色彩の大陸1~禁断の魔術

谷島修一

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序章

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 眩しい日差しが差す浜辺。穏やかに吹く潮風が心地良い。

 ここは、二年前にブラミア帝国により滅ぼされたブラウグルン共和国の首都であったズーデハーフェンシュタットという港町から、そう遠くない美しい浜辺。私と私の弟子二人は、早朝から剣の修練のために、ここへ来た。
 今日のように晴れ渡る青い空、目前に広がる水平線、美しい浜辺での剣の修練は心なしかスムーズだ。いつもは城の武道場での修練だが、そこは薄暗く、長時間いると気が滅入る。さらには、ほかの剣士なども数多く居るので気が散る上に、旧共和国の精鋭であった“深蒼の騎士”は、もはや私一人で、私の弟子二人を入れてもようやく三人という状況。そう言う訳で、城内で修練をしていても他の者に珍しい物を見るような好奇の目で見られるのが、少々うんざりしていた。そういうこともあって、我々はこの浜辺には度々訪問して修練の場としている。他の訪問者も、ほとんどいないので邪魔が入らない。

 私、ユルゲン・クリーガーは、ここズーデハーフェンシュタットの生まれ。ブラウグルン共和国の“深蒼の騎士”と呼ばれる騎士団の一員であった。“深蒼の騎士”は慈悲、博愛を謳い、高い剣技とわずかばかりの魔術を駆使し、長きにわたってブラウグルン共和国を守ってきた。
 私は、両親を早くに亡くし六歳から孤児院育ちだった。十三歳の頃、“深蒼の騎士”であったセバスティアン・ウォルターに見出され、共和国の精鋭部隊・“深蒼の騎士”になるため教えを受け、剣術と魔術を鍛錬してきた。私は彼のことを“師”と呼び、弟子になった後は、彼が父親代わりであった。十六歳の時、私は共和国軍の一員として従軍することになり、その六年後、共和国の“深蒼の騎士”になることを認められた。そして、その後十一年もの間、私は“深蒼の騎士”の一員として共和国のために従軍していた。

 ブラウグルン共和国は、三十六年前に、無血革命で王制から共和国制へと移行した。
 共和国は比較的平和な時代が長かったため、本格的な戦争は長らく体験していなかった。気候が温暖なせいか、人々も穏やかな者が多いため、元々争いごとが少ない国であった。
 そういうこともあって、それまでの共和国軍の仕事といえば、たまに現れる盗賊の退治などの治安維持関連の仕事や遭難事故などでの救難、また隣国ブラミア帝国との国境での小競り合い程度の紛争の対応などが多かった。

 一方、ブラウグルン共和国の北側で国境を接していた軍事国家ブラミア帝国は三年ほど前からブラウグルン共和国はじめ隣国への領土的野心を露骨にむき出すようになった。帝国は約一年をかけて軍事力を増強し、周到な準備をした上で、ある日、圧倒的物量をもって共和国へ侵攻した。共和国軍と帝国軍には兵力には大きな差があり、共和国軍は実戦の経験が少なかったが予想を超えた善戦をした。しかし、最終的には帝国軍が共和国の首都ズーデハーフェンシュタットに迫る中、共和国軍は首都付近を流れるグロースアーテッヒ川での最終決戦でほぼ壊滅状態となり、その後、無条件降伏した。これは当時の共和国政府による、首都の住民に被害を及ぶことを防ぐための決断だった。こうして共和国は帝国に滅ぼされ併合されてしまった。併合後は、共和国軍は解体され、共和国の首相はじめ多くの閣僚、軍の上層部はほとんどが処刑されるか、収容所に幽閉されている。
 今では、この戦争のことを “ブラウロット戦争”(青赤戦争)と呼んでいる。青は共和国の軍旗の色、赤は帝国の軍旗の色であったので、それから由来して名付けられた。

“ブラウロット戦争”の後の二年間は、ブラミア帝国は他の国への侵略をしていないが、帝国の北方にあるテレ・ダ・ズール公国との国境付近での小競り合いが続いているようだ。帝国軍司令部では、テレ・ダ・ズール公国への本格的な侵攻も検討されていたようだが、“ブラウロット戦争”での兵力の消耗が予想よりも大きく、公国へ侵攻するまでの兵力および兵站が整っていないようで、帝国は今のところ具体的な動きをとっていない。

 ブラミア帝国に侵略されるまでは、ここズーデハーフェンシュタットはブラウグルン共和国の首都であった。ここは港町で他国との貿易で栄えていたが、帝国に侵略・併合されてからは、帝国軍が駐留。そして、一般のブラミア人も少なからず移住して来たりしている。ブラミア帝国は大陸の内陸部に位置するため海がなく、移住してきたブラミア人の中には海にあこがれていた者も少なくないと聞いている。
 一方、共和国の政権や軍の上級士官であった者で処刑を免れた者の多くは、地方都市や寒村へ家族もろとも強制的な移住させられ、さらに帝国の監視が付いている。そして、元共和国の住民は二級市民として扱われており、様々な制限が課されている。共和国時代は比較的自由な社会であったが、現在の帝国の統治はまさに圧政といってよい。帝国は住民の反乱を恐れ、街では常に多数の帝国軍兵士が立ち、住民を監視している。さらに夜間の外出禁止や政治犯狩りなど厳しい施策をとっている。住民には移動の自由は無く、税金の徴収も多くなり経済的な面でも元共和国の住民の不満は大きい。

 私は、“深蒼の騎士”ではあったが、当時、下級士官であったため処刑は免れた。私の他にも、さほど多くないが共和国軍の生き残りの下級士官、一般の剣士、魔術士などの一部が、帝国に忠誠を誓うことを条件で、傭兵として帝国に雇われている。
 一方、元共和国軍で、傭兵として雇われるのをこころよしとしない下級士官たちの多くは、反乱の疑いありとして、やはり多くが収容所に幽閉されている。

 私が今、所属する傭兵部隊には、最初、我々のような元共和国軍の者が参加していたが、その後、ほかの国からやって来た流れ者や、賞金稼ぎだった者など加入して、雑多な構成員となっている。
 元“深蒼の騎士”で傭兵として参加している者は、私、一人だけとなっている。私は特に剣術が優れていたせいもあって、現在では傭兵部隊の隊長としての役目も務めている。
 私は、雑多な構成員の中でも“深蒼の騎士”の誇りを忘れずにいようと心がけていた。さらには本当は心の奥底にある、帝国に対する反抗心も表面上は抑え、従順を装っている。

 反抗心を持ちながら私が傭兵部隊に参加している理由はいくつかある。
 帝国による合併後すぐに武器所有禁止令が出され、一般市民の武器の所有は禁止された。しかし、傭兵部隊に所属すれば剣や魔術の修練が許可されるということだった。私は剣の腕を鈍らせないためには傭兵部隊に加入する必要があった。私以外の隊員達も同様に思っているものがほとんどだ。
 また、私はいつか共和国の再興を望んでおり、そのために帝国軍の内情を知っておく必要があると考えたからだ。軍の内情を深く知るためには、軍の司令官達に信頼されなければならないと考えており、命令された仕事は確実に遂行している。そのせいもあってか、帝国軍から丁重に扱われるようになっている。
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