独眼の真実~チート才能の異世界転生主人公が無能だったので母国のため自分が立ち上がる~

飢杉

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覚醒の刻

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 ――旧時代の半壊している神殿。そこを赤い満月が地面を照らす。
 悪魔の鳴き声が軋めく、異様な雰囲気の中。二人の男が対峙していた。

 剣を握る指に力が入る。目の前の男、異世界から現れた勇者に向かって、俺は斬りかかる。
 だが、容易に剣を受け止める。たった指二本で。やはり、俺の力では実力不足なのか。

 いな――。真の力を解放する。あの技、使ってみるか。

封竜剣・開放ドラコーヴィ・オトクリーチエ

 白銀の光が剣を包む。光が奔流ほんりゅうし竜を形造って襲いかかった。
 異世界人は竜を、左手の盾で受け止めた。しかし、じわじわと圧されていた。地面に深く足をめり込ませながらも、後退していく。
 その激突の衝撃に、大地が震える。竜の咆哮にも似た轟音。必死に盾で受け止めながら、俺を睨みつけてくる。

「世界の歪みを、いつから知っていたんだ! 俺の才能は完璧なはずなのにッ!」

 俺の「独眼」が全てを知ってしまった。その瞬間から、世界は壊れ始めたのだ。

 何を知ったのか、誰にも語れない。光と闇は表裏一体であるという事実を。
 平和の裏側にある本当の世界。それを、俺の片目が見てしまった。それだけの話だ。

 あれは、一ヶ月前のことだった。俺が成人を迎えた日。
 人生で最も最悪な一日だった。

    ◇◇

 ――先月、成人になった日、昼から居酒屋で自棄酒やけざけをしていた。ここは、王都ロージヌイの中心にして、人類最後の希望とも呼ばれる都市だ。悪魔の影響か、空は濁ったワインのように赤黒く沈んでいる。

 ここには、人間だけでなく、希望を求めてさまざまな種族が集まっている。

「いたいた。片目のプラーヴ=グラーズィ。黒髪に黒眼帯、似合っているわよ。」

 この能天気なやつは、俺の幼馴染のドゥーラ=オートカだ。ったく。嫌味なやつだ。白銀の髪に白ローブ。勇者パーティの賢者様として、よく似合っている。
 成人の日に才能を授かる。それが、今後の人生を大きく左右していく。その中でも、彼女は「治癒」の才能を得て、今では勇者パーティにいるというわけだ。

 そして、俺が授かったのは「独眼」という才能。今まで見たことも、聞いたこともない。朝起きれば、右目が見えなくなっていた。魔法も、力も得られず、説明すらなし。こんなの才能でもなんでもないだろ。神の試練なのか。

 物心がついた頃には、すでに親はいなかった。心配してくれる人間も、期待してくれる人間もいない。才能なんてものも持ち合わせていなかった。けれど、それを誰かが憐れんでくれるわけでもない。
 だから俺は、いつだって、ひとりで足掻くしかなかった。

「勇者様だ!」

 居酒屋の外がざわついていた。ドゥーラが来たということは、そういうことだ。勇者様パーティの行進劇だ。
 先頭を歩くのは、突如異世界から転生してきたという男。ナグモ・シュート。聞いたこともない名前の響きだが、あれが勇者様らしい。その後ろを歩くのが、この国、ロージヌイが誇る大魔法使いだ。

 にしても、勇者様、勇者様だの。勇者パーティってやつは、いつも騒がしい。まるで、戦うこと、それ自体が存在理由であるかのようだ。

 それもそのはず。この世界は悪魔に支配されつつある。ここ、ロージヌイは北方の山岳地帯を背にし、南にある国はすでに悪魔に滅ぼされた。
 そこで、王は早急に悪魔を討伐するために、勇者パーティを結成した。

