色彩の大陸1~禁断の魔術

谷島修一

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渡し舟

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 まだ早朝の若干冷たい空気の中、我々は旅路を進めた。ズーデハーフェンシュタットから馬で一時間程度のところに、グロースアーテッヒ川と呼ばれる大きな川が流れている。先へ進むには、ここを渡し船を使って渡らなければならない。
 この川の対岸は、“ブラウロット戦争”の最終決戦で共和国軍が背水の陣で戦ったところだ。ここでの戦いで、共和国軍は帝国軍に大きな打撃を与えたものの主力は壊滅。その後、共和国は降伏を決めた。それによって、共和国の旧首都ズーデハーフェンシュタットは戦火から免れることができた。帝国のほうは戦争には勝ったもののこの戦いで軍が受けた痛手は大きく、二年たっても戦前の状態にまで兵力が回復していないという。その理由から帝国が次に考えていると噂されている、北方のテレ・ダ・ズール公国への侵攻は行われない状態のままである。
 当時、私は首都防衛隊に所属していたので、幸運なことに戦闘に参加することなく終戦を迎えた。
 戦後、一時的に帝国軍の指揮下となった首都防衛隊は、 “グロースアーテッヒ川の戦い”での遺体を埋葬する作業に参加することになったが、気持ちのいい仕事ではなかった。それ以来、旧共和国の者は自由に移動ができなくなっていたため、ここには来ていなかった。

 ほどなくして、我々は川の渡し舟の船着き場に到着した。渡し舟の受付場所まで行き、主に話しかける。
「次の渡し舟はいつですか?」
「十五分後です。待ち時間が少なくて、ついてますね」。主は少し微笑んで見せた。「最近は旅人が少なくなったので便を減らしたんですよ」。
「なるほどね」。
「旦那は共和国出身の方ですか?」
「そうだ」。
「最近は、共和国の方は、ほとんど見かけなくなりました」。
 そうだろう、今では共和国の者は移動が制限されている。
「逆に帝国の関係者が増えたので、奴らのために働くのはシャクなのでね。それもあって便を減らしたんです」と、主は意地悪そうに笑った。「便を減らした分、運賃を値上げしたので、私の収入に変化はほとんどないんですけどね」。
 さすが、商売人、しっかりしている。帝国は渡し舟の経営には口出ししていないようだ。
「最近、帝国の首都で事件があるようですが、何か知っていますか?」
 客に帝国の関係者が多いと聞いて、私は今回の翼竜の襲撃騒ぎについて、どれぐらい話が広がっているのか、確認したくて訪ねてみた。
「帝国の首都で?」
 渡し舟の主人は、少し首をひねった後、話し出した。
「ありますよ、三年ぐらい前から、“預言者“といわれる人物が皇帝に取り入っているらしいですよ。それ以来、帝国は軍備の増強が始り、隣国への食指を伸ばしてきた。最初の犠牲が我が共和国だったというわけ」。
「“預言者”?。初めて聞いたよ」。私は、予想外の話に少し驚いた。
「あくまでも噂だけどね。“預言者”が取り入って以来、皇帝も人が変わったようになったとか」。
 なるほど、事実なら胡散臭いが、権力者に取り入る者の話は古今東西よくある話だ。しかし、今回の翼竜の襲撃とは関係がなさそうなので、さほど気にはしなかった。
「首都での翼竜の襲撃の話は聞いたことないですか?」
「ああ、それ、聞いたことありますよ。ここ半年ぐらいで聞くようになった話です。襲撃のたびに帝国軍にも相当な被害が出ているらしいですよ。でも、帝国が困っている話は聞いていて愉快ですよ」。と、いって主は小声で笑った。

 そろそろ船が到着する時間だ。船着き場には我々以外にも結構な人数が集まってきていた。ほとんどが帝国の関係者のようだ。船の到着と同時に人々は入り口に殺到した。我々もそれに続く形で渡り船に乗り込んだ。船は比較的大型で何層にも別れている。船の入口すぐに馬を着ける層があり、そこに馬を繋げると、階段を上ってデッキにあがった。今日も天気がよく風がさわやかだ。
「気持ちいいですね」。
 ソフィアは言った。
 デッキには我々以外にも多くの乗客がいた。見たところ帝国の関係者、商人などだ。

 商人のうち一人が話しかけてきた。
「帝国の関係者ですか?」
「ズーデハーフェンシュタットの傭兵部隊の者です。帝国の傭兵だから、帝国の関係者と言えばそうなりますね。以前は共和国軍に所属していまいた」。
「共和国の!」
商人は驚いたようだ。元共和国の人間は移動が制限されているから、こんなところで会うのが珍しいのだろう。
「ちょっと身なりが帝国軍と違うので、どうかなと思って」。
 傭兵部隊の制服は、正規の帝国軍とは少々異なるデザインだ。
 商人はカバンを取り出して続けた。
「ミュンディュンブルクの商人でシュルツと言います。主に魔石を扱っています。今日はちょっといいものがあるのでいかがですか?」
 ミュンディュンブルクは、ダーガリンダ王国の国境近くの街だ。そこも港町ではあるが、ダーガリンダ王国に近いこともあり、魔石の商取引でも栄えている街だ。当然、商人や貿易商も多く滞在している。
「悪いが、我々は騎士だから、あまり魔石には興味がないな」。
 私は、昨日エーベルに魔石をもらったばかりだ。
「私、興味あります」。ソフィアが口を挟んだ。「私のルームメイトが魔術師で、いつも魔石を探しているみたいで」。
 ソフィアは商人に言った。
「ズーデハーフェンシュタットの傭兵の魔術士で、アグネッタ・ヴィクストレームという名前の者がいるので、彼女に会えば、買うかもしれませんよ」。
「それは、ありがとうございます。でも、今日はミュンディュンブルクに向かっているところなので、ズーデハーフェンシュタットに来るのは、また十日後ぐらいですかね」。
 シュルツは残念そうに話した。
「でも、ズーデハーフェンシュタットに来た時には必ず会ってみますよ」。
「是非」。
 ソフィアは嬉しそうに言った。

 しばらくして、船が河の中央を超えたところあたりで、別の人物が話しかけてきた。
「私は帝国軍の第五旅団に所属しているグラツキーと言います。どちらまで行かれるのですか」。
 言葉遣いは丁寧だが、こちらを疑ってかかっているのは間違いない。鋭い目つきでこちらをうかがう。先ほど、渡し舟の主から聞いた調査団の者だろうか。
 私は、先ほどルツコイから貰った命令書を取り出しつつ言った。
「私はズーデハーフェンシュタットの傭兵部隊の者です」。
 そして、弟子の二人を指差して続けた。
「こちらの二人も一緒に行動しています」。
 グラツキーは命令書を見て驚いたようだった。皇帝に直接面会するような内容なので、それも当然か。
「これは失礼しました。重要な指令を受けておられるのですね」。
 というと、命令書を私のほうに差し出した。私はそれを受け取って内ポケットに再び戻した。
「お気をつけて」。
 そう言ってグラツキーは離れていった。
「警戒厳重ですね」。
 オットーはちょっとあきれた様子で言った。
「そうだな」。
 今回の旅では、この調子で道中何回も聞かれるのだろう。命令書は常に肌身離さず持っておく必要がある。
 我々は川から見える、ズーデハーフェンシュタットの街壁を眺めつつ、話をしながら時間をつぶした。しばらくして、船は対岸に到着する。
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