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序章 その男

第1話 プロローグ①

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「おい、少年」

 血に濡れた目を声がした方向へ向けると、そこには一人の男が立っていた――。

 ここは俺の故郷の街、いや、一時間前まではまだ街の様相を呈していた場所である。……今や瓦礫と死体の山と化したが。
 俺はある少女の隣――比較的、瓦礫の少ない街路にて瀕死の状態で転がっていた。

 今のはきっと、そこに立っている彼の声だろう。

 ああ、耳が聞こえていてよかった。
 そんな尋常でない心配に安堵する自分には嫌気がさすが、そんなものより刺された剣の傷の方が痛い。

 男の格好は、このあたりでは見慣れないものであった。
 見慣れぬ、というより、久しぶりに見た、という方が適切かもしれない。霞んでよく見えないが、地球のドラマで見たような装いに似ている。

 そのベルトには拳銃――といっても中世レベルの設計だが――が一丁ぶら下がっている。アレにも見覚えがあるものの、頭がうまく働かない。

 もはや自分の死を悟っていると言っても過言ではない。


 悲鳴が、聞こえる。
 絶え間なく、耳に入る。


 何も、この場にいるのは俺と少女、男だけではない。
 目を凝らせば、男の後ろ、俺の左……ようは左前方の住宅街で、小さな子供から老爺までもが、みな膝をたたんで泣いている。

 さて、この男はどうだろう。
 男はこちらに目をやって言った。

「一人、気を失っているのか。目立った外傷はないな、問題ない……ならお前だけでいい」

 すると男は、ゆっくりとあたりの惨劇を見渡した。

 お前、とは俺のことだろう。
 だとしたらもっと心配してほしいものだ。目立った外傷どころの話ではない。
 いつの間にか、あったはずの右足は付け根から斬り離され、何より全身の出血が止まらない。


 ――また片足を無くしたのか。
 いや、まあ、仕方がない。尊い犠牲だ。こいつを守れただけまだマシだと思うことにする。

 無傷の少女を心配するのはジェントルマンかもしれないが、常識くらい弁えろと言いたい。


「少年、何があった?」

 男は心配する様子もなく、その上普通なら躊躇するような質問をぶつけてきた。
 たった今ここに来たのだろう。この男は何も知らないようだ。

 とりあえず俺は、痛みに少し喘ぎながらも男の質問に答えた。

「……隣国の騎士団連中が突然やってき、て……ぁあ、この街を荒らしていった……っっ!」

 息が荒くなる。視界がぐらぐらしてきた。
 やりとりを通して意識が少し明瞭になったが、その分痛みが全身を駆け回る。

「っっ!! あああああ!!!」

 言葉にできないほどの激痛。
 十三の子供にはあまりに強い刺激が、この身を襲っては意識を乗っ取ろうとする。



 家屋は倒壊し、そこから炎が燃え上がる。

 目の前の景色は一面真っ赤である。
 それは自分の頭部からも、転がっている死体からも血が溢れて、焼け野原のような景色も相まってこの街が地獄となり果てたことを、否応なしに示していた。