「それじゃあ、私行くわね。ま、あんたのことだから、どうにかなるでしょ。」

 もう俺の前に現れるな。軽々しく言わないでくれ。本当は、俺が勇者になりたかったんだ。成人の日をどれだけ待ち望んだか。その結果が、この眼帯で隠した右目だ。

 過ぎたことを考えたって仕方ない。だけど、何か手がかりがあるはずだ。まずは、この右目について調べるか。

 居酒屋を後にし、大図書館まで行こうとしたその時、大柄な影が道を塞ぐ。俺の目の前に現れたのは、大柄な竜人族だった。黄色く細い瞳が、俺を映し出す。

「眼帯。」

 その声には、妙な重みがあった。俺は立ち止まり、無意識に眼帯を抑えながら、ゆっくり竜人族を見返した。
 彼は俺を見ながら、後ろへ顎を向けて振り返り、ゆっくりと歩いていく。

 ついて来い、ということだろう。俺は後をついて行くことにした。

    ◇

 ――ロージヌイ王都の下水道。明かりは差し込まず、じめついた薄暗さが不気味であった。
 俺は無言で、闇に消えていく竜人族の後を付いて行く。

 やがて、竜人族は炎を吐き、壁に掛けられた松明の火を灯した。炎が松明に灯ると、壁の苔がわずかに照らされ、下水の臭気が、じわじわと鼻先を刺激してきた。

「それは、才能か?」

 重く沈んだ声が、石壁に反響し、耳に残る。
 才能? どういう意味だ。眼帯で隠した右目のことを、言っているのか?

「幾百年も前に、絶えたはずのその才が、――なぜ人間に宿る。」

 語りかけではない。まるで、長い眠りから目を覚ましたように呟いているようだ。一体、この竜人族は何を知っているんだ。
 俺は知りたい。

「教えてくれ。」

 松明の火が、ゆらりと揺れた。彼の細長い目が、鋭く俺を射抜く。

「――覚悟はあるか。ついて来い。」

 そして、下水道を抜けた先にあったのは旧時代の倒壊しかけた神殿であった。上半分が欠けた、竜人族のような石像。石床の隙間からは蔦が生い茂っていた。こんな祭壇、まだ残っていたのか。

 竜人族は、神殿内部の祭壇に置かれた、古代文字が刻まれた石板へ視線を向ける。

「才を授かり、片目を失いし竜の民。まなこ開かれし時、――画竜点睛パスリェードニイ・シュトリーフと成る。」

 つまり、どういうことなんだ。この独眼という才能は、竜人族のものだったのか?

独眼竜アドナグラーズィ・ドラコン――それが本来の名だ。お主はまず、開眼するところから始めよ。」

 そう言い残し、竜人族は一冊の本を俺に託し、姿を消した。ページをめくれば、古代文字がびっしりと記されている。まるで暗号だ。俺には理解ができない。
 まずは、これを解読しろということか。

 結局、古代文字を解析するため、大図書館に足を運び本を読み漁った。
 気づけば、二週間。俺は大図書館に文字通り籠城していた。

 その間にも、勇者パーティは次々と悪魔を打ちのめし、名を挙げていた。焦りは募るばかりだった。俺だけが、取り残されている。
 それでも、あの竜人族のただならぬ気配が脳裏から離れなかった。あれ以来、彼に合うことは一度もなかった。

 その日、俺はいつもと違った。
 ついに手がかりを掴んだのだ。『古代竜人族』と題されたぼろぼろの古書。中身は難解だが、この本に記された古代文字は以前託された一冊と一致していた。
 断片的ではあるが、要約する手がかりが散りばめられていた。
 この片目に宿った謎の核心に、辿り着ける。そう確信しながら俺は、本を枕に眠りへいざなわれていった。

    ◇

 「――閉ざされし者よ。」

 暗闇の中で、声が響いてくる。光もない。空も、地もない。果てしなく深い、漆黒の虚無。
 その中で、目の前には両目を閉ざした巨大な竜の影が、俺を見下ろしていた。

「正しき器か、試させて貰う。」

 巨大な竜の影は、竜人族の姿に変じた。両目を閉じ、剣と盾を構えている。
 戦え……、そういうことなのか? やってやる。俺には何もない。だが、このクソみたいな世界を、救うために戦うんだ。

「俺は、勇者になりたかったんだ!」

 剣を振りかざし、無を蹴り飛ばして斬りかかった。
 それに反応するように、竜人族が剣で受け止める。反応が速い。そのまま盾で俺に殴りかかり、吹き飛ばされる。

 くっ。なんて速さだ。全く見えなかった。
 竜人族は盾を捨て、右手で剣を眼前に掲げ、刀身に左手を添えた。

封竜剣・開放ドラコーヴィ・オトクリーチエ

 呪文のような言葉を呟くと、白銀の光が剣を包む。光が奔流ほんりゅうし竜をかたどって襲いかかった。
 こんな攻撃防げるのか。いや、俺は勇者になるんだ。ぶっ潰してやる!

