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第二章 魔王と勇者、世界消失の謎
アランの記憶
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「おーーい、勇者くん。起きてる?」
「えっ…………あっ、すまない」
命から告げられた信じがたい事実を目の当たりにしたアランは、その思考を一時停止していた。そんなアランの顔の前で手を振りながら意識を呼び起こした命は、アランの態度に思わず破顔した。
「ごめんね、驚いた?」
「えっ、いや…………いや、驚いたは驚いたんだが……スケールが大きすぎて現実味がないというか……ミコトくんの話をまとめると、俺の前世が創造主だったってことでいいのか?」
アランに前世の記憶があるわけもなく、急に自分の魂が以前創造主という存在として生きていたと言われても信じられないのは当たり前だ。
そんな事実に対して現実感を感じることが出来ないながらも、アランは命の話を整理して結論をつけた。
「そう。まぁ前世って言っても、前世の前世の前世の前世の前世の…………まぁとりあえずすごく前の前世だけどね。だって魔王くん、創造主のあとは虫とかばっかに転生してたんだもん」
「む、虫!?」
「そう、虫とか動物」
虫という単語にアランは顔を真っ青にして反応した。別に虫が苦手だとか、そんなギャップ萌え的性格を持っている訳ではないが、自分がその虫だったと言われてしまえば誰でも震え上がるだろう。
アランの魂が犯した罪は〝世界を消滅させた〟、その一つだけだった。だがたったその一つで長らくまともな生物に転生できなかったほど、世界を滅ぼしたという罪は大きいものだったのだ。
「まぁそれは今どうでもいいんだけどね」
「えぇ……」
「命が下界に降りたのは、君の前世の記憶を呼び起こして、何故世界が消失したのかを知る為なんだ」
アランの中では結構重要な話だったのだが、命にバッサリと切られてしまいアランは肩を落とした。そんなアランはお構いなしに命はアランに会いに下界を降りた理由を話し始めた。
「なるほど……貴殿の前に創造主をしていたアランの魂が世界を故意に消失させた。貴殿はその理由を探っていると……」
「正解。魔王くんは話が早くて助かるねぇ」
ザグナンの言葉にアランは酷く驚いたような表情を見せた。命が人として生きていた時の世界が全て消失したのは理解していたが、それを創造主が故意に行ったとは思っていなかったのだ。
創造主の死そのものが世界の死でもあるので、世界の消失そのものを目的とした心中かは不明だが、それらを知るためにもアランの前世の記憶を呼び起こす必要があるのだ。
「前世の記憶を呼び起こすなんて、できるのか?」
「もっちろん。命を誰だと思ってるの?なめてもらっちゃ困るよぉ」
前世の記憶。アランたちにとっては存在しているのかも危ういものを取り戻す術があるなんて、現実的に考えれば信じがたい話だ。
だが命が危惧しているのはそんな問題ではなく、もっと別のものだった。
「ただ……前世の記憶を取り戻すっていうのは、とても辛いものだ。今まで生きていた自分という根底をひっくり返してしまうような……知らないはずの記憶が急に戻るんだから当たり前なんだけどね。その苦痛は、例え神であっても簡単に耐えられるものじゃない」
「まるで以前そんなことがあったような物言いだな」
ザグナンの指摘に命は静かに頷くことで肯定を示した。その表情はどこか、悲しげで、愛しげで、ザグナンには到底見ることのできない遠くを見つめるような瞳を持っていた。
その見つめる先に祈世という女神の存在がいるのはもちろんだが、それはただそれだけを見通している瞳ではないように見えた。
「だから勇者くんには拒否権がある。これはただの命の知りたいっていう欲求でしかないから、勇者くんが馬鹿正直に前世の記憶を取り戻す必要なんてない。それに世界と心中する程の事態が、前世の君の身に起こったことは明らかだ。そんな辛い記憶をわざわざ思い出す必要はない。だから、決めるのは勇者くんだ」
神である祈世がカミロという男の記憶を取り戻しただけで、その力の制御が出来なくなったほどだ。前世の記憶、辛い記憶を無理やり思い出すというのはその人物の根幹を揺るがす行為なのだ。
命がこんな回りくどいやり方をした本当のわけをアランは少しだが理解することが出来た。
「…………俺の魂が前世で、世界を滅ぼしたというのなら、俺も無関係じゃない。それに、ミコトくんにはいろいろと世話になってるし、俺もどうして前世の俺がそんなことをしたのか知りたいしな……協力するよ」
