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第2章 絹の十字路
老スィヤームの進言
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大門はすべて閉ざされる。
ゴルド=タルフィンの街は、城壁に囲まれていた。それほど立派なものではないが、野盗などを相手にするにはこれで事足りるはずだった。
まさか遊牧民族の襲来を受けることになるとは――
「敵は」
完全武装し、兜だけを脱いだファルシードがそう尋ねる。
「西に陣を構えております。距離三ファスほど。ちょうど一時間の距離です」
直接攻めてくる気配はない。それもそうだ。相手は攻城のための手段を持っていない。遊牧の民がそのようなものを手に入れられるはずがないのだ。
しかし――
「戦いが長期化すれば、われわれも不利だ。この街は自給ができない。外との通商が途切れれば植えてしまう」
ファルシードが悲痛な面持ちでそうつぶやく。
『タルフィンギルド総帥スィヤームどのが面会を求めております』
部下が息切れしながらそう報告する。
本来ならば、国王にこのような情勢下で商人が面会できるわけもない。
しかし、スィヤームはこの王国の交易を牛耳る大商人ギルドの総帥である。
「......ご老人、なにか?この状況下で」
「国王陛下にご注進したきことがございます。どうか人払いを」
老人の得も言えぬ圧力に押されるファルシード。目線で部下に場を外すように伝える。
「よろしい......国王陛下。いまわが祖国は存亡の危機にございます」
場を完全に支配したスィヤーム。
「私には様々な情報網がございます。当然トゥルタン部にも。トゥルタン部のハン、ガジミエシュという若者。お家騒動を勝ち抜いてハン、つまり国王の位についた人物。実力はございます」
まるで、ファルシードに統率力が欠けているとも言わんばかりのスィヤームの物言いである。しかしファルシードは表情を崩さずに、老人を見つめていた。
「正直、彼らの軍勢はかなり疲労しております。砂漠を越え、このオアシスの土地まで攻め込んできた事自体が一つの賭け。彼らなりの冒険であると思います」
「なれば――総帥殿はどうすれば良いと考える」
「和平――でございます。それなりの金銀や食料を支払うことになりましょうが、向こうも無益な争いは望まないでしょうから。私が使節になっても構いません」
懐から書付を取り出すスィヤーム。
無言でファルシードはそれを受けとり、目を通す。
「......!?」
そこにはスィヤームの案が記されていた。
金銀をどのくらい献上するのか。
食物はどのくらい用意するのか。
そして、トゥルタン部の兵士たちが身を休める計画まで。
その先の一文にファルシードは愕然とする。
『大鳳皇国の皇女である朱菽蘭(ジュ=シェラン)をガジミエシュ=ハンに差し出すこととする』
「貴様!」
今までにない大きな声をあげるファルシード。当然である。自分の嫁を差し出せと言っているのだから。
「国王陛下、よくお考えください。遊牧民族は皇国との血縁を欲しがっております。個人の欲やつまらないプライドでこの国を滅ぼしなさるな」
低くはあるが、スィヤームのまるで恫喝のような言葉がファルシードに浴びせかけられる。
「......さがれ」
後ろを向くファルシード。その背に軽く礼をしてスィヤームは王宮を去った。
次の日。
ファルシードは文武百官を集めて、その前で演説する。
「現在、我が国は遊牧民族トゥルタン部とにらみ合っている状態である」
重い雰囲気があたりを包み込む。
「国王陛下はどのようにお考えですか」
一人の若い兵士が、大きな声でそう問う。
「私の考えは――戦う。決して降伏しない」
ざわざわと兵士たちが声を上げる。
『降伏したほうが――』
『戦って勝てるのか?ロシャナク様もい内状態で――』
「――色々考えた。当然降伏することも。しかし、彼ら遊牧民族のやり口はいつも同じだ。殺し尽くし、奪い尽くす。占領という発想はない。この街を手に入れれば火をかけ、ただの荒れ地にしてしまうことだろう。ならば――戦うしかない!」
若き国王の決断におう!と兵士たちが叫びの声をあげる。
ここまではよい、とファルシードが心のなかでつぶやく。
実際に戦闘となれば鬼神の如きトゥルタンの騎兵と戦うことになるだろう。
その時も、このような士気を鼓舞することができるのだろうかという疑問。
そして自分の妻の――シェランのこと。
ファルシードはそっと目を閉じる。若き少年王にこの王国の興亡が背負わされていた。
一方。