 その時、俺の右目に激痛が走った。眼帯を破り捨て、必死に手で抑えた。焦げるような熱さ、瞳の奥から何かが目覚めようとしていた。

独眼竜アドナグラーズィ・ドラコン。」

 無意識に俺は呟いていた。そして、右目が開いた。

    ◆

 ――気づけばそこは、大図書館の中。俺は目を覚ました。外が妙にざわついていた。
 気になって、外へ足を運ぶ。

 すると、空は澄み渡り青空が広がっていた。今までに見たことがない光景に、思わず息を呑んだ。

「外号! 外号! 異世界人の勇者様! ナグモ・シュート様が、ついに悪魔の支配者ヴラーディカ=チムイを討伐した!」

 勇者様が悪魔を……討伐。遅かった。異世界人とやらが、目的を果たしていた。俺は、何のために戦えばいいんだ。
 今まで積み重ねてきた修行、努力も、全部水の泡だった。

 そして、右目は未だ視力を失ったままだった。けれど、左目を閉じると、あの古代文字を読み解くことができるようになっていた。
 世界が見渡せた。右目に視力はないはずなのに、眼帯越しに白黒の世界を映し出した。
 それは、現実の裏側を覗き見るような、不気味な光景だった。

「おーい、片目のプラーヴ=グラーズィ。何ぼけーってしてるの?」

 ドゥーラか。また俺の目の前に現れたか。勇者様と一緒に入れば良いものを。

「やっと気がついた。あの悪魔、悪魔の支配者ヴラーディカ=チムイを討伐しちゃったよ。ついに……やったのよ! 褒めてくれたっていいじゃない。」

 何を言っている。お前の実力などではなく、異世界の勇者様とやらの力だろうが。それに、悪魔を討伐するのは、俺の役目なはずだった。長年、勇者を志して修行してきたというのに。ついこの前現れた異世界転生者、なんだかよくわからないやつに勇者の座、ましてや悪魔の討伐までされてしまった。
 俺は軽くあしらった。ドゥーラは拗ねたような口ぶりで、勇者の元へ合流しに戻っていく。だが、その時に見えた勇者の顔に違和感を覚えた。

 僅かに、笑顔が歪んで見えた。気のせいか。
 そして、再び右目に痛みが走る。くっ。まだ右目を開き続けることは出来ないか。俺の目的は越されてしまったが、この「独眼」の才能の真実を確かめたくなっていた。

 今更考えても仕方がない。また解読を続けるか。そう考え、大図書館に戻ろうとすると――。

「勇者様の才能ってなんですか?」

 勇者を慕う群勢から、気になる一言が飛び込んだ。確かに。俺は知らない。いや、今まで公になっていなかった。

「へへっ、『写し火』って言うんだ。他の人が持ってる才能を俺の中に写して、灯すことが出来るんだ。」

 歓声が上がる。なるほど。確かに最強の才能だ。言ってしまえば、全ての才能を有することが出来てしまうということだろう。

 ま、俺には関係ない。調べ物をしよう。と、席につこうとしたが隣に若い男性が座っていた。

「こんにちは。何日も熱心に、何をお調べですか?」

 無機質な声がすぐ隣から響いた。そこには、大魔法使いが座っていた。勇者パーティの一人であり、青い魔導服に白髪が印象的だった。

「古代文書を調べているだけだ。勇者様の一味が、俺に何か用でもあるのか?」
「こちらへ、来て下さい。」

 なんだ。恵まれた才能に選ばれ、若くして大魔法使いの称号を授かった英雄さん。一体何を考えているんだ。どこへ連れて行くつもりだ。
 沈黙のまま彼の後をついていくと、地下へ通じる階段があった。こんな階段があったのか。今まで気が付かなかった。

