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第1話 嘘から本気にさせられちゃった恋のおはなし。
1−12
しおりを挟む事務室の通信の魔道具から報告が入るたびにビクビクしながら、わたしは、長い夜を――、
長い夜を――――、
長い夜には――――――、
――――――――――――ならなかった。
冒険者たちが連携してグリーンドラゴンを狩猟する前に、なんと、ドラゴンは大人しく帰っていったのだ。
奇跡的に街に被害もない。
っていうか、グリーンドラゴンってば、やっぱり人里に出てきたのには理由があったみたいで。
どうやら、保護条例を破った人間が、親ドラゴンが留守の隙にドラゴンの巣に潜って、卵を盗んだらしいのね?
で、それに怒ったドラゴンが、卵を探しに来てたみたいで。
ちょうど正門からこの街に入ろうとしてたアヤシイ連中が、その犯人だったらしく。
もちろん、卵も発見。連中はお縄。卵はドラゴンに返却。
やさしい目をしたドラゴンは、卵をだいじに抱えて、おとなしく山に帰っていきましたとさ。めでたしめでたし。
――当然、冒険者たちの出番もなかったわけで。
「うーっし、帰ったぞー! リリー!!」
……。
…………うるさい。
「リリー、ほら。旦那に呼ばれてるよ、リリー?」
「ええと……」
事務室の方まで届いてくるバカでかい声。
隣の席にいたケーシャが、わたしをツンツンと突いてくる。
数多くの冒険者がヤレヤレと帰ってきて、そのまま食堂の方で酒盛りしようとしてる人も多いんだろうね。
そこそこ夜もふけてきているのに、いつもよりギルドホールは賑やかで。
「おーい! リリー、いるかー!?」
もう少し、恥じらいというモノをっ! 覚えてくれないかなっ!!
ちょっと腕がいいからって、ギルドホール内を我が物顔で闊歩しちゃってさあ!
「今日はもう上がって大丈夫だぞー、リリー」
「そうだそうだ。ラルフが待ってるぞー? リリー」
「…………うぅ……」
緊急事態で、制服も着てなかったからね。
わたしはふらふらと、そのまま鞄を持って立ち上がる。
いや。うん。
なんかいろいろ覚悟は決めたけどさあ。
ラルフがちゃんとしようってしてくれるなら、わたしもちゃんとしなきゃなわけで。
でももうちょっと……、
こんな空気はちょっと……、
私には荷が勝つと言いますか……。
「健闘を祈る、リリー」
「………………ガンバリマス……」
「ちょーど明日、遅番だもんね? よかったね?」
「そういう展開には……まだ……」
「お? なんだ。ちゃんと意識してるんじゃん」
そうですね……。
どうせケーシャはわたしがニブニブだってツッコミたかったんでしょうね?
でもまあ。いよいよ?
わたしだって意識しますよ。
ああもう、どうしよ。
どういう流れで?
どう切りだして?
はーっ! もう、ラルフに会うのが怖い!!
「おーい! リリー!」
聞こえてますよ! もう!!
いい! わかった。行ってやる! で! 言ってやるんだからもうっ!!
ぱん! と両頬を叩いて、ホールに続く扉の方を睨みつける。
ほほーう、勇ましい。とかなんとか、ケーシャは好き勝手言ってるけど、そうよっ。もうねっ。臨戦態勢ですよっ。
大股で闊歩て扉を開くと、大勢の冒険者たちがたむろしている手前に、ひときわガタイのいい男の人がいる。
そりゃあもう、清々しい笑顔でね? やり遂げたって顔してて。周りはみんな肩をすくめながら苦笑してて、ああもう、なにこの公開処刑って思う。
「リリー!」
なんか駆け寄りたそうにウズウズしてるけど、堪えてるっぽい。なぜだ。
わたしが無の表情でトコトコ彼のとこに歩いてくとさ、ばって。
ばって! 両手広げて! へらって笑って。
え?
なにそれ、え? なに? アンタの胸にとびこめ的な? そういうの?
グリーンドラゴン事件は無事に解決したっていうけど、感慨深さもなにも感じていない。なのでわたしは、両手を広げた彼のちょっと手前で足を止めた。
「ほら……」
「え?」
「ほら、リリー」
「なに?」
「約束」
「…………」
…………えーっと?
キス、ですか……?
彼が出ていく前まではね? そりゃあ、状況のせいか? 彼が望むならって思ったけど?
……事件がおそろしいほど平和的に収束してくれたせいで、無事でよかったーっ!! みたいな感動もなく。彼はたぶん、大剣をひと振りもしていない。
そりゃあ、もしものときにそなえて、万全の準備をしてくれたと思うし、神経研ぎ澄まして警戒もしてくれたと思うよ?
でもね?
なんか、ちがわない? これ。
……わたしが盛り上がりきれてないのもばれてるんだろうね。
周囲の冒険者たちが失笑している。
うっ……それは、それで、やだな。
別にわたしは、ラルフを笑いものにしたいわけじゃなくて――。
「っ……!」
だからわたしは、問答無用でラルフの手を掴んだ。
周囲のざわめきとか全部無視して、ギルドホールの外へと歩いていく。
「お、おいっ」
「来てっ」
真剣な顔つきになっちゃってるのも、気がついてくれたんだろうね。
ラルフはなにも言うことなく、素直にわたしについてきてくれる。
「ちょっと、待ってくれ」
でもね。
途中で少しだけ、手を引かれて、立ち止まる。
騒ぎが収まったあとの、薄暗い夜道。大通りだけど、まだ人もまばらで――。
「こっちのが、いい」
なんて、指を絡めるように手を繋ぎなおして。
「落ち着いていいから。帰るんだろ? ゆっくり歩け? な?」
危ないから。――って言ってくれる彼の方が、よっぽど大人で。
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