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第1章 カスティリヤ王国からの使者
それぞれの思惑
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一同が視線を声の発する方へ向ける。しかし、人影はない。
気がつくと円柱の陰から何かが飛び出した気配――元老院の特殊な構造のせいで声が反響し、声の主をまったく見失っていた。
それが現れたのは、エスファーノの直前である。下着であるトゥニカのみをつけた男性。口からはよだれを垂らし、手には大きな短剣を握っていた。
目標は明らかであった。
剣の先がエスファーノへと振り下ろされる刹那、横から細い剣がそれを受け止める。
リウィアの剣。細い刃ではあったが暗殺者の短剣をそれ一本でしなることなく受け止めた。
そして次の瞬間、暗殺者の背中に立ち上る血しぶき。
どさっという大きな音とともに、暗殺者は大理石の床に倒れ込み少しの痙攣の後に絶息する。
その後ろで、自らの剣を払い鞘に納めるオラトルの姿があった。
「余計なことを」
いまいましそうにリウィアがそう言葉をオラトルに投げつける。その言葉に反応もせず、オラトルは暗殺者の顔を覗き込む。
「見ない顔だ。当然だがな。嫌に血管が盛り上がっている。麻薬か――」
そう言いながら元老院議員たちを見回すオラトル。それまでの宴会の雰囲気は吹っ飛び、議員たちは皆青ざめた顔をしていた。
「オスマン帝国の刺客であろう」
「それは当然だ」
リウィアの言葉にすぐオラトルは返答する。
「問題は」
そう言いながら死体を足蹴にするオラトル。
「こいつがどうやってこの『ローマ』に侵入したかだ。内部の人間しか、この街に外の人間を引き入れることはできないのだからな。とすれば、当然外敵をこっそりと引き入れた人物がいることとなる。外患誘致――死罪に値するぞ」
オラトルは元老院議員たちをにらみつける。数秒の沈黙の後に、破顔し笑い出す。
「ご心配あるな。執政官たるこの『アントニウス』の手によって犯罪者はすぐにでも捕まえてみよう。さあ、宴を再開されよ!」
そう言いながら、オラトルは元老院をあとにする。さっそうと、そして優雅に。
その後姿をエスファーノは見送りつつ、ため息をつく。
「危ないところだった」
そう言いながら、先程の剣をリウィアは差し出す。
「こちらも配慮不足であった。以後は気をつける。さしあたってこれを。身を守る武器も必要だろう」
そう言われてエスファーノは自分が丸腰であることに気づく。普段からあまり武器を身につける習慣がないということもあるのだが。
「あの方は?」
剣を身に着けながらエスファーノはそう問う。機械的にリウィアが答える。
「この『ローマ』で『執政官』の任にあたっているものだ。主に軍事を担当する。『ローマの名簿』では『アントニウス』の名前を与えられている」
部分的になにやら独特の言葉が入り、エスファーノは理解できない。しかしそれを問おうとはしなかった。なんとも言えないリウィアの表情を見るにつけ、二人の間に何かしらの確執があることを理解できたからだった。
その後、宴は再び盛り上がることなく自然に解散する。
「そろそろ頃合いだ。副大使どのには官舎を与えよう。もちろん護衛もつけさせてもらう」
そう言いながらリウィアは立ち上がる。
「明日は少し早くなる。どうか快眠を」
そう言いながら口の中でなにやら異国の言葉を唱えるリウィア。
エスファーノはそんなリウィアの後ろ姿を目で追う。手に先程渡された剣を握りながら――
「失敗したか」
は、と鎧姿の男性がその声に答えて頭を下げる。床に片膝をつき、その革靴は泥にまみれていた。
「暗殺団も役にはたたんの。しょうがない、さがれ」
彼はそういうと部下を下がらせる。
ゆっくりと窓の方に足を滑らせ、テラスにへと身を乗り出す。
何を命ずるでもなく、側の小姓の少年が酒の瓶を手にテーブルの上のグラスを満たした。
そのグラスを一気に彼は飲み干す。イスラーム教徒ではあるが、そんなことは気にしていない。自分の主君である皇帝も酒を嗜んでいるのだから。
テラスの下に広がるのは一面の荒れ地。それが彼の領土である。
オスマン帝国でもとりわけ不毛の土地とされていたこの小アジアの一角が彼の領土であった。
しかし、これからは違う。あの『ローマ』を滅ぼして、その富を自分のものにすることができればオスマン帝国一のパシャに――いや自分がオスマン帝国の皇帝に成り代わり、新たな帝国を建設することもできるだろう。
隻眼の筋肉の引き締まった男性は、ほくそ笑む。