 大図書館の地下階段を下ると、そこには薄暗い不気味な空間が広がっていた。
 石造りの壁に古代文字が彫り込まれていた。空気は湿っていて、台座の上には蝋燭に青白い火が灯っていた。

独眼竜アドナグラーズィ・ドラコン。」

 彼は睨みつけるように俺を見る。な、なぜそれを知っているんだ。気づけば、指先が震え、心臓の音が耳に響く。

「いえ、あなたの熱心に読んでいる本を読ませていただきました。とても魅力的、かつ神秘的な寓話ぐうわでしたね。」

 壁に描かれた古代文字。それと断片的に一致しているものがいくつもあった。この大魔法使いは解読したんだ。それに何だ、寓話? 何が言いたい。

「あなたのその独眼。それが真実でしょう。」

 そう言い放った瞬間、蝋燭の火が消えた。辺り一面真っ暗闇、何も見えない。息が詰まりそうだ。
 ガチャンと、扉の閉まる音がした。なんだ、閉じ込められたのか。
 扉へ急いで駆け寄り、開けようとするが開かない。

 暗闇の中で、どれだけ時間が経っただろうか。そろそろ空腹も限界を超え、思考も霞んでいる。だが、その静寂の中で感覚が研ぎ澄まされていくのがわかる。
 そして、俺の右目にも変化が訪れた。左目を閉じている間は、眼帯越しにこの暗闇の中をはっきりと認識ができた。
 色はなく、白黒だがよく見える。以前のような痛みもない。

 なぜだ。なぜ眼帯の布越しに、世界を見通しているんだ。

 俺はそのまま、鍵のかかった扉をこじ開けようとした。すると、まるで何事もなかったかのように開いた。
 とりあえず、食事をしなければ……。

 階段を上り、明かりが差し込むと右目に色が宿ってきた。いや、左目を開いたからか。よくわからない。ただひとつ、何かを得た感覚があった。
 とりあえず食事をしにいこう。

    ◇

 食事を終え、大図書館に戻ろうとした時、情報掲示板が目に留まった。

 そこには、勇者パーティーの大魔法使いが死んだ、そんな記事が目に飛び込んできた。
 あいつが、死んだのか。記事の日付的に、閉じ込められてから三日が経っていたようだ。

「そこにいたのか、眼帯の男。」

 誰だ。背後から男性の声が響いた。はきはきとした鋭い声だ。振り返ると、王国騎士だった。なんの理由があって俺を探しているんだ。

「勇者様の命により、お前を捕らえに来た。」

 なぜ俺を。いや、この大魔法使いの死と関係がありそうだ。

「大魔法使いと関係がある、ということか。」
「知らん。ただ、お前を捕らえに来た。断罪人として。」

 断罪人。そんなはずがない。俺は、何を断罪されるんだ。

 その時、右目が熱くなってくる。俺は静かに左目を閉じた。眼帯越しに右目を見開いた。
 王国騎士の顔に怯えが生じていた。それは、紛れもない動揺だった。

 王国騎士は、剣を抜き斬りかかろうとしてくる。隙かさず、長剣を交える。

「騎士、お前は一体何に怯えているんだ。」
「怯えてなどいない。我は勇者様の命に従うまで。」

 ――そう言った声の裏で、確かに聞こえた。
「怯えている。我は勇者様が怖い、止めたいんだ。」

 そう言いながら、更に騎士は踏み込む。くっ。どういうことだ。一度、剣を払い除け、距離を取る。
 今、確かに裏の声が聞こえていた。それが真実ということなのか。
 勇者に、操られているのか。まずは制圧して、それから話を聞くとしよう。

 騎士が再び、剣を構えた。姿勢を低くし、剣先をこちらへ向けてくる。

閃光突アザリェーニエ!」

 剣先に収束するように、白銀の光が集まり始めた。光線が一直線に貫かんと迫ってくる。これじゃ、剣では防ぎきれない。
 俺は膝を曲げ、思いっきり地面を蹴りつけ高く飛んだ。
 間に合った。なんとか、躱せた。そのまま、俺は騎士目掛けて斬りかかる。騎士もそれに反応し、剣で防ぐ。

