私はいつか、理想の本で涙する

初昔 茶ノ介

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友人

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「それで?どうしたの?」

幼なじみのフミがベッドの上でクッションをギューとしめながら聞いてくる。
今日は私の部屋でお泊まり。フミとは同じ大学で、小学校からずっと同じクラスのままここまできた、もはや奇跡的な幼なじみなのだ。

「え?そのまま本が読み終わったから帰ったけど…」

「えぇ!?何もしなかったの!?」

「ちょっ…こんな時間にそんな大声出さないで…」

私のアパートは部屋は広いけど壁が薄いのか、横や下の部屋から音がよく聞こえるのだ。
つまり、私達の声も当然周りに聞こえるわけで…。
私の言葉にフミは両手で自分の口を抑える。

「せっかくちょっと恋の予感がしてたのに、何もしないなんてありえないよ…」

「そんな、恋の予感なんて…私もあっちも赤の他人だよ?そんなのあるわけないよ」

「何言ってるの!恋のこの字も匂わせないヒナがそんなに記憶に残ってる男の子他にいないよ!?」

フミがふたたび私のクッションをしめつける。

「そ、そんなこと…」

「そんなことあるの!せめて名前くらい…」

「えぇ…聞けないよ…それに、私なんかじゃ不釣り合いなくらい、彼はかっこよかったんだよ?」

「そんな心配しなくても…私からしたらヒナもじゅうぶんすぎるくらい美人なんだけど…」

「それはない」

「言うと思った」

私の返しにフミはため息をつきながら答えた。
フミはよく私のことを美人だの可愛いだの言ってくるが、こんな万年、本しか読まない女が美人なはずがない。

「何かその人の特徴は覚えてないの?」

「特徴…?えっと…あ」

「なに?なに?」

フミが身を乗り出して私に近づく。

「紺色のブックカバーの本を持ってた」

「もーまた本?ほんとに好きなんだから…。だいたい恋愛小説が好きなくせに恋愛しないなんてなんか矛盾してない?」

フミはガクッとうなだれて元の位置に戻った。

「そんなことないよ、恋愛小説はちゃんと登場人物がいて、男の子と女の子がどんな恋愛をするのかを眺めるのが楽しいんだから」

そう。私は昔から恋愛小説が好き。
ドロドロした三角関係、甘酸っぱい高校生の純愛、少し切ない失恋…。恋愛小説には様々な恋や愛が溢れている。

「そんな恋する乙女みたいな顔されてもねぇ…」

そう言ってフミは机の上のポッキーを1本くわえて、つまらなさそうな顔になった。

「他の特徴は?」

「……コーヒーのいい匂いがした」

「ほんとに何も覚えてないんだね!?」

そうは言われても…なんて言って説明していいのかわからないし、そもそもこんなに特徴を聞かれるとは思わなかった。

「あのねーこのままだと一生独身の寂しい人生になっちゃうよ?」

「今日はずいぶんと辛辣だね…」

「それはそうよ!私はヒナの将来がすごく心配だよ!」

まったく…よけいなお世話だよ…。
チラッと壁にかかっている時計を見ると、もう0時を指していた。

「ほら、とりあえずもう寝よ?明日はフミの彼氏さんとご飯でしょ?」

「はっ、そうだった!あそこのパンケーキ屋さん並ぶから早く行かないとだよね!寝よ!さぁ!」

フミはベッドの中に入り、毛布を少しめくって、ベッドをポンポンと叩いた。
私もそれに合わせて、フミの横に入り込む。
一人暮らしを始めてから1年。フミはある時期からほぼ毎週土曜日に私のアパートに泊まりに来て、次の日に一緒に遊ぶというのがパターンになっていた。
しかし、明日は珍しくフミの彼氏さんを交えてのご飯だ。
フミも私のことなんか気にしないで2人ででかけたらいいのに…。

「フミ…今日も…」

「いいよ、おいで」

私はフミの体にギュッと抱きつく。

「じゃあ、消すね?」

「ひっ…」

私がこくりとうなづくと、フミはリモコンを操作して電気を消した。
電気が消された瞬間、私は小さな悲鳴をあげ、フミに捕まってる手が強くなる。
私は極度の暗所恐怖症で、暗いところに1人でいると、度合いにもよるが、パニックになることもあった。
それを治すためにフミがこうやって協力してくれているのだ。

「大丈夫だよ…私がいるからね…」

「うん…」

「いいこいいこ…おやすみ」

フミは私の頭を撫でてから眠りについた。
私も暗さで恐怖心はあるが、フミの温もりを感じて、いつの間にか眠りについていた。



目を開けると朝だ。
今は7時30分。朝に弱いフミはまだ眠っていたが、私はのそのそとベッドを出て、ココアを入れた。
フミはいつものパターンだとたぶん、9時までは起きないので、自分の分だけ。

「朝ごはんは…8時半からでもいっか」

私は誰にいうでもなくポツリとつぶやき、カバンから読みかけの小説を取り出して、スマホでタイマーを8時30分にセットしてから読書に入った。

今は付き合いたてのカップルがデートをしている場面。
デートの時は幸せそうにしている2人がこの後、いったいどんな危機を迎えるのか、それも一つの楽しみでページをめくっていく。

ちょうどカップルが苦難を乗り越えて仲直りしたところでタイマーが鳴った。
いいところだったのに…。
私は栞を本に挟んで、キッチンへ向かった。
ご飯は炊いてあるから…あ、でもこの後すぐに出ていくんだよね…。
パンケーキ屋さんならパンよりもご飯のほうがいいと思ったんだけど。
んー…おにぎりにでもしようか…。

私は炊飯器を開けて、小さいおにぎりを8つ作ってテーブルに置いた。
あと、冷蔵庫からお茶を取り出して、コップも2つとってきた。
フミがまだ起きそうになかったので、私は先に顔を洗いにいった。
戻ってきてもフミはまだ眠っていたので、そろそろ起こそうと思って、声をかけることにした。

「フミ、起きて」

「んん…あと10分…」

「ダメ…もう朝ごはん作っちゃった。それに、もう9時だよ?」

「え!?9時!?か、顔洗ってくる!先食べてて!」

時間を聞いたフミは、ガバッと起き上がって洗面所へ走っていった。

「……いただきます」

私はおにぎりを一つ取って、食べる。
小さい物なので、二口で食べ終わる。
ウェットティッシュで手を拭いてから、私とフミのコップにお茶を注いでおく。
二つ目のおにぎりを取ろうとしたところで、フミが戻ってきた。

「あ、今日はおにぎりなんだ」

「パンケーキ屋さんなら、パンはダメかなって」

「なるほど」

フミも座って、おにぎりを一緒に食べる。

「んー…美味しい!」

「よかった」

「塩加減がいいよね!」

「そう?」

いつもの朝って感じだ。
フミは私の朝ごはんを不味いと言ったことは一度もなかったが、私も美味しいって言ってくれるフミを喜ばせるために1年の時からお料理を勉強している。
その甲斐あって、おにぎり一つでもほんとに美味しそうに食べてくれて、私も満足だ。

その後、順番にシャワーをして、メイクが終わってアパートをでた。
早く行かなきゃと言っていたのに、けっきょくフミの準備を終えて、出発時間は11時だった。
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