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第1章 タルフィン王国への降嫁

『オアシスの女神』

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「水を探さなくっちゃね」
 そう言いながら立ち上がるシェラン。
「見つけるって言っても......こんな砂漠の中で......」
 シェランはふふん、と鼻を鳴らす。
 ルドヴィカの眼の前に細い鎖のついた、赤い石をぶら下げる。
「じゃじゃーん!これがあれば大丈夫!」
「......?」
 不思議そうな顔をするルドヴィカ。あまりにも説明が不足していた。
「あ、あのね。これは、私の父様がくれたもので......」
 口早に説明を始めるシェラン。
「古代から湧き水や地下水を探す方法として有名なやつなんだよ。そばに水脈があれば、この――」
 赤い石を指差すシェラン。下の先端がまるで針のようになっている。
「先っぽの動きでだいたい水の流れがわかる――」
「そんな石ころがか?まあ、聖木で水脈を探すっていうのは見たことあるが、石は初めてだなぁ」
「この石は、父様のコレクションの一つだよ。『龍流離譚(ロンリウリータン)』って鉱物でね」
 そう言いながらなにかおまじないのような言葉をシェランは語り始める。
 ゆっくりと針の先が動き始める。
 それをじっと見つめるシェラン。
「外、この洞窟の外に」
 そう言いながら洞窟の外に出るシェラン。それをルドヴィカは追いかける。
 右、左、前、ぐるぐるぐるぐると歩いていくシェラン。
 いつの間にか眼の前には、このあたりでは珍しい小高い林が立ちはだかっていた。
「ここだ......!」
 そういいながらシェランは石を手に、林に分け入る。
 この砂漠に林があるということは水があるということに違いない。ルドヴィカはふーんとシェランのことを見直した。
 林の奥。それはあった。
 まるで噴水のような大きな水場。大きな二つの岩が並んでおり、そこに開いた穴から水がなみなみと注がれていた。
「水だよ!ルドヴィカちゃん!」
 ルドヴィカはそっと、その噴水に近づく。
 二つの水の橋が噴水の池で一つにまとまる。
 一つはどこまでも青く、もう一つは白い水の滝。
 匂いを嗅ぐ。しない。
 池には水草がいくつか浮かんでいた。毒ではないらしい。
 青い水を口に含む。
「味が......しない」
 水にも味というものがある。しかしこの青い水は無味無臭、なんの味覚も感じなかった。
 次に白い水。
「うん?ちょっと苦いか?飲めないほどじゃないけど......」
 シェランもそれに続く。
「青い方は蒸留水だね」
「じょうりゅうすい?」
「うん、蒸留水。完全な水だよ。『大鳳皇国』では皇帝の飲み物とされているんだ.....でこっちは」
 白い水を飲むシェラン。
「こっちは逆にかなり混ざっているね。鉱物が。蒸発させてみないとわからないけど、多分毒ではない。むしろ生物に益となる何かが入っている可能性が大きい」
 普段はぼんやりしているはずのシェランがいやにはきはきと説明する。思わずルドヴィカは恐れ入る。
「すごいな、シェラン。とっても物知りだ。どこで学んだんだ」
「実家にいっぱい本があってね。鉱物とかの本と一緒に、地面やその下を通る地下水なんかの本もあったよ」
「それを読んでたのか?!」
 うんとうなずくシェラン。
 到底、皇族の女子のたしなみとは思えない。
「かわってるな、お前。皇族なんだろ?」
「まあ、皇族といっても下の中の下ぐらいだからね。踊りとか教えてもらうのにお金かかるし」
 そういいながらシェランは池の噴水の淵に座る。人工のものらしい、そこには何やら文字が書いてあった。
「......?」
 見たこともない文字が刻まれている。それを指さしてルドヴィカに示す。
「文字?どれ」
 じっと目を近づけるルドヴィカ。
「......ずいぶんと古い書式だな......文法もちょっと難しいな。単語は......『女神』.......『オアシスの』......って?!」
 『オアシスの女神』、間違いな文字はそう読めた。
『ここに来たりし、旅人よ。ここは『オアシスの女神』の住むところ。この水は砂漠の地下を通り都市へと運ばれる。この水により人々は乾きを癒し、作物は人々の胃を満たす。砂漠に光る宝石。われこそは『オアシスの女神』なり』
 時間をかけてルドヴィカが翻訳する。商売上、言葉には通じている彼女である。
「これが、『オアシスの女神』!」
「宝石だと思ってたら、水源地だったのか。まあ、たしかにこれは神様だな。オアシス都市に住むわれわれにとっては」
 そういいながらルドヴィカは頭を下げる。
 それに反応するように、噴水が吹き出す。
 青い水と白い水が合わさって、二人の上に降りかかる。
 手を取り合って、シェランとルドヴィカは喜ぶのであった――
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