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第一章 悪魔討伐編
11、故郷の危機3
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体長三メートル以上、四メートル未満。牛の様な身体ではあるが二足歩行で、太く鋭い角まで生えていた。茶色い毛並みは完全に動物であるが、その身体から放たれる殺気は〝災害級野獣〟たる所以だろう。
このレベル三の災害級野獣をミノタウロスと呼ぶ人間もいるが、エルにとって野獣の名前などどうでも良い情報である。対象の特徴と強ささえ分かっていれば、知性を持たない獣にエルが抱く興味など皆無なのだから。
慣れた手さばきでどんどん災害級野獣を倒していくエルは、頭では常にアデルのことを考えていた。
エルは確信していた。アデルはこの野獣一匹相手であれば何とか勝てると。それでも、この騒動が収まった後にアデルが傷つくことになるのではと、そればかりがエルの思考を支配していた。
すると、考え込むエルに敵の魔の手が襲い掛かろうとしている。
「……ちっ」
億劫そうに舌打ちをしたエルは、野獣たちにその手を向けると、忌々しそうに攻撃を繰り出した。
一瞬のうちに、エルの周りに氷の世界が出来上がり、野獣たちは反撃する間もなく氷漬けにされてしまった。
エルを中心とした半径二十メートル程の氷の円盤を前に、領民たちは思わず畏怖の籠った視線を向けてしまう。
「あのさぁ、僕今ちょっと考え事してるんだよ。邪魔しないでくれるかな?たかだかレベル三の災害級野獣如きが」
既に息絶えた野獣に向かってそんな文句を吐いたエルは、こちらに興味を示している人間の気配に気づく。
「いやぁ、流石ですな。S級冒険者のエル殿」
「……君、誰?冒険者かい?」
感心した様に氷の地面を見回しながら声をかけてきたのは、大柄な冒険者らしき男で、エルは怪訝そうな目で値踏みするように観察する。
彼の後方には倒された災害級野獣が一匹おり、彼が倒したことは明白であった。つまりこの冒険者はただでさえ少ないA級以上の中で、わざわざ伯爵の護衛ではなく領民を守ることを選んだということだった。
「いかにも。俺はA級冒険者のニックという者だ。あなたのご活躍はよく耳にしていた。その噂もここ最近はトンと耳にしないと思っていたのだが、まさかこんな所で遭遇出来るとは……」
「君は伯爵たちの護衛には行かないのかい?」
ニックの話などどうでもいいと言わんばかりに話を遮ったエルは、彼が領民たちを守る方を選択したことに疑問を呈した。
クルシュルージュ家の護衛任務の方が報酬は高く、何より領民の住む土地の方が山から近いので野獣が多くいる。危険を伴う上、報酬も期待できないこの仕事にメリットはあまり無かったのだ。
「あぁ。誰かがやらなければならないからな」
「ふーん。誰かさんと似ててムカつく」
「?」
エルはどうして自分の周りにはこうもお人好しが集まるのだと、言ってもしょうがない不満を露わにした。だがそんなエルの内心も事情も知らないニックは首を傾げる他無かった。
********
その頃アデルは、目の前の敵とどう戦うものかと頭を捻らせていた。
戦ったことの無い敵を相手にするのでアデルの推測では、その勝敗は正直五分五分であった。だが先刻背中に受けた傷の深さから、いつもエルから容赦なく与えられる攻撃の方がずっとずっと強烈だということだけはアデルにも分かった。
だがエルの方がこの災害級野獣よりも強いことは最初から分かっていたことなので、あまり戦闘の参考にはならなかった。
それでもエルに勝つなんていう無謀な賭けよりは、大分楽な勝負なのも確かであった。
「ふぅ……行くとするか」
アデルは深呼吸をすると、剣を構えたまま野獣の頭部まで跳躍した。これはジルによる身体強化術で、身体にあるジルを普段より増大させて、身体能力を向上させるものだ。
アデルは野獣の首に狙いを定めて剣を振り下ろすが、野獣もすかさず取り出した武器でその攻撃を防いだ。
「っ……金棒であるか?」
野獣が片手で軽々と持っている武器は、あちこちに棘のついている金棒で、野獣はそれを肩に預けてニタニタと不気味な笑みを零している。
アデルがその金棒に気を取られていると、突然野獣の口から炎が一直線に噴き出て、アデルに襲い掛かる。アデルは何とかその攻撃を交わしたが、交わした先で再び同じ攻撃が降ってきて、反撃の機会を見つけることが出来ない。
