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第一章 始まりは異世界転生。
15. まさかの内容 アディの話
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塔に入ってから一年が経とうとしていた。誕生日に家族から祝いの手紙と贈り物が送られてきた。
嬉しくて何度も読み返してからお礼を書いて、ショーン先生にことづけた。先生達もお祝いに夕食にお菓子と年代物のワインを何本も用意してくれていた。
成人したとはいえ、塔ではお酒はめったに飲めないのですごくありがたい。新年や建国記念日と誕生日だけだ。
転生前は全く飲めなかったけど、今はかなり強くて酔いつぶれることはない。リーマンやっていた時にこれくらい強ければよかったのになあ。
お祝いのお菓子はとても美味しかった。アレクシス先生の実家の菓子工房の商品で、同い年の子供がいるせいか俺のことを気にかけてよく持ってきてくれる。
公爵家のフルーツのタルトや焼き菓子が恋しい。いや、グレイが恋しいんだよな。もうグレイを諦めるのはやめていた。会えなくても好きでいるのは自由だしな。
もしも塔に入らなかったら今年はグレイが何をくれたろうかと考えた。きっと瞳の色の青い宝石の宝飾品だったと思う。
去年の騒ぎの家宝の指輪はとてもきれいだったな。以前、ノア様が指にはめていた指輪だったことを思い出した。ノア様にも申し訳ないことしちゃったなあ。
あれを指にしてグレイに似た子供を抱いている未来もあったのにと思うと気持ちが沈んでしまった。
誕生日の翌朝にロイス伯父様から預かったという急ぎの手紙を、出勤したばかりのアレクシス先生から受け取った。
ショーン先生は交代で自宅に帰り、本日当番のアレクシス先生から今日はお酒も残っているだろうから授業は休みと告げられた。
何かあったら食堂に居るから声を掛けてと言われたけど、二日酔いもしてないし鏡で見ても顔色も悪く見えないんだけどな。
二日酔いだとしても異常状態を回復する魔法が使えるから、平気なのは分かっているはずなのになあ。まあいいか、誕生日だから大目に見てくれたのかな。
手紙の送り主はロイス伯父様でなく母様だった。何か緊急の用事だろうか。部屋に戻り、窓の側に椅子に座って封を開けた。
俺はその内容に言葉を失った。手紙にはグレイの婚約について書かれていた。それもよりによって相手はジェイミーだった。俺の誕生日に発表するのも底意地の悪い彼らしい。
俺が居なくなって一番喜んだのはジェイミーだ。グレイが好きでいつまでも婚約もしようとしなかった。そのうち諦めると思っていたけど、彼はじっとチャンスを待ってそれを掴み取ったんだ。
グレイが誰かと婚約をすると分かっていたことだけど、実際は簡単に割り切れるものではなかった。
俺を気遣う母様の言葉が涙でぼやけて見えなくなった。俺は声を上げて泣き続けた。喉も頭も痛くて、泣いている途中で吐きそうになった。
食欲はなかったけれど、昼になったので食堂に顔を出した。泣きはらした俺の顔を見るとアレクシス先生は何も言わずに抱き締めてくれた。俺はしばらく先生の胸で声を出さずに泣いた。
王家の公式発表だったのでアレクシス先生もこのことを知って、俺のことを気遣って休みをくれたんだな。妊娠騒ぎも元婚約者がその相手だと先生達は知っていた。
「ごめんなさい。ありがとうございました」
「すこしは落ち着いたかい?私も君と同い年の子がいるから、他人事には思えなくてね」
残してもいいからと出された昼食をゆっくりと時間を掛けて食べた。その間、俺はアレクシス先生にグレイとの楽しい思い出を話した。
