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78話 痛い場所、痛くない場所
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「ひっひっふぅー、ひっひっふぅー……」
ある程度落ち着いたところで、俺は徐に体を起き上がらせた。
その頃には、ヴァルターの鼻にくっ付けたハサミ虫くんは力尽きて、太ももの辺りにコロリと落ちていた。
別に死んだ訳ではない。
ハサミ虫くんは驚異的な顎の力を持っている反面、持久力はそんなにないのだ。
大体30秒程度で力尽きて、顎を離してしまう。
ガキどもの間では、この30秒間を耐えることが出来るか出来ないかで、自慢話のタネにすることが出来るかどうかが決まるのだ。
ちなみに俺は耐えましたよ。当然です。中身は大人ですからね。
痛くても我慢しました。
肘の外側の所の肉を、ガッツリ挟ませて30秒余裕でした。
ちなみに……
“痛み”とは、体中に存在している“痛点”という感覚器が刺激されるために起こるものだ。
肘の外側の皮膚には、この痛点が少なく、かつ頻繁に稼働する部位ということで皮膚も分厚くなっているので、他の部分より痛みを感じにくくなっているのだっ!
なので、まったく痛くない訳ではないが、そこは多少我慢をすれば十分に耐えられるのである。
そうでもしなければ、特に腕や指先なんかであの強靭な噛みつきには耐えられるものではない。
ハサミ虫をぶら下げて、割と平然している俺の姿を見て、ガキんちょどもが驚愕していた姿は、見ていてなかなかに面白かったものがあった。
奴等が“肘の外側は案外痛くない”ということに気づくまでは、このネタで散々自慢してやろう。
ずるい? 卑怯?
違うな……知識の勝利なのであるっ!
“知っている”ってのは、それだけで力なのですっ!
痛みを感じにくい部分、ということでは他にも足の裏や、指の付け根の部分、あとは耳たぶなんかも挙げられる。
肘のカラクリがバレたら今度はそっちに移行するつもりだ。
逆に、“余計に痛く感じる”所は、手の指先だとか唇、そして足の指先なんかだろう。
タンスに足の小指をぶつけた時の、あの尋常じゃない痛さはこのためだ。
まぁ、それはさておき……
俺は、ヴァルターの膝の上でもぞもぞしているハサミ虫くんを回収すると、取り出した箱とは別の箱にそっとしまった。
お勤めご苦労様でした。
この箱は、取り出した箱の蓋の部分だった物だ。
使用済みと未使用のハサミ虫くんを分けておかないと、見分けがつかなくなるからな。
一度全力を出し切ったハサミ虫くんは、しばらくは体力回復のためじっとして動かなくなってしまうため、使い物にならないのだ。
なので、箱の蓋みたいに縁の浅い器であっても逃げだしたりしないで、大人しくしてくれている。
「楽しそうだな……坊主……」
そんな俺を目に涙をたっぷりと湛えて、恨めしそうに睨んでいるのはヴァルターだ。
「ぷっ! 強面のおっさんが泣いてやがる……」
「うるせぇ!
こっちだってなぁ、好きで泣いてんじゃねぇよっ!
勝手に涙が出て来んだから、しゃーないだろうがぁっ!」
まぁ、ヴァルターの言っていることも分からんでもない。
“鼻毛を抜くと涙が出る”様に、人体は鼻へ刺激を受けると、それだけで涙が出る仕組みになっている。
バレーボールなんかで、鼻にボールが当たったりすると、痛さ以前にまず涙が出て来る、なんて事を体験した人もいるだろう。
なので、これに関しては個人の努力でどうこうするのはかなり難しいのだ。
が、しかし……
「ぷっ!」
顔にご立派な傷を付けた893っぽいおっさんが、目をうるうるさせている様は、やはり何度見ても面白い。
これがギャップ萌え、というやつだろうか? いや、別に萌えてはいないけどさ……
「ガキ……テメェ……っ!
大体なぁ! さっきからおっさん、おっさん言いやがって!
俺はまだ二十代なんだよ! おっさんと言われる様な齢じゃねぇ!」
「ぼく、ろでぃふぃす、ろくさいですっ!
