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『ヒラサカの家』
1.珍客来訪
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如月未那は多くの学生達で賑わう大学構内をすり抜け、旧研究棟への道を歩いていた。暇さえあれば徒野の元へ通うのがすっかり日課となっていた。
人がすっかり立ち退いた旧研究棟にある民俗学予備研究室には、怪談蒐集家と呼ばれる院生、徒野荒野が我が物顔で陣取っている。訳あって未那は徒野の助手を務めていた。
助手の仕事といえば、怪談や怪奇現象の話を持ち込む客の相手をしたり、不健康かつ出不精な徒野の代わりに怪奇現象が起きた現場に赴いたり、散らかった研究室内の片づけをしたりと雑用が殆どだったが、生来お節介な未那はそういった雑務にもやり甲斐を感じていた。
慣れた足取りで階段を登り切り、研究室を目指していると。目的地のドアの前に人影が見えた。徒野に用でもあるのだろうか。『怪談蒐集家』という怪しげな肩書きのせいか、敬遠する人は多い。そんな依頼人と偏屈な徒野を取り次ぐのも未那の役目だった。
「どうかしましたか?」
声をかけた未那は、あっと叫んでいた。振り向いた顔に見覚えがあったからだ。
「山岸先輩!?」
「よっす、如月ちゃん久しぶり」
フランクに挨拶し、片手を挙げたのは三年生の山岸樹。ふた月ほど前、同じく三年生の桂木真琴を悩ませるストーカー被害の相談に乗った際に知り合った。
そんな山岸を端的に言い表すと「チャラい」先輩。初対面の未那をいきなりちゃんづけで呼んだ時点で推して知るべしだろう。
「どうしてここに?」
「そりゃ勿論如月ちゃんに会いに――と言いたいところなんだけど、怪談蒐集家に相談があってな」
以前会った時と同じように戯けてみせる山岸が怪奇現象に悩んでいるようには見えないが、ひょっとすると無理をして明るく振る舞っているのかもしれない。
「先ぱーい、お客さんです」
未那は山岸を伴って予備研究室に入る。いつものソファに姿が見当たらないことを不思議に思った未那は、山岸にソファを勧めると室内を探すことにした。
徒野はすぐに見つかった。入り口から死角となる本棚の間で、古めかしい本を読み耽っていたのだ。未那がもう一度声をかけると、徒野はようやく本に落としていた視線を上げた。涼やかな目元に長い睫毛の影が落ちている。黙っていれば――あとはもう少し健康になれば美形なんだよな、と余計なことを考えながら未那は文句を零す。
「聞こえてるなら返事してくださいよ」
「返事はした。お前が聞いていなかっただけだ」
「こんなとこでボソボソ喋られても聞こえませんって。それよりお客さんが来てますよ。怪奇現象の相談です」
徒野は渋々と本を書架に戻すと、山岸の腰かけるソファの向かいに腰かけた。
「用件は?」
ボサボサの前髪の隙間から覗く徒野の視線に射竦められた山岸は緊張した面持ちで姿勢を正すと、話を切り出した。
「えっと、以前お世話になった桂木の同級生の山岸です。怪奇現象に遭ったのは俺じゃないんすけど、バイト先の先輩の彼女が行方不明になってるらしいんす。俺も先輩の相談受けてて、見つけてくれとまでは言いませんが、彼女さんがどういう現象に巻き込まれたのか、調べてもらえませんか」
山岸は自身のバイト先の先輩から聞いた話を披露した。道に迷った彼らが迷い込んだ不可思議な古民家。人がいた痕跡こそ残されているものの、肝心の家人の姿はない。やむを得ず一晩泊まったが、翌朝には家ごと消えていた彼女――確かに奇妙な話だ。
「そんで、関係あるかわかんないんですけど……彼女さんが行方不明になってから、先輩も色々と調べてた時に、ネット上に『家の幽霊』の話があるって見つけたらしくて。これが、先輩がその話をコピペして送ってきたものです」