「……本当に、いいんだね?」
命の再度問いかけに、アランは深く頷いた。とても現実感の無い話だが、命と出会ってからのこの僅かな時間で、アランは現実的ではない体験をいくつもしてきたので今更だった。
命がそんな嘘をつくともアランには思えなかった。そう考えると、アランは命と同様に気になってしまったのだ。何故自分の前世の人物――創造主は、世界諸共心中したのか。
それ程までに耐え難い何かが起きたのか、そうしなければならない理由でもあったのか。それが異様に知りたくなったのだ。
それに加え、アランの目的であった魔人への差別撤廃計画のために尽力し、裏切り者ではあるが大切な仲間のシリオスを殺さずに助けてくれた命に、ただただ協力したいとアランは思ったのだ。
「それじゃあ、行くよ」
「あぁ」
「勇者くんの創造主時代の記憶……甦れ」
命が頭の中でイメージを固めながら発言した途端、アランの顔色が変わった。そしてすぐにその頭を両手で抱えると、言葉にもならない苦悶の声を上げた。
「ぐぁっ…………く……はっ……」
「アラン!」
異空間の床に倒れ込み、苦しみ始めたアランの傍にザグナンは駆け寄った。命の話で覚悟はしていたが、アランを襲った前世の記憶の苦しみは想像以上のものだったのだ。
「勇者くん、よく聞いて。君を襲うその記憶は、君のものであって君のものでない。君の魂に刻まれた記憶だけど、勇者くん自身とは本来関わりのないものだ。勇者くんはその手のうちに、たくさんのものを既に持っている。前世の記憶に飲み込まれて、今の自分を忘れないで」
命はアランに必死に語りかけた。前世の記憶に精神を支配されないように。
今この世界で生きているアランという勇者は、素晴らしい才能とその人格で誰からも慕われ、大事な仲間、ザグナンという家族、そして成し遂げたい夢も持っている。
例え辛い前世を持っていても、今のアランには一切関係のないことだ。アランには、恐れるものなんて何もないのだと、命はアランに再認識させた。
「はぁ、はぁ……はっ…………」
「大丈夫?」
「あ、あぁ……なんとか」
四つん這いになった状態のアランの背中をさすりながら、命はアランの呼吸が整うのを待った。アランは何とか精神を落ち着かせることに成功し、ゆっくりと元いた自分の席に戻った。
「思い出した?」
「あぁ……確かに俺は、前世で創造主だったようだ」
アランの表情を見た命は、前世の記憶によるアランの人格の変化がないことを確認し、安心したような表情を見せた。
「単刀直入に聞くけど、どうして世界を消失させたの?」
「……ある神の裏切りに遭ったんだ」
「……神に?」
アランから発せられた事実に命は顔を僅かに歪ませた。創造主という絶対的君主に対して、その実力を一番理解しているであろう神が裏切り行為を働くなんて信じられなかったのだ。
それと同時に、もし愛する神々に自分が裏切られたらどれだけ辛いだろうかと考えてしまったのだ。
「まぁ、おそらくこれは自業自得なんだが」
「自業自得?」
「創造主の頃、俺は神々とあまり交流してこなかったんだ。神に名前すら付けていなかった」
「は?え、それホント?やば」
アランのとんでも発言に命は思わず語彙力の欠片もない驚き方をした。神々大好きっ子な命にとって、アランの創造主時代のその行動は考えられない奇行だったのだ。
「それが原因だとは言い切れないが、神々はきっと俺という創造主に愛想をつかしていたのかもしれない。……ある日、一人の女神が神々全員を殺したのだ」
「!殺した……女神が一人で?」
「あぁ。その女神は魂の扱いに非常に長けた神で、魂そのものの死はもちろん、魂の死を無かったことにする能力さえ持つほどの、卓越した才能を持った女神だったんだ。そしてその力で神々を魂ごと殺したその女神は、ある提案を持ちかけてきた。それが創造主であった俺の死と、世界の消滅だ」
つまり前創造主は、神々の魂の復活と引き換えに世界と己を消失させることを提案されたということだ。だが命には腑に落ちない点があった。創造主であったアランなら、神々の魂をよみがえらせることなど容易いし、相手の女神を殺さずとも無力化することだってできたはずだ。
なのに何故前創造主はその女神の提案を真に受けてまで、世界を消失させたのか。それが分からなかったのだ。