……俺から見たら十分におっさんだなっ!」
「……マジか?」
俺がそう言うと、ヴァルターは先生の後ろにいる村長たちへと視線を向けた。
村長たちは、何を言うでもなく、皆が揃って黙ったまま首を縦に振る。
「マジか……」
それを見て、何かに打ちひしがれる様にヴァルターはぽつりと呟いた。
それがどういう意味なのか、気にはなったがこのままでは先に進まないので、一旦保留ということで先を進めることにした。
「んじゃ、先生。
尋問の続きを始めましょう。続きを」
「あっ、ああ、そうだね……
おほんっ、では、もう一度聞くよ。
何の目的があってこの村に来たんだ?」
「…… ……」
メル姉ぇの実力を理解したからなのか、同じ内容の質問に対して今度は黙秘の姿勢を見せるヴァルター。
ってか、それで見逃してもらえると思っているのだろうか?
俺はだんまりを決め込むヴァルターに、どこぞの刑事の様にゆっくりとした足取りで、目の前を右へ左へとウロウロする。
「ほほぉ~、黙秘、ですか……」
俺は、悩むフリをしてテクテクとヴァルターの前を歩く事数十歩。
ヴァルターの前で、ピタリとその足を止める。
「なら、仕方がない……10カウントの猶予を上げましょう。
それ以内に答えなければ。ハサミ虫くんに刑を執行してもらいます」
「なっ……!」
「はい、カウントスタート!
10……9……8……」
という訳で、俺はハサミ虫くん出動までの、無慈悲なカウントダウンを開始した。
「…… ……」
ふむ……
少しは慌てるかと思ったんだが、ヴァルターに大した変化はない。
ぶすっとした仏頂面で、こちらを見ているだけだ。
何が何でも話すつもりはない、という意思表示なのだろう。
「7……6……5……」
「…… ……」
こいつが何かの目的を持ってこの村に近づいて来たというのは間違いないのだ。
それは、メル姉ぇの能力によってすでに判明していることだ。
ここまで頑なに口を閉ざしている事を考えると、こいつの単独行動というよりはどこぞの組織の一員と見た方がいいだろう。
でなければ、ここまで固く口を閉ざす理由が思いつかないのだ。
単独犯ならゲロったところで大した被害はない。
むしろ、さっさと話してしまった方が、これ以上ハサミ虫くんの洗礼を受けずに済む。
にも関わらず、黙ったままとなれば、自分以外の誰かの為ということになる。
それが雇用主の秘密を守る為なのか、それとも未だ何処かで潜伏しているかもしれない仲間の為なのか……それは分からないがな。
まぁ、何にしたところでヴァルターに話をしてもらわなければ何も進まない。
こちらとて、事と次第によっては村人の生命や、財産に関わる一大事かもしれないのだ。
多少強引にでも、話を聞き出す必要がある。
あとは、まぁ……俺の娯楽のためだな。
「……43210!
はい、タイムアップー!」
「おいっ! 今のカウントの仕方があからさまにおかしかっただろっ!」
「いやー、なんかしゃべりそうにない雰囲気だったし、それにゆっくりカウントするのがめどくなってきちまってさぁ。
まぁ、細かい事は気にすんなって」
と、俺はそそくさとハサミ虫くんの出動の準備を進めた。
「いやっ! もしかしたら途中で“話す”って言ったかもしれないだろ?」
「それはないなっ!」
「なんでテメェが、即否定してんだよ!?」
「何でって……そりゃ、お前さんの瞳から“秘密を守ろう”っていう強い意志の力を感じたからだっ!
こんなちんけな方法じゃ、あんたの黄金で出来た鋼の精神を砕いて口を割らせる、なんて出来ないかもしれないが……
まぁ、約束は約束なんで刑は執行しますっ!」
そして、俺は意気揚々とスタンバってもらっていたハサミ虫くんをヴァルターへと突き付けた。
「そして、そんな貴方の為に、得々キャンペーン中に付きサービスで同じものをもう一つご用意致しましたっ!」
「げっ!?」
その突き付けた俺の手には、片手に一匹ずつ、計二匹のハサミ虫くんが元気一杯にその顎をガッシャンガッシャンさせている最中だった。
「くっくっくっくっくっ……」
俺は手にしたそれをじわじわとヴァルターへと近づける。
「ちょっ! やめっ、マジでやめろ! そいつを近づけんなっ!
