さよなら世界、ようこそ世界

乱 江梨

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第五章 偽りの魔王と兄妹の絆、過去との対峙

魔王の偉業

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 〝自称、魔王の生まれ変わり〟の名前はフック。今年で一八になる青年だ。ヒューズドの国の一つ――バルン王国に住むどこにでもいる普通の青年である。



 幼い頃に父親を亡くし、母親と唯一の兄妹である妹との三人暮らし。決して裕福ではないが、優しい母と、可愛い妹に囲まれた生活は、フックにとって幸せと呼ぶに値するものだった。



 被服関係の仕事をしている母親の稼ぎだけでは厳しいので、フックは一〇才の頃から冒険者として働いている。冒険者としての実力は中の上と言ったところで、特別目立つわけでも、酷い素人というわけでもない。



 冒険者としての収入は平均。それ以上でもそれ以下でもない。ただ家族を路頭に迷わせるような金額ではないので不満など無かった。母親は幼い頃から働いてくれたフックに感謝をしていたし、フックも母親と妹の笑顔さえ見れれば仕事を頑張ることができたのだ。



 妹は今年一四才になるナノという少女。フックと同じ色の髪をツインテールにしていて、街でも有名な美少女だ。

 少し我が儘が多い気質ではあるが、兄であるフックに良く懐いていて心根は優しい、フックにとってこれ以上ない程自慢の妹である。



 そんなフックの生活に暗雲が見え始めたのは、冒険者としての仕事を終え、家への帰路へ就いた時だった。

 古びてはいるものの、キチンとした清潔感を保った自宅に帰ると、いつも笑顔で出迎えてくれる妹の姿が無かった。家の中の異様な涼けさがフックには気味の悪いものに思えて仕方がなかった。



「ナノ?ナノ、どこだ?」



 返事が無いことを確認したフックは、すぐさま家を飛び出した。必死になって、血眼になりながら妹を探した。

 背が小さく、可愛らしい童顔の少女を必死に探した。いつも風に揺れているあの髪を、見慣れ過ぎたあの姿を必死で、必死で探し回った。



 だが西日が沈んでしばらく経っても、あの姿を見つけることはできなかった。



 近所の住人に話を聞くと、どうやら奴隷商人に攫われてしまったらしい。その場面を目撃していながら、何の行動も起こさなかった相手の胸ぐらをフックは掴んだが、たかだか街の住人が強者ぞろいだと聞く奴隷商人に敵うわけもないので、フックはすぐにその手を離した。



 このバルン王国はヒューズドという世界で唯一、奴隷制度が未だに残っている国でもある。遥か昔であれば他の国にも奴隷制度は当たり前に存在していたが、今となっては忌むべき制度という認識が強いので、他の国では廃止されているのだ。



 バルン王国の奴隷制度は唯一であり、尚且つ質が悪い。正式に奴隷とした売られた者だけではなく、奴隷商人が攫った人間までもが奴隷にされてしまうのだ。

 近頃、若い娘が次々と奴隷商人に攫われ、家族たちは成す術もなく泣き寝入りしてしまうという事件が頻発していることを知っていたフックは、妹がその被害に遭ったのだと直感した。



 だが冒険者として中の上レベルの実力しか持っていないフックが奴隷商人たち相手に勝ち、妹のナノを無事に連れ帰るというのは不可能に近い。



 そんな愚行を犯すよりは、他に何か妹を救う方法を見つける方が得策だとフックは考えた。



 最初に思い付いたのは奴隷商人として奴隷市場に潜入し、密かに妹を逃がすという方法だったが、これもやはり実力の足りないフックには無理なのだ。フックでは実力が足りず、そもそも奴隷商人になれないのだから。



 そして、次に思いついたのが――。







「それが魔王になること?なんで?」



 これまでの経緯をフックから聞いた命は単純な疑問を零した。何故魔王になることが妹を救うことにつながるのか。それについてはソヨも首を傾げていたが、魔人たちだけは何故か理解しているようだった。



「恐れながら、発言の許可をいただけますか?」

「うん、お願い」

「生前の魔王様は、世界に蔓延る奴隷制度を嘆いておりました。それ故、魔人への差別が無くなり我々も身動きがしやすくなった頃、魔王様は己の力と権力を駆使し、この世の全ての奴隷に関する権利を手に入れたのです」

「奴隷に関する権利?」

「はい。権利の内容は、〝今後魔王という称号を得る者は奴隷に関する全ての権利を得ることができる〟となっております。これは、魔王様であれば奴隷を解放することも、奴隷制度そのものを根絶やしにすることも可能であるということです」



 挙手をし、説明を始めたサラン。その内容に命は感嘆せざるを得なかった。



 魔王ザグナンが実現したことは、言い方を変えてしまえば奴隷制度を制度として成り立たなくさせたということなので、それがどれだけの偉業であるか分からない愚か者はここにはいない。



 そしてサランの説明だと、ザグナンが死ぬまではこのヒューズドに一時期奴隷という制度がまともに存在していなかったということにもなる。だが、ザグナンが死んでからはこのザグナシア王国に王は現れず、姿を潜めていた奴隷制度がバルン王国でのみ、その息を吹き返してしまったというわけだ。



「へぇー、未乃ってばそんなことしてたんだ。ただの下界の住人一人がそんな偉業を成し遂げるなんて、流石は魔王くんだよね」

「その通りにございます」



 未乃が魔王時代、そんなことをしていたことを知識として取り入れていなかった命は、自分の子供が成しえたことにただただ感心した。サランはその当時を知っているので、尚のこと命の意見に同調するように首肯した。