それを繰り返していると、炎をかわした直後に金棒が迫ってきていた。咄嗟に気づいたアデルは剣で金棒を受け止めようとしたが、その威力に負けて後方まで飛ばされてしまう。
「っ……っと」
何とか手をついて着地したアデルだったが、顔を上げた先にいた野獣が、蹲る少女に近づこうとしているのに気づいた。野獣が少女に向かって、あの業火を向けようとしていることに気づいたアデルは、走っても間に合わないと悟り、咄嗟に手を突き出してジルの術を発動させた。
野獣が火を噴くよりも先に、ジルを水に変換したアデルはそれを一直線に発射させる。そして流れるように野獣の口から噴き出た炎が少女に襲い掛かる。その炎が少女までに到達する前に、アデルが放った水流が炎の勢いを止めた。
そのおかげで野獣の注意が再びアデルに向き、彼はニヤリと破顔した。
「それにしてもさっきの反応……」
アデルは走って野獣に近づく途中、水の攻撃に対する野獣の反応に違和感を覚えた。アデルは少女に怪我をさせない一心であの攻撃を繰り出した。なので単純に、あの炎を消せればそれでよかったのだが、何故か野獣がダメージを受けているように感じたのだ。
そしてアデルは、一つの結論に辿り着く。
「まさか、火を得意としていると、真逆の属性が苦手になるのだろうか?」
それはこの世界の人間にとって当たり前すぎる程の常識であったが、アデルはまだその常識をエルから知らされていなかった。
「そういえば氷は師匠の得意技であったな。丁度いい。氷漬けにするとしよう」
以前自身の腹に物騒な氷の花を咲かせられたことを思い出したアデルは、よく見ている氷の技で野獣を倒すことを思いつく。
そして早速アデルは行動に移した。振り上げられた金棒を避け、地面に叩きつけられたその金棒を足場に走り出し、野獣に向かって行ったアデルは再び首を狙って剣を振り下ろした。
「ちっ……固いであるな」
攻撃は確かに当たったが、野獣の身体は頑丈で僅かな傷しかつけることが出来なかった。アデルは剣が使い物にならないことをすぐに悟ると、着地する前に、野獣の顔目掛けて回し蹴りを食らわせた。
蹴りの方が勢いはあったのか、野獣はアデルから見て左側に足を滑らせて倒れ込んだ。その隙を狙い、着地したアデルはいつもより多くのジルを操る。
空気中に散らばるジルを集めるのは時間がかかるので、アデルは体内でジルを作りそれを放出することにした。そのジルを大量の水に変換したアデルは、倒れこむ野獣を包み込むように巨大な水鞠を作った。
水を苦手にしている今回の野獣にとってそれは、囚われるだけで死ぬほど苦しい牢獄のようなものだった。
「冷たいであるぞ」
まるで氷の花を咲かせた時のエルの言葉を真似るようにして言ったアデルは、野獣を閉じ込めた水鞠を一瞬にして凍らせた。
水鞠はまるで野獣を剥製にするための氷の器になり、美しくも見えるそれは、アデルがジルの操縦を止めたことで重力に負け、いとも簡単に地面に叩きつけられた。
氷の玉は呆気なく砕け散り、中に閉じ込められていた野獣もその破片として、バラバラになってしまった。
「なるほど。この野獣はこう倒すのであるな」
冷静な感想を零したアデルは、すぐに少女の元へ駆け寄った。少女は未だ目を閉じ、耳を両手で塞いでいて、アデルはそんな彼女の肩を優しく叩く。
「っ……お、おにいさん?」
「野獣はもう倒したのだ。早速お主の父上を探しに行くとしよう」
「っ!うんっ!」
心配そうに尋ねた少女に柔らかい笑みを向けたアデルは、彼女を起き上がらせるために手を差し出した。脅威が去ったことを知った少女は嬉々とした相好を露わにすると、アデルの手を取って父親を探すために歩き始めた。
この日。アデルは生まれて初めて、たった一人で敵との戦いに勝利したのだった。
********
「いないであるな……」
十数分歩き回ったアデルたちだが、少女の父親はおろか、人っ子一人見つけることが出来ずにいた。出くわすのは災害級野獣ばかりで、その度にアデルが先刻の方法で倒している。
このまま探して見つかる保証も無い。するとアデルは何を思ったのか突然、
「師匠ー!!!!」
と、大声でエルのことを呼び始めた。
「はーい?」
すると秒でエルがアデルたちの前に現れた。ダメ元で呼んでみたアデルは思わずポカンと口を開き、少女は何が何だか分からずアデルとエルを交互に見つめている。