分かった! 話すっ! 話すからそいつを近づけるんなっ!」
「……」
ヴァルターがそういうので、取り敢えず近づける手を止めてはやったが……
「……おい坊主、なんでそんなに残念そうな顔してんだよ」
「えぇ~……だって……ねぇ?
たった一回でギブとか……ないわぁ、マジないわぁ~……根性が足りなすぎだわぁ~
なぁ? もうちょっとだけ頑張ろうぜ? なっ?」
「なんでお前が、話さないように説得してんだよっ!
話すって言ってんだろ!」
「うっせぇ!
こちとらもう何年も、ただただ牧歌的な生活送って来て刺激に飢えてんだよ!
生活にもっと多様性が欲しいんだよっ! 多様性が!
だから大人しく、もう少し俺に遊ばれてろよっ!」
「なんでテメェがキレてんだよ!
ってか、それが本音かっ!
おい、あんたらっ! この頭のおかしいガキと誰か代わってくれ、頼むっ!
俺は会話がしたいんだよ、会話がっ!
こいつとじゃまともな話になんねぇ!」
「まぁ! なんて失礼なっ!
そんな事を言うのはこの口か? この口なのか? ああぁん?」
てな訳で、俺は持っていたハサミ虫くん二匹を、ヴァルターの上唇に問答無用で引っ付けてやった。
さっきちらっといったが、唇は他の部位に比べて痛点の密度が高い。
つまり、他の部位よりずっと痛く感じるという訳で……
「おまっ、やめっ……ヒギャーーーー!!
アダダダダダッ!」
期待通り、ヴァルターは断末魔の様な絶叫を上げたのだった。
その激痛から逃れようと、またしてもハサミ虫くんを振り解くためにめっちゃ首振っていた。
が、そこは信頼と安定のハサミ虫くんだ。
その程度で外れるようなこともなく、むしろより強い力でしっかりと唇からぶら下がって首の動きに合わせてプラプラとしていた。
しかし、人が本気で嫌がることをするってのは、なかなかにあれだな……
……オラァ、ゾクゾクしてきたぞ。
「ああ、ちなみにこれは“カウントゼロ”のペナルティなんで、何があろうと執行するつもだったので悪しからず」
「んなこたぁ、今はどうでも、イデデデデッ!
いいからこいつを、早く……アダダダダダッ!」
ヴァルターは、言葉と悲鳴を交互に織り交ぜながら、必死になって何かを訴える。
内容はまぁ、早くこいつを取れ! という事であろうことは想像出来るが、痛みが邪魔をしている所為かまともな言葉になっていなかった。
とはいえ、その思いをわざわざ汲んでやる必要もないだろう。
だって、放っておけば勝手に取れるんだし……まぁ、その間は地獄の苦しみを味わう訳だが。
勿論、全力で挟んでいるハサミ虫くんを簡単に外す方法というのもあるにはあるが、どのみちこうも激しく動かれていたのでは対処のしようがない。
余談だが、ハサミ虫くんに挟まれた時に、一番やってはいけないことは、力ずくで引っ張ることだ。
場合によってはすんなり取れる時もあるが、大方は顎の部分が折れたり、最悪ハサミ虫くんの頭部が千切れたりしてしまうのだ。
それは、見ていてあまり愉快な光景ではない。
それに、無理に引っ張って傷口を広げてしまう場合もある。
ハサミ虫くんたちは、個体によって顎の先端部分、丁度挟む所の形状が様々あり、丸っこい奴もいれば恐ろしく尖っている奴もいる。
そういう個体の場合、無理に引っ張ると肉がざっくりと裂けてしまうことだってあるのだ。
今回用意したハサミ虫くんは、比較的先端が丸い奴を用意していた。
血まみれになってもらっても困るからな。
我慢比べの時も、尖っている奴は使用禁止という暗黙のルールがある。
挟む力が強くて、先端が尖っているとなれば最早小型の穿孔機でしかないからな……
で、結局ハサミ虫くんが自然に離すまで、俺はのたうつヴァルターを腹を抱えて笑いながら見ていたのだった。
やっとの思いで、ハサミ虫くんから解放されぐったりしているヴァルターを横目に、メル姉ぇが、
「……うん、嘘は言ってなかった」
と、キリッとした表情で言うものだから、それがまたツボに入って大爆笑した。
もしこれで演技なら、ヴァルターはオスカーだって狙えるだろうよ……演技なら、な。
「……このクソガキがぁ……」
そんなぐったりしたヴァルターの恨み言を、俺は笑いながら聞き流したのだった。
ある程度落ち着いたところで、俺は徐に体を起き上がらせた。
その頃には、ヴァルターの鼻にくっ付けたハサミ虫くんは力尽きて、太ももの辺りにコロリと落ちていた。
別に死んだ訳ではない。
ハサミ虫くんは驚異的な顎の力を持っている反面、持久力はそんなにないのだ。
大体30秒程度で力尽きて、顎を離してしまう。
ガキどもの間では、この30秒間を耐えることが出来るか出来ないかで、自慢話のタネにすることが出来るかどうかが決まるのだ。
ちなみに俺は耐えましたよ。当然です。中身は大人ですからね。
痛くても我慢しました。
肘の外側の所の肉を、ガッツリ挟ませて30秒余裕でした。
ちなみに……
“痛み”とは、体中に存在している“痛点”という感覚器が刺激されるために起こるものだ。
肘の外側の皮膚には、この痛点が少なく、かつ頻繁に稼働する部位ということで皮膚も分厚くなっているので、他の部分より痛みを感じにくくなっているのだっ!