さすがにお別れの日の話はしなかったけど、先生にしたら興味もない心底どうでもいい話だろう。それを嫌な顔一つせず頷いて聞いてくれた。
自分の母様みたいに甘えてしまってごめんなさいと言うと、気にしないでと強く抱きしめられてそっと額にキスをしてくれた。
部屋に戻って母様に返事を書いて、アレクシス先生に急がないのでとそれをことづけた。きっと俺のことを心配しているはずだから、必ず今日のうちに渡すと預かってくれた。
夕食は食べれそうにないと断ると日持ちのする焼き菓子の入った籠を渡された。おやつに好きな時に食べるといいと言われてありがたく受け取った。
まだ日が高いけどお休みなさいと挨拶をして部屋に閉じこもった。毎日のノルマの自主勉強も筋トレも今日はやる気にはなれない。
ベッドにもぐりこんでグレイの腕に抱かれている妄想に浸るために香水を首筋につけた。香水も残りが少なくなってしまって寂しくて仕方ない。
もしあの日にすぐに塔のことを言ったらグレイはどうしたろうか。きっと俺を連れてどこか遠くに逃げたんじゃないかな。
爵位も何もかもを捨てて、貧しくてもふたりでいられるならばそれでいい。俺は元々庶民だから、節約や貧乏生活は平気だしな。その日暮らしでもきっと幸せだったよな。
そんなことを考えているうちに、俺はいつの間にかに眠ってしまった。
そのままぐっすりと朝まで寝ていたのは、きっとアレクシス先生が睡眠の魔法で眠らせてくれたんだと思う。いくら寝つきのいい俺でも、朝まで起きないなんてあり得ない。本当に優しくていい人だ。
昨日の夕方にショーン先生と交代して、ロイス伯父様経由でうちに手紙を届けてくれたそうだ。
ショーン先生にもお礼を言って朝食を取った。先生達は年の差が13歳だった。ふたりともいつも穏やかで俺のことを何かと気にかけてくれる。
先生達のように俺もいつか塔の子供の教育係をするんだろうか。
塔の教育係は教科ごとに交代する時もあれば、先生達のように交代がなく専属でついてくれることもあるそうだ。
俺は伯爵家の出なので一般教養や礼儀作法は一通り身についているので、魔法と語学が中心になるので交代がほぼないそうだ。
出入り自由で家族にいつでも会えると言われても、塔から出ても再び塔の教育係なんて普通はやってられないよね。宮仕えって本当に大変だよな。
「君は毒の耐性をつけるために、幼い頃から服用していたよね」
「はい、公爵家の嫡子に嫁ぐことになっていたので」
仇敵の多い将来の宰相の伴侶になるならなおさらだ。俺はそんなに大した量や種類は服用はしていなかったけど、塔に入ってからはその必要がなくなっていた。
「かなり身体に負担をかけることになるが、今日から再開してもらうよ。王室では解毒や状態異常の回復魔法が必要不可欠なんだ。そのために自分自身で毒を盛られた時の容態を知って、魔法で回復をして貰うようになる」
「はい、わかりました」
ショーン先生から弱い毒の入った水を渡され、味と症状を確認して魔法で解毒した。これから毎日色んな毒を飲むことになる。明日はワインだそうでちょっと楽しみだ。王室で飲まれるワインだからかなり美味しいんだろうな。
公爵家のグレイとジョイスは俺よりも強い毒を服用していたなあ。ああ、もう何でもグレイと結び付けて考えてしまう。
グレイは学園を卒業したら宰相閣下やネイト様の下で文官として働くことになる。俺が王宮勤めになったら、もしかしたら会えるかもしれない。
その頃はジェイミーと結婚して子供もいるかもしれない。それどころか何十年か後で、お互いにお爺ちゃんになっているかもしれないけどそれでも会えればいいや。
ささいなことで傷ついて泣くのはよそう。図々しく生きてやる。