身体強化したエルの聴覚と走りは凄まじかったらしく、アデルはまたしても感心してしまう。
「おや。思ったよりも怪我してないね」
「師匠は血の一滴も流れていないのだな。流石である」
アデルの服がそこまでボロボロになっていない点と、想像よりも服に血が滲んでいない点を見て、エルは褒める様に言った。アデルの傷はすぐに治るので、戦闘中に傷を負ったかどうかはそういう所を見なければ判断できないのだ。
一方のエルは一切衣服も乱れておらず、かすり傷一つ無かったので、アデルは師匠との大きな差を思い知らされた。
「ていうか君、いつの間に新しい妹作ったんだい?」
「師匠は何を言っているのだ?我に妹を作る術などあるわけないであろう」
「君冗談通じないおばけか」
アデルと手を繋いでいる少女に注目を移したエルはそんな冗談で揶揄いつつ、彼女のことを尋ねた。だがエルの冗談も突っ込みも、天然素材で出来ているアデルには全く意図が通じず、彼は顔中にクエスチョンマークを散りばめてしまう。
「親とはぐれたらしいのだ。だが一向に見つからないので、取り敢えず師匠と合流しようと思い呼んだ所存である」
「それなら領民たちが避難している場所があるから、そこにいるんじゃないかな?」
「ほんとう?」
「あぁ。娘を探してる親がいたようないなかったような……」
思いもよらない朗報に少女は声を跳ねさせたが、避難所にもいなければ八方塞がりである。煮え切らない態度で首を傾げているエルを目の前に、アデルは思わずため息をついた。
ここで考え込んでも埒が明かないので、アデルたち三人は早速その避難所に向かうことにした。
********
避難所には多くの領民たちが固まっており、怪我人は数人の冒険者や医者たちに治療されている最中であった。
そろそろ陽が沈んで夜になろうとしており、避難所をいくつかの小さな暖色系の灯りが照らしてくれていた。
少女は避難所中を見回すと、途端に顔をパッと明るくして走り出した。手を繋いでいたアデルも何故か一緒に走る羽目になり、エルも後ろからゆっくりと追っていく。
「おとうさんっ!」
「っ!シューナ!」
アデルの手を離して父親に抱きついた少女は〝シューナ〟と呼ばれていた。父親とシューナは互いに泣きながら、生きて再会できた喜びを噛み締めている。そんな親子の微笑ましい光景を、アデルは含みのある笑みを浮かべながら眺めている。
「あのね!このおにいさんがたすけてくれたの!」
「あぁ、そうだったのか……君、娘をここまで連れてきてくれて、本当にありがとう」
「いえ……」
シューナがアデルを紹介したことで、父親は娘を助けてくれた恩人に対して礼を言った。他人から感謝された試しなど今まで一度も無かったアデルは、少し戸惑ったようにそんな返答しか出来ない。
気の利いたことの言えない自分に内心苛立つと同時に、アデルが悪魔の愛し子だと父親が知れば、かなり反応も変わっていただろうという辛い現実に、アデルはとてもでは無いが笑顔を戻せそうになかった。
「ん?……おいお前!悪魔の愛し子じゃないか!?」
「「!?」」
エルとアデルが恐れていた疑いをかけたのは、シューナの父親ではなく別の中年男性だった。ふくよかな体型に、薄い頭のその男性はアデルを無遠慮に指差すと、物凄い剣幕でズカズカとアデルの元に歩み寄った。
その場にいた全員がアデルに視線を向け、シューナとその父親も当惑した様子でアデルを見つめていた。
『悪魔の愛し子ってあの?』
『でも髪が黒くないぞ……』
次第に避難所が騒がしくなり、アデルにとっては慣れた空気がその場に広がっていった。まるで窒息しそうなその毒気のある空気の中でどう足掻こうが、既に結末など決定づけられている。アデルはそれをよく知っていた。
「みんな騙されるな!卑しい悪魔の愛し子が、髪の色を変えて人間の皮を被っているだけだ!俺はコイツのことを見たことがあるから、この醜悪な顔はよく覚えている!間違いなくコイツは悪魔の愛し子だ!こんな化け物を俺たち人間の地に踏み入れさせてはいけない!」
空気が変わった。アデル以外の全員でも気づける程に。それが悪魔の愛し子という存在の力であり、嫌になるほどの固定観念であった。
そんな中、一人の無垢な少女の瞳だけが、ガラッと変わった人々の醜い視線をじっと捉えていた。
