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終章
指輪
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大陸歴1658年9月7日・ブラミア帝国・首都アリーグラード
夕暮れ時。私は、今日の仕事を終え、首都の城、あまり人が来ない城壁の上から街を眺めていた。街が夕日の赤い色に染まっている。
首都は内陸部にあるので、九月もまだまだ暑い日が多い。今日も暑い日だったが、城壁の上は風が心地よく肌を撫でて、暑さを少し忘れさせてくれる。
最近は、何か考え事をする際は、この場所に良く来るようになっていた。そして、ここで、若くして共和国軍に所属した頃以降の、これまでの出来事について思いを巡らせる。
私は共和国派に寝返った反逆罪の咎で、軍法会議にかけられ有罪となったが、条件付きで恩赦されることになった。そして、今は皇帝の命で帝国軍の上級士官として様々な任務に就いていた。
肩書は、第五旅団副旅団長。再びボリス・ルツコイの部下となった。総司令官であったソローキン亡き後、現在はルツコイが事実上の帝国軍のトップなので、私は形式的には軍のナンバー2ということになる。あくまでも“形式的”にだが。
さらに、副旅団長以外には皇帝の側近の一人として助言する立場も与えられた。
私が、魔術師アーランドソンが前皇帝を殺害していた“チューリン事件”を解決し、国の実権を現皇帝の手に取り戻したことは、功績として大きく評価してもらっているようだ。
そして、帝国内では私が共和国派に寝返っていたことは、一般国民には秘密にされ、私は未だに“帝国の英雄”と呼ばれ、人気も以前のまま高かった。
国民に人気のある私が“帝国の英雄” として存在していることは、皇帝にとって国を統治するための“道具”として何かと都合が良いようだった。つい先日も、私の肖像画を何人かの画家に書かせ、それをプロパガンダとして利用するために、スローガンと共に国中に掲げると言っていた。
一方、再独立を果たした共和国では指導者同士の主導権争いが起こっているようで、実際に内紛で戦闘も行われたと伝わって来た。故国のこういうは話を聞くのはとても残念だ。
偽の命令書を使って帝国軍を騙し、モルデンを解放したのは私で、最初、ヴァイテステン収容所を襲撃し共和国復興の烽火を上げたのはダニエル・ホルツだと聞いた。しかし、我々の功績は無かったことの様にされているという。モルデンでの指導者であるコフが何か企んでいるようだ。
そして、噂で聞いたのだが、共和国では私の評判は悪いという。
ズーデハーフェンシュタットで傭兵部隊、遊撃部隊として所属していた頃、帝国軍と共に共和国派を弾圧していたからだ。恨みを買っていたとしてもおかしくないが、モルデン解放の功績は無かったこととされているのと同様に、悪評を広めているのはコフの仕業だろうと推測していた。
当初は近いうちに共和国にも訪問し、オットー、ソフィアにも再会できるのではと考えていたが、コフが手を回しているのか、私は共和国への入国を拒否されており難しい状況となっている。
さらに、過去の記憶をたどり思いを巡らせる。
傭兵部隊の隊長に所属してから、この三年間に様々なことがあった。
今回の“ソローキン反乱”やコフの暗躍を始め、その他にも後味の悪い、心に引っかかることが数多くある。中には、一年前の“チューリン事件”の様に、うまく行ったこともあるが、私が思ったようには行かなかった事のほうが多いように感じる。自分の無力さを痛感する。
しばらく、物思いふけっていると突然、聞きなれた声が背後からした。
「どうしたの? こんなところに呼び出して」
私は振り返る。そこに立っていたのは恋人のヴァシリーサ・アクーニナ。金髪が美しい皇帝親衛隊の隊長で帝国一の剣の使い手だ。今日もいつもの派手な親衛隊の赤い制服を着ている。
最近、自分の任務が増えたので、あまり彼女ともゆっくり話もできていなかったが、今日は重要な話があって、彼女をここに呼び出しておいたのだ。
「最近、ここに良く来ているみたいだけど?」
「ここは考え事をするのには、ちょうどいいんだ。あまり誰も来ないしね」
「それで、何の用?」
ヴァーシャは尋ねた。
私は、さっきまで考えていた嫌な事を忘れるように頭を振って、気持ちを切り替えた。
「ちょっと話したいことがあってね」
「何かしら?」
私は彼女に向き直って彼女を見つめた。そして、服のポケットの中から指輪を取り出した。そして、意を決して伝える。
「ヴァーシャ、私と結婚してください」
ヴァーシャは指輪を見た後、私の顔を見つめ、そして、微笑んでから言った。
「いいわよ」
よかった。私は一仕事終えたという安堵感から、軽くため息をついた。
私は彼女の手を取って薬指に指輪を付けた。ヴァーシャは、手を挙げて薬指の指輪を満足そうに見つめる。
私は彼女に近づいて両手で強く抱きしめた。
共和国が解放され、私が帝国に留まることとなり、結果的に共和国への思いと彼女に対する愛情の齟齬が無くなったことも、私にとっては幸運なことなのだろう。そう思うことにした。
この後、平穏な日々がどれぐらい続くか分からないが、今はこの幸せな気分に浸りたかった。