「ショーン先生、お願いがあるんです。俺の髪を切って貰えないでしょうか」
「いいよ。素人でもよければだけど」
「ありがとうございます。先生と同じくらいに短くしてもらえませんか?」
「それなら、アレクシスに頼もう。私は彼に切って貰っているんだ。今日ここに来れそうなら来てもらうけど、明日以降になっても構わないかい?」
「はい、急がないんでいつでも大丈夫です」
ショーン先生は父様やキース兄様と同じくらいの短髪で、中学生の校則にも引っかからない短さだ。
塔には刃物どころか鋏すら置いてない。料理は火を通すだけでいいようになって届けられている。自殺防止なんだろうか。
塔の外には出られないように結界が張ってあるので、窓から飛び降りることもできない。
長い髪も童話のラプンツェルみたいで良いかなって思ったけど、お姫様みたいに待つってのは性分じゃないしな。次に会っても誰って?思われるのが目標だし。
夕方にはアレクシス先生が鋏をもって来てくれた。本当に優しいんだよな。他の仕事もあるのに申し訳ない。美しい髪なので捨てるのは惜しいと言われ、こだわりが全くないので後は好きにして貰うことにした。
鏡に映った自分はほんの少し男らしく見えた。日々の努力の甲斐あって、一年前より筋肉もついてきている。
今日で天使は卒業だ。
グレイとジェイミーの婚約発表から二ヶ月が過ぎた。あっという間で、こんな感じにこれからの日々も過ぎ去っていくのだろうか。
先月、国王陛下も崩御されて来月は新国王の即位の儀が行われる。悪友を失ったお祖父様の悲しみは和らいだろうか。
窓辺に座って外をぼんやりと眺めていると、誰かが俺に声を掛けた。
「まさか髪を切るとは思わなかったよ。君はいつも思いつかないことをするね」
この声は聞き覚えのある、でもここに居るはずのない人の声に振り返った。
「久しぶりだね、アディ」
「ユアン様・・・・」
なんでユアン様がここに。気のせいかな、以前に比べかなり痩せて少しやつれた感じがする。それでもユアン様の美しさは国一番であることは変わりない。
その美しさと知性で男爵家の次男から王妃までのし上がった方だった。
先生達は黙って後ろに控えていた。ふたりの表情からは何も読み取れない。
「私が礼儀作法の講師だと言ったらどうする?冗談だよ、そう驚いた顔をしないで欲しいな。今日は君を迎えに来たんだ」
「どういうことですか?」
「君をシェリーの婚約者として、将来の国母として迎えに来たんだ。人をやっても良かったんだけど、出る前に覚悟して貰おうと思って来たんだよ」
昔言ったことは冗談じゃなかったのか?嘘だろ、どういうことだよ!
「意味が分からないです。それに俺にはもうその資格がありませんし」
王族と婚姻関係を結ぶためには純潔でないと許されない。グレイと関係を持ったことは先生達から聞いているはずだ。
「もちろんそれは知っているよ。シェリーもそれでも構わないと了承済みだよ。こんな遠回りなことをするくらいなら、幼い頃に無理にでも婚約させてしまえば良かったよ。それなら君を塔に送ることもなかった。前国王陛下が邪魔をするからそれもかなわなかったけどね。グレイを殺さずに君達を別れさせることが出来てよかったよ。結果的にはジェイミーはグレイと結婚できるんだからこの位はよしと思わないとね。邪魔者ももういないし」
「それはどういうことですか?」
「そんな目で見ないで欲しいな、死因は寿命だよ。ここ二百年で一番の賢王を亡き者にするほど愚かじゃない。埋葬してからのひと月の喪が明けるまで長かったよ。なにせ時間がないんだ」
どういうことだ、王妃の権限で俺をここから出してシェリーと結婚させるってことなのか?