 互角か。王国の騎士というだけあって、強い。
 だが突然、王国騎士は膝から崩れ落ちた。

「勇者様は……悪魔で――。」

 そう苦しみながら絞り出し、騎士は倒れた。
 突然、俺の右目が映した光景を目の当たりにして、俺は息を呑んだ。悪魔が騎士の魂をむさぼり喰らう光景があった。俺は思わず、尻もちをついた。

 右目を閉じ、左目で改めて騎士の姿を見る。そこにあったのは、ただ倒れて動かぬ騎士の死体だけだった。
 再び、右目を開くと、悪魔は魂を食べ尽くし、赤黒い空へ飛び去っていった。

 あまりの出来事に、俺はしばらく身体が動かなかった。何が起こったのか、理解が追いつかなかった。

「またこんなところで、ぼけーってしてる。」

 俺は我に返った。そこにいたのは、ドゥーラだった。

「おまえ、勇者といて変な違和感なかったのか?」
「なんにもないわよ。」

 耳に届く、微かな裏の声。
「たすけて。」

 混乱した。俺が見ていたのは、幻だったのか。
 俺はそのまま、真実を確かめるため、足が勝手に動いた。無我夢中で走り出した。

    ◇

 気がつけば、あの神殿にいた。例の竜人族と話したあの神殿だ。
 そしてそこには、見覚えのある影が顔を覗かせた。

「開眼したか。竜の血を引く者、――グラーズィ。」

 この重く響く声。間違いない、あの竜人族だった。竜の血を引く者? また訳のわからないことを。

「お主の名を知り、全てが繋がった。半竜人族よ。」

 俺は物心ついた頃から、両親の記憶などなかった。自分が何者なのかも知らないまま生きてきた。
 本当に俺が、竜人族の血を引いているというのか? 人間と竜人族の混血、そんな存在聞いたこともない。

「お主に、世界を救う覚悟はあるか。――見極めさせてもらう。」

 その言葉を最後に、竜人族の身体が青白く光りはじめた。そして、眩しい光の中から、大きな竜が姿を現した。全長二十メートル程あるだろうか。まるで羽の生えたクジラのようだ。その大きさで、神殿の天井が崩れ落ちる。

 咄嗟に、俺は瓦礫を剣で受け、躱していく。こんな化け物を、俺が倒せるのか!