 ときに、この街は国境からすぐ近くである。

 たまに隣国の国旗を掲げた騎士団が通るのを見かけるが、もちろんこんな事件は初めてだった。

 自分がここまで消耗することも初めてで……(狂ってしまったのかもしれないが)自分の新しい一面に気づけたような気になって、どこか悪くないと感じる自分がいた。


 ……そんなことは知っている、と突き放したように言う男。

「じゃあなんで聞いたんだよ。どうやって痛めつけられたか、でも事細かに話せばいいのか?」

 正体不明の焦燥を抑えきれなかった。
 内心イライラしている俺に構うこともなく、男は同じ質問を繰り返す。

「私が聞いているのは、について、だ」

 そっちかよ。
 そんなこと――。

「誰がやった?」
「……さあね。子供に難しいこと聞くなよ」
「はぐらかすな」

 かなり強気な態度だな。
 今すぐにでもこいつを殺すことは容易だが……ちょうどいい。
 有効活用させてもらう。

「どうせその辺の子供が、大切なものでも壊されてかんしゃく起こしたんじゃないか? ……いってぇ……きっと大人の手にも負えなかったんだ」

 俺は突っぱねるように続ける。

「──


 俺は傷だらけの身体を引きずって、隣の少女に自分の着ていた上着をかけた。 

 ああ、寒い。そして痛い。

 氷点下だからなのか、殺し尽くしてアドレナリンを出し切ったからなのか。
 大量出血で貧血だし、とにかく感覚が鈍いから鈍い激痛に苛まれる、余計に嫌な気分だ。

 異世界の冬は、日本の冬よりとても辛い。もう何度も経験したんだがな……。
 血が凍れば傷も塞がるからいいか。凍結魔法で止血しよう。
 ……生きてる限りは凍らないか。本当に頭をやられたようだ。


 今は余りがないから、死ぬに死ねないな。
 俺は判断能力のにぶった頭で、言葉をつづけた。

「人を殺す……それ自体は初めてというわけじゃない」

 男は息を詰まらせ、目を見開いた。
 衝撃的な話なのだろうか。ここは平和もへったくれもない異世界。
 別に驚くことではあるまいに。

「わかりやすく手を汚したのは初めてだが、そう難しいものでもなかったよ」

 今振り返ってみると、かなりの数を殺したな。
 今日を数えなくても、普通の人間が殺す量ではないだろう。

「よく命の重さ、などと言われちゃいるが、俺からしたら命なんて、羽毛のように軽いものだ」


 何の意図があってか、男は少女に向けていた視線を俺に移した。
 その目には何の感情が灯っているのだろうか。

 少なくとも、こんな人殺しに分かるモノではあるまい。

「ちょいと首を刎ねれば、あるいは四肢の二、三本切り落としてやれば、すうっと抵抗せずに死んでいく。……命なんてのは、吹けば飛ぶようなちっぽけな存在なんだよ」

 自分でも驚くほど低い声が出た。
 身体はまだ十三歳だが、そろそろ変声期を迎えるようだ。

 あるいは、自分が感じているより心身が疲弊しきっているのだろうか。

「ま、ポロっと無くすし一つしかない貴重品だから、みんな大切にするんだろうけどな。……少なくとも、この生に意味はない」

 血反吐ちへどを吐きボロボロになって、思ってもないことを口にした俺を嘲笑うかのように、上空には一羽のカラスが旋回していた。


 男は懐からタバコを取り出し、美味そうに一服してから言った。

「お前には二つの選択肢が……いや、言葉は無粋か」


 ……こいつは無粋という言葉の意味をよく理解していないらしい。
 そもそもこんなシチュエーションのどこが粋なのだ。風情もくそもない。


 男は、今度は背負っている大きなバッグを漁りだした。取り出されたのは、今まさに旬であろう赤く実のなった林檎。

 そして、一本のサバイバルナイフ。

 男は地面に――地に転がって死にかけの俺たちの前に――それらを荒々しい動作で投げた。

「選べ。時間は常に迫っている」

 左に林檎、右にナイフ。


 選択肢の意味は何となく分かったが……今は、それよりも、だ。


「よかったらそのコート、こいつにかけてやってくれよ。緊急事態だったから俺たちは部屋着でさ、とても寒そうだ」

 俺の頼みなど、男は気にも留めなかった。

「食料の配給は西だ。避難民はしばらく、少し遠くの西の街で暮らすことになっている。ひと月もすれば元の生活に戻れるだろう」


 こいつは俺の軽口に付き合う気は毛頭ないらしい。

「このコートをかけるのはその子じゃない。優先順位の問題だ。……毛布で我慢するよう言っておけ」

 そういって男はカバンから、この世全てのもふもふを凝縮したような、それはもうもっふもふの毛布を彼女に提供してくれた。

 いいな、とは思わない。
 寒さも感じなくなってきたからだ。

「妻帯者かよ」

 なんだか悪態をつきたくなった。
 どうにもイライラする、この男の態度に。

「妻? 何を言って……ああ、そうか。…………その様子じゃ、本当に時間がなさそうだな」

 などと独り言のように呟く男。

「……というか、茶化すな少年。お前なら分かっているんだろう」


 ああ、分かっているとも。
 こんなメッセージ、小学生でもわかるぞ。

 西――俺の視線の方向から、左側であることが分かる。
 そして、が林檎の示す意味である。


「右には……東には、何がある……?」

 俺の発した声は、小さいが聞こえたようだ。

「恐らくお前の仇と、お前の知らない世界がある」



 こいつ、一体何者なんだ。
 仇? 首謀者のことか? それとも隣国のことを指しているのか?


