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第三章 男神と神子、手にできなかった愛情
廻
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「お前あのアホに何言ったんだ?」
「……分かっていれば苦労などしていない」
下界での様子を観察していた武尽は、天界へと戻ってきた廻に怪訝そうに尋ねた。だが廻自身、命の発言の意味を理解できていないというのに、そんな質問に答えられる訳がなかった。
因みに武尽が命のことをアホ呼ばわりしたことはスルーだ。真面目な普段の廻なら神経質に指摘するのだが、今の廻にはそんな余裕もなかったのだ。
命の口ぶりから、廻の発言をきっかけにあの場での裁きを命が避けたのは明白だった。だがそのきっかけが廻には分からなかった。正しく言えば、どの発言かは推測できているが、何故それのせいであの結果に至ったのかが見当つかなかったのだ。
天界へ戻った後、廻とルミカは神託を告げた。一度廻が裁きは神々が下すと宣言したにも拘らず、一転して炎乱に任せるという矛盾した神託に、人々は少なからず混乱した。
とは言っても一番混乱しているのが廻自身なのでどうしようもなかったのだが。
人々は困惑しながらも、神の意志に逆らうことなどできるわけもするつもりもなかったので、神託通りに行動を起こしてくれた。
楓佳を殺そうと企てた魔国の住人たちは正式な刑が決定するまで采国の牢に幽閉されることになり、炎乱にはようやく本当の平穏が訪れたのだ。
そんな炎乱とは対照的に、天界には困惑に重苦しい空気が飽和したものが流れていた。神々がここまで困り果てているのは、以前命が一〇〇〇〇年間眠り続けた時以来だった。
「かーーーーーーいーーーーー!」
そんな神妙な空気を作り出した犯人自らがそれをぶち壊す音がした。
廻の名前を大声で呼んだ命は廻の背中に頭突きすると、どこか期待に満ちたような表情で廻を見上げた。行動と感情がちぐはぐな命に廻は呆けた表情を見せることしかできなかった。
「廻!お話聞かせて?」
「っ……分かりました」
手を後ろ手に組んだ命は満面の笑みを浮かべると、廻が以前懇願したことを実行しようとした。それは廻が予想している〝あんなこと〟でもあった。
楓佳との恋仲をほぼ確信している命に対してする話なんて一つしかない。それのせいで命の様子がおかしくなったのではないかと廻は考えていた。だがそれと魔国の住人の罰を采国の人々に任せることがどう関係しているのかが分からなかったのだ。
疑問を残したまま、廻は命に言われるままに広間で楓佳との大事な話をすることになった。
シンプルな造りの天界の広間には似つかわしくない、キラキラとした装飾が目に毒な大きな椅子に命は腰かけていた。その姿はどこかの王族のようだが座っているのが小柄な命なので違和感はすさまじいものだった。
だが大きな椅子のおかげで目線が高くなった命を、集まった神々は見上げる形で見つめていた。ほとんどの神々は呆けた、武尽ただ一人は馬鹿を目の当たりにしたような顔をしている。
「廻。お話聞く前に、一つだけ約束して」
「はい。命様の命令でしたら、この命に賭けて……」
「命令じゃないよ。約束」
相変わらず馬鹿真面目な返答しかしない廻に、命は眉を下げて言い募った。命は基本的に命令をしない。するのはお願いと約束だけだ。
「これから命が何を聞いても、絶対に嘘をつかないで」
「……分かりました」
その約束の意味を廻は全て理解できていない。寧ろそうでないと意味がないので命からすれば何の問題もなかったが、廻からすれば不明な点が多すぎるので問題だらけだった。
「命様、もうお気づきだとは思いますが、俺は楓佳に…………恋慕の情を抱いています」
「うん」
