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80話 貴族社会と領民と
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無い無い尽くしで、ただただ不便でしかない村だが、俺たちに取って……というか、俺に取って唯一喜べることがあった。
それが、村を管理する役人がいない。と、いうことだった。
町や規模の大きな村、特に街道に近い大きな村なんかには、必ずその町や村を統治している役人がいるのだが、この村にそんな役人はいなかった。
なぜかって? んなもんうま味がないからだ。
役人とはいうが、彼らの正体は下級貴族である。
なので、そのまま町長なり村長なりに収まることがほとんどなんだとか。
では、そんな彼らの仕事とは何かといえば、ずばり住民からの徴税に他ならない。というか、他にない。
町村の管理・運営、それに住民からの陳情・要望、そういった事を聞き入れるのは、それはそれで、別の役人がいるらしい。
でもまぁ、そいつらもまた、その場を統治している下級貴族の更に下の貴族たちな訳だ。
この世界の、というかこの国の社会制度とは、貴族たちによる完全な縦割り社会なのである。
で、だ。
各町村には、その年収める税金の金額というのがあらかじめ決められており、その金額に沿って税金を住民から徴収するのが、彼ら下級貴族の仕事なのである。
では、その金額は誰が決めているかというと、それが領主なのだ。
とはいえ、実際に領主が決めている、という訳ではないのだろう。きっと、優秀な部下なんかに丸投げしている、とかそんな感じに決まっている。これは単なる俺のイメージでしかないけどな。
実際に蓋を開けてみたら、領主は何もしていませんでした。なんて、よくある話だ。
で、集められた税金は、下級貴族たちが好きに使っていい……なんて訳もなく、当然ながら領主に収めることになる。
こうして領地の各地から集められた税金は、領主の下で一度まとめられ、更に上……つまりは、国へと治められることになる訳だ。
この領主から国への納税を怠ったり、金額をちょろまかしたりすると、階級を下げられたり、最悪領地の没収もありえるらしいので、そりゃ各地の領主サマたちも必死で金をかき集める訳だ。
で、ここに悪しき慣習がる。
それが“徴収する金額は決まっているので、必要以上に領民から税金を取ってはいけない”という規則が“なくなった”ことだった。
昔は、それに類する決め事もあったらしいが、いつの間にか空文化して消滅したらしい。
自分たちで自分たちのルールを決めているのだから、都合の悪いルールは消えてなくなるのは当然だ。
歯止めがなければ、人は低きに流れるのが世の常なのだ。
つまり、現状では既定の金額さえ収めればあとは取れば取っただけ、自分の私服が肥えるシステムになっている、という訳だ。
と、なれば……
誰しもが“より大きなパイを食べたい”と考えるのは至って自然な事だといえる。
小さな田舎の農村よりは、規模の大きな農場を持つ村の方が税金は大きい。でもって、更に大きな町の方が……と、いった具合にだ。
幸か不幸か、ラッセ村はそんなヒエラルキーの最底辺に位置している。この村が収めている税金など、他と比べれば雀の涙程度でしかないのだ。
そりゃ、誰も来たがらないだろよ。
領内に存在する町村の数より、この下級貴族たちの方が多ければ、うちみたいな寒村の小さなパイでも奪い合いになるのだろうが、下級とはいえ貴族は貴族。
そんなに沢山いる訳でもないことが幸いしている。
だから、ラッセ村だけでなく、この辺りの寒村には専属の役人はいないのである。
しかし、役人が長が、そして領主更にその上の貴族が……なんて、それぞれ自分の利益の為に必要以上の税金を徴収しだせば、その皺寄せは末端である領民に重税となって圧し掛かることになる。
統治といいながら、そのくせやっている事といえば体のいい搾取なのだ。
典型的な腐った専制政治の一例だな。
ってか、一つの案件を各セクションでたらい回しにして、中間マージン水増ししていったら末端価格がアホな金額になったって……なんか、身につまされる話だな。どこぞハコモノ行政を思い出す。
人間、時代が変わろうが世界が変わろうが、本質的には何も変わらないのかもしれないな。
既得権益を手にした人間は、金に目がくらんで大体バカな事をする。