ユアン様に手を差し出されて、仕方なしにその手を取って椅子から立ち上がった。逃げようにもどうしようもない。
食堂の椅子に向かい合って座らせられ、俺のこれからについてを聞かされた。
本当はグレイとジェイミーが結婚するまでは俺を塔から出す気はなかったが、シェリーが王太子となり配偶者が必要となって急遽予定変更になってしまったようだ。
毒を飲むのも座学の勉強も全て王室に入るためのお妃教育のうちだった。
そうだよな、王室の交友関係を覚えたり隣国の語学勉強をなんでするのか不思議だったんだ。全て王太子妃として必要な勉強だったんだ。
今回の協力者にはロイス伯父様も含まれていた。俺を早く出すためと、エディの自由と身の安全を確保するために母様達に内緒で画策していたらしい。
確かにいつ出られるか分からないなら、王太子妃として将来安泰に暮らせるほうがいいと思うよな。ロイス伯父様らしい判断だよ。
先生達の優しさは王太子妃になる俺への配慮だったとは思いたくない。俺はその優しさに救われてきたことを一生忘れない。
今後の計画変更や婚礼の手配のために俺を一旦塔から出して、しばらくの間の潜伏先としてロイス伯父様の別荘に転移魔法で向かうといわれた。
あそこは魔法の要塞で機密を守るにはうってつけだ。そしてシェリーが俺を待っているそうだ。
シェリーが俺を好きなのは薄々感じてはいた。でもそんなことは言わずに、いつも優しいお兄さんとして接してくれていた。
俺は療養中にシェリーと手紙で愛を育んで、それを励みに闘病して無事に戻ることが出来たという物語まで出来上がっていた。
多少の無理は美談と愛で飾り立てて誤魔化すつもりなんだろうか。
断わればエディが塔に送られる。二度と会えないのはジョイスも辛いだろうねとユアン様は微笑んだ。
暗に兄弟共に一生出さないと言われて、俺は絶望感に打ちのめされてしまった。
卑怯だ、俺ひとりなら一生出れなくても構わない。エディまでそんな目にあわせることなんか出来ない。
ジョイスに想われ学園生活を謳歌して、健康で幸せな一生を送れるはずだったのに。
いつかグレイと会えることを励みにして生きていた。でもそれは王太子妃としてではなかった。もうこれ以上辛いことはないと思っていたのにな。
独身のまま想い続けつもりだったのに、王太子妃として心を偽って生きるなんて。
ユアン様の謀から逃げることは無理だ。
嬉しくて何度も読み返してからお礼を書いて、ショーン先生にことづけた。先生達もお祝いに夕食にお菓子と年代物のワインを何本も用意してくれていた。
成人したとはいえ、塔ではお酒はめったに飲めないのですごくありがたい。新年や建国記念日と誕生日だけだ。
転生前は全く飲めなかったけど、今はかなり強くて酔いつぶれることはない。リーマンやっていた時にこれくらい強ければよかったのになあ。
お祝いのお菓子はとても美味しかった。アレクシス先生の実家の菓子工房の商品で、同い年の子供がいるせいか俺のことを気にかけてよく持ってきてくれる。
公爵家のフルーツのタルトや焼き菓子が恋しい。いや、グレイが恋しいんだよな。もうグレイを諦めるのはやめていた。会えなくても好きでいるのは自由だしな。
もしも塔に入らなかったら今年はグレイが何をくれたろうかと考えた。きっと瞳の色の青い宝石の宝飾品だったと思う。
去年の騒ぎの家宝の指輪はとてもきれいだったな。以前、ノア様が指にはめていた指輪だったことを思い出した。ノア様にも申し訳ないことしちゃったなあ。
あれを指にしてグレイに似た子供を抱いている未来もあったのにと思うと気持ちが沈んでしまった。
誕生日の翌朝にロイス伯父様から預かったという急ぎの手紙を、出勤したばかりのアレクシス先生から受け取った。
ショーン先生は交代で自宅に帰り、本日当番のアレクシス先生から今日はお酒も残っているだろうから授業は休みと告げられた。
何かあったら食堂に居るから声を掛けてと言われたけど、二日酔いもしてないし鏡で見ても顔色も悪く見えないんだけどな。