廻の告白にあっさりと返答した命とは対照的に、デグネフのような真面目な神は憤怒の視線を廻に向けた。神が神子とは言え人間に個人的な感情を抱くなんて、わざわざ言い含める必要もない程の愚行だからだ。
「楓佳の純粋さ、優しさ、健気さ……その全てが俺の心を揺さぶるほどに愛しく感じるのです」
はっきりと、楓佳に抱いている愛しいという感情を伝えた廻は、泰然とした態度で命を見つめた。廻は最早あれこれと懊悩しても何も変わらないと思い至ったのだ。
そんな廻の変化に気づいた命は、どこか愁色を孕んだ顔つきを見せた。
「そこで、命様に失礼ながらもお願いがあるのです」
「なぁに?」
これから自分が口にすることが余程憚られるものなのか、廻は表情を変えぬまま口を噤んだ。だがここまで来て引き下がることなどできない。廻は意を決してその口を開いた。
「……俺を、人間にしてほしいのです」
「「なっ!」」
廻の突拍子もない懇願に神々は当惑と憤怒の表情を見せた。
廻の願いは廻を神として産んでくれた命に対する裏切りそのもので、神々の怒りは当然のものだった。〝人間になりたい〟それは命が廻に与えた神としての力を捨て、この天界からも離れて命に忠義を尽くすのをやめるということだ。それがどれだけの愚行かなんて、考えなくても分かることだった。
そんな愚かな望みを抱いた廻に対し、デグネフは神としての失望を感じ業腹な感情を露わにした。一方命は予想通りといった感じの無表情だったので、神々は命の反応を待った。
「……いいよ。命が廻を人間にしてあげる」
「命様!?何を仰っているのですか!?神を人間にするなど……」
廻の願いを了承した命に、デグネフは信じられないものを見るような視線を向けた。それはデグネフが命に対して初めて向けた諫言で、それ程まで命の返答が異常であることを物語っていた。
だがそんなデグネフの言葉を遮るように命は再び口を開く。
「ただ、命の質問に正直に答えられたら……だよ」
命は廻を人間にする代わりの条件として、質問に答えるという一見簡単そうなものを提示した。だが人間にするための質問が簡単に答えられるようなものな訳がないので、廻は顔を強張らせた。
「ねぇ、廻。神子ちゃんと命、どっちの方が好き?」
「っ……それは…………」
廻はここで、漸く理解した。命が最初に約束させたことの意味を。
『絶対に嘘をつかないで』
それがどれだけ残酷な約束だったのか、ここに来て廻はやっと気づかされたのだ。
廻は思わず下を向いてしまったせいで、その時の命の様子にまで気が回っていなかった。命は何の期待もしていない様な、愁色の目をしていたのだ。
それに気づいたのは武尽ぐらいで、他の神々は廻がどう返答するのか息を呑んで見守っていた。
「俺は……」
「うん」
廻は究極の選択を迫られている。それは廻の人生が陽か陰、どちらかに転じるのならこの場面しかないと断言できる程の選択だった。
廻は確かに楓佳に対して恋情を抱いている。だが命に対して何の感情も抱いていない訳も無かった。
命は神々が仕えるべき絶対的君主。創造主の力で廻という存在を生み出してくれた親のような存在。そして本来創造主に仕える存在に過ぎない神を鍾愛し、溢れるほどの慈悲と愛情を与えてくれる。
そんな命のことをもちろん廻は創造主として尊敬するだけでなく、一人の存在として親愛の情を抱いているのだ。
だからこそ、廻は懊悩した。同じ好意でも命と楓佳に向けているものでは大きな違いがある。だからと言って、その好意の大小を決めることなど物理的にも倫理的にも廻にはできない行為だった。
だが廻は今、命に人間にしてほしいと頼んでいる。その行動から考えれば、質問の答えは明らかなものだった。それをあえて尋ねているということは、命は廻の口からはっきりと答えを聞きたいのだろう。嘘偽りなく。
