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20・しましまさんと贈り物ー5
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「ユキちゃん、これかい? 猫の拾い物って」
「ええ」
あの日から、しましまさんの拾い物の話は町中に広まり、日に、何人もの人がしましまさんの拾い物を見にくるようになった。
「あ! しましまだ!」
「待って待ってー!」
「あっ」
お座布で寝ていたしましまさんも、子供たちの声に驚き逃げて行った。
チカちゃんが行方不明になったあの日から、三日後、ウチにリカコさんが訪れた。
私は縁側ではなく、茶の間へと通した。
「ご挨拶が遅くなって申し訳ありません」と頭を下げるリカコさんに私はただただ恐縮するばかりだった。だって私は何もしていないのだから。
「そちらの猫が拾って来たというこのカードは、確かに私の母が書いたものでした」
返事に困り、ただ頷く。
「りっこちゃんって、そう呼ぶのは母だけでした」
リカコさんは懐かしむように笑い「ここに描かれているのは、この人形なんです」と、カードを置いた。台の上には、カードと、チカちゃんが抱いていた二体の人形。
バースデーカードには色鉛筆で描かれた女の子は、この人形だったようだ。
桃色と紫色のワンピースを着た人形は、リカコさんが十歳の時に贈られたものなのだろうが、年代を感じさせないほどキレイなものだった。ニコリとした顔は頬がピンクで可愛らしく、髪は茶色の細い毛糸で、桃色のワンピースを着た方は二つに結ばれ、同じ桃色のリボンが付いていた。紫色のワンピースの方は二つに三つ編みされ、同じようにリボンで結ばれていた。スカートの裾にはレースが縫い付けられ、とても丁寧に作られているのが分かった。
「こんなんじゃなかったんです」
人形に目を落としたまま、リカコさんはそう言った。
意味が分からず、リカコさんを見つめれば、
「この人形は、作りかけだったんです」
「え……」
「こっちの子は、まだ手足も付いてなかったんです……。母は、私が十歳になるひと月前に亡くなったんで」
どくりと心臓がハネた。
「チカが、押入れにあったはずの、この作りかけの人形を出して遊んでたんです。作りかけだから、頭が取れてしまって、そのことで叱ってしまって……、朝になって、おばあちゃんに直してもらうって、そう言ってチカは出て行って、坂木のおばあちゃんのことだと思って、私も、すぐに追いかけたんですけど……」
チカちゃんの言うおばあちゃんは、坂木のおばあちゃんじゃなかったと……。
冷たい麦茶に身体が芯まで冷えて、温かいお茶がほしいな、なんて思いながらこっそり腕をさすった。
「私、オカルトなんて、信じてない方なんですけど」
「…………」
リカコさんは未完成だったという、紫のワンピースの人形を胸に抱き、愛おしそうに撫でた。
「母が仕上げてくれたんだって、思えるんです。チカも、ずっと私の母と、おばあちゃんと居たって言うんですよ。一緒に人形を作ったって、そう言うんです」
しましまさんの拾い物には意味がある。
でもこんなふうに、未完成の物を完成させて届けるなんてことは、さすがに、今までなかった。
「ユキさーん」
呼ばれたのは何度目か。すみません、と縁側に向かった。
「猫の拾い物ってこれない?」
「ええ」
「へぇ」
来客があることを伝え、リカコさんのもとに戻れば「大変なことになりましたね」と言われ、苦笑するしかなかった。
拾い物をする猫。その珍しさに、日中、何度も訪れる人たち。
私は、この状況が落ち着くのをじっと待つしかなかった。でも、
「あ、あの、このこと、この人形が出来上がって戻ってきたこと、町の人も知ってるんでしょうか」
こんなことまで噂になれば、拾い物をする珍しい猫、というだけじゃ収まらないかもしれない。
「言えません……。これ以上、母の形見も、チカのことも、見世物にしたくないんで」
チカちゃんのためにも、この状況が早く落ち着くのを望んでいるのは、母親であるリカコさんだった。
肩から力が抜けた。思わず、大きく息が漏れた。
「そうですよね」
リカコさんの口からこんな不可思議が広まることはなさそうで、安心した。
「ユキさーん」
縁側からの声にまた、立ち上がった。
本当に、早く落ち着いてほしい。
十七時のサイレンに、私は縁側でしましまさんを待った。
ポテポテと体を揺らし、しましまさんは封筒を銜えて駆けて来る。
「あ! しましまだ!」
「あー! なんか銜えてる!」
「だめ! やめて!」
子供たちの声に、しましまさんは封筒を銜えたまま、踵を返し雑木林へと駆けて行った。
「待って! お願い、追いかけないで!」
声は届かず、しましまさんを追い、子供たちも駆けて行った。
縁側の戸を開けたまま一晩中待っていたけれど、戻ることなく、朝になっても、しましまさんは家に来ることはなかった。