 あるいは――


 ふと浮かんだ、前世の記憶。

 あの男、なのか……?
 いや、そんなはずはない。
 ありえない。



 ……俺は『決闘』で奴を辺境まで飛ばした。隣国の辺境だ。
 この国に隣国は4つある。殺された騎士団もそのうちのどこかで、奴がいるのもそのうちのどこかである。

 …………ダメだ、俺はきっと疲れている。


「時間だ。選べ」


 そう、俺は疲れている。疲れ切っている。

 当たり前だ。何十人殺したかも分からない。
 十三歳の少年が、同い年の少女を無傷で守り通した上で、騎士団をまるまる一つ壊滅させたのだ。当然である。


 人間に不可能はない。
 それは俺もよく知っている。



 なればこそ。


 には、それが可能なのだ。
 まだ完全にと決まったわけじゃない。
 あくまで可能性のひとつだ。


 考えろ。考えろ。考えろ。
 俺は今まで力で乗り切ってきたことは一度もない。いつも頭を使ってきた。

『思考を放棄した者に「人間」を名乗る資格があると思うな』
 まとわりついて離れない、あの男の声。

 分かっているとも。
 俺は猿じゃない、れっきとしたサピエンスだ。
 この明晰な頭脳で数多の強敵をねじ伏せた、正真正銘の天才だ。




 …………。

 無意識に頭を掻く。
 ああ、ストレスだ。痒くて痒くて仕方がない。
 

 そんな俺を見かねて、男は話しかけてきた。

「どうした、悩んでいるのか? ……安心しろ。少なくとも、この少女とお前の当面の生活と身の安全は──」


「黙れ」


「考え事をしているのが見て分からなかったようだから言っておく。俺が血が出るほど頭を掻いているときは、考えが纏まりそうなときだ」


 ……………………………よし。


 具体的な首謀者は分からないが、事の成り行きと動機はなんとなく掴めたぞ。


 仇がいる。

 それが特定の個人なのか、あるいは組織的な集団なのかは分からない。そもそも、今の俺の力が奴らに及ぶとは思えない。


 しかし。

「選べ? それは違うぞ」

 この場合、選択の余地はない。

「選ぶもなにも──選択肢が一つしかないじゃないか」


 俺は林檎を手に取り――


「……それで、いいんだな?」


 ――深々と、ナイフを突き刺した。

 そのまま林檎にかじりつく。
 口を大きく開け、力いっぱい嚙み砕いた。

 今さら生ぬるい日常に戻れるとは到底思えない。


 それに……俺がやらなければならない。


 俺はを裁いた。あの支配者を止めるには、息の根を止める以外に他に手段がなかったからだ。
 だが、それも昔の話。──今の俺には、奴を止められるだけの力がある。

 この世からを抹消する。
 復讐譚の始まりだ。


「お前に、その覚悟があるんだな?」

 俺を射抜くような眼差しに、目力で応える気力はない。
 かわりに俺は、言葉で覚悟を伝えた。

「奴らは、俺たちからすべてを奪った」


 両親は殺され、街の家屋は次々に瓦礫と化した。
 規模こそそれなりに大きな街だが、この様子ではきっと生存者の倍以上の死者が出ているだろう。

 いいや……なによりも。


 横で気を失っている彼女を一瞥する。


「カナタは……カナはまた、当たり前の幸せを奪われた」

 復讐するには充分すぎる理由だ。
 俺は、彼女が笑って暮らしてくれれば、それでいい。


 たとえ……

 ……………………だとしても。


「好きな人には笑っていて欲しい。俺はやられっぱなしが気に食わない」

 一瞬、誰が喋っているのかわからなくなった。

「奴らは害虫だ。生かしておけば、多かれ少なかれ犠牲が出る」

 途中で、自分が喋っているのだと気づいた。

「誰かがやらなければならない。だが誰もその汚れ役を選ばない」

 けれども、やはり喋っているのが俺でない他人のような気がして、それでもこう語る少年の意見には心から賛同していた。


「だから、俺が殺すやる



 騎士だったモノの死体を見て、俺は言った。

「俺の推測が正しければ、このは俺が引き受けなければならない。まさに運命だ」