「俺は、楓佳のことを誰よりも、何よりも愛しています。誰とも比べることが出来ない程に」
命の思いを尊重した廻は断言した。自分の思いを。だがその言葉は、命に対する謀反の証明ではなかった。
それでもデグネフは、偉大な創造主よりも一人間である楓佳の方が大事だと廻が宣言した事実に、拳を強すぎるほど握りしめた。食い込み過ぎた爪はデグネフの掌を傷つけるには十分な凶器だった。僅かな血の匂いが広間に広がったが、それに気づいても気にかける余裕のある者はいなかった。
「よしよし。よく言った!ここで命の方が好きなんて言ったらぶっ飛ばすところだったよ!」
「みこと、さま?」
突然大声と共に満面の笑みを浮かべた命に、廻たちは呆けた表情を向けた。だがそれは、命が態度を豹変させたせいではなかった。そんな命の態度がどこか空元気に見えたからだ。
表情、声音とは裏腹に、どこか憂いを感じさせる雰囲気を放った命を危惧するような表情を見せる神々に気付いているのかいないのか、命は無視して言葉を紡ぎ続ける。
「それぐらい大事に思える相手に出会えるって素敵なことだよ。神子ちゃんのこと、大事にしてね」
「っ……はい!もちろんです」
優しげに破顔した命を見て安心した廻は絶対に破れない約束を交わした。創造主である命との決別をしてまで楓佳と添い遂げようとするのなら、それなりの覚悟は当然いる。絶対に楓佳を守り、思い続けることを廻は命に約束したのだ。
「廻、よく聞いて?人の生はとてもとても短い。命たちからすれば瞬きする程に。そんな短い時間でも、神子ちゃんと目一杯幸せになるんだよ?」
「命様……はい、この命に代えてもその約束を守り通します」
命は大きな椅子から立ち上がると、優しい手つきで廻の頭を撫でた。そんな命に見とれた様に呆けた表情を見せた廻は、僅かに瞳に水分を滲ませると強い決意と共に命を見据えた。
他の神々は何とか平穏に事態が治まったことに安堵し、デグネフは難しい表情で下を向いていた。廻を許せないという気持ちと、一番怒っていいはずの命が許しているのだから許容すべきだという、相反する思いがデグネフの中で渦巻いているのだ。
理解はできるが、納得など真面目なデグネフにはできるはずもなかったのだ。
「あ、そうだ。晴れて廻も采国の人間になるわけだけど、もう神じゃないからあの馬鹿たちをどうしようと天界的には何の問題もないからね!」
「…………あ……ありがとうございます!」
その時、廻は全てのピースが嵌った様な感覚に陥った。今の言葉で、今までの命の不可解な言動の意味を理解したからだ。
何故あそこまで憤怒していた命自身が、魔国の住人たちに罰を与えないのか尋ねた時の命の答えはこうだった。
『なんでって、廻があんなこと言うからじゃん』
その時は理解できなかったその答えも、今ではこの状況を全て見通した命による配慮だったのだと廻は気づかされた。
廻は命に話があると宣言し、命はその内容を廻の気持ちから察していた。廻の心を読んだのなら尚更に。そして廻が人間になることを確信した命は、あの不可解な言動を起こしたのだ。
確かに命は大事な楓佳に手を出されたことで憤っていた。だが誰よりも怒り心頭なのが廻であることも同時に理解していた。だから犯人を罰するなら廻自身にさせるべきだと命は考えた。なので最初は廻の想定した様に、あの場で廻に犯人たちを裁かせるつもりだったのだ。
だがその前に廻が天界を離れることを予期した命は、廻が人間になってからそれを実行させても良いのではないかと考え始めた。
そもそも天界の暗黙の了解では、神々や命が下界のことに首を突っ込むのはあまりよろしくないとされている。命からすればどちらでも良かったのだが、廻が人間となり暗黙の了解の適用外になってからその手で罰した方が良いというのは当然の見解だったのだ。