まぁ、そういう意味では、ラッセ村の場合上が直接領主な訳だから、他よりは多少ましなのかもしれないな。
移住組から、町の話なんかを聞く機会が何度かあったが、明るい話題は聞いたことがない。
俺が思っているより、町での暮らしってのも華やかなものではないのかもしれないな。
夢見て上京したはいいものの、バイト掛け持ちの極貧生活……みたいな? 違うか……
とまぁ、これが神父様から教えてもらった、もしくは本で読んで知ったこの国の社会システムの概要だ。
そんな訳で、役人がいないことをいいことに、今まで俺は村で魔術陣の実験だのなんだの、はたまたソロバン・リバーシの製造販売など、好き勝手やって来た訳だ。
つまり、何がいいたいかというと、監督者不在なため何をやったところでバレにくいということだ。
言ってしまえば、この村は陸の孤島だ。外部と情報が隔絶されているといってもいい。
隣村まではかなりの距離があるため気軽に行くことは出来ず、大きな街道からも微妙に外れているのでイスュたちの様に何か明確な目的でもない限り、誰もこの村には寄り付かない。
何か特産品的な物でもあれば別なのかもしれないが、勿論そんなものがある訳でもないしな。当然だ。
お役人だって年に一度の徴税の時にしか姿を現さないし、それさえも、取るものを取ったらすぐ帰ってしまうのだ。
駐在していないのなら、誤魔化す方法なんてどうにでもなる。
イスュたちの隊商を通じて村の現状が漏れる、という可能性もなくはないが、彼らとて一端の商人だ。
自分たちに不利益になる情報を吹聴して回る、なんてことはしないだろうし、たぶんイスュがそんなことをさせないだろう。
あれでもアストリアス王国一の商人、を目指している男だからな。
で、そんな情報的に閉塞されていた村に、ヴァルターという“穴”があいてしまった、という訳だ……
話をした感じでは、まだ外部に漏れている様子はない。
だからこそ……村の平和の為の犠牲になってもらう他ないのだっ!
死体も残さず、綺麗さっぱり処分してしまえば、こいつの雇い主も事故死したか野盗にでも襲われたとおもってくれるに違いない。
「殺セバ、マダ、村タスカル。生カシタラ、村ガ滅ブ、村ガ滅ブ……」
「滅ばねぇ……よっ!」
ゴインッ!!
「げばらぁっ!!」
一瞬、目の中で眩いばかりの閃光が迸り、脳天には激痛が奔った。
イスュに吊るされて尚、俺がジタバタもがいていたら、村長のゲンコツが頭頂部に落ちて来たのだ。
「ってぇ~!! 幼気な美少年になんてことしやがるこのクソじじぃ!
児童虐待で訴えるぞ! ってか、今のでハゲたらどうするつもりだ! ハゲたらっ!
若い身空でハゲとか、絶対やだかんな! そんなの絶対モテないじゃないかっ!」
「どこが“幼気な”だ。
物騒なことばっか言いるガキのどこが“幼気”だって? ああ?
それになんだ? 美少年? 自分で言うな。
おめぇの顔見てると、ガキの頃のロランドのこと思い出して腹立つわ、ったくよぉ……ちったぁ、落ち着け」
村長がやれやれ、とでも言いたげに大きなため息を一つ吐いた。
「あのな? もし仮に、だ。
こいつの飼い主が領主サマにこの村の事をバラしてたって言うなら、こんな下っ端を一人だけよこして調べさせる、なんてまどろっこしねまなんてしねぇで、さっさと役人を山の様によこしてるだろうよ。
基本“疑わしきは罰せよ”だからな。
それがない、ってこたぁ……だ。
この話、お前さんの飼い主のところで止まってるってことじゃないのか? なぁ、ヴァルターさんよ?」
村長は俺にゲンコツを落としたあと、徐にヴァルターへと近づいていった。
そして、ヴァルターを縛っていたロープを、懐から取り出した小ぶりのナイフでザクリと切り落としたのだった。
「ちょ!? 村長なにやって……せっかく捕まえたのにっ!」
俺は殴られて痛む頭頂部分をさすりながら、突然の村長の暴挙に抗議の声を上げるが、村長は振り返りもしなかった。
神父様、それにクマのおっさんと先生に特に反対の意思はないようで、ただ静かに見ているだけだった。
“村長の決定なら受け入れる”とか、そんなスタンスなんだろう。
「いいのか? 解いちまって?」
「メルフィナ嬢が何も言わねぇってことは、“そういうこと”なんだろうよ。
お前さんの飼い主とは昔の誼だ。縄くらいは解いてやる」
俺にはどうにもよく分からないが、村長的には信頼の出来る人物の部下だということで、ロープを解いた、ということなのだろうか?