 竜が唸り声あげる。その巨体をゆっくりと動かし、神殿の床に爪を突き立てた。
 瞳は青白く光り、威嚇するように咆哮する。だが、ゆっくりとこっちを見つめている。

「覚悟は、そんなものか。」

 その声は、竜の口からではなく、頭の中に直接語りかけてくるようだった。
 理性を保ち、言葉を交わす竜の姿、それが、より一層の威圧感を帯びている。

 重たい空気が神殿を包み込む。空間そのものが、竜の呼吸に合わせて脈打っているようだ。
 俺は、震える手を握りしめ、剣を構え直す。

 竜は、まるで試すように、ゆっくりと竜の腕を振り下ろす。それだけで、風が、大地が、揺れる。

 俺は飛び退き、間一髪で直撃を避けた。化け物かよ。俺の剣で通用するのか。

 その一撃で、床は砕け、神殿の柱が崩れ落ちる。竜の動きはゆっくりのように見えるが、静かで洗練された動きだった。

 俺は駆け出し、竜の腹下目掛けて滑り込み、剣を突き刺す。大きな衝撃音と共に、剣が弾き返される。
 頑丈な鱗には、傷ひとつも入っていなかった。手が痺れる。

 再び、竜は唸り声を上げる。まるで、そんなものかと言ってるように。攻撃が通じない。どうすればいい、考えるんだ俺。

 竜は喰らいつくように、頭を振り下ろす。その風圧に一瞬反応が遅れるが、上空に飛び出し躱す。が、尻尾が視界を遮った。腹部を叩きつけられる。俺の身体は宙を舞っていた。

 神殿の壁画に叩きつけられた。壁は崩れ落ち、瓦礫が体を埋め尽くす。

「開眼しろ。」

 開眼……。諦めるな俺。まだ、終わっちゃいない。俺は瓦礫に腕を取られながらも、必死に眼帯を取り払った。瓦礫の暗闇の中だが、辺りを見渡せる。

 瓦礫から這い出る。竜に流れているエネルギーの流れが、視認出来た。なんだ、これは。そして、俺の体内にも同様にエネルギーが流れている。

「想像しろ。竜を。」

 想像する……だと。俺は、頭の中に竜をイメージした。一心不乱に、考える。剣へ竜を流すように。そうだ。あの夢の中で、竜人族がやったように。

 右手で剣を眼前に掲げ、刀身に左手を添えた。

封竜剣・開放ドラコーヴィ・オトクリーチエ

 無意識に唱えていた。白銀の光が剣を包む。光が奔流ほんりゅうし竜をかたどっていく。竜目掛けて、喰らいつく。

 竜は大きく息を吸い込み、青白い光が渦を巻く。空間ごと貫くような轟音と共に、閃光が吐き出された。まるで空気ごと震えるような、音が響く。

 その激突の衝撃に、大地が震え、神殿の柱が何本か大きな音を上げながら崩れ落ちる。

 やがて、竜は青白い光に包みこまれ、元の竜人族の体に戻っていく。

「グラーズィ。己を信じろ。」

 そう言い残し、再び竜人族は闇に姿を溶け込ませた。

 体中の力が抜け落ちた。俺は崩れるように膝をつき、倒れ込んだ。もう、何も出てこない。俺は静かに目を閉じた。

    ◇

 ここは……どこだ。ああ、神殿だ。赤い満月が見える。柱は折れ、天井は崩れ落ちていた。竜との激しい戦いの爪痕だ。
 俺は何日眠っていたんだ。とりあえず……。いや、真実を見なければいけない。

 俺は落ちている眼帯を逆につけた。右側ではなく、左側を隠すように。
 空は赤黒く、ワイン色に染まっていた。まるで、勇者が成し遂げた悪魔の支配者ヴラーディカ=チムイを討伐した事実など、最初からなかったように。いや、そんな事実はそもそも存在しなかったんだ。

 俺は王宮へ向かった。王様に伝えなければならない。本当の事実を。

 途中、街中のガラス窓に映り込む自分の姿を見ると、右目は竜人族のように、黄色く細い瞳を宿していた。半竜人族か、悪くない。

 王宮に付くと、門前には複数の王国騎士がいた。だが、様子は違っていた。明らかな敵意を俺に向けてきている。三人か。大人しくさせるしかない。

 俺は剣を構え、騎士を牽制する。明らかに、いつもと視界の見え方が違っていた。
 これが、独眼竜か。相手の動き出しの動作が、体を伝うエネルギーの流れで読み取れる。

 俺は地面を強く蹴り、中央にいる騎士の懐に入り込み、そのまま柄部分で強く顎に打ち付ける。その瞬間、両端の騎士が剣を頭目掛けて振りかざす。
 しゃがみ込み、躱す。エネルギーの流れで動き出しが完璧に把握できていた。
 その勢いのまま、剣を薙ぎ払い、両端の騎士の足を振り払う。

 一気に三人の騎士が、地を這うように崩れ落ちる。
 我ながら上出来だ。いや、これは俺だけの力じゃない。エネルギーの流れる点と点のつなぎ目が狙い目か。一番有効のようだ。

 そのまま俺は、宮殿内部に入っていく。

 道中の王国騎士を躱しながら、王室前まで到達した。ここか。俺はゆっくりと息を吐き、深呼吸をする。
 扉にゆっくりと手をかけ、押し開く。そこには、王が鎮座していた。

「――愚かな王グループィ・カローリ。」

 俺は王に呼びかけた。それは、敬意の言葉ではなく、挑発するかのように呟いた。
 だが、王は沈黙していた。

 王の顔が右目に映る。恐怖に塗りつぶされたその表情が、すべてを物語っていた。
 これでは、対話すらまともに出来ないな。俺は体内に流れるエネルギーで、小さな竜をかたどり、王に飛ばす。
 小さな竜が王を包み込んでいく。エネルギーの流れを活性化させ、正常を取り戻させる。