だから命はあの場では何もしなかった。魔国の住人を采国に任せるというのは、廻に任せることと同義だったからだ。
それらを漸く理解した廻はこの天界に誕生して初めての笑顔を見せたのだった。
「……分かっていれば苦労などしていない」
下界での様子を観察していた武尽は、天界へと戻ってきた廻に怪訝そうに尋ねた。だが廻自身、命の発言の意味を理解できていないというのに、そんな質問に答えられる訳がなかった。
因みに武尽が命のことをアホ呼ばわりしたことはスルーだ。真面目な普段の廻なら神経質に指摘するのだが、今の廻にはそんな余裕もなかったのだ。
命の口ぶりから、廻の発言をきっかけにあの場での裁きを命が避けたのは明白だった。だがそのきっかけが廻には分からなかった。正しく言えば、どの発言かは推測できているが、何故それのせいであの結果に至ったのかが見当つかなかったのだ。
天界へ戻った後、廻とルミカは神託を告げた。一度廻が裁きは神々が下すと宣言したにも拘らず、一転して炎乱に任せるという矛盾した神託に、人々は少なからず混乱した。
とは言っても一番混乱しているのが廻自身なのでどうしようもなかったのだが。
人々は困惑しながらも、神の意志に逆らうことなどできるわけもするつもりもなかったので、神託通りに行動を起こしてくれた。
楓佳を殺そうと企てた魔国の住人たちは正式な刑が決定するまで采国の牢に幽閉されることになり、炎乱にはようやく本当の平穏が訪れたのだ。
そんな炎乱とは対照的に、天界には困惑に重苦しい空気が飽和したものが流れていた。神々がここまで困り果てているのは、以前命が一〇〇〇〇年間眠り続けた時以来だった。
「かーーーーーーいーーーーー!」
そんな神妙な空気を作り出した犯人自らがそれをぶち壊す音がした。
廻の名前を大声で呼んだ命は廻の背中に頭突きすると、どこか期待に満ちたような表情で廻を見上げた。行動と感情がちぐはぐな命に廻は呆けた表情を見せることしかできなかった。
「廻!お話聞かせて?」
「っ……分かりました」
手を後ろ手に組んだ命は満面の笑みを浮かべると、廻が以前懇願したことを実行しようとした。それは廻が予想している〝あんなこと〟でもあった。
楓佳との恋仲をほぼ確信している命に対してする話なんて一つしかない。それのせいで命の様子がおかしくなったのではないかと廻は考えていた。だがそれと魔国の住人の罰を采国の人々に任せることがどう関係しているのかが分からなかったのだ。
疑問を残したまま、廻は命に言われるままに広間で楓佳との大事な話をすることになった。
シンプルな造りの天界の広間には似つかわしくない、キラキラとした装飾が目に毒な大きな椅子に命は腰かけていた。その姿はどこかの王族のようだが座っているのが小柄な命なので違和感はすさまじいものだった。
だが大きな椅子のおかげで目線が高くなった命を、集まった神々は見上げる形で見つめていた。ほとんどの神々は呆けた、武尽ただ一人は馬鹿を目の当たりにしたような顔をしている。
「廻。お話聞く前に、一つだけ約束して」
「はい。命様の命令でしたら、この命に賭けて……」
「命令じゃないよ。約束」
相変わらず馬鹿真面目な返答しかしない廻に、命は眉を下げて言い募った。命は基本的に命令をしない。するのはお願いと約束だけだ。
「これから命が何を聞いても、絶対に嘘をつかないで」
「……分かりました」
その約束の意味を廻は全て理解できていない。寧ろそうでないと意味がないので命からすれば何の問題もなかったが、廻からすれば不明な点が多すぎるので問題だらけだった。
「命様、もうお気づきだとは思いますが、俺は楓佳に…………恋慕の情を抱いています」
「うん」
廻の告白にあっさりと返答した命とは対照的に、デグネフのような真面目な神は憤怒の視線を廻に向けた。神が神子とは言え人間に個人的な感情を抱くなんて、わざわざ言い含める必要もない程の愚行だからだ。
