グッバイ・ラスト・サマー

MIKAN🍊

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23.グッバイ・ラストサマー

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こうして私のラストサマーは終わった。

本当言うともっと冒険があったのだけれど、何事も腹八分目がちょうど良い。

結局、私とこず恵が海風クリニックを後にしたのは夏の最後の日だった。
私とこず恵は家族や仕事を放ったらかしにして好き勝手をやって過ごした。

どうしてそんな無茶が出来たのかと問われたら、私にだってわからない。
けれど考えてもみて。案外誰でも無茶な生き方をしているかも知れないでしょう?
自分は正しいと思っていても第三者から見たら非常識だったりするわ。
言い訳かしら。でもよくある事よ。

何はともあれ、あの夏は最高の想い出になった。
途中でこず恵の家族が捜索願いを出したりして大騒ぎになったけれど。
この件では二人の元恋人、桂まで関わって事態を余計混乱させた。

桂は私が何とかしたけれど、こず恵と家族のピンチを丸く収めたのは海風クリニックの五徳理事長だった。
本当にあの人やカレンさんには感謝しても仕切れない。

それだけじゃない。
私達と海風クリニックとの付き合いはそれから後も続く事になったのだから。
と言うのも、帰る前日になってこず恵がこのままクリニックに居残ると言い出したのだ。
よほど気に入ったのだろう。
冷静に考えた方が良いと私は意見しようとしてやっぱりやめた。
熱病のようにそれは訪れ、やがて何事もなかったように醒めていくものなのだ。
それに、冷静なんて言葉にどれだけの説得力があるだろう。そんなの全く無駄だ。
言葉に何かを託そうとすればするほど嘘になる。

こず恵は家に帰らず海風クリニックのスタッフとして働く道を選んだ。
それまで働いていた病院を辞め、クリニックで介護士のスキルを磨く事にしたのだ。
家族をどうやって説き伏せたのか、それは今もって謎だ。そのうち気が向いたら話してくれるだろう。

私は何の変哲もない日常に戻った。
朝から晩まで働いて時折家事をして子どもを育てる。
良いも悪いもない。それが私の活きる道なのだ。
それは不快な事でも何でもなかった。
不満はいくらでもある。夜空の星を探せばキリがないのと同じだ。
いつかまた楽しい日々が来ると何処かで信じている。

暇な時、私は時給2,000円でこず恵のブログのゴーストライターをやっている。
お金なんていらないと言いたいけれど、世の中タダより高い物はないのだ。
銀行で毎日他人のお金を数えているとその事がよくわかる。
人生には戒めも必要だ。
本当に素敵なコトはお金じゃ買えない。

ワイルドリリー。
それがこず恵のハンドルネームだ。
男心をそそる、いかにもって感じの名前だ。
私は彼女に頼まれた時だけ無い知恵を振り絞って記事を書いて送る。
こず恵は気に入ってくれてる様だ。かと言ってろくすっぽ読んじゃいない。
だから私はたまに自分の良い様に脚色したりしている。自分の好きなタイプの男を登場させたりして。
これは彼女には内緒だ。

ワイルドリリーが詩や小説を書いてるのを目撃したら、言っちゃ悪いけどそれは私が書いた文章だ。
でも彼女を攻撃しないで欲しい。
彼女は私の大親友なのだから。

私は原稿をチェックしてこず恵に送信した。
すぐに返事が返ってきた。
「イイわ。ナイスよ。グッド!」
「嘘つけ。見てない癖に!」

するとすぐに電話が掛かってきた。
キンキン声でまくし立てる。
「見てないですって!ちゃんと見たわよ!」
「わ、わかったわよ!」

「あのさー」
「何よ」
「ムーンライトホテルの事が書いてないわ」
「あの事も書くの?」
「もちろんよ!むしろそれがメインじゃない!」
「そうかしらね?」
「そうよ!書いて早く」
「イヤだよ。そんなすぐ書けないわ」
「待ってるわ」
「はいはい。わかりました」

「じゃあね!楽しみにしてるわ!チュ♡」
「……………」
「チュ♡は?」

私は仕方なくチュ♡をして電話を切った。


__目を閉じれば
思い出すその光景

夏の通り雨が
秘密の出逢い隠す

跡形もなく

物憂げなホテル
壁に寄り添うルノアール


抱き寄せれば
漂う甘いフレーバー

胸の奥で高鳴る
琥珀の香りに似た

髪飾りひとつ

思いがけないさよなら
突き刺さる 真夏の蜃気楼

Last Summer
please…
So lonely…


見知らぬ街で
すれ違う季節の風

蒼く残った傷
さすり続けた長い夜

月影にもたれて

冷えたグラス割れた時間
つかの間重ねた愛の余韻

唇を合わせれば
始まる一幕のカヴァレリア・ルスティカーナ

髪をほどく
あなたが哀しいほど

愛のかがり火ともして

物憂げな背中

口づける 刻を忘れて
このまま二人堕ちていけるなら

Last Summer
please…
So lonely…


跡形もなく

物憂げなホテル
壁に寄り添うルノアール

髪飾りひとつ

思いがけないさよなら
突き刺さる 真夏の蜃気楼

Last Summer
please…
So lonely…

愛を閉じ込めて





グッバイ・ラスト・サマー / End

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