麗しき王子様の愛する人

みあき

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「グロイス令嬢が最近王太子殿下といい感じらしい」
「へぇ、殿下は知的な人がお好みだったというわけか」
「美人と言えばそうだけどなぁ。あんまり柔らかくなさそうだよな」
「抱き心地は大事だよなぁ」
「おいおい、そんなこと言ってたら殿下に叱られるぞ」
「まず私が怒りますよ」
「「「っ!?ヴェール卿っ!!」」」

 今日は、王城の一区角、財務の管理を担う棟と農務の管理を担う棟を繋ぐ廊下が騒がしかった。
 この場所は、役人の移動が多く、そのため警備の騎士も配置している。その任務を任された騎士が治安を乱そうとしているとは、全くもって笑えない。
 貴族にも国民にも憧れの的となることの多い騎士の現状は、この者たちのように、その評価が妥当であるとは言い難いことがある。
「どっ、どこから聞かれていましたか?」
「口さがない部分は大方聞こえていたと思います」
 下世話な話をしていた3人の騎士は、皆焦り気まずそうにしている。人に聞かれてはならない内容だったという認識があるのなら、初めから口にしなければいいと言うものを。
 その辺りの適切な判断ができない者が少なくないからこそ、騎士団の再編成という大仕事を始めたのだけれども。
「ローレンス様には婚約者がいらっしゃいます。あなた方は、なぜ聞く者に誤解を招くような発言をしていたのですか?」
 私の問いかけに3人の騎士は目を伏せた。これが護る役割を与えられた者たちの対応というのが嘆かわしい。
 ここは王城。他の何を差し置いても護らなければならない方がいらっしゃる場所。騎士として城に勤めることを何と心得ているのか。
 改めて騎士の質に呆れていると、1人が意を決したように顔を上げた。
「殿下とグロイス嬢の話は、本当に誤解なんですか?」
「誤解です」
「でも、火のないところには煙は立たないと言うじゃないですか」
「煙を立てるために、悪意が火を起こすのですよ」
 威勢のよかった騎士は、時が止まったかのように目を丸くして口は緩く開いて隙だらけに見える状態で静止した。
 王族の婚姻には政治的意思が付き纏うもの。浮き心のままにローレンス様が行動なされると言うならば、王太子殿下を侮っていると表明していることに他ならない。
「私は今、あなた方が煙なのか、火を起こす存在なのかを確かめているのです」
 私の会話の意図の表明に騎士たちの顔が青褪める。ようやく、私の目の前の騎士たちは、このやりとりが己の今後に関わるものだということに気付いたようだ。
 たかが噂話と侮り笑って話していたようだが、されど噂話。言葉には力がある。人の口に戸は立てられない。たった1人の人間が何気なく発した言葉が波紋を呼び、情勢を傾けることだってあり得る。
 貴族の出ならば、理解しておくべきだというのに。
 敵か味方か。何をもって敵とみなすか、万人が共通理解できる明確な基準を設けることは難しい。私の場合は、私の全てを捧げているローレンス様に不利益を被る存在かどうかと考えるだけで十分なため、そこに頭を悩ます必要はなく、幸運であった。
 ただし、敵と判断したものを排除すればことが収まるわけではないことが政の難解なところ。
 近頃は、ローレンス様と特定の人物との謂れのない噂が立っている。ローレンス様にとっての利益が微塵も生まれない噂だ。この不快な煙を広げないために、私は敢えて騎士たちが騒いでいたこの場所で話を続けている。
「あなた方にはこれから近衛騎士による取り調べを受けていただきます」
 つくべき御方を見誤ってしまったことを反省させてあげましょう。




 騎士団の再編成と共に妙な噂の件は一段落した。
 ローレンス様と懇意にしているという根も葉もない噂の相手は、シェルフ・グロイス文官。この国の宰相の娘だった。
 宰相がグロイス文官を王太子の妃に迎えさせようと野心を抱いたことからことは始まった。虚実も信じる者が増えれば真実となり得る。そう考えた宰相は、城仕えの者の何名かを買収して火種を作った。
 グロイス文官と本物の恋人である騎士が、すぐに私たちに相談してくれたこともあり、噂の火を早くに鎮めることができた。
 最も影響力があったのはローレンス様のお言葉だ。
『グロイス文官には似合いの恋人がいるではないか。どちらも仕事に真摯でパトリックも評価している。分からないのか?』
 噂を耳にした騎士が、好奇心から気安くローレンス様にひやかしの言葉をかけた。浅ましく不敬な態度の騎士にもローレンス様は穏やかにお言葉を返された。
 優秀な王太子殿下が告げた『分からないのか?』という一言にどのような意味が込められているのか。
 ローレンス様のそのお言葉を耳にした者たちは顔を白くさせながら必死に考えていた。城内では、王太子の側近の主導で騎士団の再編成が行われていることも鑑みれば、この噂の火に対しての姿勢一つで身を滅ぼすかもしれない。そのようなことまで考えた者も少なくなかった。
 それでいい。城に仕える、王家に仕えるということは、発する言葉一つ一つに責任が伴うのだ。自覚のない者では、有事の際に護るべき方を護れない。
 不快な火を起こされはしたが、おかげで王家直属の騎士団をあるべき姿へと導いていくことができるようになった。
 宰相は今、さぞ肩身の狭い思いをしていることだろう。因果応報。報いはしかとその身で受けるしかない。
「嬉しそうだな、パトリック」
「はい。ローレンス様が玉座を賜る日が決まりましたので」
「そうだな。俺も楽しみだ」
 ローレンス様が静かに微笑みながら、ナイトティーのブランデーティーを飲んでいる。
 私たちが願いを叶える日も着実に近づいている。


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