なので、まったく痛くない訳ではないが、そこは多少我慢をすれば十分に耐えられるのである。
そうでもしなければ、特に腕や指先なんかであの強靭な噛みつきには耐えられるものではない。
ハサミ虫をぶら下げて、割と平然している俺の姿を見て、ガキんちょどもが驚愕していた姿は、見ていてなかなかに面白かったものがあった。
奴等が“肘の外側は案外痛くない”ということに気づくまでは、このネタで散々自慢してやろう。
ずるい? 卑怯?
違うな……知識の勝利なのであるっ!
“知っている”ってのは、それだけで力なのですっ!
痛みを感じにくい部分、ということでは他にも足の裏や、指の付け根の部分、あとは耳たぶなんかも挙げられる。
肘のカラクリがバレたら今度はそっちに移行するつもりだ。
逆に、“余計に痛く感じる”所は、手の指先だとか唇、そして足の指先なんかだろう。
タンスに足の小指をぶつけた時の、あの尋常じゃない痛さはこのためだ。
まぁ、それはさておき……
俺は、ヴァルターの膝の上でもぞもぞしているハサミ虫くんを回収すると、取り出した箱とは別の箱にそっとしまった。
お勤めご苦労様でした。
この箱は、取り出した箱の蓋の部分だった物だ。
使用済みと未使用のハサミ虫くんを分けておかないと、見分けがつかなくなるからな。
一度全力を出し切ったハサミ虫くんは、しばらくは体力回復のためじっとして動かなくなってしまうため、使い物にならないのだ。
なので、箱の蓋みたいに縁の浅い器であっても逃げだしたりしないで、大人しくしてくれている。
「楽しそうだな……坊主……」
そんな俺を目に涙をたっぷりと湛えて、恨めしそうに睨んでいるのはヴァルターだ。
「ぷっ! 強面のおっさんが泣いてやがる……」
「うるせぇ!
こっちだってなぁ、好きで泣いてんじゃねぇよっ!
勝手に涙が出て来んだから、しゃーないだろうがぁっ!」
まぁ、ヴァルターの言っていることも分からんでもない。
“鼻毛を抜くと涙が出る”様に、人体は鼻へ刺激を受けると、それだけで涙が出る仕組みになっている。
バレーボールなんかで、鼻にボールが当たったりすると、痛さ以前にまず涙が出て来る、なんて事を体験した人もいるだろう。
なので、これに関しては個人の努力でどうこうするのはかなり難しいのだ。
が、しかし……
「ぷっ!」
顔にご立派な傷を付けた893っぽいおっさんが、目をうるうるさせている様は、やはり何度見ても面白い。
これがギャップ萌え、というやつだろうか? いや、別に萌えてはいないけどさ……
「ガキ……テメェ……っ!
大体なぁ! さっきからおっさん、おっさん言いやがって!
俺はまだ二十代なんだよ! おっさんと言われる様な齢じゃねぇ!」
「ぼく、ろでぃふぃす、ろくさいですっ!
