ケチな2人のバランスシート

ペロスタッペン

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アディショナルタイム

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 ワ~ワ~ワ~⋯
 √Jeリーグ第9節、国立競技場は超満員です!ヤンバルバ旭とシマ岩下の試合は1対3、ヤンバルバ2点ビハインドで前半を終えハーフタイムを迎えました!
 「どうだ公岳の具合は?」
 「ちょっと血が出た程度で大事には至ってません」
 「そうか。公岳、お前契約のとき保険断ったそうじゃないか?」
 「すいません」
 「入っておかないとどうなっても知らないぞ」
 「⋯⋯」
 √前半危ないシーンがありましたね。公岳選手が相手ディフェンダーに削られたところです。愚かにも正面から突破しようとした結果がコレです。
 勝手なこと言う。俺は公岳 由樹(きみたけ よしき)。さっきは監督に愚痴を言われたが、正直自分でも保険に入ってないと思うだけで咄嗟に身体が縮こまる気がする。怪我の元凶と言って間違いない。
 「金に困ってるのか?」
 チームトレーナーの市來 実明(いちき さねあき)が心配そうに聞いてきた。脛から腿にかけて削られたが血が出たのは少しだ。テーピングをしながらさらにこうつなげた。
 「契約金は自分のために使えよ」
 そんなこと分かってる、大きなお世話だ。
 「その分だと後半行けそうだな」
 ベテランの蒲田 有悟(かまた ゆうご)がにじり寄ってきた。この人は少し苦手だ。
 「お前保険入ってないんだってな」
 「はぁ、はい」
 「だったらNISAでもやったらどうだ?掛け金は同じでも片方はドブに 捨ててる、でもう片方は金が倍に倍になるってんだからやらない手はないと思うぞ」
 「そんな⋯」 
 「嘘だと思ったろ?でも俺は銀行のお姉ちゃんに聞いて納得したから結構な額突っ込んでんだ」
  「いくらくらい?」
  「もろもろで250万くらいかな。馬券で損するのがチャラになると思ったらありがたいよ全く」
  「へ~」
 プー!
 √後半始まりました!両チーム交代はなしですね。
 さっきの倍の倍って話が頭から離れない。精彩の欠いたプレーですぐ交代させられた上試合にも負けた。
 
 次の日朝早く蒲田さんに教えられた八本木の下里銀行に向かった。そして着くやいなやNISAの相談を頼むと担当に綺麗な女性がきてくれた。
 「担当の仲村です、お願いします」
 「こちらこそ」 
 「ではさっそくですがNISAの説明をしていきたいと思います」
 なるほどNISAはいいこと尽くめだ。倍の倍まではいかないまでも、資産運用として悪いものとは思えない。それと今は新NISAと呼ばれていて、さらにお得になっているらしい。
 「どうなさいますか?」 
 「買いたいんですけどどうしたらいいんですか?」
 「あの、あ、はい。新NISAの始め方としましてまずNISA口座を開設していただきます」
 「だから買います」  
 「あ、はい」
 プー!
 女性従業員は立ち上がりついでにオナラをして行った。⋯ものすごく臭かった。数分後戻ってきたその女性は何事もなかったようにNISA口座の開設完了を告げた。

その日の午後のトレーニングに蒲田の姿がなかった。どうやら日本代表の合宿に向かったらしい。
 「あ、監督」
 「おう公岳か、一晩あったから保険のこと考えたんだろうな?」
 「考えました」
 「よし、じゃあ俺の方からフロントに言っといてやる」
 「いえ、その⋯」
 「なんだ?」
 「保険は入りません。代わりに新NISA始めました」
 「お前馬鹿か?新NISAが怪我して金くれんのか!」
 「いいえ、でも凄く利回りがいいんです」
 「勝手にしろ!」
 完全に怒らせてしまった。

 俺が金に執着するこの性格になったのには訳がある。子供のころは母子家庭で貧乏だったが特に執着といったことはなく、それどころか金を使った記憶もない。いや、コレこそが執着の原因なのだ。Jeリーグ契約時、当然のように保険に加入することを進められたが同席し当時の彼女がそんなもの要らないと言って契約金を最大額搾り取ったのだ。なるほどそういうものかと今に至ったのだ。

 「どうだ、最近」
 相変わらずの蒲田が参上。
「何がです?」
 「飲みに行ってるかって話」
 「行くわけないですよ」
 「せっかく大阪来たからキャバレーでもどうよ」
 「行きません、って言うかJeリーガーがどこ行ってんですか」
 「馬鹿、キャバレーは紳士の社交場ぞ!」
「言いにくかったんですけど俺、日本代表のメンバーに選出されたんです。だから⋯」
 「俺も3年前までは日本代表だったからわかるが、遊び心は大事ぞ」
 早いものでNISA開設から3年が経ったのだが全てが順調この上なくこのまま引退まで、果ては墓場まで行けばいいのにと思うくらいだった。そして代表落して輝きを失った蒲田の言葉にはもう揺らがなかった。
  ミーティングが終わり、今日もスタメン入りしていたのを見てビブスを着け練習に入ろうとしたとき、監督がオーナー込みで話しをしたいと言ってきた。
 内容は英国プレミヤリーグ、リバーブルへの移籍を正式に決定するというものだった。なぜオーナーが出てきたのかというと、やはり保険の問題だった。分厚い契約書に一つ一つサインするのだが、保険のことでゴネられたらチームの威信に関わるからだ。だが、この3年で俺も大人になったのかもしれない。全ての書類にイッパツでサインを書いた。
 半年後の来期からブレーするためできるだけ早めに渡英して新しいチームにも慣れておいた方がいい。だがJeリーグでは現在ヤンバルバ旭が1位に着けていて、最終節までもつれそうなのだ。途中で抜けるのは誰も快く思わないだろう。