「なるほど。魔王っていう立場があれば、奴隷にされた妹ちゃんを助けることができるからあんな嘘をついたんだね」

「そうだ」



 ようやく理解が追い付いた命は納得したような相好でフックに尋ねた。フックは素直に首肯し、どこか決まづそうな相好を見せる。



「んー、どうしたもんかな。奴隷とかそういうのはどの世界にもあるし、創造主が介入すべきことでもないしなぁ」

「なんじゃ命。助けないのじゃな。優しい命らしくないのじゃ」



 命が悩ましげな声を出すと、ソヨが意外そうに呟いた。神になって間もないソヨはまだ天界の暗黙の了解をきちんと理解できておらず、その上ソヨが人間だった際命がインフェスタのごたごたを片付けたこともあったので、即決しない命に違和感を感じたのだ。



「今回と前回じゃ全然話が違うからねぇ。前は神様巻き込んだ話だったけど、今回はただの人間が攫われて奴隷になっちゃって、そのせいでただの人間が騒いでるだけの、ありふれたことだから。あまり命たちが口出すのは良くないんだよ」

「おい!何だよその言い方!」

「うるさい、少し黙ってて」

「っ……」



 ソヨに天界の常識を教えるついでに命が解説すると、フックが苛立ちを孕んだ相好で怒鳴った。どうやら天界特有の〝ただの人間〟呼ばわりが気に食わなかったのだろう。



 すると命は呆れたようにフックに睨みを利かせると、創造主の力でフックの口を封じた。突如話すことができなくなったフックは取り乱し、苦しげに喉を押さえている。

 一方、若干の苛立ちで創造主のオーラが僅かに開放され、それに当てられた魔人たちは途端に顔を青くする。もちろんフックも同様に。



「ふむ。よく分からんが分かったのじゃ」



 命の説明では理解しきれなかったらしいが、命が意味もなくそんなことをするとは思えなかったので、ソヨは自身の理解しきれぬ部分にも理由があるのだということを感じ取った。



「うん。でも話を聞いちゃった以上何もしないっていうのは命の良心が痛んじゃうわけ。だから何とかしてあげたいんだよねぇ」



 良心が痛むと言っておきながら、全くそんな様子は感じ取れない命にフックは怪訝そうな視線を向けたが、普段の命を知っているソヨからすればそれが嘘ではないことは理解できた。



「あ!そうだ!命良いこと思いついた!魔人の皆に奴隷制度ぶち壊してもらうってのはどう?」

「「…………」」



 命の突拍子もない提案に魔人たちとフックは当惑した。だが両者の困惑理由は多少異なる。

 フックからすれば、全く関係がなく、尚且つ魔人たちを騙した自分に協力をしてくれるわけがないという当たり前の認識があった為、命の提案に当惑した。



 そして、魔人側の困惑理由は――。



「あの、命様。ちょっといいっすかね?俺たちにはそこにいる人間を助ける理由がない。あんた等の勝手な都合で俺たち魔人を使おうだなんてちょっと横暴じゃないっすか?」



 魔人たちの心情を代弁したのは魔人の一人であるミーディグリアだ。同じことをフックや多数の魔人たちも感じていたので、その意見は尤もだったのだ。



「ミーディグリア!口を慎みなさい!」

「あぁ、いいよいいよ。彼の言う通りだから」



 創造主である命に反抗的な発言をしたミーディグリアにサランは苦言を呈したが、命は全く気にしていないようにサランを宥めた。一方、ミーディグリアは何のお咎めもないことが意外だったのか、どこか呆けた相好を見せる。



 創造主である命に不敬な発言をするのはミーディグリア自身、少々覚悟のいる行動だったので拍子抜けしてしまったのだ。



「もちろん、命のお願いを聞いてくれたらそれなりの報酬は出すよ。例えば、命が皆の望みを何でも一つ聞いてあげるとかね」

「よいのじゃ?命」



 命の提示した報酬がどれだけ凄いことなのか理解しきれていない者が数名いる中、ソヨは命にそう尋ねた。できないことがほとんどない創造主である命が、魔人たちの望みを何でも一つ叶えるというのは、ただの下界の住人が与えられる報酬にしては高すぎるとソヨは感じたのだ。



「うん、魔人の皆の欲するものは何かな?」

(命……分かっているくせに聞くなんていい性格をしているのじゃ)



 白々しい命の笑みにソヨは苦笑いを浮かべる。普段心を読む力を使用していない命でも、この程度のことは察しているだろうとソヨは理解しているのだ。



「……我ら欲するのはただ一つ、王の存在です。魔王ザグナン様がお亡くなりになってから、このザグナシア王国には魔王がいません。魔王のいないザグナシア王国は、もはや王国とは呼べません。それ以前に、我々はいつの時代も王無しでは生きている意味を見出すことさえできない、抜け殻なのです。ですので、我らにどうか魔王様をお与えください」



 魔人全員の意思を代弁したサランは、片膝をつくと命に一礼する。



 ザグナンが死んでからというもの、魔王にふさわしい実力を持った存在は現れず、そして生まれなかった。それが多くの魔人のとっては悩みの種でもあったのだ。



「いいよ。君たちの王に相応しい魂を、このザグナシア王国に転生させてあげるよ。まぁ人間か魔人か、あるいは別の種族かは分からないけど、それ相応の存在を転生させると約束してあげる」

「ありがとう存じます」



 魔王とは魔法の王なので、種族は神々の容姿と同じようにランダムだ。だが魔王にふさわしい存在がザグナシア王国に訪れることは命の宣言によって確定された。



 こうして、ザグナシア王国に新たな魔王となる存在が産まれることが決定したのだった。



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