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第1章 タルフィン王国への降嫁

『オアシスの女神』を求めて

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 市場を行く二人。ルドヴィカと出会った地域とは違った雰囲気を感じる。
「このあたりは、『王妃の宝箱』っていわれていて宝飾品とか貴金属なんかが売られているんだ。王妃......ってことはシェランの宝箱か。なにはいってる?」
「宝箱自体が持ってない」
 あたりをシェランはうかがう。『大鳳皇国』のこういう市場では常に警察の役割をする衛兵が、いったりきたりしていた。タルフィン王国の都『ゴルド=タルフィン』はこんな辺境にありながら治安が良いらしい。
 店先に並ぶ、金の細工。指輪からブレスレッド、ティアラなど宝石がはめ込まれいかにも高級そうだ。
 思わず見入ってしまうシェラン。欲しい、というよりもただただその美しさに見入ってしまう。
「こっちだ」
 その市場の奥まったところにルドヴィカはシェランを誘導する。
 土でできた屋敷。ドアはついておらず、ズカズカとあがる。
「ひいぃっ!」
 壁のようなものが目の前に立ちはだかる。それは上半身裸の大男。腕を組み二人の行き先を遮る。
 それに対してすっと、ルドヴィカは右手を差し出す。中指には大きな指輪。それを大男に見せつける。
 大男は何かに気づいたようだった。そして大きな礼をしてうやうやしく、二人を中に誘導する。
 中庭――建物のなかと思ったらそこは中庭で空が見える。
 草木が生い茂り、まるでジャングルであるかのようにも思われた。水音も聞こえる。池があるのだろうが。
「お久しぶりにお目にかかります。香辛料ギルド構成員の一人ルドヴィカ=ガレッツィであります。本日はギルド総帥たるスィヤームさまにおあいしたく参りました」
 あたりに響き渡るようなその声。
 少しの間の後、人影が現れる。
 背の高い召使を連れた老人。髪は白くはないが威厳を感じさせた。
「お久しぶりにございます。スィヤームさま」
 ルドヴィカがひざまずく。シェランは慌ててお辞儀をした。
「久しぶり――か。そうだな。お前と会うのは一年と二〇一日ぶりらしい。稼いでおるか?」
 ゆっくりとした語調。それ自体は高くも低くもない、なんとも非人間的な声である。
「お陰様にて。ほそぼそながら香辛料で生計を立てております」
「で、何用か」
 シェランの腕を引き、スィヤームの前に引き出す。
 もう一度礼をするシェラン。銀の髪が揺れる。
「ほう」
 スィヤームは声を漏らす。
「この方は――」
 ルドヴィカは続ける。
「かの『大鳳皇国』より降嫁されました朱菽蘭(ジュ=シェラン)殿下にあらせられます。本日お忍びにてスィヤーム総帥にお願いしたい儀があるとのこと。不詳、ルドヴィカ=ガレッツィがそのとりつぎを仰せつかりました」
 見事な口上にシェランは度肝を抜かれる。
(うまいなぁ......わたしと大して年違わないのに......)
 じっとスィヤームがシェランの顔を見つめる。ぎこちない笑みを返すシェラン。
「で、その王妃殿下がなんの御用だね」
「『オアシスの女神』」
 ルドヴィカは大きな声で申し上げる。
「『オアシスの女神』と呼ばれる宝石を殿下はご所望です。比類なき富と知識をお持ちのスィヤーム総帥ならばありかを、いやそれ自体をお持ちかもしれないと思い......いかがですか?」
 ふむ、とあごに手をやる老人。
(ハッタリだなぁ......確かに渡しが欲しがっているのは事実だけど、そんなんでくれるほど甘くは――)
「ある」
 は?と思わず声をシェランはもらす。
「ここにはないが、ありかはしっている――それだけだ」
「ならばその場所を!」
 ルドヴィカの問いに無言でじっとシェランをスィヤームは見つめる。
 老人、ではあるが血色は良い。若い頃はさぞかし剛の者であったろう事が察せられた。
「お教えしよう。ならば、我が家の客人となるが良い」
 そう言いながら踵を返し、奥に消えるスィヤーム。それを二人は追おうとするが、かなわない。
「部屋を用意します」
 先程の大男がそう言いながら眼の前に立ちふさがる。
(なんか......やばい気が......)
 シェランは不安を感じる。しかし、他には方法がないのも事実であった。
 ルドヴィカはウィンクをシェランに送る。
(信用するしかないか。そうするしか――)
 二人は屋敷の一室に案内されることとなる。
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