 どうやら俺は、とんでもないフラグを回収しなければいけないみたいだ。全てはあの日から始まった。

 いや、もはや俺が生まれる前から定められた宿命だったのだろう。

 無意識のうちに、拳を握りしめていた。手のひらからさんざん流れたはずの赤黒い液体がしたたっている。


「そうか……お前は、修羅の道を行くんだな」
「当たり前だ。それが俺の『責務』なのだから」


 実像か幻影か、男の後ろに遠ざかっていく影が見えた。

 俺はその後ろ姿に――に向かって、血管がはちきれんばかりに叫んだ。


「お前らに……っ! お前なんかに、俺が!」

 骨が軋む。傷口がまた開く。
 だが、そんなのは些細なことだと思えた。

 カナの負った痛みに比べれば、こんなもの。


「俺が、殺せると思うなよ!!!」


 呼吸が荒くなる。心拍があがる。

 決めた。
 彼女とはもう関わらない。

 俺が関わると、全てが犠牲となってしまう。



 俺は誓った。
 この言葉を、この誓いを、俺は生涯忘れないだろう。

「人類史上、最も凄惨な死を味わわせてやる」




 本当の物語は、この選択から始まった。

 これまでの十三年間など、本当の意味で序章にすぎなかったのだ。だが、物語は刻々とメインストーリーに迫っている。

 それは同時に、これまでの日常を手放すことを示唆していた。


「お前についていけば、奴らを皆殺しにできるんだな?」
「生易しいものではない……いや、それは子供のする目じゃないか」

 彼の瞳越しに見る俺は、ああ、20年前と同じ顔をしている。

「そうだ。私たちは、そのためにここにいる、とも言える」


 奴らを殺す。
 そのためなら、どんな手段もいとわない。


「新しい景色を見せてやる」
「私は《シルビア》だ。ついてこい、少年」


 男――《シルビア》は俺に手を差し伸べる。

 その腕にはを表す、小さな赤い薔薇のタトゥーが彫ってあった。

 そのためにここにいる、か。

 この状況下でこの男がいる理由はわかった。想像していた以上に厄介なことが起きているのだろう。

 《シルビア》……女っぽい名前だな。
 まあ、所詮は《ネーム》だが。

 俺はそんなことを考えてからその手をつかみ、立ち上がって言った。


 本名はありえない。
 偽名も無理だ。顔見知りに信用できるやつは一人二人で、それも未成年。他は今回の襲撃で死んだはずだ。身元保証人を金で雇うのは高すぎる。

 今から戸籍を用意するのは難しいだろう。


 なら、明らかな偽名《ネーム》を名乗る他ない。

「少年じゃねえ」







「《ヒットマン》」








 その意は「殺し屋」。
 これからの仕事にぴったりのはずだ。


 《ヒットマン》……ああ、悪くない。






「俺の《ネーム》は、ヒットマンだ」





 ◆◆◆



「起きろー《ヒットマン》」

 ……なんだ、俺をよんだのか? ヒットマンってだれだよ。

 ねむい。

 とりあえずへんじでもしておけばいい。


「……あと六日だけ…………」
「あんなことのあとで、よく眠れるなぁ……」

 六日でもすこしたりないけど、けっこう譲歩してるん、だ、ぞ……。

「さっさと起きて。顔の皮剥ぐよ」
「痛い痛い! 剥ぎながら言うな!!」

 とんでもない激痛がすると思ったら、皮膚を尋常でない力で引っ張られていた。
 それも段ボール箱にこびりついたシールのような扱いである。

「俺に人権はないのか」
「大量殺人鬼が一丁前に当然の権利を主張するとはね」


 何の話だ。人を殺した覚えは……前世のことなんざ時効だ、時効。
 鳥が鳴き、俺が怒られる、爽やかな朝である。

 ……窓もカーテンも閉まってるから朝かどうか分からないが。鳥の鳴き声も聞こえない。
 日差しもないし、まるで地下の牢獄だ。


 にしても身体中が痛い。そして寒い。
 寝起きだから激痛というほどではないが、これ意識が覚醒したら相当痛いんだろうなぁ。

 他に特筆して言うようなことといえば……なぜかコートを着せられている。でもこれ、どこかで見たことがあるような気もする。

 感覚は寒いのに、このコートはとても、とても温かい。



 ん?