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体長三メートル以上、四メートル未満。牛の様な身体ではあるが二足歩行で、太く鋭い角まで生えていた。茶色い毛並みは完全に動物であるが、その身体から放たれる殺気は〝災害級野獣〟たる所以だろう。
このレベル三の災害級野獣をミノタウロスと呼ぶ人間もいるが、エルにとって野獣の名前などどうでも良い情報である。対象の特徴と強ささえ分かっていれば、知性を持たない獣にエルが抱く興味など皆無なのだから。
慣れた手さばきでどんどん災害級野獣を倒していくエルは、頭では常にアデルのことを考えていた。
エルは確信していた。アデルはこの野獣一匹相手であれば何とか勝てると。それでも、この騒動が収まった後にアデルが傷つくことになるのではと、そればかりがエルの思考を支配していた。
すると、考え込むエルに敵の魔の手が襲い掛かろうとしている。
「……ちっ」
億劫そうに舌打ちをしたエルは、野獣たちにその手を向けると、忌々しそうに攻撃を繰り出した。
一瞬のうちに、エルの周りに氷の世界が出来上がり、野獣たちは反撃する間もなく氷漬けにされてしまった。
エルを中心とした半径二十メートル程の氷の円盤を前に、領民たちは思わず畏怖の籠った視線を向けてしまう。
「あのさぁ、僕今ちょっと考え事してるんだよ。邪魔しないでくれるかな?たかだかレベル三の災害級野獣如きが」
既に息絶えた野獣に向かってそんな文句を吐いたエルは、こちらに興味を示している人間の気配に気づく。
「いやぁ、流石ですな。S級冒険者のエル殿」
「……君、誰?冒険者かい?」
感心した様に氷の地面を見回しながら声をかけてきたのは、大柄な冒険者らしき男で、エルは怪訝そうな目で値踏みするように観察する。
彼の後方には倒された災害級野獣が一匹おり、彼が倒したことは明白であった。つまりこの冒険者はただでさえ少ないA級以上の中で、わざわざ伯爵の護衛ではなく領民を守ることを選んだということだった。
「いかにも。俺はA級冒険者のニックという者だ。あなたのご活躍はよく耳にしていた。その噂もここ最近はトンと耳にしないと思っていたのだが、まさかこんな所で遭遇出来るとは……」
「君は伯爵たちの護衛には行かないのかい?」
ニックの話などどうでもいいと言わんばかりに話を遮ったエルは、彼が領民たちを守る方を選択したことに疑問を呈した。
クルシュルージュ家の護衛任務の方が報酬は高く、何より領民の住む土地の方が山から近いので野獣が多くいる。危険を伴う上、報酬も期待できないこの仕事にメリットはあまり無かったのだ。
「あぁ。誰かがやらなければならないからな」
「ふーん。誰かさんと似ててムカつく」
「?」
エルはどうして自分の周りにはこうもお人好しが集まるのだと、言ってもしょうがない不満を露わにした。だがそんなエルの内心も事情も知らないニックは首を傾げる他無かった。
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その頃アデルは、目の前の敵とどう戦うものかと頭を捻らせていた。
戦ったことの無い敵を相手にするのでアデルの推測では、その勝敗は正直五分五分であった。だが先刻背中に受けた傷の深さから、いつもエルから容赦なく与えられる攻撃の方がずっとずっと強烈だということだけはアデルにも分かった。
だがエルの方がこの災害級野獣よりも強いことは最初から分かっていたことなので、あまり戦闘の参考にはならなかった。
それでもエルに勝つなんていう無謀な賭けよりは、大分楽な勝負なのも確かであった。
「ふぅ……行くとするか」
アデルは深呼吸をすると、剣を構えたまま野獣の頭部まで跳躍した。これはジルによる身体強化術で、身体にあるジルを普段より増大させて、身体能力を向上させるものだ。
アデルは野獣の首に狙いを定めて剣を振り下ろすが、野獣もすかさず取り出した武器でその攻撃を防いだ。
「っ……金棒であるか?」
野獣が片手で軽々と持っている武器は、あちこちに棘のついている金棒で、野獣はそれを肩に預けてニタニタと不気味な笑みを零している。
アデルがその金棒に気を取られていると、突然野獣の口から炎が一直線に噴き出て、アデルに襲い掛かる。アデルは何とかその攻撃を交わしたが、交わした先で再び同じ攻撃が降ってきて、反撃の機会を見つけることが出来ない。
