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宙ぶらりん

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私の母は政略結婚と婚約破棄を経験した。その理由を聞いたことはない。私はまだ子供だった。

「カーチャ……あなたは世界で一番美しい女の子ね……」

母は私のことを一人で育てた。世界で一番美しいと言っても過言ではなかっただろう。母を尋ねる貴族は多かった。本来ならば、一度婚約破棄された令嬢は修道院送りになるのだが、母は私と共に逃げた。貴族たちはみな口をそろえて、

「私ともう一度婚約してください。そうすれば、あなたは再び返り咲くことができます」

千年に一度と咲かない花が枯れかかっていた。自分が救済者になれば、あるいは皇帝にまで上り詰めることができたのかもしれない。母は全ての縁談を断った。

「お母様。どうして婚約なさらないのですか?」

こう尋ねると、ただ、

「カーチャのためですよ」

と答えた。

私が十五の誕生日を迎えた日、母は私をお庭のブランコに連れていった。

「これから空を飛ぶ方法を教えるわ。空から見る景色は、想像もつかないほどきれいでしょうよ」

「お母様?空を飛ぶとはどういうことですか?」

「見ていれば分かるわよ」

そう言って、母はブランコに結んだ丈夫な縄にぶら下がった。

「これで空を飛べるのよ……ほらっ、飛んだ!」

「お母様!何をしているんですか!お母様!」

高い高い空から花が落ちた。


思い返せば、母は私が母と同じ運命を辿ることを予知していたのかもしれない。私はこれから、王子に婚約破棄されようとしている。お腹には王子の意志の詰まった子供が一人。

「カーチャ。残念だが、君のような花を取り扱うことが僕にはできない。婚約は破棄させてもらうよ」

種を無理やり埋め込んだのは王子だというのに……世間様は王子に味方し、女を捨てる。変わりなんていくらでもいるのだ。はあっ……修道院送りか?

「修道院に行く馬車を準備するから、ここで待っていなさい」

「ねえ、王子様?」

「どうした?」

「お庭にブランコはありますかしら?」

「ブランコ?ああっ、君の大好きなブランコか……」

王子は皮肉をこめた。

「最後にお庭に行かせてくださいませんか?」

「いいだろう」

私はお庭のブランコにひどく頑丈な縄を結んだ。もうすぐ、母と同じ空を見ることができるのだろうか?


「カーチャ!」

最後に、私のかつての伴侶が、私の名前を呼んでくれた。

「ありがとう……」

空は思いのほか青かった。
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