Scnner Neatry

桃梨 夢大

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第五話

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無機質なデザインの廊下を走った。角を曲がりまた廊下。階段が見えた。階段を駆け上がる。一気に三階まで来た。階下で騒ぐ声が聞こえる。少しスピードを落として残り二階分をまた駆け上がった。上がりきった所で、女性二人組の警備に出くわした。







「あっ!」







驚いた様子で二人共あわてて腰に手をやった。葉山は手にしたままの警棒で、右の手近な方にいる警備の右手首を、警棒を抜かせないよう一撃した。ゴキン!と鈍い音がした。







「ギャッ!」







彼女は悲鳴をあげ右手首を抑えてかがみ込んだ。ビュッと風音がした。葉山は後ろに大きく一歩下がった。攻撃をかわされたもう一人が警棒を構え直した。葉山は腰を落として警棒を構え直した。こいつは手ごわい。







「ひゅっ」







軽く息を吸って飛び掛かって来た。右上、袈裟切り、左に回り込むと中段、横薙ぎ、ビュッと風を切る音が早く鋭い。葉山は右へ回り込むように一歩詰め、彼女が距離をあけようと左前へ一歩動いて身体の向きを変えるスキをついて飛び込み、右肩の肩甲骨の薄い場所を狙って一撃加えた。バキ!と音がし







「うあっ!」







と彼女がわめいた。肩甲骨が砕けたはずだ。彼女が両腕を開いた形で前へ倒れる。即座に振り向き廊下を進もうとした時、老婆がそこに立っていた。







「なんの騒ぎですか!騒々しい!」







意気高に怒鳴りつけて来た。これが朝瓜元総理の母だろう。見るからにプライドが高く神経質そうだ。馬鹿息子に国家元首の椅子を買ってやった馬鹿親だ。







「けいちゃんが読書中なんですよ!大事なお勉強中なのに静かになさい!なんですのあなた!」







90歳過ぎの母親が70歳過ぎた息子の事を扱うものいいでは無いと思ったが、後ろの階段から足音が近づいて来ており、何か対応する暇は無かった。







「いた!五階だ!見つけたぞ!おい動くな!あっ大奥様!お部屋へお戻りください!貴様!動くな!」







聞こえる前に葉山は老婆の後ろへ素早く回っていた。腕を取り肘を警棒で固めて盾にした。







「ひっ!なんなのあなた!無礼な!いたたたっ!」







老婆は痛がったが、葉山は気にならなかった。この上品ぶった老婦人が他者に対して酷薄で、自分の身内だけを大事にし、醜い差別主義者なのを知っていたからだ。彼女を盾にしたままゆっくりと下がった。







「放しなさい!放しなさいったら!痛い痛い!あなたたち早くなんとかなさい!早く助けなさい!」







ずっと回りの人間に指図して生きて来たのだろう。自分では何一つせず、命令だけ飛ばしている彼女を見てると気分が悪かった。触るのも嫌になって来た。警備主任を先頭に、スタンガンを構えて警備の者達はジリジリと距離を詰めて来る。葉山は目当ての部屋の前まで来ると、レバーを動かしドアが開くのを確認してから警棒を抜き取り老婆を警備の方へ放り投げた。







「ひいいいっ!」







吹っ飛びながら老婆はわめいた。木瀬ががっちり抱きとめた。その時にはもう葉山は部屋へ侵入し鍵を掛けていた。驚いたことに五か所も鍵がある。全部かけておいた。振り返ると、朝瓜本人が驚いた様子で腰を上げかけ中腰の姿勢でこちらを見ている。部屋は書斎として重厚な装飾だった。一度も開いた事の無さそうな分厚い何かの全集がズラーっと並んでいる。読書中、というのは本当だったようだ。机にブックスタンドがあり、思想書らしき本が開かれている。ただ、その上には小さめのエロ本が開かれていた。ドアをガンガン叩く音がするが、防音になっているのだろう。よく聞き取れない。







「なっなんだね君は?木瀬君はどうした?なんのようだ?」







「配達でーす。」







葉山はズカズカ朝瓜に近づいた。朝瓜は引き出しをひっきりなしに見ている。おそらく銃でも入っているのだろう。葉山はわざとワンテンポ遅らせて近づいた。案の定、朝瓜は机に飛びつき引き出しを開けると小さめのリボルバーを取り出した。葉山は朝瓜が構えるのを十分待ってから銃を握る右手の親指を狙って警棒を叩きつけた。銃の金属に当たる前に親指の骨がグシャっと砕ける手ごたえがあった。銃は部屋の隅まで吹っ飛び壁にドン!と当たって床へ落ちた。絨毯が分厚いので落ちた時の音はボソッと聞こえた。







「いたい!いたい!いたいいたいいたい!」







机を回り込んで朝瓜に近づいた。







「まっ待ちなさい!何が目的なんだ?望みはなんだ?言ってみなさい。なんでも叶えてあげようじゃないか。こう見えても私は・・・」







ガン!と横っ面を警棒で殴り飛ばした。これはムカついたからだ。葉山は朝瓜と会話をする気が無かった。







葉山の友人は、朝瓜が国政へ参加するため立候補した時の対立候補だった。地元でも評判の悪い朝瓜の醜聞をいくつも握っていたが、それを公表するまでもなく選挙は楽勝と思われた。公開討論会では圧勝だった。どの問題に対してものらりくらりと胡麻化そうとする朝瓜に比べ、友人は誠実に熱意を持って具体的に自分の意見を発言していた。ところが、なぜか友人は死亡した。自殺、と報道された。後から友人のスキャンダルの不自然な報道があった。葉山はすべて出鱈目だと知っていた。自殺などする訳が無い。自殺の発表があった翌日に会う約束をしていたのだ。