「もちろん創造主だった俺にとって、そんなものは脅しにもならなかった。だが、俺はその女神の脅威を防いだら、その次どうなるのだろうと考えてみたんだ。俺は分かりにくかったかもしれないが、神々に対してそれなりの愛情を持っていた。それは裏切った女神に対しても同様に。だから俺自らの手で殺すことはできない。だからと言って、裏切り者の女神の力を封じていつまでも近くに置き、監視するというのは他の神々にも示しがつかない。それならばいっそ、女神の言う様に世界を消失させ、新たな世界と神々を新たな創造主に任せるのも良いと思ったんだ」
例え裏切られても、前創造主の心から女神への情は消えなかったのだ。だから殺すことが出来なかった。だが、殺さずにその力を封じ天界で一生その女神を監視するとなれば、他の神々のためにならない。
前創造主が他の神々の魂を救って元に戻しても、その神々が裏切り者の女神に殺された事実は消えないのだから。
前創造主には、殺された神々も裏切り者の女神も見捨てることが出来なかった。
つまり一人の女神に裏切られた時点で、前創造主の人生は終わっていたに等しいのだ。
それならばいっそ、裏切り者の女神の言う通りにするのが一番なのかもしれないと、前創造主は思ってしまったのだ。神々の魂は救われ、輪廻転生の輪に入る。裏切り者の女神も同様に。世界はリセットされ、新たな創造主によって生まれ変わる。それが最良の選択ではないのかと、前創造主は思ってしまったのだ。
「じゃあ、どうして命を新しい創造主にしようと思ったの?」
「自分にもしものことがあった時、新しい創造主はどの魂にすべきかいつも考えていたんだ。そんな時、君を見つけて、この魂しかいないと思っていた」
「なぜ?」
世界が消失に至るまでのあらましを大体理解した命は、次に気になっていたことを尋ねた。どうやら前創造主は世界を消失させる以前から、命を次の創造主にすることを決めていたようで、その理由を命は尋ねた。
「君は宇宙という世界の常識から外れた貴重な存在だったし、何より君なら世界や神々に対して、俺の時とは違う接し方をしてくれると思ったんだ」
「……命は、愛に飢えてたからね」
アランの語った理由は、命が想定していたものと大差なかった。命は創造主になる以前から、人の気持ちを呼んだり、魂の声を聞くことが出来た。そんな常識から外れた魂というのは稀に存在するが、神々を心の底から大事にしてくれると確信できた魂は、前創造主からすれば命しかいなかったのだ。
もちろん前創造主がそう感じた理由を命は知っていた。嫌という程に。
自分を生んだ人間から、周囲の人間からは与えられなかった愛情を、今は命が神々に与え神々からも受け取っている。前創造主の予想は間違っていなかったのだ。
「そっか、大体のことは分かったよ。勇者くん、君は何か勘違いしているようだから言うね。裏切ったその女神は置いとくとしても、他の神々は君に愛想をつかしてなんかいなかったと思うよ」
「……何故そう思うんだ?」
世界が消失するまでの経緯。そしてなぜ自分が創造主に選ばれたのか。この二つの疑問が消えたことで、命はアランに対して思っていたことを話し始めた。
アランが創造主時代に神々に対して行ってきたことは、とても神々のためには十分とは言い難いものだった。もちろんそれは前創造主の行いなので、アランにもそうなった経緯を記憶で理解はできても、共感はできないだろう。
だが記憶がある以上、神々が前創造主に対して立場的な忠誠心しか持っていなかったのではないかと、アランが考えるのは自然なことだった。
「だってその裏切った女神、神々の魂を人質として提示してきたんでしょ?それなら少なくともその裏切った女神は、命の先輩が神々に対して愛情を持っていることに気づいてたってことじゃないの?その女神が気付くぐらいなんだから、他の神々だって先輩の愛情には気づいてたんじゃない?」
「……そう、かもしれないな」
命の言葉にアランはあからさまに虚を突かれたような表情を見せた。人質に取るということは、相手がその人質を大事に思っているということを、裏切った女神が理解していたということでもある。
裏切り者の女神でも気づくことを、他の神々が気づけないというのもおかしな話だ。
例え名前を与えていなくても。例え上手く交流できていなかったとしても。前創造主の神々への愛情は、キチンと神々に届いていたのだ。
命にかけられた言葉で、アランはどこか安心したような、そんな笑みを零した。前世の自分は、創造主としての間違いを正すために世界を消失し、リセットするしかないと思っていた。だが、創造主としての行いが全て間違っていた訳ではないと、命に言われたような気がしてアランはどこか救われた気がしたのだ。
「えっ…………あっ、すまない」