ギルド総帥スィヤームが一族の者とともに、門の外に逃亡したという知らせが来るのは夕方のことであった――
ゴルド=タルフィンの街は、城壁に囲まれていた。それほど立派なものではないが、野盗などを相手にするにはこれで事足りるはずだった。
まさか遊牧民族の襲来を受けることになるとは――
「敵は」
完全武装し、兜だけを脱いだファルシードがそう尋ねる。
「西に陣を構えております。距離三ファスほど。ちょうど一時間の距離です」
直接攻めてくる気配はない。それもそうだ。相手は攻城のための手段を持っていない。遊牧の民がそのようなものを手に入れられるはずがないのだ。
しかし――
「戦いが長期化すれば、われわれも不利だ。この街は自給ができない。外との通商が途切れれば植えてしまう」
ファルシードが悲痛な面持ちでそうつぶやく。
『タルフィンギルド総帥スィヤームどのが面会を求めております』
部下が息切れしながらそう報告する。
本来ならば、国王にこのような情勢下で商人が面会できるわけもない。
しかし、スィヤームはこの王国の交易を牛耳る大商人ギルドの総帥である。
「......ご老人、なにか?この状況下で」
「国王陛下にご注進したきことがございます。どうか人払いを」
老人の得も言えぬ圧力に押されるファルシード。目線で部下に場を外すように伝える。
「よろしい......国王陛下。いまわが祖国は存亡の危機にございます」
場を完全に支配したスィヤーム。
「私には様々な情報網がございます。当然トゥルタン部にも。トゥルタン部のハン、ガジミエシュという若者。お家騒動を勝ち抜いてハン、つまり国王の位についた人物。実力はございます」
まるで、ファルシードに統率力が欠けているとも言わんばかりのスィヤームの物言いである。しかしファルシードは表情を崩さずに、老人を見つめていた。
「正直、彼らの軍勢はかなり疲労しております。砂漠を越え、このオアシスの土地まで攻め込んできた事自体が一つの賭け。彼らなりの冒険であると思います」
「なれば――総帥殿はどうすれば良いと考える」
「和平――でございます。それなりの金銀や食料を支払うことになりましょうが、向こうも無益な争いは望まないでしょうから。私が使節になっても構いません」
懐から書付を取り出すスィヤーム。
無言でファルシードはそれを受けとり、目を通す。
「......!?」
そこにはスィヤームの案が記されていた。
金銀をどのくらい献上するのか。
食物はどのくらい用意するのか。
そして、トゥルタン部の兵士たちが身を休める計画まで。
その先の一文にファルシードは愕然とする。
『大鳳皇国の皇女である朱菽蘭(ジュ=シェラン)をガジミエシュ=ハンに差し出すこととする』
「貴様!」
今までにない大きな声をあげるファルシード。当然である。自分の嫁を差し出せと言っているのだから。
「国王陛下、よくお考えください。遊牧民族は皇国との血縁を欲しがっております。個人の欲やつまらないプライドでこの国を滅ぼしなさるな」
低くはあるが、スィヤームのまるで恫喝のような言葉がファルシードに浴びせかけられる。
「......さがれ」
後ろを向くファルシード。その背に軽く礼をしてスィヤームは王宮を去った。
次の日。
ファルシードは文武百官を集めて、その前で演説する。
「現在、我が国は遊牧民族トゥルタン部とにらみ合っている状態である」
重い雰囲気があたりを包み込む。
「国王陛下はどのようにお考えですか」
一人の若い兵士が、大きな声でそう問う。
「私の考えは――戦う。決して降伏しない」
ざわざわと兵士たちが声を上げる。
『降伏したほうが――』
『戦って勝てるのか?ロシャナク様もい内状態で――』
「――色々考えた。当然降伏することも。しかし、彼ら遊牧民族のやり口はいつも同じだ。殺し尽くし、奪い尽くす。占領という発想はない。この街を手に入れれば火をかけ、ただの荒れ地にしてしまうことだろう。ならば――戦うしかない!」
若き国王の決断におう!と兵士たちが叫びの声をあげる。
ここまではよい、とファルシードが心のなかでつぶやく。
実際に戦闘となれば鬼神の如きトゥルタンの騎兵と戦うことになるだろう。
その時も、このような士気を鼓舞することができるのだろうかという疑問。
そして自分の妻の――シェランのこと。
ファルシードはそっと目を閉じる。若き少年王にこの王国の興亡が背負わされていた。
一方。
ギルド総帥スィヤームが一族の者とともに、門の外に逃亡したという知らせが来るのは夕方のことであった――
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