そして、ロープを解いただけでなく、メル姉ぇも外れることになった。
それなりに信用している、ということなのだろう。
で、当の本人はといえば、すぐに逃げるようなそんな素振りも見せず、ヴァルターは今尚大人しくイスに座っていた。
「で、お前一体ここに何しに来たんだよ?
隠し財産見つけて、上司に報告するのが仕事じゃないのか?」
解放されて、首やら手首やらをぷらぷらコキコキしているヴァルターに俺はそう尋ねた。
ちなみにだが、イスュには少し前に地上に降ろしてもらっていた。っていうか、重いから、と降ろされたといった方が正確だな。
「概ねその通りなんだが……まぁ、安心しろよ。報告はするがうちの大将は税金の過度な徴税ってのには反対しててねぇ……坊主が心配してるようなことにはならねぇよ。
その所為で、あのブタ領主とはしょっちゅうぶつかってっけどな」
あっ、やっぱり領主ってブタみたいな体形をしているのだろうか? それとも、言葉の綾ってやつかね?
しかし、となるとこいつがこの村に来た理由が分からない。
「でも、税金を取る訳でもなく、ただ調べるだけって、それなんか意味あんのか?」
と、湧いた疑問が口を衝て出た。
「奴が気にしてんのは、この村に“金がどれだけあるか”じゃなくて“金を何に使っているか”ってことだよ。違うか?」
と、またしても答えてくれたのは村長だった。
そういえば、さっきもそんなようなことを言っていたような気がするな。
で、確認の意味も込めて、村長はヴァルターにそう問い掛けた。
「まぁ、調べて欲しいと頼まれたものの中にそういうのもあったけどよ……何で分かった?」
「なに、あいつの癖みたいなもんさ。
いつだって“最悪”を考えて行動する、ってな」
「どゆことよ?」
どうにも村長が言おうとしていることがいまいち分からんので、俺は村長に詳しく説明してくれるように頼むことにした。
「物が売れれば、当然金が集まって来る。
こうして集まった金の所に、次は何が集まると思う?」
金が集まる所に集まる物……か。
「そうだな……人、それに物資、かな?」
「物資ってーと何だ?」
「食料とか衣類……資材とかもかな……あとは、なんだ? 嗜好品とか?」
金銭的な面で豊かになれば、増えるのは当然生活に必要な物だろう。
この村の中だけで考えれば、支出のほとんどが食料品だ。
そう考えると、村のエンゲル係数って異様に高いんだよなぁ……
まぁ、飲み食いする物以外に買うものがあまりない、といってしまえばそれまでなんだけど。
「お前は、なんと言うか平和だな」
「バカにしてんのかジジィ?」
「褒めてんだよ。
……ロディフィス。
何で貴族共が領民にクソ高い税を掛けるのか、どうして領民に財を持たせようとしないのか、そんなことを考えたことはあるか?」
「あ~そりゃ、贅沢をしたいから、っては勿論あるだろうけど、謀反とか、造反とか……そういう反逆行為をさせないためじゃないか?」
江戸時代に行われていた参勤交代にも、あくまで副次的な効果としてだが、財政を圧迫させることで各藩の軍事力を低下させる、といった側面があったという話は聞いたことがある。
「貧困に追い込んでおけば、逆らおうなんて気も起きないだろからな。
だからって、もっと別の、もっと条件のいい領地に移住しようにも、先立つものがなければ何処にもいけない。結局は我慢してそこで暮らすしかなくなる訳だ。
でもって、人口の流出も抑えられる。
それに、もし仮に抗議運動を起こそうとしても、貴族サマ相手じゃ話し合いにすらならんだろうし下手すりゃ、弾圧されて皆殺しだ。
なんてたって、相手は完全武装してる訳だしな。
たとえ民衆に戦う意思があったとしても、そもそも金がなけりゃ、戦う為の武器なんて買えな……」
そこまで言って、村長が何を言いたいのかなんとなく分かった気がした。
……出来るのだ。
金さえあれば、今言ったことが出来てしまうのだ。
金があれば、もっと条件のいい領地へ移り住むことが出来るし、武器を買い集めて武装蜂起することだって出来る。
現状の貴族主義な体制に不満を抱いていない領民なんてまずいない。
領主にとって既に領民すべてが潜在的な敵なのだ。
ごっそり領民に逃げられても、ましてや武装蜂起なんてされても、領主側にとってはいいことなど何一つとしてないのだ。