命から告げられた信じがたい事実を目の当たりにしたアランは、その思考を一時停止していた。そんなアランの顔の前で手を振りながら意識を呼び起こした命は、アランの態度に思わず破顔した。
「ごめんね、驚いた?」
「えっ、いや…………いや、驚いたは驚いたんだが……スケールが大きすぎて現実味がないというか……ミコトくんの話をまとめると、俺の前世が創造主だったってことでいいのか?」
アランに前世の記憶があるわけもなく、急に自分の魂が以前創造主という存在として生きていたと言われても信じられないのは当たり前だ。
そんな事実に対して現実感を感じることが出来ないながらも、アランは命の話を整理して結論をつけた。
「そう。まぁ前世って言っても、前世の前世の前世の前世の前世の…………まぁとりあえずすごく前の前世だけどね。だって魔王くん、創造主のあとは虫とかばっかに転生してたんだもん」
「む、虫!?」
「そう、虫とか動物」
虫という単語にアランは顔を真っ青にして反応した。別に虫が苦手だとか、そんなギャップ萌え的性格を持っている訳ではないが、自分がその虫だったと言われてしまえば誰でも震え上がるだろう。
アランの魂が犯した罪は〝世界を消滅させた〟、その一つだけだった。だがたったその一つで長らくまともな生物に転生できなかったほど、世界を滅ぼしたという罪は大きいものだったのだ。
「まぁそれは今どうでもいいんだけどね」
「えぇ……」
「命が下界に降りたのは、君の前世の記憶を呼び起こして、何故世界が消失したのかを知る為なんだ」
アランの中では結構重要な話だったのだが、命にバッサリと切られてしまいアランは肩を落とした。そんなアランはお構いなしに命はアランに会いに下界を降りた理由を話し始めた。
「なるほど……貴殿の前に創造主をしていたアランの魂が世界を故意に消失させた。貴殿はその理由を探っていると……」
「正解。魔王くんは話が早くて助かるねぇ」
ザグナンの言葉にアランは酷く驚いたような表情を見せた。命が人として生きていた時の世界が全て消失したのは理解していたが、それを創造主が故意に行ったとは思っていなかったのだ。
創造主の死そのものが世界の死でもあるので、世界の消失そのものを目的とした心中かは不明だが、それらを知るためにもアランの前世の記憶を呼び起こす必要があるのだ。
「前世の記憶を呼び起こすなんて、できるのか?」
「もっちろん。命を誰だと思ってるの?なめてもらっちゃ困るよぉ」
前世の記憶。アランたちにとっては存在しているのかも危ういものを取り戻す術があるなんて、現実的に考えれば信じがたい話だ。
だが命が危惧しているのはそんな問題ではなく、もっと別のものだった。
「ただ……前世の記憶を取り戻すっていうのは、とても辛いものだ。今まで生きていた自分という根底をひっくり返してしまうような……知らないはずの記憶が急に戻るんだから当たり前なんだけどね。その苦痛は、例え神であっても簡単に耐えられるものじゃない」
「まるで以前そんなことがあったような物言いだな」
ザグナンの指摘に命は静かに頷くことで肯定を示した。その表情はどこか、悲しげで、愛しげで、ザグナンには到底見ることのできない遠くを見つめるような瞳を持っていた。
その見つめる先に祈世という女神の存在がいるのはもちろんだが、それはただそれだけを見通している瞳ではないように見えた。
「だから勇者くんには拒否権がある。これはただの命の知りたいっていう欲求でしかないから、勇者くんが馬鹿正直に前世の記憶を取り戻す必要なんてない。それに世界と心中する程の事態が、前世の君の身に起こったことは明らかだ。そんな辛い記憶をわざわざ思い出す必要はない。だから、決めるのは勇者くんだ」
神である祈世がカミロという男の記憶を取り戻しただけで、その力の制御が出来なくなったほどだ。前世の記憶、辛い記憶を無理やり思い出すというのはその人物の根幹を揺るがす行為なのだ。
命がこんな回りくどいやり方をした本当のわけをアランは少しだが理解することが出来た。
「…………俺の魂が前世で、世界を滅ぼしたというのなら、俺も無関係じゃない。それに、ミコトくんにはいろいろと世話になってるし、俺もどうして前世の俺がそんなことをしたのか知りたいしな……協力するよ」
「……本当に、いいんだね?」
命の再度問いかけに、アランは深く頷いた。とても現実感の無い話だが、命と出会ってからのこの僅かな時間で、アランは現実的ではない体験をいくつもしてきたので今更だった。
命がそんな嘘をつくともアランには思えなかった。そう考えると、アランは命と同様に気になってしまったのだ。何故自分の前世の人物――創造主は、世界諸共心中したのか。
