さよなら世界、ようこそ世界

乱 江梨

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第三章 男神と神子、手にできなかった愛情

命と神子

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「どうやってここに?」



 楓佳は突然の出来事にそんな疑問を零すことしかできなかった。



 客観的に考えれば部屋の窓から入ってきたと考えるのが妥当なのだが、それは現実的に考えて無理なのだ。



 何故なら部外者が侵入するのを防ぐために楓佳の護衛の一人が入り口を見張っていて、それ以外にこの家の敷地内に入る方法ないからだ。



 だが確かに楓佳の目の前には正体不明の命が存在していて、楓佳は頭が混乱しつつも平静を保って状況整理に徹した。



「驚かせてごめんね。初めまして、命は命だよ」

「命……っ!創造主、様?」

「そう!命は創造主でーす!」



 命は楓佳に自己紹介をして右手を差し出した。すると命の名前を聞いたことで楓佳は全てを理解し、酷く驚いたように固まってしまった。



 楓佳は神より上位の存在、創造主の固有名詞が命であることを知っていたので、全てを理解することが出来たのだ。



 目の前の少年がどれだけ尊い存在なのか。どうして一瞬にして自分の目の前に現れたのか。何故こんなにも畏怖を感じるのか。



 その全ての答えが〝命だから〟という一言で片付いてしまうような存在なのだと、楓佳はその時実感したのだ。



 楓佳が驚きと納得と焦りで固まっている一方、命は能天気にVサインしているので両者の温度差が目に見えて分かる。



「は、初めまして……楓佳と、いいます」

「うん!初めまして!神子ちゃんは可愛いなぁ……」



 楓佳はとりあえず床に両膝をつき、差し出された命の右手を両手で取って握手すると自己紹介をした。そのたどたどしい動きが可愛く見えたのか、命は柔らかい笑みを向けた。



「神子ちゃんは命の孫みたいなものだから畏まらなくていいんだよ?おじいちゃんって呼んでくれてもいいね!」

「は、はい……ありがとうございます」



 そうは言われても森羅万象における絶対的強者相手に畏まるなという方が無理な話なので、楓佳は敬語を抜くことが出来ないまま礼を言った。



 そもそも創造主相手に遠慮なく接することが出来るのなんて、静由と武尽ぐらいだということは命も十分理解しているので、そもそも期待はしていないのだが。



「えっと、創造主様は……」

「命でいいよ」

「……命様は、どうしてここに?」

「神子ちゃんの顔を見に来たんだよ」

「…………」



 楓佳は一瞬、命が冗談を言っているのだと勘違いをした。楓佳を神子として選んだのは命なので、命が楓佳の顔を知らない訳がない。それに加え創造主である命になら、好きな時に好きなだけ天界から楓佳の様子を観察出来るということは、楓佳になら簡単に予測できた。



 それならばわざわざ創造主である命が下界に降りてまで、楓佳の様子を窺いに来るわけがないと楓佳は考えたのだ。



 だがどこか有無を言わさぬ命の満面の笑みに、楓佳は漸くそれが冗談などではない事実であることを理解することが出来た。



「可愛い孫娘に会いに来るのはそんなにおかしいことかな?」

「…………ふふっ、変わったお方ですね」



 命は下界に降りる前に廻とルミカにも同じような反応をされたので、自分の思考回路がおかしいのか?と顔を顰めた。



 そんな命の表情がツボに入ったのか、楓佳は思わず吹き出すと可愛らしい笑みを命に向けた。



 命の言葉自体はそこまでおかしくもないのだが、それを創造主という立場の命が言っているという事実に楓佳は何とも言えない奇妙さに襲われたのだ。



「神子ちゃんは笑った顔が可愛いね!……あ、そうだ。命、神子ちゃんに聞きたいことがあったんだった」

「なんですか?」

「神子ちゃんはどうやってもう一人の密偵を味方につけたの?」



 命は炎乱の戦争を終わらせた楓佳にどうしても聞きたいことがあったのを思い出した。



 楓佳は密偵として魔国の嘘の情報を采国に流した。その情報が真実であることを確認するために采国側は別の密偵を魔国に送り込んだ。楓佳がその密偵を味方にしたからこそ、楓佳の情報が真実であると采国に思わせることができ、この戦争は終幕したのだ。



 ならどうやってその密偵を味方につけたのか?それを命はまだ知らなかったのだ。



「それは…………」



 命がそのことを尋ねた途端、楓佳の顔色に影が差した。どうやらそれは楓佳にとってデリケートな話題だったらしく、楓佳は即座に言葉を紡ぐことが出来なかった。



「神子様!神子様、いらっしゃいますか?」



 楓佳が命の質問に答えるためにその小さな口を開こうとすると、楓佳の部屋の扉が勢いよくノックされた。その音の主は楓佳の執事で何やら焦っているような声音に感じられた。



「どうしたんですか?」

「それが…………ん?何者ですか?その子供は」



 楓佳が急いで扉を開けると息を切らした執事の男が命の方に視線を向けた。



「あぁ、この方は良いんです。それで?」

「はい。実は神子様がお作りになられた食物が……」









 執事に連れられ、楓佳と命は問題が起きている畑に訪れた。そこは楓佳がこの炎乱の人々のために豊穣の能力で作った畑で、昨日まで様々な野菜や果物が畑一杯に育っていた場所だ。



「これは……」



 それが今では影も形も存在していなかった。育った野菜や果物たちは無惨に荒らされていてとても食べられる状態ではない。そしてこれから実がなるはずだった植物もめちゃくちゃにされていて、力なく萎れてしまったいた。



