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“雪白の司書”
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ソフィアは浜辺での訓練の後、クリーガーたちは別れ城内の自室に戻った。同室のアグネッタは留守のようだ。
ソフィアのルームメイトは魔術師だ。名前はアグネッタ・ヴィクストレーム。彼女はテレ・ダ・ズール公国のさらに北方にあるヴィット王国の出身。その王国は平和を好むと聞く。王国では、古来より魔術の研究が盛んで、多数の魔術書が書かれている。その多くの魔術書が王立図書館に集約されており、魔術師は魔術を学ぶために図書館に集まるようになった。そこで、いつしか王国の魔術士のことを“司書”と呼ぶようになったという。ヴィット王国は、冬の長い雪国でということもあり、我々のようなヴィット王国以外の者は、彼らのことを“雪白の司書”と呼んでいる。
アグネッタは約一年前にズーデハーフェンシュタットに来て、傭兵部隊に加入した。ズーデハーフェンシュタットにヴィット王国出身の者は他にいない。ヴィット王国は鎖国のような政策をとっているため、実のところヴィット王国の者が国外に出るのは非常に珍しいことだ。彼女は国外の魔術の研究で旅をしているという。傭兵部隊に入ったのは、魔術が実戦でどれぐらい使えるか知りたい、というのが理由だ。
ソフィアとアグネッタは年齢も近いので、気も合っているようだ。
アグネッタは訓練の時間以外は街中に出かけることが多い。魔石や魔術書を探して頻繁に商人と合ったりしているようだ。
ソフィアは、自分の剣を置いた後、ため息をついて、ベッドに横になった。
早朝からの修練でちょっと疲れていたので、横になったら、少し眠ってしまったようだ。どれぐらい時間がたっただろうか。窓の外はまだ明るいので、眠っていたのは、一、二時間といったところだろうか。室内で人の気配がする。アグネッタが戻ってきたようだ。
アグネッタは、ソフィア同様、女性にしては身長が高い。緑の瞳に、茶色い長髪。任務中以外は刺繍が特徴的なヴィット王国の民族衣装をいつもまとっている。
「起こしちゃった?」
目覚めたソフィアに気が付いて、アグネッタはいつもの明るい口調で尋ねた。
「大丈夫。今日は朝早かったから、横になったら眠ってしまったわ」。
寝起きなので、ちょっと声がかすれている。
「明日も朝早いから準備をしないと」。
ソフィアはそう言いながら、身を起こした。
アグネッタはちょうど自分用の飲み物をカップに注いでいるところだった。
「何か飲む?」
「お願い」。
アグネッタはもう一つカップを取り出して、飲み物を注ぐとソフィアに渡した。
「ありがとう」。
ソフィアはまだ眠そうな声だ。
「今日は、また探し物?」
「そうよ」。
「いいものあった?」。
「今日は収穫なし」。
アグネッタはため息をついた。
「ズーデハーフェンシュタットで入手できる魔石や魔術書も、そろそろ目新しいのはなくなってきたわね」。
“雪白の司書”の一人でもあるアグネッタは、様々な魔術書を収集して研究していることもあって、様々な魔術を使うことができるという。火の玉を投げつけたり、火の壁を作り敵を防ぐ火炎魔術。濃霧を発生させたり、局地的に雨を降らせる水操魔術。物や自分を動かしたり浮かせたりする念動魔術。広範囲に雷、雨や雹を降らせたり突風を吹かせる大気魔術。土や粘土からゴーレムなどを作り操る傀儡魔術などがある。使える者はほとんどいないが、時間や空間も操作するような魔術もあるらしい。これらの魔術はヴィット王国の魔術師達の数百年にわたる研究の賜物だ。アグネッタ自身は火炎、水操、念動、大気魔術が使えるらしい。
ソフィアはアグネッタから個人的に魔術の指導を受けているので、私やオットーより使える魔術の種類が多い。深蒼の騎士は、火炎魔術と水操魔装のいくつかを使う。ソフィアはそれに加えて念動魔術と大気魔術をいくつか使えるようになっている。
「傭兵部隊に来て、そろそろ一年ぐらいだよね?」。
ソフィアは、カップの飲み物を飲み干すと、アグネッタに尋ねた。
「そうね、毎日訓練ばかりで実戦で魔術が使えない状態には、そろそろ飽きて来たわ」。
「そういえば、近々実戦の機会があるかもよ」。
今日の浜辺のクリーガーから聞いた話を思い出して言った。
「そうなの?」
アグネッタは驚いて向き直った。
「今、首都が翼竜に襲われることが良くあるそうで、その事件の関係の出動があるかもと聞いたわ」。
「帝国軍が翼竜の調査団を大陸のあちこちに送り込んでいる、というのは聞いたことがあるわね」。
アグネッタは翼竜や調査団のことを知っているのか。私はさっき初めて聞いたのに、とソフィアは思った。
「師が、そのことで首都に呼び出されたのよ。私もそのお供に行くことになったので、二週間ほど空けるわ」。
「あなたたちが戻ってきたら、出撃の機会があるかも、ということね」。
アグネッタは、ちょっと嬉しそうだ。ズーデハーフェンシュタットの傭兵部隊は、結成されてから二年の間、盗賊退治や暴動鎮圧のような仕事が多かった。ズーデハーフェンシュタットでは盗賊も暴動もかなり少なくなっていることもあり、最近途中から入隊してきたものは、実戦の機会がない者も多い。そのせいもあってか、戦いを求めて参加してきた血の気の多い隊員は、脱退していく者もいる。
「また、実戦用のいい魔術があったら教えてよ」。