そんな状態で、うちの村に探りが入ったってことはつまり……
「あれ? もしかして俺たちってば、なんかヘンな疑いを掛けられてるっぽい?」
それが、村を管理する役人がいない。と、いうことだった。
町や規模の大きな村、特に街道に近い大きな村なんかには、必ずその町や村を統治している役人がいるのだが、この村にそんな役人はいなかった。
なぜかって? んなもんうま味がないからだ。
役人とはいうが、彼らの正体は下級貴族である。
なので、そのまま町長なり村長なりに収まることがほとんどなんだとか。
では、そんな彼らの仕事とは何かといえば、ずばり住民からの徴税に他ならない。というか、他にない。
町村の管理・運営、それに住民からの陳情・要望、そういった事を聞き入れるのは、それはそれで、別の役人がいるらしい。
でもまぁ、そいつらもまた、その場を統治している下級貴族の更に下の貴族たちな訳だ。
この世界の、というかこの国の社会制度とは、貴族たちによる完全な縦割り社会なのである。
で、だ。
各町村には、その年収める税金の金額というのがあらかじめ決められており、その金額に沿って税金を住民から徴収するのが、彼ら下級貴族の仕事なのである。
では、その金額は誰が決めているかというと、それが領主なのだ。
とはいえ、実際に領主が決めている、という訳ではないのだろう。きっと、優秀な部下なんかに丸投げしている、とかそんな感じに決まっている。これは単なる俺のイメージでしかないけどな。
実際に蓋を開けてみたら、領主は何もしていませんでした。なんて、よくある話だ。
で、集められた税金は、下級貴族たちが好きに使っていい……なんて訳もなく、当然ながら領主に収めることになる。
こうして領地の各地から集められた税金は、領主の下で一度まとめられ、更に上……つまりは、国へと治められることになる訳だ。
この領主から国への納税を怠ったり、金額をちょろまかしたりすると、階級を下げられたり、最悪領地の没収もありえるらしいので、そりゃ各地の領主サマたちも必死で金をかき集める訳だ。
で、ここに悪しき慣習がる。
それが“徴収する金額は決まっているので、必要以上に領民から税金を取ってはいけない”という規則が“なくなった”ことだった。
昔は、それに類する決め事もあったらしいが、いつの間にか空文化して消滅したらしい。
自分たちで自分たちのルールを決めているのだから、都合の悪いルールは消えてなくなるのは当然だ。
歯止めがなければ、人は低きに流れるのが世の常なのだ。
つまり、現状では既定の金額さえ収めればあとは取れば取っただけ、自分の私服が肥えるシステムになっている、という訳だ。
と、なれば……
誰しもが“より大きなパイを食べたい”と考えるのは至って自然な事だといえる。
小さな田舎の農村よりは、規模の大きな農場を持つ村の方が税金は大きい。でもって、更に大きな町の方が……と、いった具合にだ。
幸か不幸か、ラッセ村はそんなヒエラルキーの最底辺に位置している。この村が収めている税金など、他と比べれば雀の涙程度でしかないのだ。
そりゃ、誰も来たがらないだろよ。
領内に存在する町村の数より、この下級貴族たちの方が多ければ、うちみたいな寒村の小さなパイでも奪い合いになるのだろうが、下級とはいえ貴族は貴族。
そんなに沢山いる訳でもないことが幸いしている。
だから、ラッセ村だけでなく、この辺りの寒村には専属の役人はいないのである。
しかし、役人が長が、そして領主更にその上の貴族が……なんて、それぞれ自分の利益の為に必要以上の税金を徴収しだせば、その皺寄せは末端である領民に重税となって圧し掛かることになる。
統治といいながら、そのくせやっている事といえば体のいい搾取なのだ。
典型的な腐った専制政治の一例だな。
ってか、一つの案件を各セクションでたらい回しにして、中間マージン水増ししていったら末端価格がアホな金額になったって……なんか、身につまされる話だな。どこぞハコモノ行政を思い出す。
人間、時代が変わろうが世界が変わろうが、本質的には何も変わらないのかもしれないな。
既得権益を手にした人間は、金に目がくらんで大体バカな事をする。
まぁ、そういう意味では、ラッセ村の場合上が直接領主な訳だから、他よりは多少ましなのかもしれないな。
