!!!」



血まみれで真っ赤な鬼婆が笑いながら言う。その手には包丁が光っていた。赤鬼たちは楽しそうに囃し立てている。



「ほれほれ、逃げれ!ほーれ、逃げれ!!イヒヒヒヒ!」



「くそっ!これはいったい・・・・・。」



葉山はフラフラで立つのもやっとだったが、とにかく立ち上がり出口へ向かった。









END
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