「あぁ……。真の勇者よ。ようやく、現れたか……。異世界転生者は――悪魔だ。」

 そう言い、王は震えながら、泣き崩れていく。どうやら、自我を取り戻したようだ。

「何があったか、教えてくれませんか。」

 王に真実を確かめるべく、俺は尋ねた。王は震えながら、語り始めた。

「あやつの……ナグモ・シュートの才能は、人に偽りの……写し火を与える。」

 偽りの写し火。確か、異世界人の才能は写し火と言っていたな。やはり、何かあるわけだ。
 その後、王はゆっくりと真相を明かした。

「写し火は……他者の認識を書き換える。あやつが言えば、世界の真実ですら塗り替えられる。誰もが、勇者が悪を討ち、世界を救ったと、そう信じ込むようになるのだ。」

 認識を、塗り替える。それが、異世界人の才能なのか……。

「私の才能は『威厳』精神の独立性を保つものだ。だからこそ、あやつの才にかからなかった。……だが、それが奴には気に食わなかったのだろう。」

 王は、苦しそうに目を閉じた。

「目の前で、殺された。大魔法使いを……。これは悪魔への生贄だと、あやつは言った。恐ろしい光景だった。」

 生贄――。
 異世界人は、討伐などしていなかった。むしろ、自ら契約を交わしたのだ。悪魔の支配者ヴラーディカ=チムイと。そして、悪魔の力を手に入れた。

「そうして奴は、ロージヌイを救った英雄として演じ、王として君臨した……。誰も、それを疑わない。全てが写し火の中に、燃やし尽くされている……!」

 もはや王に威厳など感じなかった。ひとりの人間として、怯え、すがり、祈る者だった。

「最近……。妙な気配があると。古代遺跡にやつが潜んでいる……。真の勇者よ。頼む……。」

 古代遺跡。神殿のことか。
 俺は、拳を握りしめた。ようやく、見つけた。本当にやるべきことを。勇者として。

 俺は神殿へ向かった。

    ◇

 折れた柱の上で、俺は座っていた。上を見上げると、赤い満月が俺を照らす。血のように染まったその光は、世界を蝕んでいる。悪魔の鳴き声が軋めく、異様な雰囲気が漂っていた。

「お前か……。俺をしつこく付け狙っているのは。」

 背後から、声がした。振り返ると、異世界人の姿があった。勇者のような衣服に身を包み、白目が黒く染まり、虚無を映すかのようだった。
 異世界人を街中で見かけた時、最初は羨ましく思えた。だが、欲に溺れ、悪魔と契約した今の姿は――もう、勇者とは呼べなかった。

「――愚かな道化グループィ・シュート。」

 挑発するかのように呟いた。気づけば、俺の口元には皮肉な笑みが浮かんでいた。

「はぁ? 俺はナグモ・シュートだ。勇者様だぞ。なんだよその目は。」

 真実がわかると、これほど滑稽とは思えなかった。勇者にすぐ抜擢される程の最強才能が、どれほど強いかと思っていたが、所詮は悪魔に頭を垂れる程度とはな。

「お前の才能も奪ってやる! 写し火!」
「竜人族の才能を奪えるのか? この目を見てみろ。」

 俺は右目を見せつけるように、異世界人の方に視線を向ける。

「奪えない……。その目! お前、半竜人族だったのか! だがな、見せてやるよ。悪魔の力を得た実力をッ!」

 そう言うと、異世界人は喉を引き裂くような悲鳴を上げた。全身が捻じれ、黒い瘴気が噴き出す。頭から悪魔のような角が二本生え、背には異形の翼が生え……もはや、人ではなかった。