それ程までに耐え難い何かが起きたのか、そうしなければならない理由でもあったのか。それが異様に知りたくなったのだ。
それに加え、アランの目的であった魔人への差別撤廃計画のために尽力し、裏切り者ではあるが大切な仲間のシリオスを殺さずに助けてくれた命に、ただただ協力したいとアランは思ったのだ。
「それじゃあ、行くよ」
「あぁ」
「勇者くんの創造主時代の記憶……甦れ」
命が頭の中でイメージを固めながら発言した途端、アランの顔色が変わった。そしてすぐにその頭を両手で抱えると、言葉にもならない苦悶の声を上げた。
「ぐぁっ…………く……はっ……」
「アラン!」
異空間の床に倒れ込み、苦しみ始めたアランの傍にザグナンは駆け寄った。命の話で覚悟はしていたが、アランを襲った前世の記憶の苦しみは想像以上のものだったのだ。
「勇者くん、よく聞いて。君を襲うその記憶は、君のものであって君のものでない。君の魂に刻まれた記憶だけど、勇者くん自身とは本来関わりのないものだ。勇者くんはその手のうちに、たくさんのものを既に持っている。前世の記憶に飲み込まれて、今の自分を忘れないで」
命はアランに必死に語りかけた。前世の記憶に精神を支配されないように。
今この世界で生きているアランという勇者は、素晴らしい才能とその人格で誰からも慕われ、大事な仲間、ザグナンという家族、そして成し遂げたい夢も持っている。
例え辛い前世を持っていても、今のアランには一切関係のないことだ。アランには、恐れるものなんて何もないのだと、命はアランに再認識させた。
「はぁ、はぁ……はっ…………」
「大丈夫?」
「あ、あぁ……なんとか」
四つん這いになった状態のアランの背中をさすりながら、命はアランの呼吸が整うのを待った。アランは何とか精神を落ち着かせることに成功し、ゆっくりと元いた自分の席に戻った。
「思い出した?」
「あぁ……確かに俺は、前世で創造主だったようだ」
アランの表情を見た命は、前世の記憶によるアランの人格の変化がないことを確認し、安心したような表情を見せた。
「単刀直入に聞くけど、どうして世界を消失させたの?」
「……ある神の裏切りに遭ったんだ」
「……神に?」
アランから発せられた事実に命は顔を僅かに歪ませた。創造主という絶対的君主に対して、その実力を一番理解しているであろう神が裏切り行為を働くなんて信じられなかったのだ。
それと同時に、もし愛する神々に自分が裏切られたらどれだけ辛いだろうかと考えてしまったのだ。
「まぁ、おそらくこれは自業自得なんだが」
「自業自得?」
「創造主の頃、俺は神々とあまり交流してこなかったんだ。神に名前すら付けていなかった」
「は?え、それホント?やば」
アランのとんでも発言に命は思わず語彙力の欠片もない驚き方をした。神々大好きっ子な命にとって、アランの創造主時代のその行動は考えられない奇行だったのだ。
「それが原因だとは言い切れないが、神々はきっと俺という創造主に愛想をつかしていたのかもしれない。……ある日、一人の女神が神々全員を殺したのだ」
「!殺した……女神が一人で?」
「あぁ。その女神は魂の扱いに非常に長けた神で、魂そのものの死はもちろん、魂の死を無かったことにする能力さえ持つほどの、卓越した才能を持った女神だったんだ。そしてその力で神々を魂ごと殺したその女神は、ある提案を持ちかけてきた。それが創造主であった俺の死と、世界の消滅だ」
つまり前創造主は、神々の魂の復活と引き換えに世界と己を消失させることを提案されたということだ。だが命には腑に落ちない点があった。創造主であったアランなら、神々の魂をよみがえらせることなど容易いし、相手の女神を殺さずとも無力化することだってできたはずだ。
なのに何故前創造主はその女神の提案を真に受けてまで、世界を消失させたのか。それが分からなかったのだ。
「もちろん創造主だった俺にとって、そんなものは脅しにもならなかった。だが、俺はその女神の脅威を防いだら、その次どうなるのだろうと考えてみたんだ。俺は分かりにくかったかもしれないが、神々に対してそれなりの愛情を持っていた。それは裏切った女神に対しても同様に。だから俺自らの手で殺すことはできない。だからと言って、裏切り者の女神の力を封じていつまでも近くに置き、監視するというのは他の神々にも示しがつかない。それならばいっそ、女神の言う様に世界を消失させ、新たな世界と神々を新たな創造主に任せるのも良いと思ったんだ」