夕暮れ時の城壁の上は、変わらず心地よい風が吹いていた。
(完)
夕暮れ時。私は、今日の仕事を終え、首都の城、あまり人が来ない城壁の上から街を眺めていた。街が夕日の赤い色に染まっている。
首都は内陸部にあるので、九月もまだまだ暑い日が多い。今日も暑い日だったが、城壁の上は風が心地よく肌を撫でて、暑さを少し忘れさせてくれる。
最近は、何か考え事をする際は、この場所に良く来るようになっていた。そして、ここで、若くして共和国軍に所属した頃以降の、これまでの出来事について思いを巡らせる。
私は共和国派に寝返った反逆罪の咎で、軍法会議にかけられ有罪となったが、条件付きで恩赦されることになった。そして、今は皇帝の命で帝国軍の上級士官として様々な任務に就いていた。
肩書は、第五旅団副旅団長。再びボリス・ルツコイの部下となった。総司令官であったソローキン亡き後、現在はルツコイが事実上の帝国軍のトップなので、私は形式的には軍のナンバー2ということになる。あくまでも“形式的”にだが。
さらに、副旅団長以外には皇帝の側近の一人として助言する立場も与えられた。
私が、魔術師アーランドソンが前皇帝を殺害していた“チューリン事件”を解決し、国の実権を現皇帝の手に取り戻したことは、功績として大きく評価してもらっているようだ。
そして、帝国内では私が共和国派に寝返っていたことは、一般国民には秘密にされ、私は未だに“帝国の英雄”と呼ばれ、人気も以前のまま高かった。
国民に人気のある私が“帝国の英雄” として存在していることは、皇帝にとって国を統治するための“道具”として何かと都合が良いようだった。つい先日も、私の肖像画を何人かの画家に書かせ、それをプロパガンダとして利用するために、スローガンと共に国中に掲げると言っていた。
一方、再独立を果たした共和国では指導者同士の主導権争いが起こっているようで、実際に内紛で戦闘も行われたと伝わって来た。故国のこういうは話を聞くのはとても残念だ。
偽の命令書を使って帝国軍を騙し、モルデンを解放したのは私で、最初、ヴァイテステン収容所を襲撃し共和国復興の烽火を上げたのはダニエル・ホルツだと聞いた。しかし、我々の功績は無かったことの様にされているという。モルデンでの指導者であるコフが何か企んでいるようだ。
そして、噂で聞いたのだが、共和国では私の評判は悪いという。
ズーデハーフェンシュタットで傭兵部隊、遊撃部隊として所属していた頃、帝国軍と共に共和国派を弾圧していたからだ。恨みを買っていたとしてもおかしくないが、モルデン解放の功績は無かったこととされているのと同様に、悪評を広めているのはコフの仕業だろうと推測していた。
当初は近いうちに共和国にも訪問し、オットー、ソフィアにも再会できるのではと考えていたが、コフが手を回しているのか、私は共和国への入国を拒否されており難しい状況となっている。
さらに、過去の記憶をたどり思いを巡らせる。
傭兵部隊の隊長に所属してから、この三年間に様々なことがあった。
今回の“ソローキン反乱”やコフの暗躍を始め、その他にも後味の悪い、心に引っかかることが数多くある。中には、一年前の“チューリン事件”の様に、うまく行ったこともあるが、私が思ったようには行かなかった事のほうが多いように感じる。自分の無力さを痛感する。
しばらく、物思いふけっていると突然、聞きなれた声が背後からした。
「どうしたの? こんなところに呼び出して」
私は振り返る。そこに立っていたのは恋人のヴァシリーサ・アクーニナ。金髪が美しい皇帝親衛隊の隊長で帝国一の剣の使い手だ。今日もいつもの派手な親衛隊の赤い制服を着ている。
最近、自分の任務が増えたので、あまり彼女ともゆっくり話もできていなかったが、今日は重要な話があって、彼女をここに呼び出しておいたのだ。
「最近、ここに良く来ているみたいだけど?」
「ここは考え事をするのには、ちょうどいいんだ。あまり誰も来ないしね」
「それで、何の用?」
ヴァーシャは尋ねた。
私は、さっきまで考えていた嫌な事を忘れるように頭を振って、気持ちを切り替えた。
「ちょっと話したいことがあってね」
「何かしら?」
私は彼女に向き直って彼女を見つめた。そして、服のポケットの中から指輪を取り出した。そして、意を決して伝える。
「ヴァーシャ、私と結婚してください」
ヴァーシャは指輪を見た後、私の顔を見つめ、そして、微笑んでから言った。
「いいわよ」
よかった。私は一仕事終えたという安堵感から、軽くため息をついた。
私は彼女の手を取って薬指に指輪を付けた。ヴァーシャは、手を挙げて薬指の指輪を満足そうに見つめる。
私は彼女に近づいて両手で強く抱きしめた。
共和国が解放され、私が帝国に留まることとなり、結果的に共和国への思いと彼女に対する愛情の齟齬が無くなったことも、私にとっては幸運なことなのだろう。そう思うことにした。
この後、平穏な日々がどれぐらい続くか分からないが、今はこの幸せな気分に浸りたかった。
夕暮れ時の城壁の上は、変わらず心地よい風が吹いていた。
(完)
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