それでも、十七時を告げるサイレンに、私は縁側で待っていた。
届けられない手紙に返事が来ることはないのに……。
「ええ」
あの日から、しましまさんの拾い物の話は町中に広まり、日に、何人もの人がしましまさんの拾い物を見にくるようになった。
「あ! しましまだ!」
「待って待ってー!」
「あっ」
お座布で寝ていたしましまさんも、子供たちの声に驚き逃げて行った。
チカちゃんが行方不明になったあの日から、三日後、ウチにリカコさんが訪れた。
私は縁側ではなく、茶の間へと通した。
「ご挨拶が遅くなって申し訳ありません」と頭を下げるリカコさんに私はただただ恐縮するばかりだった。だって私は何もしていないのだから。
「そちらの猫が拾って来たというこのカードは、確かに私の母が書いたものでした」
返事に困り、ただ頷く。
「りっこちゃんって、そう呼ぶのは母だけでした」
リカコさんは懐かしむように笑い「ここに描かれているのは、この人形なんです」と、カードを置いた。台の上には、カードと、チカちゃんが抱いていた二体の人形。
バースデーカードには色鉛筆で描かれた女の子は、この人形だったようだ。
桃色と紫色のワンピースを着た人形は、リカコさんが十歳の時に贈られたものなのだろうが、年代を感じさせないほどキレイなものだった。ニコリとした顔は頬がピンクで可愛らしく、髪は茶色の細い毛糸で、桃色のワンピースを着た方は二つに結ばれ、同じ桃色のリボンが付いていた。紫色のワンピースの方は二つに三つ編みされ、同じようにリボンで結ばれていた。スカートの裾にはレースが縫い付けられ、とても丁寧に作られているのが分かった。
「こんなんじゃなかったんです」
人形に目を落としたまま、リカコさんはそう言った。
意味が分からず、リカコさんを見つめれば、
「この人形は、作りかけだったんです」
「え……」
「こっちの子は、まだ手足も付いてなかったんです……。母は、私が十歳になるひと月前に亡くなったんで」
どくりと心臓がハネた。
「チカが、押入れにあったはずの、この作りかけの人形を出して遊んでたんです。作りかけだから、頭が取れてしまって、そのことで叱ってしまって……、朝になって、おばあちゃんに直してもらうって、そう言ってチカは出て行って、坂木のおばあちゃんのことだと思って、私も、すぐに追いかけたんですけど……」
チカちゃんの言うおばあちゃんは、坂木のおばあちゃんじゃなかったと……。
冷たい麦茶に身体が芯まで冷えて、温かいお茶がほしいな、なんて思いながらこっそり腕をさすった。
「私、オカルトなんて、信じてない方なんですけど」
「…………」
リカコさんは未完成だったという、紫のワンピースの人形を胸に抱き、愛おしそうに撫でた。
「母が仕上げてくれたんだって、思えるんです。チカも、ずっと私の母と、おばあちゃんと居たって言うんですよ。一緒に人形を作ったって、そう言うんです」
しましまさんの拾い物には意味がある。
でもこんなふうに、未完成の物を完成させて届けるなんてことは、さすがに、今までなかった。
「ユキさーん」
呼ばれたのは何度目か。すみません、と縁側に向かった。
「猫の拾い物ってこれない?」
「ええ」
「へぇ」
来客があることを伝え、リカコさんのもとに戻れば「大変なことになりましたね」と言われ、苦笑するしかなかった。
拾い物をする猫。その珍しさに、日中、何度も訪れる人たち。
私は、この状況が落ち着くのをじっと待つしかなかった。でも、
「あ、あの、このこと、この人形が出来上がって戻ってきたこと、町の人も知ってるんでしょうか」
こんなことまで噂になれば、拾い物をする珍しい猫、というだけじゃ収まらないかもしれない。
「言えません……。これ以上、母の形見も、チカのことも、見世物にしたくないんで」
チカちゃんのためにも、この状況が早く落ち着くのを望んでいるのは、母親であるリカコさんだった。
肩から力が抜けた。思わず、大きく息が漏れた。
「そうですよね」
リカコさんの口からこんな不可思議が広まることはなさそうで、安心した。
「ユキさーん」
縁側からの声にまた、立ち上がった。
本当に、早く落ち着いてほしい。
十七時のサイレンに、私は縁側でしましまさんを待った。
ポテポテと体を揺らし、しましまさんは封筒を銜えて駆けて来る。
「あ! しましまだ!」
「あー! なんか銜えてる!」
「だめ! やめて!」
子供たちの声に、しましまさんは封筒を銜えたまま、踵を返し雑木林へと駆けて行った。
「待って! お願い、追いかけないで!」
声は届かず、しましまさんを追い、子供たちも駆けて行った。
縁側の戸を開けたまま一晩中待っていたけれど、戻ることなく、朝になっても、しましまさんは家に来ることはなかった。
それでも、十七時を告げるサイレンに、私は縁側で待っていた。
届けられない手紙に返事が来ることはないのに……。
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