移住組から、町の話なんかを聞く機会が何度かあったが、明るい話題は聞いたことがない。
俺が思っているより、町での暮らしってのも華やかなものではないのかもしれないな。
夢見て上京したはいいものの、バイト掛け持ちの極貧生活……みたいな? 違うか……
とまぁ、これが神父様から教えてもらった、もしくは本で読んで知ったこの国の社会システムの概要だ。
そんな訳で、役人がいないことをいいことに、今まで俺は村で魔術陣の実験だのなんだの、はたまたソロバン・リバーシの製造販売など、好き勝手やって来た訳だ。
つまり、何がいいたいかというと、監督者不在なため何をやったところでバレにくいということだ。
言ってしまえば、この村は陸の孤島だ。外部と情報が隔絶されているといってもいい。
隣村まではかなりの距離があるため気軽に行くことは出来ず、大きな街道からも微妙に外れているのでイスュたちの様に何か明確な目的でもない限り、誰もこの村には寄り付かない。
何か特産品的な物でもあれば別なのかもしれないが、勿論そんなものがある訳でもないしな。当然だ。
お役人だって年に一度の徴税の時にしか姿を現さないし、それさえも、取るものを取ったらすぐ帰ってしまうのだ。
駐在していないのなら、誤魔化す方法なんてどうにでもなる。
イスュたちの隊商を通じて村の現状が漏れる、という可能性もなくはないが、彼らとて一端の商人だ。
自分たちに不利益になる情報を吹聴して回る、なんてことはしないだろうし、たぶんイスュがそんなことをさせないだろう。
あれでもアストリアス王国一の商人、を目指している男だからな。
で、そんな情報的に閉塞されていた村に、ヴァルターという“穴”があいてしまった、という訳だ……
話をした感じでは、まだ外部に漏れている様子はない。
だからこそ……村の平和の為の犠牲になってもらう他ないのだっ!
死体も残さず、綺麗さっぱり処分してしまえば、こいつの雇い主も事故死したか野盗にでも襲われたとおもってくれるに違いない。
「殺セバ、マダ、村タスカル。生カシタラ、村ガ滅ブ、村ガ滅ブ……」
「滅ばねぇ……よっ!」
ゴインッ!!
「げばらぁっ!!」
一瞬、目の中で眩いばかりの閃光が迸り、脳天には激痛が奔った。
イスュに吊るされて尚、俺がジタバタもがいていたら、村長のゲンコツが頭頂部に落ちて来たのだ。
「ってぇ~!! 幼気な美少年になんてことしやがるこのクソじじぃ!
児童虐待で訴えるぞ! ってか、今のでハゲたらどうするつもりだ! ハゲたらっ!
若い身空でハゲとか、絶対やだかんな! そんなの絶対モテないじゃないかっ!」
「どこが“幼気な”だ。
物騒なことばっか言いるガキのどこが“幼気”だって? ああ?
それになんだ? 美少年? 自分で言うな。
おめぇの顔見てると、ガキの頃のロランドのこと思い出して腹立つわ、ったくよぉ……ちったぁ、落ち着け」
村長がやれやれ、とでも言いたげに大きなため息を一つ吐いた。
「あのな? もし仮に、だ。
こいつの飼い主が領主サマにこの村の事をバラしてたって言うなら、こんな下っ端を一人だけよこして調べさせる、なんてまどろっこしねまなんてしねぇで、さっさと役人を山の様によこしてるだろうよ。
基本“疑わしきは罰せよ”だからな。
それがない、ってこたぁ……だ。
この話、お前さんの飼い主のところで止まってるってことじゃないのか? なぁ、ヴァルターさんよ?」
村長は俺にゲンコツを落としたあと、徐にヴァルターへと近づいていった。
そして、ヴァルターを縛っていたロープを、懐から取り出した小ぶりのナイフでザクリと切り落としたのだった。
「ちょ!? 村長なにやって……せっかく捕まえたのにっ!」
俺は殴られて痛む頭頂部分をさすりながら、突然の村長の暴挙に抗議の声を上げるが、村長は振り返りもしなかった。
神父様、それにクマのおっさんと先生に特に反対の意思はないようで、ただ静かに見ているだけだった。
“村長の決定なら受け入れる”とか、そんなスタンスなんだろう。
「いいのか? 解いちまって?」
「メルフィナ嬢が何も言わねぇってことは、“そういうこと”なんだろうよ。
お前さんの飼い主とは昔の誼だ。縄くらいは解いてやる」
俺にはどうにもよく分からないが、村長的には信頼の出来る人物の部下だということで、ロープを解いた、ということなのだろうか?