二日酔いだとしても異常状態を回復する魔法が使えるから、平気なのは分かっているはずなのになあ。まあいいか、誕生日だから大目に見てくれたのかな。
手紙の送り主はロイス伯父様でなく母様だった。何か緊急の用事だろうか。部屋に戻り、窓の側に椅子に座って封を開けた。
俺はその内容に言葉を失った。手紙にはグレイの婚約について書かれていた。それもよりによって相手はジェイミーだった。俺の誕生日に発表するのも底意地の悪い彼らしい。
俺が居なくなって一番喜んだのはジェイミーだ。グレイが好きでいつまでも婚約もしようとしなかった。そのうち諦めると思っていたけど、彼はじっとチャンスを待ってそれを掴み取ったんだ。
グレイが誰かと婚約をすると分かっていたことだけど、実際は簡単に割り切れるものではなかった。
俺を気遣う母様の言葉が涙でぼやけて見えなくなった。俺は声を上げて泣き続けた。喉も頭も痛くて、泣いている途中で吐きそうになった。
食欲はなかったけれど、昼になったので食堂に顔を出した。泣きはらした俺の顔を見るとアレクシス先生は何も言わずに抱き締めてくれた。俺はしばらく先生の胸で声を出さずに泣いた。
王家の公式発表だったのでアレクシス先生もこのことを知って、俺のことを気遣って休みをくれたんだな。妊娠騒ぎも元婚約者がその相手だと先生達は知っていた。
「ごめんなさい。ありがとうございました」
「すこしは落ち着いたかい?私も君と同い年の子がいるから、他人事には思えなくてね」
残してもいいからと出された昼食をゆっくりと時間を掛けて食べた。その間、俺はアレクシス先生にグレイとの楽しい思い出を話した。
さすがにお別れの日の話はしなかったけど、先生にしたら興味もない心底どうでもいい話だろう。それを嫌な顔一つせず頷いて聞いてくれた。
自分の母様みたいに甘えてしまってごめんなさいと言うと、気にしないでと強く抱きしめられてそっと額にキスをしてくれた。
部屋に戻って母様に返事を書いて、アレクシス先生に急がないのでとそれをことづけた。きっと俺のことを心配しているはずだから、必ず今日のうちに渡すと預かってくれた。
夕食は食べれそうにないと断ると日持ちのする焼き菓子の入った籠を渡された。おやつに好きな時に食べるといいと言われてありがたく受け取った。
まだ日が高いけどお休みなさいと挨拶をして部屋に閉じこもった。毎日のノルマの自主勉強も筋トレも今日はやる気にはなれない。
ベッドにもぐりこんでグレイの腕に抱かれている妄想に浸るために香水を首筋につけた。香水も残りが少なくなってしまって寂しくて仕方ない。
もしあの日にすぐに塔のことを言ったらグレイはどうしたろうか。きっと俺を連れてどこか遠くに逃げたんじゃないかな。
爵位も何もかもを捨てて、貧しくてもふたりでいられるならばそれでいい。俺は元々庶民だから、節約や貧乏生活は平気だしな。その日暮らしでもきっと幸せだったよな。
そんなことを考えているうちに、俺はいつの間にかに眠ってしまった。
そのままぐっすりと朝まで寝ていたのは、きっとアレクシス先生が睡眠の魔法で眠らせてくれたんだと思う。いくら寝つきのいい俺でも、朝まで起きないなんてあり得ない。本当に優しくていい人だ。
昨日の夕方にショーン先生と交代して、ロイス伯父様経由でうちに手紙を届けてくれたそうだ。
ショーン先生にもお礼を言って朝食を取った。先生達は年の差が13歳だった。ふたりともいつも穏やかで俺のことを何かと気にかけてくれる。
先生達のように俺もいつか塔の子供の教育係をするんだろうか。
塔の教育係は教科ごとに交代する時もあれば、先生達のように交代がなく専属でついてくれることもあるそうだ。
俺は伯爵家の出なので一般教養や礼儀作法は一通り身についているので、魔法と語学が中心になるので交代がほぼないそうだ。
出入り自由で家族にいつでも会えると言われても、塔から出ても再び塔の教育係なんて普通はやってられないよね。宮仕えって本当に大変だよな。