殺されたのだ。









葉山はそれに気づいて朝瓜の過去やその周辺を調査した。彼は若い頃からまともに働いた事が無い。さらに、学生時代からまともに学習をした形跡が無かった。裏口入学、裏口卒業を繰り返し、すべて金で解決してきた。まともな社会経験も無く親の地盤を引き継いで、政治家になった。そんな事をしていて、問題が起きないはずが無い。問題が起こる度に、それが明るみに出そうになる度に、大勢が泣き寝入りをし、自殺を強要されたり殺されて自殺として処理されたりしてきたようだ。そうやって彼は前科がつかないよう生きて来たのだ。いや、彼とその一族が、というべきか。朝瓜は早くからネットでの世論操作に目を付け、金に糸目をつけず世論操作用のSNS部隊を活用した。そこで、自分を神格化し、敵と見なした者は徹底的に貶めていた。これは後に、そのための会社ができるほど大規模に行われていた。







葉山はやがて、似たような境遇の人々が秘密裏に連絡を取り合っている事に気づいた。そして、彼らの間に立ってネットワークを作り始めた。朝瓜やその親しい人間達の犯罪に巻き込まれ、自殺に見せかけて殺されたり、本当に自殺に追い込まれた者達の家族、身内や友人達である。そしてそのネットワークで、塩狩に出会った。彼は娘を朝瓜一派に殺されていた。彼の娘は朝瓜の地元の市議会議員だった。彼女は朝瓜の推し進める地元の再開発計画の反対派で、実際、その再開発によって建設された大規模商業施設は、現在失敗の見本のように人々から見捨てられて閑古鳥が鳴いている。彼女はその再開発の無駄を突いていたのだが、ある日突然、視察旅行先のヨーロッパの国で自殺した、とされた。塩狩は、自分の娘は殺されたと確信していた。彼は運送業を営んでいたが、徐々にネットショップの配送を請け負うようになっていた。葉山は塩狩達と計画を練った。







葉山は懐からスキャン用紙を取り出した。







「これは特注品です。特別運送になります。」







「はっ?いや、待ちなさい、ちょっと待って!話を聞きなさい!聞けって言ってんだろ!この貧乏人が!貧乏人の嫉妬だろ!どうせ!お前なんかアカの貧乏に決まってる!いいか!私を痛めつけたりしたらどうなるか、わかってんだろうな!私はヤクザもマフィアも動かせるんだぞ!世界中にお前の居場所は無くなるぞ!世界のどこに逃げても必ず探し出してお前もお前の大事なものも全部!殺してやるからな!絶対!!絶対殺してやる!!」







「はいスキャンしまーす。」







葉山はスキャン用紙を朝瓜が右手を抑えているその左手に置いた。







「わかってんのか!お前なんか・・・・・え?・・・・・なに・・・なにしてんだ?」







普通、スキャン用紙は生物を取り込めないように生体センサーがついている。光粒子変換後、生命活動の維持が難しいためだ。ただ、今取り出したスキャン用紙は特別性で、生体センサーを外してあった。







「え?なに?おいなにを・・・・・・・」







朝瓜は光に包まれスキャン用紙へ吸い込まれた。残された衣服がボサっと椅子の上に落ちた。葉山はスキャン用紙を取り上げた。驚いた顔の朝瓜が用紙の上にスキャンされている。ドゴン!ドガン!とドアが騒がしくなった。斧かなんか見つけてきたのだろう。ドアを打ち破る気だ。葉山はスキャン用紙を丸めるとまた懐へしまい込んだ。







「特別運送承ります。」







言うと、窓を開けようと窓辺に進んだ。窓も馬鹿みたいに厳重にロックされていた。全部外して窓を開け、階下の窓のひさしの上に飛び降りた。また下のひさし、また下のひさしと飛び降りて、地面に降り立つと闇の中へと走り出した。その時、ドガン!とドアが開き木瀬達、警備の者がなだれ込んできた。彼らはスタンガンではなく自動小銃を構えていたが、夜風にはためくカーテンを呆然と眺めるだけだった。









2週間後。



元国家元首、朝瓜氏が病気療養のため入院、政界引退。と報道された。









2年後。



ある山深い森の奥、人間の住む世界から遠く遠く離れた山の中、右手の無い一人の老人が山犬に襲われて食い殺された。ほとんど餓死寸前で二年間、山をさまよっていたが、たまに彼に向かって投げつけられる期限切れのパンなどで命をつないでいた。知能に障害があるのか、何かの事故で脳機能に欠損が出たのか、山でのサバイバル技術など全く無くただうろついて、普段は支離滅裂な事を叫んでいた。「自分は神羅万象を司る者だ」とか「この世界の全てを自分が監督している」とか「自分は元国家元首だ」とか叫ぶ姿が見られたが、どこからも返事は無かった。さまよううちに、足を踏み外し谷を転がり落ち、足を骨折して動けなくなったところを、コヨーテと狼と犬の遺伝子を操作されたハイブリッド犬の野生化した群れに見つかり、襲われた。みじめな死だった。











7年後。



元国家元首、朝瓜氏の病死が発表された。













END

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