彼はこの一体を支配するパシャ――つまり、君侯である。
彼の名前はアルプ=ウッディーン=パシャ。
『ローマ』の存在にいち早く築いたオスマン帝国の武将であった――
気がつくと円柱の陰から何かが飛び出した気配――元老院の特殊な構造のせいで声が反響し、声の主をまったく見失っていた。
それが現れたのは、エスファーノの直前である。下着であるトゥニカのみをつけた男性。口からはよだれを垂らし、手には大きな短剣を握っていた。
目標は明らかであった。
剣の先がエスファーノへと振り下ろされる刹那、横から細い剣がそれを受け止める。
リウィアの剣。細い刃ではあったが暗殺者の短剣をそれ一本でしなることなく受け止めた。
そして次の瞬間、暗殺者の背中に立ち上る血しぶき。
どさっという大きな音とともに、暗殺者は大理石の床に倒れ込み少しの痙攣の後に絶息する。
その後ろで、自らの剣を払い鞘に納めるオラトルの姿があった。
「余計なことを」
いまいましそうにリウィアがそう言葉をオラトルに投げつける。その言葉に反応もせず、オラトルは暗殺者の顔を覗き込む。
「見ない顔だ。当然だがな。嫌に血管が盛り上がっている。麻薬か――」
そう言いながら元老院議員たちを見回すオラトル。それまでの宴会の雰囲気は吹っ飛び、議員たちは皆青ざめた顔をしていた。
「オスマン帝国の刺客であろう」
「それは当然だ」
リウィアの言葉にすぐオラトルは返答する。
「問題は」
そう言いながら死体を足蹴にするオラトル。
「こいつがどうやってこの『ローマ』に侵入したかだ。内部の人間しか、この街に外の人間を引き入れることはできないのだからな。とすれば、当然外敵をこっそりと引き入れた人物がいることとなる。外患誘致――死罪に値するぞ」
オラトルは元老院議員たちをにらみつける。数秒の沈黙の後に、破顔し笑い出す。
「ご心配あるな。執政官たるこの『アントニウス』の手によって犯罪者はすぐにでも捕まえてみよう。さあ、宴を再開されよ!」
そう言いながら、オラトルは元老院をあとにする。さっそうと、そして優雅に。
その後姿をエスファーノは見送りつつ、ため息をつく。
「危ないところだった」
そう言いながら、先程の剣をリウィアは差し出す。
「こちらも配慮不足であった。以後は気をつける。さしあたってこれを。身を守る武器も必要だろう」
そう言われてエスファーノは自分が丸腰であることに気づく。普段からあまり武器を身につける習慣がないということもあるのだが。
「あの方は?」
剣を身に着けながらエスファーノはそう問う。機械的にリウィアが答える。
「この『ローマ』で『執政官』の任にあたっているものだ。主に軍事を担当する。『ローマの名簿』では『アントニウス』の名前を与えられている」
部分的になにやら独特の言葉が入り、エスファーノは理解できない。しかしそれを問おうとはしなかった。なんとも言えないリウィアの表情を見るにつけ、二人の間に何かしらの確執があることを理解できたからだった。
その後、宴は再び盛り上がることなく自然に解散する。
「そろそろ頃合いだ。副大使どのには官舎を与えよう。もちろん護衛もつけさせてもらう」
そう言いながらリウィアは立ち上がる。
「明日は少し早くなる。どうか快眠を」
そう言いながら口の中でなにやら異国の言葉を唱えるリウィア。
エスファーノはそんなリウィアの後ろ姿を目で追う。手に先程渡された剣を握りながら――
「失敗したか」
は、と鎧姿の男性がその声に答えて頭を下げる。床に片膝をつき、その革靴は泥にまみれていた。
「暗殺団も役にはたたんの。しょうがない、さがれ」
彼はそういうと部下を下がらせる。
ゆっくりと窓の方に足を滑らせ、テラスにへと身を乗り出す。
何を命ずるでもなく、側の小姓の少年が酒の瓶を手にテーブルの上のグラスを満たした。
そのグラスを一気に彼は飲み干す。イスラーム教徒ではあるが、そんなことは気にしていない。自分の主君である皇帝も酒を嗜んでいるのだから。
テラスの下に広がるのは一面の荒れ地。それが彼の領土である。
オスマン帝国でもとりわけ不毛の土地とされていたこの小アジアの一角が彼の領土であった。
しかし、これからは違う。あの『ローマ』を滅ぼして、その富を自分のものにすることができればオスマン帝国一のパシャに――いや自分がオスマン帝国の皇帝に成り代わり、新たな帝国を建設することもできるだろう。
隻眼の筋肉の引き締まった男性は、ほくそ笑む。
彼はこの一体を支配するパシャ――つまり、君侯である。
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