「君は毒の耐性をつけるために、幼い頃から服用していたよね」
「はい、公爵家の嫡子に嫁ぐことになっていたので」
仇敵の多い将来の宰相の伴侶になるならなおさらだ。俺はそんなに大した量や種類は服用はしていなかったけど、塔に入ってからはその必要がなくなっていた。
「かなり身体に負担をかけることになるが、今日から再開してもらうよ。王室では解毒や状態異常の回復魔法が必要不可欠なんだ。そのために自分自身で毒を盛られた時の容態を知って、魔法で回復をして貰うようになる」
「はい、わかりました」
ショーン先生から弱い毒の入った水を渡され、味と症状を確認して魔法で解毒した。これから毎日色んな毒を飲むことになる。明日はワインだそうでちょっと楽しみだ。王室で飲まれるワインだからかなり美味しいんだろうな。
公爵家のグレイとジョイスは俺よりも強い毒を服用していたなあ。ああ、もう何でもグレイと結び付けて考えてしまう。
グレイは学園を卒業したら宰相閣下やネイト様の下で文官として働くことになる。俺が王宮勤めになったら、もしかしたら会えるかもしれない。
その頃はジェイミーと結婚して子供もいるかもしれない。それどころか何十年か後で、お互いにお爺ちゃんになっているかもしれないけどそれでも会えればいいや。
ささいなことで傷ついて泣くのはよそう。図々しく生きてやる。
「ショーン先生、お願いがあるんです。俺の髪を切って貰えないでしょうか」
「いいよ。素人でもよければだけど」
「ありがとうございます。先生と同じくらいに短くしてもらえませんか?」
「それなら、アレクシスに頼もう。私は彼に切って貰っているんだ。今日ここに来れそうなら来てもらうけど、明日以降になっても構わないかい?」
「はい、急がないんでいつでも大丈夫です」
ショーン先生は父様やキース兄様と同じくらいの短髪で、中学生の校則にも引っかからない短さだ。
塔には刃物どころか鋏すら置いてない。料理は火を通すだけでいいようになって届けられている。自殺防止なんだろうか。
塔の外には出られないように結界が張ってあるので、窓から飛び降りることもできない。
長い髪も童話のラプンツェルみたいで良いかなって思ったけど、お姫様みたいに待つってのは性分じゃないしな。次に会っても誰って?思われるのが目標だし。
夕方にはアレクシス先生が鋏をもって来てくれた。本当に優しいんだよな。他の仕事もあるのに申し訳ない。美しい髪なので捨てるのは惜しいと言われ、こだわりが全くないので後は好きにして貰うことにした。
鏡に映った自分はほんの少し男らしく見えた。日々の努力の甲斐あって、一年前より筋肉もついてきている。
今日で天使は卒業だ。
グレイとジェイミーの婚約発表から二ヶ月が過ぎた。あっという間で、こんな感じにこれからの日々も過ぎ去っていくのだろうか。
先月、国王陛下も崩御されて来月は新国王の即位の儀が行われる。悪友を失ったお祖父様の悲しみは和らいだろうか。
窓辺に座って外をぼんやりと眺めていると、誰かが俺に声を掛けた。
「まさか髪を切るとは思わなかったよ。君はいつも思いつかないことをするね」
この声は聞き覚えのある、でもここに居るはずのない人の声に振り返った。
「久しぶりだね、アディ」
「ユアン様・・・・」
なんでユアン様がここに。気のせいかな、以前に比べかなり痩せて少しやつれた感じがする。それでもユアン様の美しさは国一番であることは変わりない。
その美しさと知性で男爵家の次男から王妃までのし上がった方だった。
先生達は黙って後ろに控えていた。ふたりの表情からは何も読み取れない。
「私が礼儀作法の講師だと言ったらどうする?冗談だよ、そう驚いた顔をしないで欲しいな。今日は君を迎えに来たんだ」
「どういうことですか?」
「君をシェリーの婚約者として、将来の国母として迎えに来たんだ。人をやっても良かったんだけど、出る前に覚悟して貰おうと思って来たんだよ」
昔言ったことは冗談じゃなかったのか?嘘だろ、どういうことだよ!