例え裏切られても、前創造主の心から女神への情は消えなかったのだ。だから殺すことが出来なかった。だが、殺さずにその力を封じ天界で一生その女神を監視するとなれば、他の神々のためにならない。
前創造主が他の神々の魂を救って元に戻しても、その神々が裏切り者の女神に殺された事実は消えないのだから。
前創造主には、殺された神々も裏切り者の女神も見捨てることが出来なかった。
つまり一人の女神に裏切られた時点で、前創造主の人生は終わっていたに等しいのだ。
それならばいっそ、裏切り者の女神の言う通りにするのが一番なのかもしれないと、前創造主は思ってしまったのだ。神々の魂は救われ、輪廻転生の輪に入る。裏切り者の女神も同様に。世界はリセットされ、新たな創造主によって生まれ変わる。それが最良の選択ではないのかと、前創造主は思ってしまったのだ。
「じゃあ、どうして命を新しい創造主にしようと思ったの?」
「自分にもしものことがあった時、新しい創造主はどの魂にすべきかいつも考えていたんだ。そんな時、君を見つけて、この魂しかいないと思っていた」
「なぜ?」
世界が消失に至るまでのあらましを大体理解した命は、次に気になっていたことを尋ねた。どうやら前創造主は世界を消失させる以前から、命を次の創造主にすることを決めていたようで、その理由を命は尋ねた。
「君は宇宙という世界の常識から外れた貴重な存在だったし、何より君なら世界や神々に対して、俺の時とは違う接し方をしてくれると思ったんだ」
「……命は、愛に飢えてたからね」
アランの語った理由は、命が想定していたものと大差なかった。命は創造主になる以前から、人の気持ちを呼んだり、魂の声を聞くことが出来た。そんな常識から外れた魂というのは稀に存在するが、神々を心の底から大事にしてくれると確信できた魂は、前創造主からすれば命しかいなかったのだ。
もちろん前創造主がそう感じた理由を命は知っていた。嫌という程に。
自分を生んだ人間から、周囲の人間からは与えられなかった愛情を、今は命が神々に与え神々からも受け取っている。前創造主の予想は間違っていなかったのだ。
「そっか、大体のことは分かったよ。勇者くん、君は何か勘違いしているようだから言うね。裏切ったその女神は置いとくとしても、他の神々は君に愛想をつかしてなんかいなかったと思うよ」
「……何故そう思うんだ?」
世界が消失するまでの経緯。そしてなぜ自分が創造主に選ばれたのか。この二つの疑問が消えたことで、命はアランに対して思っていたことを話し始めた。
アランが創造主時代に神々に対して行ってきたことは、とても神々のためには十分とは言い難いものだった。もちろんそれは前創造主の行いなので、アランにもそうなった経緯を記憶で理解はできても、共感はできないだろう。
だが記憶がある以上、神々が前創造主に対して立場的な忠誠心しか持っていなかったのではないかと、アランが考えるのは自然なことだった。
「だってその裏切った女神、神々の魂を人質として提示してきたんでしょ?それなら少なくともその裏切った女神は、命の先輩が神々に対して愛情を持っていることに気づいてたってことじゃないの?その女神が気付くぐらいなんだから、他の神々だって先輩の愛情には気づいてたんじゃない?」
「……そう、かもしれないな」
命の言葉にアランはあからさまに虚を突かれたような表情を見せた。人質に取るということは、相手がその人質を大事に思っているということを、裏切った女神が理解していたということでもある。
裏切り者の女神でも気づくことを、他の神々が気づけないというのもおかしな話だ。
例え名前を与えていなくても。例え上手く交流できていなかったとしても。前創造主の神々への愛情は、キチンと神々に届いていたのだ。
命にかけられた言葉で、アランはどこか安心したような、そんな笑みを零した。前世の自分は、創造主としての間違いを正すために世界を消失し、リセットするしかないと思っていた。だが、創造主としての行いが全て間違っていた訳ではないと、命に言われたような気がしてアランはどこか救われた気がしたのだ。
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ファンタジー
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そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。
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