√Jeリーグもいよいよ最終節。ヤンバルバ旭対シモツカレ日光の試合、ヤンバルバは勝てば優勝ですね。それになんと言っても公岳 由樹の日本Jeリーグ最後の試合になります。さぁ今日のスターティングメンバーが発表されました。⋯公岳入ってませんね、後半からの投入でしょうか?
 「どうだ行けそうか?」
 「軽い肉離れです」
 「じゃあ無理するな」
 「後半だけなら行けます」
 「いや、無理だ」
 監督にそう言われたがとりあえずできることはしようと思い、トレーナーの市來にマッサージを頼んだ。
 「やめた方がいいですよ、プレミヤリーグも控えてますし」
 「あぁ、でも恩もあるし誠意は見せないとな」
 √試合も後半、ヤンバルバ1点ビハインドで残り時間もあと15分余りとなりました。あ~っとここでさっきまでアップをしていた公岳が交代のようだ!
 俺は同点ゴールをもぎ取ろうと必死で走った。ピッチに入ってまもなくあの出来事が起きた。
 グキゴキグキゴキ!

 中央を突破しようとしたところ激しく両側からタックルを受けた。タックルしてきた2人はイエローカードを貰ったが俺は全治10ヶ月の休みを貰った。

 試合はその後逆転し優勝を果たしたものの自分にとって決していい印象はなかった。怪我の状態は思わしくなく検査の結果は右足複雑骨折、保険に入ってないので病院は自腹だ。入院費用は大した額ではないがリバーブルの違約金がすさまじいかった。ちゃんと確認しなかったので契約上怪我での保険は入っていたもののチーム加入前の怪我には対応していなかった。それどころか、シーズン初日から出場できないことで契約違反となり莫大な違約金が発生したのだ。
 ただ終わったことは仕方がない、明日から英国に行かなくてはいけない。しかしこの状態でNISAなんてやってられない、やめられないか銀行に聞きに行こう。
 「おめでとうございます公岳さん、今日はどういったご相談ですか」
  またこの従業員だ。足引きずってる姿見ておめでとうは無いだろ、変えて欲しいな。
 「その、NISAやめたいんですけど」
 「はい。でしたら一旦商品を売却なさるのがよろしいかと思います。」
 「いや一旦とかじゃなくて」
 「口座を廃止されますか?」
 「じゃあそれで」
 「え~と、分かりました。では今から書類を持ってくるのでそれに
必要事項を記入してください」
 プー!
 この人は屁の達人か。あまりに臭くて気絶しそうになった。このとき一時的に記憶喪失になったのかここに携帯を忘れたようだ。そうとも知らず落としたと思い込み八本木警察に届けでた。

次の日、表に雑草が生い茂る自宅アパートの小さなソファでふとテレビを見ていたら自分のニュースがやっていた。向かいにビルが建設中で声がよく聞こえないが見出しにはこう書かれていた。
 『公岳、違約金発生の裏側』
 内容が気になるが今日渡英しなくてはならないため身支度を終えると片手に鍵を握りしめもう片方の手に松葉杖を持ち部屋を出た。そして空港に行く前に警察を訪ねてみたが、遺失物は届いてないらしいので近くの携帯ショップに立ち寄った。3時間後の飛行機に乗る事を鑑み1時間以内に海外でも使える携帯を作れるか聞いてみた。できるそうなのでその場で適当に作り急いで空港に向かった。
 中西部国際空港に着くとスーツケースを持つ細身の女が待っていた。浪江 月子(なみえ つきこ)、彼女が英国に同行する予定なのだが何か機嫌が悪そうだ。
 「どうした、そろそろ時間だぞ」
 「あなたどうして違約金なんて払う羽目になったか分かってる?」
 「なんでそんな話になるんだよ」
 「今朝テレビで見たのよ、あなた出なくていい試合に出て怪我したらしいじゃない」
 「馬鹿、出なくていい試合なんてないぞ」
 「でも周りは皆みんな出るなって言ったそうじゃない!」
 「元はと言えばお前が契約のときせびって保険抜いたから」
 「全然関係ない!」 
 そう、この女こそ俺より金に汚い元彼女なのだ。今のボロいアパートを俺に当てがったのも彼女。プレミヤリーグ移籍の話が出た頃よりを戻したのだが、今また雲行きが怪しい。
 「カネなんかどうとでもなる」
 「何言ってるの」
 「先物取引とFXは現金化してるし、まだ株券と金もある」
 「え?」
 「資産は分散させるのが常識だからな」
 「好き!」
 全てハッタリだったが特殊な彼女の嗅覚にはビンビンきたようだ。英国にも喜んで着いて来た。先物取引もFXも株式も純金積立も全て蒲田に聞いたのだ。今ごろ役に立つとは、そう思いつつ船に揺られコーヒーを一括りした。月子のやつがケチって英国まで船で行くことになった。

 今ごろ前の携帯どうなったろうか?

―終わり―
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