 本当に悪魔じゃないか。今や悪魔に成り代わったただの道化、手を抜く価値などない。

 剣を握る指に力が入る。異世界から現れた勇者に向かって、俺は斬りかかる。
 だが、その一撃は止められた。たった二本の指で。

 やはり、俺の力では実力不足なのか。

 いな。解き放て。右手で剣を眼前に掲げ、刀身に左手を添えた。

封竜剣・開放ドラコーヴィ・オトクリーチエ

 白銀の光が奔流ほんりゅうし、形を得た竜が襲いかかる。
 異世界人は、左腕を突き出し、盾で受け止めた。だが、竜は容赦なく押し込んでいく。地面に深く足がめり込む。

 衝撃が大地を揺らす。岩盤が砕け、轟音が響く。

「世界の歪みを、いつから知っていたんだ! 俺の才能は完璧なはずなのにッ!」
「――完璧か。それで、どこまで堕ちた?」

 次の瞬間、右手の剣から炎が灯る。燃える巨大な火炎球が、放った竜とぶつかり合う。

 凄まじい爆音。石壁が焼け落ち、柱が一瞬で溶ける。

 これは、火属性最強奥義――大火炎魔法オグニェンナ・プラーミ。本当に、大魔法使いの才能を奪っていたのか……。

「大魔法使いが言っていたな。全てを見通す眼があると。生意気だったから、殺して奪った。その見通す眼ってやつが、お前に宿っているということか。独眼という才能で。」
「私利私欲のために……。異世界人ってのは悪魔と一緒だな。」

 膝を曲げ屈み、足を強く蹴った。一瞬の加速で油断している異世界人目掛けて斬りかかる。

 鈍い音とともに、血飛沫を弧を描いた。
 左腕が、飛んだ。厄介だった盾も、これで終いだ。

「それで勝ったつもりか? 治癒魔法だってあるんだ。」

 異世界人は薄く笑い、右手から緑色の光を灯す。切断された肩口へ光が触れた瞬間、生々しい音ともに、肉が蠢き、腕が再生されていく。

「ま、まさか、それは……。」
「ああ、便利だったからな。」

 ドゥーラまで殺したのか……。脳天気なやつだったが、いい奴だった。

「これで終わりにしよう。終焉ってやつだ。所詮、竜人族だろうが、なんだろうが、勝てないんだよ。神に選ばれ、異世界転生した主人公様には。」

 両手を前に突き出し、赤黒い球体を創り出していく。空気を飲み込みながら肥大化していき、周囲の魔力が枯れるような気配をしていた。

 まずい、大技か。主人公だと? 奪って、壊して、嘘ついて、それがお前の物語かよ。
 俺は思考を巡らせた。あの大技に対抗できる手段を探す。

 あの竜人族が言っていた――「想像しろ。竜を。」
 流れるエネルギーで……描け、竜を。

「――竜を描けドラゴナ・ナチェルターチ。」

 エネルギーが旋回し、空間に竜の紋が刻まれていく。
 異世界人の放つ、赤黒い球体とは逆回転の流れでエネルギーが収束し、竜を像る。

 そして、ぶつかり合う。その衝撃に祭壇が砕け散っていく、半壊した竜人族の像も、床も、粉々に吹き飛ぶ。

 ――竜の咆哮が球体を圧し潰し、闇を咀嚼するように異世界人ごと喰らい尽くす。
 やがて、竜は消滅していく。何も残さず。

「様子を見に行ったらこの様か。六天魔王の座を渡してやったのにな。いずれ、貴様と対峙するだろう。」

 黒い影が、不気味な呻き声のような響きでそう伝え、影は消えていった。

 お、終わったのか。六天魔王? なんだそりゃ――。力を使い果たした俺は、考えるのを辞めてゆっくり目を閉じた。

    ◇

 俺は……。周りを見渡すと荒地となり、瓦礫が散乱していた。神殿とはもう呼べないほど、瓦解していた。

 そうか……。異世界人との戦いでこんなに。すまない、竜人族。
 そう思った瞬間、祭壇があったところから、竜の咆哮のような残響が、瓦礫の向こうから微かに響いた。それはまるで、この地に刻まれた意志の残響だった。 

 お腹が空いた。よし、腹ごしらえだな。俺はゆっくりと立ち上がり、食堂へ向かった。

    ◇

 食事を済ませ、色々と出来事を頭に巡らせた。

 結果、ひとつの答えに結びついた。

 勇者だのなんだの関係ない。俺は、俺の行く道を行くんだ。

さようならプロシャーイ――。」

 そう街に告げ、俺は南の方角へ歩みを進めて行った。
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