そして、ロープを解いただけでなく、メル姉ぇも外れることになった。
それなりに信用している、ということなのだろう。
で、当の本人はといえば、すぐに逃げるようなそんな素振りも見せず、ヴァルターは今尚大人しくイスに座っていた。
「で、お前一体ここに何しに来たんだよ?
隠し財産見つけて、上司に報告するのが仕事じゃないのか?」
解放されて、首やら手首やらをぷらぷらコキコキしているヴァルターに俺はそう尋ねた。
ちなみにだが、イスュには少し前に地上に降ろしてもらっていた。っていうか、重いから、と降ろされたといった方が正確だな。
「概ねその通りなんだが……まぁ、安心しろよ。報告はするがうちの大将は税金の過度な徴税ってのには反対しててねぇ……坊主が心配してるようなことにはならねぇよ。
その所為で、あのブタ領主とはしょっちゅうぶつかってっけどな」
あっ、やっぱり領主ってブタみたいな体形をしているのだろうか? それとも、言葉の綾ってやつかね?
しかし、となるとこいつがこの村に来た理由が分からない。
「でも、税金を取る訳でもなく、ただ調べるだけって、それなんか意味あんのか?」
と、湧いた疑問が口を衝て出た。
「奴が気にしてんのは、この村に“金がどれだけあるか”じゃなくて“金を何に使っているか”ってことだよ。違うか?」
と、またしても答えてくれたのは村長だった。
そういえば、さっきもそんなようなことを言っていたような気がするな。
で、確認の意味も込めて、村長はヴァルターにそう問い掛けた。
「まぁ、調べて欲しいと頼まれたものの中にそういうのもあったけどよ……何で分かった?」
「なに、あいつの癖みたいなもんさ。
いつだって“最悪”を考えて行動する、ってな」
「どゆことよ?」
どうにも村長が言おうとしていることがいまいち分からんので、俺は村長に詳しく説明してくれるように頼むことにした。
「物が売れれば、当然金が集まって来る。
こうして集まった金の所に、次は何が集まると思う?」
金が集まる所に集まる物……か。
「そうだな……人、それに物資、かな?」
「物資ってーと何だ?」
「食料とか衣類……資材とかもかな……あとは、なんだ? 嗜好品とか?」
金銭的な面で豊かになれば、増えるのは当然生活に必要な物だろう。
この村の中だけで考えれば、支出のほとんどが食料品だ。
そう考えると、村のエンゲル係数って異様に高いんだよなぁ……
まぁ、飲み食いする物以外に買うものがあまりない、といってしまえばそれまでなんだけど。
「お前は、なんと言うか平和だな」
「バカにしてんのかジジィ?」
「褒めてんだよ。
……ロディフィス。
何で貴族共が領民にクソ高い税を掛けるのか、どうして領民に財を持たせようとしないのか、そんなことを考えたことはあるか?」
「あ~そりゃ、贅沢をしたいから、っては勿論あるだろうけど、謀反とか、造反とか……そういう反逆行為をさせないためじゃないか?」
江戸時代に行われていた参勤交代にも、あくまで副次的な効果としてだが、財政を圧迫させることで各藩の軍事力を低下させる、といった側面があったという話は聞いたことがある。
「貧困に追い込んでおけば、逆らおうなんて気も起きないだろからな。
だからって、もっと別の、もっと条件のいい領地に移住しようにも、先立つものがなければ何処にもいけない。結局は我慢してそこで暮らすしかなくなる訳だ。
でもって、人口の流出も抑えられる。
それに、もし仮に抗議運動を起こそうとしても、貴族サマ相手じゃ話し合いにすらならんだろうし下手すりゃ、弾圧されて皆殺しだ。
なんてたって、相手は完全武装してる訳だしな。
たとえ民衆に戦う意思があったとしても、そもそも金がなけりゃ、戦う為の武器なんて買えな……」
そこまで言って、村長が何を言いたいのかなんとなく分かった気がした。
……出来るのだ。
金さえあれば、今言ったことが出来てしまうのだ。
金があれば、もっと条件のいい領地へ移り住むことが出来るし、武器を買い集めて武装蜂起することだって出来る。
現状の貴族主義な体制に不満を抱いていない領民なんてまずいない。
領主にとって既に領民すべてが潜在的な敵なのだ。
ごっそり領民に逃げられても、ましてや武装蜂起なんてされても、領主側にとってはいいことなど何一つとしてないのだ。
そんな状態で、うちの村に探りが入ったってことはつまり……
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強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
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