そういうと、ソフィアは明日の準備を始めるため、ベッドから立ち上がった。
「私の魔術はすべて実戦用よ」
と、アグネッタは答えた。
ソフィアのルームメイトは魔術師だ。名前はアグネッタ・ヴィクストレーム。彼女はテレ・ダ・ズール公国のさらに北方にあるヴィット王国の出身。その王国は平和を好むと聞く。王国では、古来より魔術の研究が盛んで、多数の魔術書が書かれている。その多くの魔術書が王立図書館に集約されており、魔術師は魔術を学ぶために図書館に集まるようになった。そこで、いつしか王国の魔術士のことを“司書”と呼ぶようになったという。ヴィット王国は、冬の長い雪国でということもあり、我々のようなヴィット王国以外の者は、彼らのことを“雪白の司書”と呼んでいる。
アグネッタは約一年前にズーデハーフェンシュタットに来て、傭兵部隊に加入した。ズーデハーフェンシュタットにヴィット王国出身の者は他にいない。ヴィット王国は鎖国のような政策をとっているため、実のところヴィット王国の者が国外に出るのは非常に珍しいことだ。彼女は国外の魔術の研究で旅をしているという。傭兵部隊に入ったのは、魔術が実戦でどれぐらい使えるか知りたい、というのが理由だ。
ソフィアとアグネッタは年齢も近いので、気も合っているようだ。
アグネッタは訓練の時間以外は街中に出かけることが多い。魔石や魔術書を探して頻繁に商人と合ったりしているようだ。
ソフィアは、自分の剣を置いた後、ため息をついて、ベッドに横になった。
早朝からの修練でちょっと疲れていたので、横になったら、少し眠ってしまったようだ。どれぐらい時間がたっただろうか。窓の外はまだ明るいので、眠っていたのは、一、二時間といったところだろうか。室内で人の気配がする。アグネッタが戻ってきたようだ。
アグネッタは、ソフィア同様、女性にしては身長が高い。緑の瞳に、茶色い長髪。任務中以外は刺繍が特徴的なヴィット王国の民族衣装をいつもまとっている。
「起こしちゃった?」
目覚めたソフィアに気が付いて、アグネッタはいつもの明るい口調で尋ねた。
「大丈夫。今日は朝早かったから、横になったら眠ってしまったわ」。
寝起きなので、ちょっと声がかすれている。
「明日も朝早いから準備をしないと」。
ソフィアはそう言いながら、身を起こした。
アグネッタはちょうど自分用の飲み物をカップに注いでいるところだった。
「何か飲む?」
「お願い」。
アグネッタはもう一つカップを取り出して、飲み物を注ぐとソフィアに渡した。
「ありがとう」。
ソフィアはまだ眠そうな声だ。
「今日は、また探し物?」
「そうよ」。
「いいものあった?」。
「今日は収穫なし」。
アグネッタはため息をついた。
「ズーデハーフェンシュタットで入手できる魔石や魔術書も、そろそろ目新しいのはなくなってきたわね」。
“雪白の司書”の一人でもあるアグネッタは、様々な魔術書を収集して研究していることもあって、様々な魔術を使うことができるという。火の玉を投げつけたり、火の壁を作り敵を防ぐ火炎魔術。濃霧を発生させたり、局地的に雨を降らせる水操魔術。物や自分を動かしたり浮かせたりする念動魔術。広範囲に雷、雨や雹を降らせたり突風を吹かせる大気魔術。土や粘土からゴーレムなどを作り操る傀儡魔術などがある。使える者はほとんどいないが、時間や空間も操作するような魔術もあるらしい。これらの魔術はヴィット王国の魔術師達の数百年にわたる研究の賜物だ。アグネッタ自身は火炎、水操、念動、大気魔術が使えるらしい。
ソフィアはアグネッタから個人的に魔術の指導を受けているので、私やオットーより使える魔術の種類が多い。深蒼の騎士は、火炎魔術と水操魔装のいくつかを使う。ソフィアはそれに加えて念動魔術と大気魔術をいくつか使えるようになっている。
「傭兵部隊に来て、そろそろ一年ぐらいだよね?」。
ソフィアは、カップの飲み物を飲み干すと、アグネッタに尋ねた。
「そうね、毎日訓練ばかりで実戦で魔術が使えない状態には、そろそろ飽きて来たわ」。
「そういえば、近々実戦の機会があるかもよ」。
今日の浜辺のクリーガーから聞いた話を思い出して言った。
「そうなの?」
アグネッタは驚いて向き直った。
「今、首都が翼竜に襲われることが良くあるそうで、その事件の関係の出動があるかもと聞いたわ」。
「帝国軍が翼竜の調査団を大陸のあちこちに送り込んでいる、というのは聞いたことがあるわね」。
アグネッタは翼竜や調査団のことを知っているのか。私はさっき初めて聞いたのに、とソフィアは思った。
「師が、そのことで首都に呼び出されたのよ。私もそのお供に行くことになったので、二週間ほど空けるわ」。
「あなたたちが戻ってきたら、出撃の機会があるかも、ということね」。
アグネッタは、ちょっと嬉しそうだ。ズーデハーフェンシュタットの傭兵部隊は、結成されてから二年の間、盗賊退治や暴動鎮圧のような仕事が多かった。ズーデハーフェンシュタットでは盗賊も暴動もかなり少なくなっていることもあり、最近途中から入隊してきたものは、実戦の機会がない者も多い。そのせいもあってか、戦いを求めて参加してきた血の気の多い隊員は、脱退していく者もいる。
「また、実戦用のいい魔術があったら教えてよ」。
そういうと、ソフィアは明日の準備を始めるため、ベッドから立ち上がった。
「私の魔術はすべて実戦用よ」
と、アグネッタは答えた。
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