それを繰り返していると、炎をかわした直後に金棒が迫ってきていた。咄嗟に気づいたアデルは剣で金棒を受け止めようとしたが、その威力に負けて後方まで飛ばされてしまう。
「っ……っと」
何とか手をついて着地したアデルだったが、顔を上げた先にいた野獣が、蹲る少女に近づこうとしているのに気づいた。野獣が少女に向かって、あの業火を向けようとしていることに気づいたアデルは、走っても間に合わないと悟り、咄嗟に手を突き出してジルの術を発動させた。
野獣が火を噴くよりも先に、ジルを水に変換したアデルはそれを一直線に発射させる。そして流れるように野獣の口から噴き出た炎が少女に襲い掛かる。その炎が少女までに到達する前に、アデルが放った水流が炎の勢いを止めた。
そのおかげで野獣の注意が再びアデルに向き、彼はニヤリと破顔した。
「それにしてもさっきの反応……」
アデルは走って野獣に近づく途中、水の攻撃に対する野獣の反応に違和感を覚えた。アデルは少女に怪我をさせない一心であの攻撃を繰り出した。なので単純に、あの炎を消せればそれでよかったのだが、何故か野獣がダメージを受けているように感じたのだ。
そしてアデルは、一つの結論に辿り着く。
「まさか、火を得意としていると、真逆の属性が苦手になるのだろうか?」
それはこの世界の人間にとって当たり前すぎる程の常識であったが、アデルはまだその常識をエルから知らされていなかった。
「そういえば氷は師匠の得意技であったな。丁度いい。氷漬けにするとしよう」
以前自身の腹に物騒な氷の花を咲かせられたことを思い出したアデルは、よく見ている氷の技で野獣を倒すことを思いつく。
そして早速アデルは行動に移した。振り上げられた金棒を避け、地面に叩きつけられたその金棒を足場に走り出し、野獣に向かって行ったアデルは再び首を狙って剣を振り下ろした。
「ちっ……固いであるな」
攻撃は確かに当たったが、野獣の身体は頑丈で僅かな傷しかつけることが出来なかった。アデルは剣が使い物にならないことをすぐに悟ると、着地する前に、野獣の顔目掛けて回し蹴りを食らわせた。
蹴りの方が勢いはあったのか、野獣はアデルから見て左側に足を滑らせて倒れ込んだ。その隙を狙い、着地したアデルはいつもより多くのジルを操る。
空気中に散らばるジルを集めるのは時間がかかるので、アデルは体内でジルを作りそれを放出することにした。そのジルを大量の水に変換したアデルは、倒れこむ野獣を包み込むように巨大な水鞠を作った。
水を苦手にしている今回の野獣にとってそれは、囚われるだけで死ぬほど苦しい牢獄のようなものだった。
「冷たいであるぞ」
まるで氷の花を咲かせた時のエルの言葉を真似るようにして言ったアデルは、野獣を閉じ込めた水鞠を一瞬にして凍らせた。
水鞠はまるで野獣を剥製にするための氷の器になり、美しくも見えるそれは、アデルがジルの操縦を止めたことで重力に負け、いとも簡単に地面に叩きつけられた。
氷の玉は呆気なく砕け散り、中に閉じ込められていた野獣もその破片として、バラバラになってしまった。
「なるほど。この野獣はこう倒すのであるな」
冷静な感想を零したアデルは、すぐに少女の元へ駆け寄った。少女は未だ目を閉じ、耳を両手で塞いでいて、アデルはそんな彼女の肩を優しく叩く。
「っ……お、おにいさん?」
「野獣はもう倒したのだ。早速お主の父上を探しに行くとしよう」
「っ!うんっ!」
心配そうに尋ねた少女に柔らかい笑みを向けたアデルは、彼女を起き上がらせるために手を差し出した。脅威が去ったことを知った少女は嬉々とした相好を露わにすると、アデルの手を取って父親を探すために歩き始めた。
この日。アデルは生まれて初めて、たった一人で敵との戦いに勝利したのだった。
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「いないであるな……」
十数分歩き回ったアデルたちだが、少女の父親はおろか、人っ子一人見つけることが出来ずにいた。出くわすのは災害級野獣ばかりで、その度にアデルが先刻の方法で倒している。
このまま探して見つかる保証も無い。するとアデルは何を思ったのか突然、
「師匠ー!!!!」
と、大声でエルのことを呼び始めた。
「はーい?」
すると秒でエルがアデルたちの前に現れた。ダメ元で呼んでみたアデルは思わずポカンと口を開き、少女は何が何だか分からずアデルとエルを交互に見つめている。
