エステティシャン早苗

MIKAN🍊

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19.母性

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ルームウェアの前を大きくはだけて早苗は宗介の前に立った。
豊かなバストが一段と張りを増したように見える。
胸のすぐ下から緩やかに優しい曲線が延びている。
せり出した腹のてっぺんにあるヘソはまだ静かに眠っているようだ。

薄茶色の丘の翳りに宗介は手をかざした。
風呂あがりでそこだけ柔らかな和毛みたいにふわふわとしていた。
指先でそっと亀裂をなぞってみる。わずかに濡れた感触があった。
宗介はベッドに腰掛けたまま早苗の身体を抱きとめた。

「離婚の理由は俺にあるんだ」
早苗の腹に耳を当てて宗介は言った。
「なあに。どうせ浮気かなんかでしょう」
頭の上から早苗の声がする。
まだ言おうかどうか迷っているガキ大将のように宗介は早苗の尻をつかんで離さない。
「どうしたの?」
早苗の中に母性が目覚める。
宗介の頭を抱えて髪を穏やかに撫でた。言ってごらんなさい…
不思議な時間が通り過ぎてゆく。頼りないもどかしさと甘酸っぱいデジャビュ。

「俺はタネ無しなんだ」
キュッと早苗の胸が高鳴った。 髪をすいていた手が止まった。
「無精子症といって普通の男よりずっと精子が少ない」
「いいのよ。そんな事、今は」 
小さく震える宗介の頭を強く抱きしめた。
愛おしさが込み上げる。
「怖くて手術出来なかったんだ…」
「いいんだったら。もういいの」
早苗はしゃがみ込み真っ赤な目をした宗介の顔を両手で支えた。
嫌々をする駄々っ子のように、うつむく両頬をつかんでその唇にキスをした。
そしてまた頭をかき寄せ、今度はその胸の中に抱きしめた。
「いいのよ。いいの…」
身体の奥から聞き取れないくらいの、小さくて儚い「愛してる」が何度も聞こえて来た。

「もう誰かのためじゃなく自分のために笑おうよ」
早苗はつぶやいた。
「ね、宗介」
「ああ…そうしよう…」

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