……俺から見たら十分におっさんだなっ!」
「……マジか?」
俺がそう言うと、ヴァルターは先生の後ろにいる村長たちへと視線を向けた。
村長たちは、何を言うでもなく、皆が揃って黙ったまま首を縦に振る。
「マジか……」
それを見て、何かに打ちひしがれる様にヴァルターはぽつりと呟いた。
それがどういう意味なのか、気にはなったがこのままでは先に進まないので、一旦保留ということで先を進めることにした。
「んじゃ、先生。
尋問の続きを始めましょう。続きを」
「あっ、ああ、そうだね……
おほんっ、では、もう一度聞くよ。
何の目的があってこの村に来たんだ?」
「…… ……」
メル姉ぇの実力を理解したからなのか、同じ内容の質問に対して今度は黙秘の姿勢を見せるヴァルター。
ってか、それで見逃してもらえると思っているのだろうか?
俺はだんまりを決め込むヴァルターに、どこぞの刑事の様にゆっくりとした足取りで、目の前を右へ左へとウロウロする。
「ほほぉ~、黙秘、ですか……」
俺は、悩むフリをしてテクテクとヴァルターの前を歩く事数十歩。
ヴァルターの前で、ピタリとその足を止める。
「なら、仕方がない……10カウントの猶予を上げましょう。
それ以内に答えなければ。ハサミ虫くんに刑を執行してもらいます」
「なっ……!」
「はい、カウントスタート!
10……9……8……」
という訳で、俺はハサミ虫くん出動までの、無慈悲なカウントダウンを開始した。
「…… ……」
ふむ……
少しは慌てるかと思ったんだが、ヴァルターに大した変化はない。
ぶすっとした仏頂面で、こちらを見ているだけだ。
何が何でも話すつもりはない、という意思表示なのだろう。
「7……6……5……」
「…… ……」
こいつが何かの目的を持ってこの村に近づいて来たというのは間違いないのだ。
それは、メル姉ぇの能力によってすでに判明していることだ。
ここまで頑なに口を閉ざしている事を考えると、こいつの単独行動というよりはどこぞの組織の一員と見た方がいいだろう。
でなければ、ここまで固く口を閉ざす理由が思いつかないのだ。
単独犯ならゲロったところで大した被害はない。
むしろ、さっさと話してしまった方が、これ以上ハサミ虫くんの洗礼を受けずに済む。
にも関わらず、黙ったままとなれば、自分以外の誰かの為ということになる。
それが雇用主の秘密を守る為なのか、それとも未だ何処かで潜伏しているかもしれない仲間の為なのか……それは分からないがな。
まぁ、何にしたところでヴァルターに話をしてもらわなければ何も進まない。
こちらとて、事と次第によっては村人の生命や、財産に関わる一大事かもしれないのだ。
多少強引にでも、話を聞き出す必要がある。
あとは、まぁ……俺の娯楽のためだな。
「……43210!
はい、タイムアップー!」
「おいっ! 今のカウントの仕方があからさまにおかしかっただろっ!」
「いやー、なんかしゃべりそうにない雰囲気だったし、それにゆっくりカウントするのがめどくなってきちまってさぁ。
まぁ、細かい事は気にすんなって」
と、俺はそそくさとハサミ虫くんの出動の準備を進めた。
「いやっ! もしかしたら途中で“話す”って言ったかもしれないだろ?」
「それはないなっ!」
「なんでテメェが、即否定してんだよ!?」
「何でって……そりゃ、お前さんの瞳から“秘密を守ろう”っていう強い意志の力を感じたからだっ!
こんなちんけな方法じゃ、あんたの黄金で出来た鋼の精神を砕いて口を割らせる、なんて出来ないかもしれないが……
まぁ、約束は約束なんで刑は執行しますっ!」
そして、俺は意気揚々とスタンバってもらっていたハサミ虫くんをヴァルターへと突き付けた。
「そして、そんな貴方の為に、得々キャンペーン中に付きサービスで同じものをもう一つご用意致しましたっ!」
「げっ!?」
その突き付けた俺の手には、片手に一匹ずつ、計二匹のハサミ虫くんが元気一杯にその顎をガッシャンガッシャンさせている最中だった。
「くっくっくっくっくっ……」
俺は手にしたそれをじわじわとヴァルターへと近づける。
「ちょっ! やめっ、マジでやめろ! そいつを近づけんなっ!
