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『アシナガサマ』
7.暗部
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未那は飛び起きた。全身に冷たい嫌な汗をかいている。逸る心臓を押さえながら周囲を見回すと、窓の外、格子越しに仄白いものが浮かんでいるのが見えた。
思わず悲鳴を轟かせた未那だったが、目が慣れてくると、暗がりでぼんやりと白んでいたのは徒野の不健康な面であると気づく。彼は母屋で寝ていたのではなかったか。未那は慌てて鍵を開けて土蔵の外に出る。
「徒野先輩、何でここに!? まさか夜這い……な訳ないですよねー」
徒野の氷点下に凍てついた視線に気づいた未那は慌てて訂正する。その隣では、寝惚け眼を擦る琢磨が眼鏡をかけているところだった。琢磨を起こしたついでに未那を起こしに来たであろう徒野は、二人の後輩に告げる。
「曳地が姿を消した。恐らくアシナガサマの社に向かったな。後を追うぞ」
「曳地さんが? こんな夜中に、何のために?」
「察しはつく。それより如月、その様子だとまた夢を見たな?」
「はい……」
「夢?」
事情を知らない琢磨は首を傾げた。徒野は寝起きの二人を先導しながら簡単に説明する。
「この如月だが、感受性が強く怪異に纏わる夢を見ることがある。それで、今回はどんな内容だった?」
夢で見た村の凄惨な歴史は思い出したくもなかったが、冤罪を着せられたまま殺され、勝手に神に祀り上げられたアシナガサマの誤解を解くためには必要なのだと自らに言い聞かせた。
スマートフォンの明かりを頼りに裏山を登りながら、未那は夢で見た一部始終を二人に説明する。先を行く曳地に聞かれてはまずいから、と会話はメッセージアプリを通して行った。
『そんな酷いことが……』
話を聞き終えた琢磨はすっかり色を失っていた。芦乍村の人々の血を引く彼にとって村の歴史は他人事ではないのだから、無理もない。
『如月が見たのは牛裂きの刑だな。逆らえばこうなるという村人への見せしめの意味もあったんだろう。或いは、海外では台に括りつけて四肢を引き伸ばす拷問がある。最後まで頑なに首を縦に振らない彼に、無理にでも罪を認めさせるつもりだったのかもな』
彼は冤罪に頷かないまま無惨に命を散らした。きっと、せめてもの抵抗だったのだろう。そして、その場に居合わせた村人は誰も異論を挟まなかった。挟めなかった。むしろ積極的に彼を犯人だと決めつけて責め立てていた。何故なら、逆らえば次は自分が同じ目に遭うから。恐怖で固めた結束に、何の意味があるのだろう。
『曳地さんはこのこと、知ってるんでしょうか?』
『唯一の村人として社を管理している以上、十中八九知っているだろう。先程覗いた際、社殿の中には名簿があった。恐らく――』
徒野は不意に口を噤む。会話に夢中になっていて気がつかなかったが、一行は鳥居を潜り、アシナガサマの社に辿り着いていた。
社の前に、人影が佇んでいるのが見えた。その背格好には見覚えがある。手元の懐中電灯に照らされて陰影を作る顔は、曳地のものだった。思わず立ち竦む未那と琢磨を庇うように押し退け、徒野が前に出る。
思わず悲鳴を轟かせた未那だったが、目が慣れてくると、暗がりでぼんやりと白んでいたのは徒野の不健康な面であると気づく。彼は母屋で寝ていたのではなかったか。未那は慌てて鍵を開けて土蔵の外に出る。
「徒野先輩、何でここに!? まさか夜這い……な訳ないですよねー」
徒野の氷点下に凍てついた視線に気づいた未那は慌てて訂正する。その隣では、寝惚け眼を擦る琢磨が眼鏡をかけているところだった。琢磨を起こしたついでに未那を起こしに来たであろう徒野は、二人の後輩に告げる。
「曳地が姿を消した。恐らくアシナガサマの社に向かったな。後を追うぞ」
「曳地さんが? こんな夜中に、何のために?」
「察しはつく。それより如月、その様子だとまた夢を見たな?」
「はい……」
「夢?」
事情を知らない琢磨は首を傾げた。徒野は寝起きの二人を先導しながら簡単に説明する。
「この如月だが、感受性が強く怪異に纏わる夢を見ることがある。それで、今回はどんな内容だった?」
夢で見た村の凄惨な歴史は思い出したくもなかったが、冤罪を着せられたまま殺され、勝手に神に祀り上げられたアシナガサマの誤解を解くためには必要なのだと自らに言い聞かせた。
スマートフォンの明かりを頼りに裏山を登りながら、未那は夢で見た一部始終を二人に説明する。先を行く曳地に聞かれてはまずいから、と会話はメッセージアプリを通して行った。
『そんな酷いことが……』
話を聞き終えた琢磨はすっかり色を失っていた。芦乍村の人々の血を引く彼にとって村の歴史は他人事ではないのだから、無理もない。
『如月が見たのは牛裂きの刑だな。逆らえばこうなるという村人への見せしめの意味もあったんだろう。或いは、海外では台に括りつけて四肢を引き伸ばす拷問がある。最後まで頑なに首を縦に振らない彼に、無理にでも罪を認めさせるつもりだったのかもな』
彼は冤罪に頷かないまま無惨に命を散らした。きっと、せめてもの抵抗だったのだろう。そして、その場に居合わせた村人は誰も異論を挟まなかった。挟めなかった。むしろ積極的に彼を犯人だと決めつけて責め立てていた。何故なら、逆らえば次は自分が同じ目に遭うから。恐怖で固めた結束に、何の意味があるのだろう。
『曳地さんはこのこと、知ってるんでしょうか?』
『唯一の村人として社を管理している以上、十中八九知っているだろう。先程覗いた際、社殿の中には名簿があった。恐らく――』
徒野は不意に口を噤む。会話に夢中になっていて気がつかなかったが、一行は鳥居を潜り、アシナガサマの社に辿り着いていた。
社の前に、人影が佇んでいるのが見えた。その背格好には見覚えがある。手元の懐中電灯に照らされて陰影を作る顔は、曳地のものだった。思わず立ち竦む未那と琢磨を庇うように押し退け、徒野が前に出る。
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