「楓佳の純粋さ、優しさ、健気さ……その全てが俺の心を揺さぶるほどに愛しく感じるのです」
はっきりと、楓佳に抱いている愛しいという感情を伝えた廻は、泰然とした態度で命を見つめた。廻は最早あれこれと懊悩しても何も変わらないと思い至ったのだ。
そんな廻の変化に気づいた命は、どこか愁色を孕んだ顔つきを見せた。
「そこで、命様に失礼ながらもお願いがあるのです」
「なぁに?」
これから自分が口にすることが余程憚られるものなのか、廻は表情を変えぬまま口を噤んだ。だがここまで来て引き下がることなどできない。廻は意を決してその口を開いた。
「……俺を、人間にしてほしいのです」
「「なっ!」」
廻の突拍子もない懇願に神々は当惑と憤怒の表情を見せた。
廻の願いは廻を神として産んでくれた命に対する裏切りそのもので、神々の怒りは当然のものだった。〝人間になりたい〟それは命が廻に与えた神としての力を捨て、この天界からも離れて命に忠義を尽くすのをやめるということだ。それがどれだけの愚行かなんて、考えなくても分かることだった。
そんな愚かな望みを抱いた廻に対し、デグネフは神としての失望を感じ業腹な感情を露わにした。一方命は予想通りといった感じの無表情だったので、神々は命の反応を待った。
「……いいよ。命が廻を人間にしてあげる」
「命様!?何を仰っているのですか!?神を人間にするなど……」
廻の願いを了承した命に、デグネフは信じられないものを見るような視線を向けた。それはデグネフが命に対して初めて向けた諫言で、それ程まで命の返答が異常であることを物語っていた。
だがそんなデグネフの言葉を遮るように命は再び口を開く。
「ただ、命の質問に正直に答えられたら……だよ」
命は廻を人間にする代わりの条件として、質問に答えるという一見簡単そうなものを提示した。だが人間にするための質問が簡単に答えられるようなものな訳がないので、廻は顔を強張らせた。
「ねぇ、廻。神子ちゃんと命、どっちの方が好き?」
「っ……それは…………」
廻はここで、漸く理解した。命が最初に約束させたことの意味を。
『絶対に嘘をつかないで』
それがどれだけ残酷な約束だったのか、ここに来て廻はやっと気づかされたのだ。
廻は思わず下を向いてしまったせいで、その時の命の様子にまで気が回っていなかった。命は何の期待もしていない様な、愁色の目をしていたのだ。
それに気づいたのは武尽ぐらいで、他の神々は廻がどう返答するのか息を呑んで見守っていた。
「俺は……」
「うん」
廻は究極の選択を迫られている。それは廻の人生が陽か陰、どちらかに転じるのならこの場面しかないと断言できる程の選択だった。
廻は確かに楓佳に対して恋情を抱いている。だが命に対して何の感情も抱いていない訳も無かった。
命は神々が仕えるべき絶対的君主。創造主の力で廻という存在を生み出してくれた親のような存在。そして本来創造主に仕える存在に過ぎない神を鍾愛し、溢れるほどの慈悲と愛情を与えてくれる。
そんな命のことをもちろん廻は創造主として尊敬するだけでなく、一人の存在として親愛の情を抱いているのだ。
だからこそ、廻は懊悩した。同じ好意でも命と楓佳に向けているものでは大きな違いがある。だからと言って、その好意の大小を決めることなど物理的にも倫理的にも廻にはできない行為だった。
だが廻は今、命に人間にしてほしいと頼んでいる。その行動から考えれば、質問の答えは明らかなものだった。それをあえて尋ねているということは、命は廻の口からはっきりと答えを聞きたいのだろう。嘘偽りなく。
「俺は、楓佳のことを誰よりも、何よりも愛しています。誰とも比べることが出来ない程に」
命の思いを尊重した廻は断言した。自分の思いを。だがその言葉は、命に対する謀反の証明ではなかった。