山岸は自身のスマートフォンの画面を見せてくる。未那が覗き込むと、そこには掲示板のまとめサイトからコピーした文章が記されていた。
人がすっかり立ち退いた旧研究棟にある民俗学予備研究室には、怪談蒐集家と呼ばれる院生、徒野荒野が我が物顔で陣取っている。訳あって未那は徒野の助手を務めていた。
助手の仕事といえば、怪談や怪奇現象の話を持ち込む客の相手をしたり、不健康かつ出不精な徒野の代わりに怪奇現象が起きた現場に赴いたり、散らかった研究室内の片づけをしたりと雑用が殆どだったが、生来お節介な未那はそういった雑務にもやり甲斐を感じていた。
慣れた足取りで階段を登り切り、研究室を目指していると。目的地のドアの前に人影が見えた。徒野に用でもあるのだろうか。『怪談蒐集家』という怪しげな肩書きのせいか、敬遠する人は多い。そんな依頼人と偏屈な徒野を取り次ぐのも未那の役目だった。
「どうかしましたか?」
声をかけた未那は、あっと叫んでいた。振り向いた顔に見覚えがあったからだ。
「山岸先輩!?」
「よっす、如月ちゃん久しぶり」
フランクに挨拶し、片手を挙げたのは三年生の山岸樹。ふた月ほど前、同じく三年生の桂木真琴を悩ませるストーカー被害の相談に乗った際に知り合った。
そんな山岸を端的に言い表すと「チャラい」先輩。初対面の未那をいきなりちゃんづけで呼んだ時点で推して知るべしだろう。
「どうしてここに?」
「そりゃ勿論如月ちゃんに会いに――と言いたいところなんだけど、怪談蒐集家に相談があってな」
以前会った時と同じように戯けてみせる山岸が怪奇現象に悩んでいるようには見えないが、ひょっとすると無理をして明るく振る舞っているのかもしれない。
「先ぱーい、お客さんです」
未那は山岸を伴って予備研究室に入る。いつものソファに姿が見当たらないことを不思議に思った未那は、山岸にソファを勧めると室内を探すことにした。
徒野はすぐに見つかった。入り口から死角となる本棚の間で、古めかしい本を読み耽っていたのだ。未那がもう一度声をかけると、徒野はようやく本に落としていた視線を上げた。涼やかな目元に長い睫毛の影が落ちている。黙っていれば――あとはもう少し健康になれば美形なんだよな、と余計なことを考えながら未那は文句を零す。
「聞こえてるなら返事してくださいよ」
「返事はした。お前が聞いていなかっただけだ」
「こんなとこでボソボソ喋られても聞こえませんって。それよりお客さんが来てますよ。怪奇現象の相談です」
徒野は渋々と本を書架に戻すと、山岸の腰かけるソファの向かいに腰かけた。
「用件は?」
ボサボサの前髪の隙間から覗く徒野の視線に射竦められた山岸は緊張した面持ちで姿勢を正すと、話を切り出した。
「えっと、以前お世話になった桂木の同級生の山岸です。怪奇現象に遭ったのは俺じゃないんすけど、バイト先の先輩の彼女が行方不明になってるらしいんす。俺も先輩の相談受けてて、見つけてくれとまでは言いませんが、彼女さんがどういう現象に巻き込まれたのか、調べてもらえませんか」
山岸は自身のバイト先の先輩から聞いた話を披露した。道に迷った彼らが迷い込んだ不可思議な古民家。人がいた痕跡こそ残されているものの、肝心の家人の姿はない。やむを得ず一晩泊まったが、翌朝には家ごと消えていた彼女――確かに奇妙な話だ。
「そんで、関係あるかわかんないんですけど……彼女さんが行方不明になってから、先輩も色々と調べてた時に、ネット上に『家の幽霊』の話があるって見つけたらしくて。これが、先輩がその話をコピペして送ってきたものです」
山岸は自身のスマートフォンの画面を見せてくる。未那が覗き込むと、そこには掲示板のまとめサイトからコピーした文章が記されていた。
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