分かった! 話すっ! 話すからそいつを近づけるんなっ!」
「……」
ヴァルターがそういうので、取り敢えず近づける手を止めてはやったが……
「……おい坊主、なんでそんなに残念そうな顔してんだよ」
「えぇ~……だって……ねぇ?
たった一回でギブとか……ないわぁ、マジないわぁ~……根性が足りなすぎだわぁ~
なぁ? もうちょっとだけ頑張ろうぜ? なっ?」
「なんでお前が、話さないように説得してんだよっ!
話すって言ってんだろ!」
「うっせぇ!
こちとらもう何年も、ただただ牧歌的な生活送って来て刺激に飢えてんだよ!
生活にもっと多様性が欲しいんだよっ! 多様性が!
だから大人しく、もう少し俺に遊ばれてろよっ!」
「なんでテメェがキレてんだよ!
ってか、それが本音かっ!
おい、あんたらっ! この頭のおかしいガキと誰か代わってくれ、頼むっ!
俺は会話がしたいんだよ、会話がっ!
こいつとじゃまともな話になんねぇ!」
「まぁ! なんて失礼なっ!
そんな事を言うのはこの口か? この口なのか? ああぁん?」
てな訳で、俺は持っていたハサミ虫くん二匹を、ヴァルターの上唇に問答無用で引っ付けてやった。
さっきちらっといったが、唇は他の部位に比べて痛点の密度が高い。
つまり、他の部位よりずっと痛く感じるという訳で……
「おまっ、やめっ……ヒギャーーーー!!
アダダダダダッ!」
期待通り、ヴァルターは断末魔の様な絶叫を上げたのだった。
その激痛から逃れようと、またしてもハサミ虫くんを振り解くためにめっちゃ首振っていた。
が、そこは信頼と安定のハサミ虫くんだ。
その程度で外れるようなこともなく、むしろより強い力でしっかりと唇からぶら下がって首の動きに合わせてプラプラとしていた。
しかし、人が本気で嫌がることをするってのは、なかなかにあれだな……
……オラァ、ゾクゾクしてきたぞ。
「ああ、ちなみにこれは“カウントゼロ”のペナルティなんで、何があろうと執行するつもだったので悪しからず」
「んなこたぁ、今はどうでも、イデデデデッ!
いいからこいつを、早く……アダダダダダッ!」
ヴァルターは、言葉と悲鳴を交互に織り交ぜながら、必死になって何かを訴える。
内容はまぁ、早くこいつを取れ! という事であろうことは想像出来るが、痛みが邪魔をしている所為かまともな言葉になっていなかった。
とはいえ、その思いをわざわざ汲んでやる必要もないだろう。
だって、放っておけば勝手に取れるんだし……まぁ、その間は地獄の苦しみを味わう訳だが。
勿論、全力で挟んでいるハサミ虫くんを簡単に外す方法というのもあるにはあるが、どのみちこうも激しく動かれていたのでは対処のしようがない。
余談だが、ハサミ虫くんに挟まれた時に、一番やってはいけないことは、力ずくで引っ張ることだ。
場合によってはすんなり取れる時もあるが、大方は顎の部分が折れたり、最悪ハサミ虫くんの頭部が千切れたりしてしまうのだ。
それは、見ていてあまり愉快な光景ではない。
それに、無理に引っ張って傷口を広げてしまう場合もある。
ハサミ虫くんたちは、個体によって顎の先端部分、丁度挟む所の形状が様々あり、丸っこい奴もいれば恐ろしく尖っている奴もいる。
そういう個体の場合、無理に引っ張ると肉がざっくりと裂けてしまうことだってあるのだ。
今回用意したハサミ虫くんは、比較的先端が丸い奴を用意していた。
血まみれになってもらっても困るからな。
我慢比べの時も、尖っている奴は使用禁止という暗黙のルールがある。
挟む力が強くて、先端が尖っているとなれば最早小型の穿孔機でしかないからな……
で、結局ハサミ虫くんが自然に離すまで、俺はのたうつヴァルターを腹を抱えて笑いながら見ていたのだった。
やっとの思いで、ハサミ虫くんから解放されぐったりしているヴァルターを横目に、メル姉ぇが、
「……うん、嘘は言ってなかった」
と、キリッとした表情で言うものだから、それがまたツボに入って大爆笑した。
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