それでもデグネフは、偉大な創造主よりも一人間である楓佳の方が大事だと廻が宣言した事実に、拳を強すぎるほど握りしめた。食い込み過ぎた爪はデグネフの掌を傷つけるには十分な凶器だった。僅かな血の匂いが広間に広がったが、それに気づいても気にかける余裕のある者はいなかった。
「よしよし。よく言った!ここで命の方が好きなんて言ったらぶっ飛ばすところだったよ!」
「みこと、さま?」
突然大声と共に満面の笑みを浮かべた命に、廻たちは呆けた表情を向けた。だがそれは、命が態度を豹変させたせいではなかった。そんな命の態度がどこか空元気に見えたからだ。
表情、声音とは裏腹に、どこか憂いを感じさせる雰囲気を放った命を危惧するような表情を見せる神々に気付いているのかいないのか、命は無視して言葉を紡ぎ続ける。
「それぐらい大事に思える相手に出会えるって素敵なことだよ。神子ちゃんのこと、大事にしてね」
「っ……はい!もちろんです」
優しげに破顔した命を見て安心した廻は絶対に破れない約束を交わした。創造主である命との決別をしてまで楓佳と添い遂げようとするのなら、それなりの覚悟は当然いる。絶対に楓佳を守り、思い続けることを廻は命に約束したのだ。
「廻、よく聞いて?人の生はとてもとても短い。命たちからすれば瞬きする程に。そんな短い時間でも、神子ちゃんと目一杯幸せになるんだよ?」
「命様……はい、この命に代えてもその約束を守り通します」
命は大きな椅子から立ち上がると、優しい手つきで廻の頭を撫でた。そんな命に見とれた様に呆けた表情を見せた廻は、僅かに瞳に水分を滲ませると強い決意と共に命を見据えた。
他の神々は何とか平穏に事態が治まったことに安堵し、デグネフは難しい表情で下を向いていた。廻を許せないという気持ちと、一番怒っていいはずの命が許しているのだから許容すべきだという、相反する思いがデグネフの中で渦巻いているのだ。
理解はできるが、納得など真面目なデグネフにはできるはずもなかったのだ。
「あ、そうだ。晴れて廻も采国の人間になるわけだけど、もう神じゃないからあの馬鹿たちをどうしようと天界的には何の問題もないからね!」
「…………あ……ありがとうございます!」
その時、廻は全てのピースが嵌った様な感覚に陥った。今の言葉で、今までの命の不可解な言動の意味を理解したからだ。
何故あそこまで憤怒していた命自身が、魔国の住人たちに罰を与えないのか尋ねた時の命の答えはこうだった。
『なんでって、廻があんなこと言うからじゃん』
その時は理解できなかったその答えも、今ではこの状況を全て見通した命による配慮だったのだと廻は気づかされた。
廻は命に話があると宣言し、命はその内容を廻の気持ちから察していた。廻の心を読んだのなら尚更に。そして廻が人間になることを確信した命は、あの不可解な言動を起こしたのだ。
確かに命は大事な楓佳に手を出されたことで憤っていた。だが誰よりも怒り心頭なのが廻であることも同時に理解していた。だから犯人を罰するなら廻自身にさせるべきだと命は考えた。なので最初は廻の想定した様に、あの場で廻に犯人たちを裁かせるつもりだったのだ。
だがその前に廻が天界を離れることを予期した命は、廻が人間になってからそれを実行させても良いのではないかと考え始めた。
そもそも天界の暗黙の了解では、神々や命が下界のことに首を突っ込むのはあまりよろしくないとされている。命からすればどちらでも良かったのだが、廻が人間となり暗黙の了解の適用外になってからその手で罰した方が良いというのは当然の見解だったのだ。
だから命はあの場では何もしなかった。魔国の住人を采国に任せるというのは、廻に任せることと同義だったからだ。
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