「……すみません、あなた誰ですか?」


 え、誰、この銀髪の美少女。
 異世界に来てから色々な地域の服を見てきたが、始めてみる格好だ。しかも何かのシンボルのような小さな赤薔薇の刺繍がある。

 髪色も顔立ちもカナじゃないぞ。彼女はどこに?

 それはそれとして、この人は俺と同じ魔族だろうか。見た目こそ十五、六歳のようだが、なんとなく実年齢はもう少し上だろう。

 美少女に顔の皮を剥がされて起こされる朝。
 なにこのラノベ展開。カナはどこに?

「へ? ……ああ、そうか。私は偽装の魔法を使っていたし、君は寝たきりになるほど負傷だ。記憶がなくても無理もない」

「は?」

 え、ちょ、何の話?
 寝起きだから頭が回らないのだが。

「四日前のことは覚えているかい?」
「四日前?」

 四日前は……うん、覚えてるぞ。

「確かスキル大学の級友と一緒に里帰りした日だな。一日歩いてたから、特筆して話すエピソードはないぞ」

 カナの名前は伏せておいた。
 理由はない。嘘もないから問題なかろう。

 スキル大学のことについては、追々話すとしよう。

 すると目の前の美少女は、想像と違う反応を示した。

「やっぱりか……」
「やっぱり? 何のことです?」

「いい? 今から私が思念魔法で四日前のことを教えてあげる。傷はまだ癒えてないから、そのまま横になっていて」
「お、おう」


 ちょっと何言ってるかわかんない。
 とりあえずこのまま寝ていていいんだろうか。

「あ、大きい声出してもいいから安心して。ここ地下室だから」
「はい。わかりまし……え?」

 ち、地下室?

「どこの? シガンシナ区?」
「それこそどこの地域だい? ……まあいっか」

 困惑する俺をさて置いて、彼女は勝手に魔法を発動させた。

「じゃあ、行くよ。『ブロードキャスト』」

 その瞬間、怒涛の勢いであらゆる情報が俺の脳裏を駆け回った。






 …………そうか。

 俺はまた、人を殺したのか。

 しかも。



 を。










「情報を提供してくれたところ悪いんですが、《シルビア》。少し一人にしてくれ……」

 敬語を使う余裕なんてなかった。
 人生初のに、ただひたすら混乱していたのだ。


「うん。落ち着くまで、扉の外で待ってるね。……落ち着いたら呼んで」

「……分かった」


 部屋を出る間際、《シルビア》は自分のことのように悲しい顔をして言った。

「……あんまり自分を責めちゃ、だめだよ」

「…………分かった………………っ!」



 頑丈そうな木製の扉が開き、彼女の姿が見えなくなった瞬間。


「うわあああああああああ!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 人生で初めて、自分がどうしようもなく嫌いになった。










 《シルビア》が部屋を出てから、自分から様子を見に来てくれるまで。

 自分が何をしているのか、よくわからなくなった。



た。




 ◆ ??? ◆


 ……なるほど。
「つまり、それは『私たちは勝利した』ということですか?」

 私はに問いかけた。

「その通り。君たちには本当に驚かされるよ。まさか本当に『シナリオ』――宿命を捻じ曲げるとは思わなかった。から逸脱するとは思いもしなかった。こんなのは初めてだ」


 は愉快な笑みとともに、こう言った。

「おめでとう」














 それが聞ければ充分だ。
 そう思い、私は踵を返した。

「どこに行くんだい?」

「そろそろ息子が来る頃ですから。迎える準備をしますので、失礼します」

 さあかかってこい、《ヒットマン》。

 お前を裁くのは、世界の全てだ。
 お前を裁くのは、だ。
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