身体強化したエルの聴覚と走りは凄まじかったらしく、アデルはまたしても感心してしまう。
「おや。思ったよりも怪我してないね」
「師匠は血の一滴も流れていないのだな。流石である」
アデルの服がそこまでボロボロになっていない点と、想像よりも服に血が滲んでいない点を見て、エルは褒める様に言った。アデルの傷はすぐに治るので、戦闘中に傷を負ったかどうかはそういう所を見なければ判断できないのだ。
一方のエルは一切衣服も乱れておらず、かすり傷一つ無かったので、アデルは師匠との大きな差を思い知らされた。
「ていうか君、いつの間に新しい妹作ったんだい?」
「師匠は何を言っているのだ?我に妹を作る術などあるわけないであろう」
「君冗談通じないおばけか」
アデルと手を繋いでいる少女に注目を移したエルはそんな冗談で揶揄いつつ、彼女のことを尋ねた。だがエルの冗談も突っ込みも、天然素材で出来ているアデルには全く意図が通じず、彼は顔中にクエスチョンマークを散りばめてしまう。
「親とはぐれたらしいのだ。だが一向に見つからないので、取り敢えず師匠と合流しようと思い呼んだ所存である」
「それなら領民たちが避難している場所があるから、そこにいるんじゃないかな?」
「ほんとう?」
「あぁ。娘を探してる親がいたようないなかったような……」
思いもよらない朗報に少女は声を跳ねさせたが、避難所にもいなければ八方塞がりである。煮え切らない態度で首を傾げているエルを目の前に、アデルは思わずため息をついた。
ここで考え込んでも埒が明かないので、アデルたち三人は早速その避難所に向かうことにした。
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避難所には多くの領民たちが固まっており、怪我人は数人の冒険者や医者たちに治療されている最中であった。
そろそろ陽が沈んで夜になろうとしており、避難所をいくつかの小さな暖色系の灯りが照らしてくれていた。
少女は避難所中を見回すと、途端に顔をパッと明るくして走り出した。手を繋いでいたアデルも何故か一緒に走る羽目になり、エルも後ろからゆっくりと追っていく。
「おとうさんっ!」
「っ!シューナ!」
アデルの手を離して父親に抱きついた少女は〝シューナ〟と呼ばれていた。父親とシューナは互いに泣きながら、生きて再会できた喜びを噛み締めている。そんな親子の微笑ましい光景を、アデルは含みのある笑みを浮かべながら眺めている。
「あのね!このおにいさんがたすけてくれたの!」
「あぁ、そうだったのか……君、娘をここまで連れてきてくれて、本当にありがとう」
「いえ……」
シューナがアデルを紹介したことで、父親は娘を助けてくれた恩人に対して礼を言った。他人から感謝された試しなど今まで一度も無かったアデルは、少し戸惑ったようにそんな返答しか出来ない。
気の利いたことの言えない自分に内心苛立つと同時に、アデルが悪魔の愛し子だと父親が知れば、かなり反応も変わっていただろうという辛い現実に、アデルはとてもでは無いが笑顔を戻せそうになかった。
「ん?……おいお前!悪魔の愛し子じゃないか!?」
「「!?」」
エルとアデルが恐れていた疑いをかけたのは、シューナの父親ではなく別の中年男性だった。ふくよかな体型に、薄い頭のその男性はアデルを無遠慮に指差すと、物凄い剣幕でズカズカとアデルの元に歩み寄った。
その場にいた全員がアデルに視線を向け、シューナとその父親も当惑した様子でアデルを見つめていた。
『悪魔の愛し子ってあの?』
『でも髪が黒くないぞ……』
次第に避難所が騒がしくなり、アデルにとっては慣れた空気がその場に広がっていった。まるで窒息しそうなその毒気のある空気の中でどう足掻こうが、既に結末など決定づけられている。アデルはそれをよく知っていた。
「みんな騙されるな!卑しい悪魔の愛し子が、髪の色を変えて人間の皮を被っているだけだ!俺はコイツのことを見たことがあるから、この醜悪な顔はよく覚えている!間違いなくコイツは悪魔の愛し子だ!こんな化け物を俺たち人間の地に踏み入れさせてはいけない!」
空気が変わった。アデル以外の全員でも気づける程に。それが悪魔の愛し子という存在の力であり、嫌になるほどの固定観念であった。
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