「意味が分からないです。それに俺にはもうその資格がありませんし」
王族と婚姻関係を結ぶためには純潔でないと許されない。グレイと関係を持ったことは先生達から聞いているはずだ。
「もちろんそれは知っているよ。シェリーもそれでも構わないと了承済みだよ。こんな遠回りなことをするくらいなら、幼い頃に無理にでも婚約させてしまえば良かったよ。それなら君を塔に送ることもなかった。前国王陛下が邪魔をするからそれもかなわなかったけどね。グレイを殺さずに君達を別れさせることが出来てよかったよ。結果的にはジェイミーはグレイと結婚できるんだからこの位はよしと思わないとね。邪魔者ももういないし」
「それはどういうことですか?」
「そんな目で見ないで欲しいな、死因は寿命だよ。ここ二百年で一番の賢王を亡き者にするほど愚かじゃない。埋葬してからのひと月の喪が明けるまで長かったよ。なにせ時間がないんだ」
どういうことだ、王妃の権限で俺をここから出してシェリーと結婚させるってことなのか?
ユアン様に手を差し出されて、仕方なしにその手を取って椅子から立ち上がった。逃げようにもどうしようもない。
食堂の椅子に向かい合って座らせられ、俺のこれからについてを聞かされた。
本当はグレイとジェイミーが結婚するまでは俺を塔から出す気はなかったが、シェリーが王太子となり配偶者が必要となって急遽予定変更になってしまったようだ。
毒を飲むのも座学の勉強も全て王室に入るためのお妃教育のうちだった。
そうだよな、王室の交友関係を覚えたり隣国の語学勉強をなんでするのか不思議だったんだ。全て王太子妃として必要な勉強だったんだ。
今回の協力者にはロイス伯父様も含まれていた。俺を早く出すためと、エディの自由と身の安全を確保するために母様達に内緒で画策していたらしい。
確かにいつ出られるか分からないなら、王太子妃として将来安泰に暮らせるほうがいいと思うよな。ロイス伯父様らしい判断だよ。
先生達の優しさは王太子妃になる俺への配慮だったとは思いたくない。俺はその優しさに救われてきたことを一生忘れない。
今後の計画変更や婚礼の手配のために俺を一旦塔から出して、しばらくの間の潜伏先としてロイス伯父様の別荘に転移魔法で向かうといわれた。
あそこは魔法の要塞で機密を守るにはうってつけだ。そしてシェリーが俺を待っているそうだ。
シェリーが俺を好きなのは薄々感じてはいた。でもそんなことは言わずに、いつも優しいお兄さんとして接してくれていた。
俺は療養中にシェリーと手紙で愛を育んで、それを励みに闘病して無事に戻ることが出来たという物語まで出来上がっていた。
多少の無理は美談と愛で飾り立てて誤魔化すつもりなんだろうか。
断わればエディが塔に送られる。二度と会えないのはジョイスも辛いだろうねとユアン様は微笑んだ。
暗に兄弟共に一生出さないと言われて、俺は絶望感に打ちのめされてしまった。
卑怯だ、俺ひとりなら一生出れなくても構わない。エディまでそんな目にあわせることなんか出来ない。
ジョイスに想われ学園生活を謳歌して、健康で幸せな一生を送れるはずだったのに。
いつかグレイと会えることを励みにして生きていた。でもそれは王太子妃としてではなかった。もうこれ以上辛いことはないと思っていたのにな。
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