 どこからどう見ても人為的なものだったので楓佳は心中怒りを感じていた。それと同時に疑問も感じた。この炎乱においては誰もが今〝衣食住〟の〝食〟の少なさに悩んでいる。



 神子である自分の畑を荒らすというのは犯人の首も絞める行為なので、そこまでして何故こんなことをするのか?楓佳にはついぞ分からなかったのだ。



「今朝にはもうこの状態で……」

「ありゃまぁ……せっかく神子ちゃんが作ったのに……」

「…………」



 この状況でもどこか緊張感のない声を出した命の方に楓佳は思わず視線を向けた。すると命の表情は今まで楓佳が見てきた明るく屈託のないものでなく、何の色もない冷徹とも取れるものに変わっていた。



 楓佳はそんな命の表情に驚きと確かな愉悦を感じた。



 楓佳には分かったからだ。命が怒っているということを。命は今確かに、楓佳の作った畑が荒らされている状況に対して怒っているのだ。例え無色透明の顔色でも楓佳にはそれが理解できた。



 そして同時に、創造主である命が神子の畑を荒らされたという粗末なことで、確かに怒りの感情を沸かしてくれているという事実に、楓佳はその喜びを誤魔化すことが出来なかった。



「ありがとうございます、命様」

「……何が?」

「いえ、何でもありません」



 命は今他人の心の声を聞こうとしていない為、何故楓佳がお礼を言ってきたのか理解することが出来なかった。だが楓佳が心底嬉しそうな表情を向けてきたので、命はそれについて問い詰めることはしなかった。





「でもせっかく育ったのに……どうしましょう」

「神子ちゃん。神子ちゃんの神子としての力が何か、よく思い出してみて?」

「え……」



 萎れてしまった食物を手にした楓佳は改めてこの現状に顔を歪ませた。すると楓佳に並んでしゃがみ込んだ命がヒントを与える様にそう言った。



 楓佳は一瞬、命が何を言っているのか理解できなかったが、ふと考え始めるとすぐに命の発言の意図を理解し始めた。その様子から、命はやはり楓佳が聡明であることを再確認できた。



「もしかして、植物の怪我も治せる?」

「やってごらん」



 一つの可能性を思いついた楓佳に命は優しく頷くことで返した。



 楓佳に与えられた神子としての能力は豊穣と治癒だ。豊穣の能力では植物の成長を早めたり、大きな実を実らせたりすることしかできないので、人為的に傷をつけられてしまえばそれを戻す術はない。豊穣の能力にできるのはまた一から食物を育てることだけだ。



 だが治癒の能力は違う。神々が与えた治癒の能力はその対象を魂を持つ全ての者に設定している。そして植物というのは魂を所持する生き物であり、今神子の植物たちは傷を負っている。



 これが分かれば楓佳のやるべきことは一つだ。



「お願い……治って……」



 楓佳は両手を祈るように組むと治癒の能力を畑の植物たちに使用した。するとへなぁっと倒れていた植物たちが見る見るうちに元の姿を取り戻し、無惨に朽ちた野菜や果物も元の状態に戻っていった。



「ふぅ……よかったぁ」

「流石です神子様……」



 さっきまでの光景が嘘かのように元の姿を取り戻した植物を目の当たりにした執事は、ポカンとした表情で呟くように楓佳を称賛した。



 一方心底安堵したような表情を見せた楓佳の頭を、命は優しく撫でることで楓佳を労わった。













「そういえば執事さんなんていたんだね」

「えぇ……一応」



 畑が元に戻ったことで自分の仕事に戻った執事の背中を見つめた命は唐突に尋ねた。すると楓佳はどこか極まりが悪そうに肯定した。



「どうかしたの?」

「その……神子という立場上、必要なことだと分かってはいるのですが、どうも慣れなくて……」



 楓佳は神子になってから思い悩んでいたことを命に打ち明けた。ごくごく普通の家庭に産まれてきた楓佳にとって今のこの待遇は、心が休まる暇が無く楓佳は困り果てていたのだ。



「なら、神子に執事とメイドは不要だっていう嘘の神託を告げれば?」

「…………そんなことをしてもよいのですか?」

「ん?いいんじゃないの?」

「…………」



 あまりにも軽い命の解決案に楓佳は言葉を失った。楓佳の中の認識では、神託は神の尊い言葉を世界の住人に伝えるという神聖なものだったので、命の提案はすぐに受け入れられるものではなかったのだ。



「まぁ、廻とルミカに頼めば嘘じゃなくなるけど面倒臭いしなぁ……」

「め、面倒臭い……ですか」



 創造主である命が頼めばその神託は簡単に本物になる。だが命の中でこの事案はわざわざ廻とルミカに頼むほどの重要性を秘めてはいなかった。



 楓佳は〝嘘の神託〟という手段を取る理由が〝面倒臭いからだ〟と言ってのけた命を目の当たりにしたせいで、どこか遠い目をしていた。



「そもそも命が良いって言ってるんだから大体は問題ないんだけどなぁ…………でもそんなことを気にするなんて、やっぱり神子ちゃんは控えめな良い子だね!」



 森羅万象のルールといっても過言ではない命が良しとすることを否定できる存在など皆無だ。しかも神子の世話役がいるか不要かなどという些細な問題ならそれは尚更なのだ。



 命がぼーっとしながら久方ぶりに眺める青い空を見上げていると、楓佳は僅かに俯きながら暗い表情を見せた。



「命様……私は良い子などでは、ありませんよ」

「どうして?」



 命の楓佳に対する評価を否定した彼女は、どこか虚ろな目をしていて命にはその様子が酷く危うく見えた。



「どうやって密偵を味方につけたのか……命様、そう仰いましたよね?」

「…………」

「私は神子などには相応しくない、卑怯な女なんです」



 そんな風に自嘲した楓佳は酷く悲しげで命は目を離せなくなってしまった。





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